The Three Musketeers  三銃士

 英語で「三銃士」を読む The Three Musketeers in English

 最近、私は読書を主に英語ですることにしています。もっとも、決して英語が得意なわけではなく、TOEICのスコアなど、恥ずかしくて書けないほどですが。ではなぜ、英語にするのか。それは読むのに苦労するので、必然的に速度が落ちる。そうすると、一冊の本で長い期間過ごせるという事になります。つまり、本をそれほど沢山買わないで済むわけですから、要するに節約になるのです。
 さて、最初に私が読んだ英語の本は、アガサ・クリスティの「オリエント急行殺人事件」でした。そして、次に読んだのが「三銃士」だったのです。今回は、この英語で読む「三銃士」について、ご紹介したいと思います。


 オックスフォード大学版
 Oxford World's Classics

 こまかい経緯はすっかり忘れたのですが、どう言う訳か私には「オックスフォード信仰」のようなものがあります。決して、大学そのものについての信仰ではありません(どちらかというとケンブリッジに親近感がある)。オックスフォード大学の出版部門が出している「ワールズ・クラシック・シリーズ」に対して、信頼感を持っているのです。
 そんな訳で、最初に「三銃士」の英語版を購入するにあたって、このオックスフォード版を購入しました。条件としては、「原作に忠実な翻訳であること」が必須でした。つまり、子供向けなどの編集版ではないという事です。その点で、オックスフォードは抜かりがないと思われました。
 まず、結論から言うなれば、とにかく読むのに苦労しました!私がまだ英語読書を始めたばかりの頃だったという事もありますが、とにかくデュマの原典をそのまま英語に翻訳した文章は、読みにくいのです。これは、ドイルの英語を読んだ時と同じ感想でした。しかし、この問題は私の英語力なのであって、解決するか否かは、私の努力次第です。
 一方、本の話です。オックスフォードの全集は、どちらかと言えば字が小さい方に分類されます。それから、ペイパーバックにしては、体裁も大きいです。なにせ、注釈が多くて!ホームズの時も同じことを思ったのですが、なにもそこまで注釈しなくても良いよ、と思うほどの量です。これを持ち歩こうと思ったら、それなりの鞄が必要になりますね。

 さて、気になった点を二つほど。
 作品全体で非常に気になったのが、ミレディの名前の表記です。ご存知のとおり、「ミレディ」もしくは「ミラディ」という表記は、そもそもフランス人の彼女が、イギリスで立ち回った際にイギリス人としてMy Lady(奥様)と呼ばれており、そのままフランスで「ミレディ」と呼ばれたのが、この名です。
 従ってイギリス人のウィンター卿が「ミレディ」を使うとおかしな事になる訳で、日本語でも英語でもウィンター卿は「あなた you,彼女 She,」などを用います。しかし、困るのが地の文章です。日本語訳になった時、フランス語の「ミラディ」はそのまま「ミラディ」であり、もしくは「ミレディ」という固有名詞として機能していました。これは名前さえあいまいな彼女を指す呼称として、非常に分かりやすい表現です。
 しかし、オックスフォード版では、Miladyが片っ端から"My Lady"になっているのです。表題の第30章でさえ、"My Lady"、地の文章で彼女を指す場合も、"her ladyship"なのです。つまり、「ミレディ」という表現は一度も出てこないのです。
 これは、オックスフォード版を読んでいる間中、ずっと違和感としてまとわり付き続けました。

 もう一つ、気になったところがあります。私はオックスフォード版は原典を忠実に翻訳したものだと思っていたのですが、一箇所だけ違和感を覚えたのです。それは、第33章「侍女と奥方」の前半です。日本語訳で言うと、ケティが「第二の理由は、恋では誰でも我勝ちでございますもの」と言い、ダルタニアンがケティのダルタニアンへの思いに気づき、気づきつつもミレディを自分のものにするために、ケティを犠牲にしているのだ ―という記述の後です。
 
 『よし、それでは ― ケティ、疑っているお前に私の愛情の証拠を見せてあげよう。』 ―ダルタニアンのこの台詞から、
 「攻めたり、拒んだり、小競り合いに過ごす時ははやくたってしまう」までの文章が、オックスフォードから、抜け落ちているのです。

 一文や二文ではなく、幾つかの会話を含む数文がごっそりなくなっているのには、驚きました。たしかに際どい箇所ではありますが、まさかチャタレイ夫人のような扱いを受けるほどではありません。
 これは、オックスフォードの編集上の配慮というよりは、オックスフォードが採用した原典に原因があるのかもしれません。こうなると、フランス語にも言及しなければならないですね。


 パフィン・クラシックス版 Puffin Classics

 オックスフォードに四苦八苦した後、私が読んだのが、このパフィン版です。パフィンは、有名なペンギン版の子供向けというところでしょう。パフィンとは、ツノメドリの事です。
 この版は対象年齢が12歳ぐらいに設定されています。それでも、意外とボリュームもあり、読み応えがありました。全体的には、オックスフォードの半分くらいでしょう。

 まず、膨大な注釈などはなく、すっきりとしたつくりになっています。
 文章は、ほぼ原典どおりに訳しつつ、例えば冒頭の「薔薇物語の作者云々」のような記述を削って、すっきりさせています。それでも、会話などはかなり原典どおりに展開するので、一体どうやってオックスフォードの半分にボリュームを抑えるのかと思ったら、意外にも大胆な手を使っていました。
 切るところはバッサリ切ってしまっているのです。たとえば、バッキンガム公爵の下り。パリに来て秘密裏に王妃と会う所は、コンスタンスやダルタニアンを巻き込んでいくらかの物語が展開しますが、パフィンでは「バッキンガム公爵がパリに来て、王妃に会い、ダイヤモンドを預かった」としか書かれていないのです。
 更に、ロンドンからパリに帰還したダルタニアンが、三銃士を探すくだり。ポルトスとアラミスそれぞれのエピソードはごっそりカットされています。もちろん、ポルトスと代訴人の妻の話もなし。そしてもっと大胆なのは、ミレディがウィンター卿に幽閉された後、フェルトンを籠絡して脱走するあの大きな箇所が、ほとんど1ページくらいで表現されてしまっているのです。これなら、たしかにボリュームは大きく減るでしょう。

 少々、カットの手法が大胆なので、違和感を持つ方も居ると思いますが、ただ読みやすさでは格段に良いです。また、ミレディの呼称についても、ほぼ日本語訳と同じように、Miladyと表記して固有名詞扱いしています。確かに、この方が読みやすいと思います。

 もし、英語で「三銃士」を読もうと試みる方がいらっしゃるとしたら、このパフィンあたりからチャレンジする事をお勧めします。私は、オックスフォード以外の完全版翻訳にあたってみたいと思います。その際、おそらくミレディの表記が指標になることでしょう。


                                                                   19th March 2006

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