16.蒲生総作品/ 「ガーター騎士団」&「リチャード二世」  (漫画)

  私がこのサイトでオリジナル小説「ハル&デイヴィッド」を連載し始めてから、読者の方から蒲生総(敬称略)という漫画家の作品を紹介されました。少女漫画との事ですが、基本的に漫画に関しては門外漢の私。どこで購入すればよいのかも分からない有様だったのですが、最近やっとネットで本を入手しました。
 イングランドの中世後期という、なかなか一般には馴染みのない世界のお話。「ハル&デイヴィッド」を書いている私としては、この漫画作品の存在はとても嬉しいものです。そこで、ここでいくらか作品について書いてみようと思います。


 作品構成

 「ガーター騎士団の」主役は、 イングランド国王エドワード三世と、その長男ブラック・プリンス・エドワードと解釈して良いでしょう。更に国王の息子たち、王妃、ブラック・プリンスを取り巻く貴族たちが登場します。特に、ウォーリック伯爵トマス・ビーチャムがブラック・プリンスの腹心として重要な役割を担っています。
 「リチャード二世」では、主役がブラック・プリンスの息子,リチャードに交代。その従兄弟であるハリーが重要な位置を占めています。そしてリチャードの叔父二人が前作に引き続いて登場。ウォーリック伯爵は前作の息子が登場します。

ガーター騎士団:1 (あすかコミックス 角川書店)
 1.クレシーの戦い:1346年 クレシーの戦いとその前後におけるエドワード三世とブラック・プリンスの活躍
 2.キング・エドワード・ザ・サード:エドワード三世即位とその前後の動乱
 3.海上のカスティーリャ人との戦い:1350年,カスティーリャとの海上覇権をめぐる海戦

ガーター騎士団:2 (あすかコミックス 角川書店)
 4.ポワティエの戦い:1356年,国王不在の中、ブラック・プリンスが大勝した戦いの経緯
 5.ポワティエの戦い、そして…:ポワティエの戦いの戦後処理エピソード
 6.ナヘラの戦いと、黒太子のルビー:ブラック・プリンスによる、カスティーリャ王位争いへの介入

ガーター騎士団:3 (あすかコミックス 角川書店)
 7.レディ・ガーター:エドワード三世妃フィリッパの活躍
 8.エドワードとトマス:若きウォーリック伯爵と、幼いエドワード王子の邂逅
 9.キング・オブ・イングランド:百年戦争におけるイングランドの劣勢と、ブラック・プリンス,国王の死

リチャード二世 (あすかコミックスDX  角川書店)
 1.リチャード二世の即位:少年王の即位と、ワット・タイラーの乱,親政宣言まで
 2.クィーン・アン:王の結婚から、宮廷の主導権争いとその収束


 少女漫画って凄い

 あまり少女漫画というものに親しんでいなかったせいか、最初は画面に慣れることに苦労しました。やはり美男美女がそろうわけですから、人物の見分けが私には困難で、二回以上読まないと理解できませんでした。
 しかも、そういう法則ということになっているのでしょうか?登場人物たちが、ある程度の年齢になると、ビジュアル的に年を取らないのです。たとえば、「ガーター騎士団」に登場したウォーリック伯爵は、亡くなった時五十代半ばだったはずですが、漫画では20代そこそこの美青年のまま。ブラック・プリンスやエドワード三世もしかりです。
 (ちなみに、私が調べる限り、ウォーリック伯爵トマス・ビーチャムは病死しています。)
 ともあれ、そのような法則を前提として読み進めると、すばらしい作品ではありませんか。何といっても馴染みの薄い時代と国の事を非常によく調べてあって、歴史物語として、人間ドラマとして面白く見せています。その絵も(少女漫画独特のものではありますが)、丁寧に書き込まれていて、読むこちらは、感嘆するばかりです。

 また、この作品群の面白いところは、4冊通じて [ Splendour of King ] という表題がついており、中世からルネッサンスに向かうイングランド王族の活躍を、大河的に描こうと試みているところです。
 「ガーター騎士団」においては、イングランド国内を混乱に陥れたエドワード二世から、エドワード三世,その長男のブラック・プリンス,三代にわたる活躍が描かれています。更に、「ガーター騎士団」の一部登場人物を重複させながら、さらに次の世代、リチャード二世時代の事件を描きました。作者の後書きには、更に後の代にも言及しており、連載が続けば、超大作になったことでしょう。
 これは作者の蒲生総がとにかく歴史 ― この時代の人物とイングランドが大好きだということの表れでしょう。

 無論、いくらか残念な点もあります。
 大河的な歴史ものを扱う場合、特に難しい点だと思うのですが、状況説明が少々教科書的。たとえば、国王エドワード三世が現在のイングランドの国情をウォーリック伯爵に尋ね、伯爵が人口の減少こそあれでも、元の生活を取り戻しつつあると答える下りなどは、少し違和感があります。
 私も「ハル&デイヴィッド」を書くときなどに、この辺りに悩みます。幸い、私の場合は完全に三人称形式の小説なので、教科書的な記述もできます。しかし漫画でしかも登場人物によって物語を進行させようとすれば、この不自然さは致し方なしといったところでしょうか。

 もう一つ残念な点は、もっと多彩な人間関係を見たかったという点です。「ガーター騎士団」では、エドワード三世と、ブラック・プリンス親子と、ブラック・プリンスとウォーリック伯爵の友情,この二つの関係がクローズアップされ非常に細かく描かれています。その一方、せっかく登場しているにもかかわらず、オックスフォード伯爵,サフォーク伯爵,ソールズベリー伯爵などがその存在意義を発揮し切れていない点が残念。
 これは紙面とボリュームの関係なのでしょうね。どうしても読者としては欲張りになってしまいます。
 ただ、「リチャード二世」では、リチャードとハリー,リチャードとアン,リチャードと叔父たち,ランカスター公爵とヨーク公爵の関係など、多角的な人間関係が登場して、とても面白かったです。
 もっとも、「ガーター騎士団」ではほとんど登場しなったブラック・プリンスの妃と、第十二代ウォーリック伯爵は、「リチャード二世」に突然現れた辺りの不自然さは拭えませんが。

 前述しましたが、ブラック・プリンスとウォーリック伯爵の友情が丁寧に描かれています。特に第三巻においては、若き頃のエピソードが描かれ、そこから最終エピソードへのつながりが素晴らしかったですね。
 (前述した、ウォーリック伯爵の死因に関しては、おそらくその後のブラック・プリンスの行動に対する原因とするための、変更点でしょう。)
 ブラック・プリンスのキャラクターですが、私のイメージよりは少し泣き過ぎかな?という感想があります。これは好みの問題ですね。


 「ハル&デイヴィッド」的視点

 「ガーター騎士団」の主役,エドワード三世はハルの曽祖父、ブラック・プリンスはハルの大叔父にあたる人物ですが、やはり「ガーター騎士団」登場人物で注目のなのは、ブラック・プリンスの弟ジョン・オブ・ゴーントです。彼はハルの祖父にあたる人物で、「ハル&デイヴィッド」開始の年代では既に故人ですが、非常に重要な位置を占める人物です。私もこのジョン・オブ・ゴーントが登場するエピソードは、すでに予定しています。
 そのジョン・オブ・ゴーントは、「ガーター騎士団」の第二巻、「ナヘラの戦い」に初めて登場します。若い王子であるジョンは、兄ブラック・プリンスを補佐する役割を担い、元気で遠慮のない発言をするキャラクターです。第三巻の最終話では、父王への苛立ちを隠さず、兄と父の死に際して、
「新しい時代がくるぞ、エドマンド。イングランドはこれから生まれ変わるんだ」と、挑戦的な笑みを浮かべ、腹黒キャラの片鱗を見せています。もっとも、蒲生総はジョンよりもそのまた下の弟エドモンド・オブ・ラングリーがお気に入りのようです。

 「リチャード二世」は、まさにハルの父親世代の物語です。前作に続いて登場したジョン・オブ・ゴーントはランカスター公爵として、エドマンド・オブ・ラングリーはヨーク公爵として活躍します。二人とも前作よりは大人びた容姿になりますが、少女漫画の法則なのか、美青年のままです。
 ランカスター公爵は野心と共に威圧的な言動が目立ち、一方ヨーク公爵は少年王リチャードを優しく保護する穏やかな人物として描かれています。この辺りは、私のイメージと同じ。
 そして、国王リチャード二世。ほとんど女の子のようなキャラクターです。雄々しいイメージの祖父と父に対し、教養豊かで、信心深く、優しいリチャード。国王としての先行きが暗示されているようです。女の子のようかどうかは別として、優しくて決断力に欠ける(もしくは、決断しても少々ズレている)リチャードは、私のイメージとも一致しています。

 そして最も重要な人物ハリー。ハリーはランカスター公爵の長男で、ダービー伯爵。ハルの父親にして、後のヘンリー四世に他なりません。彼が後に従兄弟であるリチャード二世から王位を簒奪するのは歴史が語るところですが、蒲生総は面白い解釈を加えています。すなわち同じ王族で、同世代のハリーと国王リチャードを親友として描いているのです。この点は、私の解釈とは大きく異なり、面白いところです。
 ハリーはリチャードと行動を共にし、時として助け、励まします。しかも、ワット・タイラーの乱においては、リチャードの身代わりとなり、「俺は必ずリチャードを守る!」と啖呵を切って見せるのです。ハリーの行動は常にリチャードを守り、リチャードの為にあり、リチャードとその側近に対する挙兵でさえ、リチャードを守るためだと言うのです。
 残念ながらこの漫画は、「リチャード二世」の「第一巻」で連載がストップしています。深い友情があったはずのリチャードとハリーの間で、どんな王位を巡る争いが起こるのか、非常に興味があるだけに、この連載ストップは残念です。

 「リチャード二世」のラストは1387年。これはハルが生まれた年です。私としてはその登場を少し期待したのですが、それは欲張りすぎですね。
 ハルは勿論ですし、その後に続く薔薇戦争での王位を巡る泥沼も漫画化してもらえたら、面白いことになったでしょう。特に私は、ハルは当然として、リチャード三世がどんな風に描かれるのか興味津々です。
 ぜひともこの [ Splendour of King ] を、連載再開してほしいと、願っています。

                                                     21st March 2007


No reproduction or republication without permission.無許可転載・再利用禁止
Copyright(c)2003-2006 Kei Yamakawa All Rights Reserved.