The Three Musketeers  三銃士

  児童書 小学館版 「三銃士」

 子供の頃の私が初めて三銃士を知ったのが、今回ご紹介する小学館の児童書です。
 そもそも、私の家には親が買い与えた全集25巻が揃っていました。私は兄とこれらを競って読んでいたのですが、ある日兄が「おまえ、三銃士っておっもしろいぞ!」と言った事を、よく覚えています。それを聞いて私も読み始めたのは、恐らく10歳になるかならないかの頃だと思います。

 小学館 国際版 少年少女 世界文学全集

 この全集は、1977年に出版されました。21.5×27.5cmの大判で、ページは大体200ページ程度。表紙は革張りを思わせるような重厚な造りで、金箔押しのような装飾がされていました。
 中身はいずれもかなりの活字数。紙の質も高級でした。これは全ての本に共通している美しい挿絵のための配慮でしょう。25冊全て並べると、中々の迫力です。
 そもそもこの全集は、1965年にイタリアはミラノで出版されたものの日本版のようです。ですから、全ての巻の挿絵はイタリア人の手によります。

 元がイタリアの物となると、ラインナップにも面白い特徴が見られます。「ピノッキオの冒険」「ガリバー旅行記」「王子とこじき」「宝島」「若草物語」「家なき子」「トム・ソーヤーの冒険」「クオレ」などは、児童文学としてはスタンダードな選択ですが、「白い牙(ホワイト・ファング)」,「アンクル・トムの小屋」「アーサー王物語」などはちょっとした変化球ではないでしょうか。
 ウォルター・スコットが二作(「獅子王リチャード」「アボット」)入っていたり、「若草物語」の続編もあり。「皇帝の密使(ミシェル・ストロゴフ)」や「モヒカン族の最後」はこの全集以外には子供向けにはあるのでしょうか?「幼い天使」や「パール街の少年たち」「ゆうかんな船長」などはこの全集以外では見たことがありません。

 この全集の良さは、子供というものを過小評価していないという事です。子供を将来の大人として十分に尊重し、下手なごまかしをしないのです。ですから、「ここは子供にはわからないだろう」という大人の勝手な判断は最小限にとどめ、大人が読む内容を、子供にも分かりやすいように表現しようとする努力が見られます。
 ですから、将来大人になってから原典を読んだ時、「児童書のウソ」が最小限ですむと言うわけです(全く無いわけではない)。「ガリバー」などは四部がすべて均等に描かれていますし、「ベン・ハー」のある種のアクの強さも保っています。「八十日間世界一周」でも最後のフォックスの一撃もちゃんと出てきます。大人になったら、原典を読みたくなるような雰囲気もふんだんでした。特に、「三銃士」や「少年デビッド(デヴィッド・コパフィールドの少年時代編)」などにそれが顕著でした。

 全集 第13巻 三銃士

 さて、いよいよ三銃士のお話です。「訳 藤沢美枝子 / 文 那須田稔」とありますので、この二人で文章を作ったと言うところでしょうか?このお二人については特に知識が無いので、何ともいえないのですが、この本の出版は元々イタリアですので、『イタリア語の児童書版三銃士』を日本語に翻訳した―と、捉えています。
 この本の面白いところは、物語全体の場面配分がほぼ原作の通りになっている点です。私が以前読んだアメリカの児童書では、首飾り事件の後の、ポルトスとアラミスの下りや、ミレディとフェルトンの下り、バッキンガム公爵の場面の殆どが切り取られていました。これとは好対照です。特にミレディがフェルトンを籠絡する所はかなり紙面を割いており、中々力が入っています。
 それから、原作が持っている独特の雰囲気もしっかり備わっています。冒頭のドタバタ騒ぎや、酒だ、喧嘩だ、賭け事だと子供には新鮮なシーンがそのまま展開されます。しかも、登場人物たちの恋の相手が漏れなく人妻なものですから、子供だった私はびっくりした覚えがあります。
 雰囲気という点で一番重要だと思うのが、ラストシーンです。ダルタニアンがポルトス、アラミスと話を断られ、トボトボとアトスの所に帰ってくる。アトスは相変わらず飲んでいて、ダルタニアンの副隊長就任を祝福するものの、ダルタニアンは友人との別れに涙 ― このおめでたいのに、物悲しい幕切れも、そのままでした。

 「きみはまだわかい。苦しい思いでも、楽しい思い出にかえる力を持っている。さあ、きぼうにむかって出発するのだ。」

 最後の一言は、子供向けのオリジナルでしょう。これはイタリア版にもあったのか否か、ちょっと興味があります。

 さすがの当全集でも、何点かは子供向けにデフォルメされています。まず、王妃とバッキンガム公爵、リシュリューの関係です。王妃と公爵は「仲が良い」程度の記述です。それに対してリシュリューは、
 「王妃のきげんをとりむすぼうとしたのだが、王妃につめたくあるかわれたのをうらんで、しっぺがえしのきかいをねらっていた。」
 と、あります。その通りといえばそうですし、いや違うともいえる、微妙な名訳かも知れません。
 それから、ケティの扱い。ケティは元々悪女であるミレディを憎んでおり、それをダルタニアンに知って欲しかった、となっており、ダルタニアンに対する愛情に関しては書かれていません。これを書くとダルタニアンがそれを「悪どく利用した」所も書かねばならないからでしょう。
 それから、代訴人の妻とポルトスの一件。代訴人の妻は、ポルトスの遠い親戚の「おばさん」となっています。ここは、子供だった私にもちょっとよく分からない箇所でした。やや苦しい変更点ではなかったでしょうか。端折っても良さそうでしたが、ポルトスの立ち回りと、黄色い馬との再会の下りは端折りたくなかったのかもしれません。

 端折った部分や変更点が少ないとなると、いかに文章全体を軽量化するかという所にかなり重要になります。これは文章を担当した那須田氏の名文が支えました。とにかく、全体に文章が簡潔。これは文章を書く身としては、とても参考になります。
 「ポルトスのめしつかいは、ムスクトンといい、主人によくにて、おしゃれだった。いつもぶらぶら遊んでいた。」

 兄に薦められて「三銃士」を読み始めた私は、いきなりボロボロで格好悪い主役が登場したのに、まずびっくりしました。しかも彼は威勢良く喧嘩を吹っかけ、やおら気絶してしまいます。その後もいきなりアトスがぶっ倒れたり、決闘、乱闘、他人を縛り上げてなりすます、地下室にこもる、賭けだ、女だ、二股だ、刃物を振り回す美女に、戦争に毒ぶどう酒、煙突の話し声に、砦での朝食 ― あまりにもそれまでに読んできた本との違いに驚き、興奮した事を今でも鮮明に思い出します。生まれて初めて、本の続きが気になって眠れず、夜更かししたのもこの三銃士でした。

 挿絵について

 最後に、挿絵について書いておきましょう。殆ど全てのページに美しいカラー挿絵が入っているのですが、これが本当に素晴らしい絵でした。ジャンニという人物の筆で、おそらくイタリア人でしょう。
 絵の特徴は、写実性です。子供におもねる様な可愛いデフォルメや、アニメっぽさは皆無。色彩はややセピアがかり、風景、建物、調度品、馬、衣装なども素晴らしく丁寧に書き込まれています。子供向けと言わず、原典の挿絵にしても、まったく遜色ないでしょう。
 特にアトスの造形は秀逸でした。上品で思慮深いくせに、酒に飲まれて賭け事が好き ― そういうアトスに、ぴったりの素敵な容姿をしています。私の中でアトスの容貌と言えば、この本の挿絵のアトスです。
 ただ、いくらかの登場人物で、容姿が定まらないところがあります。バッキンガム公爵は三箇所に絵が出てきますが、三人とも別人に見えます。それから、アトスの髪型が一箇所だけ短いところがありました。もしかしたら、この人物はダルタニアンなのかも知れません。

 原作を全て読んだ人、英語、フランス語各国語で読んだことがある人にも、この児童書は一見の価値ありです。目にする機会あったら、ぜひともお手に取ってみてください。きっと、欲しくなりますよ。
                                                                   7th April 2005

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