銃士隊長のトレヴィルは、我ながら腹芸の利く人間だと思った。国王と枢機卿にルーヴルに呼び出され、重大な任務を帯びていた8人のイギリス人スパイを、銃士が生け捕りにしたことについて、お褒めと感謝の言葉を受けたのである。トレヴィルは何食わぬ顔で言った。
 「僭越な事を致しました。銃士は市中の出来事によく目を光らせているため、私の命令無しで行動する事も多くあります。幸いお役に立ててうれしゅうございます。」
枢機卿は無表情に、僭越などということは無いと言った。国王は随分満足した様子だったが、そのスパイの任務については興味が無く、後のことは枢機卿に任せていた。
 トレヴィルが屋敷に戻ってみると、わけの分からない事ばかりが彼を待ち受けていた。まずロシュフォール伯爵から上等な馬がトレヴィル気付けの、アトス・ポルトス・アラミス宛に届いていた。その上で、二人の銃士が事もあろうに枢機卿の屋敷内の親衛隊詰め所で、喧嘩騒ぎを起こしたことへの抗議も追加された。トレド広場の宿屋から押しかけて来た女将は、無銭飲食宿泊銃士の苦情をまくし立て、ポルトスの推薦状の入った荷物を持った食堂の親父は、三人の銃士が食い逃げをしたとねじ込んで来た。その上ドーブルーユ侯爵夫人家からはラヴェル・ド・シュリバンなる男の捜索依頼が来ている。
 トレヴィルは思わず頭を抱えた。確か自分は、アトスに二人の新入隊士の世話をしろと命じたはずが、一体どうしたらこんな騒ぎになるのだろうか。一連の騒ぎを片付けた後にも、アトス,ポルトス,アラミスの良くも悪くも大活躍が伝えられ、そのたびに隊長は頭を抱えた。あまりにもこの三人の起こす騒ぎが多すぎて一々名前が言うのが面倒になったのか、しまいには定冠詞Lesつきで三銃士がどうした、三銃士がこうしたという話になっていた。
新入隊士の世話をする事で、アトスをもう少しましな銃士にしようとする目論見は完全に外れてしまった。明白な事は、腕は立つが騒ぎを起こす事においては人後に落ちない若い銃士が、三人に増えたと言う事である。別の任務を課して三人を離すことも考えたが、騒ぎが分散するだけに思えたので、端から諦めた。
(ただ、アトスは…)
ふと、仕事の合間に手を止めてトレヴィルは考えた。
高貴な身分を捨てて銃士になったアトスは、かつて陰鬱な目つきで人を信じず、ひたすら死に向かって生きていた。どうせ死ぬ時は一人なのだから、友人は要らないとでも考えていたのだろう。その姿は痛々しいくらい悲惨で、孤独だった。そして今、アトスの酒を飲んでは喧嘩騒ぎに、賭け事という生活その物は変らない。ただ、彼は一人ではなくなった。その事実だけでも、成果と言うべきかもしれない。
 銃士というのは、不思議な職業だ。
 トレヴィルは、自分が隊長を務めていながらもつくづくそう思う。アトスはその不思議な存在の最たるものだ。新入りのポルトスは剣の腕は一級で才覚も十分にあるようだが、出世にはあまり興味が無いらしい点、優雅で珍しい男だった。アラミスに至っては、推薦状を焼失すると言う事態に見舞われながら、あどけない顔で臆する事無く「銃士は一時の事で、いずれは聖職に就くつもりです」と言い切った。これにはトレヴィルも、呆れるのを通り越して笑ってしまった。
結局銃士とは、いつまでもに完成されない若者なのかも知れない。実年齢の問題ではなく、彼らは心のどこかが永遠に若い。その永遠の若さが彼らの誇りであり、エネルギーであり、騎士道精神の支えなのだ。トレヴィルは日ごろ、口うるさく銃士達に「立派な銃士として振舞え」などと言っているが、それはどだい無理なのだろう。永遠の若さは、完成された立派な存在とは相容れない。その不完全さを国王が、トレヴィル自身が、市民が、そしてフランスが愛しているのだ。二人の友人を得る事によって、アトスの銃士としての若さが、多少なりとも現れ始めた事も成果に数え上げられるとすれば、あながち間違った任務ではなかったと言える。
今やLesをつけられた三銃士こそ、そんな永遠の若さの象徴なのかも知れない。日々大活躍する彼らの輝きを見るにつけ、トレヴィルはそんな事を思った。もちろん、トレヴィルを煩わせるような面倒は、起こさずに済んでくれればそれに超した事はなかったのだが。

 アトスが思うに、ロシュフォールはいけ好かないが、約束を守らないような不誠実な男ではない。あの日知らせを受けたロシュフォールは、枢機卿の親衛隊と数人の憲兵を率いてトゥルスに駆け付けた。いずれも怪我をして動けない7人のイギリス人は住人たちによってがんじがらめにされていたし、その中には最重要人物のジョルジュ・ブークも含まれていた。少し離れた農家の小屋にも一人放り込まれており、一緒に居たアトスの従者からおおよその事情は説明された。もっともその説明も、アトス達がいかにブークらを追いつめたのかを解明するものではなかったが。とにかく、ロシュフォールは上等な馬を3頭贈るはめになった。
 とはいえ、三人とも勝ち取った馬をさっさと売り飛ばしてしまった。アトスとアラミスはトゥルスで自分の馬を取り戻したし、アラミスが馬を売った金でトレド広場の宿に支払を済ませ、ポルトスの馬も無事に返ってきたからである。アトスは飲み屋のつけを精算する以外に金の使い道を思い付かなかった。残りはポルトスとアラミスが下宿を決め、従者を雇うのに使い、また一部はアラミスの焼けた荷物の補填に当てられた。
 持ち物が焼けたからと言って、衣装をすべて新調する程ばかげた話はない。アトスはそちらの方面は不案内なので、アラミスはポルトスと連れ立って安い衣装を見立てに出掛けた。ポルトスとてもパリに出てきたばかりだが、衣装の話となると特殊な能力を発揮するらしい。その日の昼頃、二人は荷物を抱えてアトスの部屋を訪れた。部屋の主はさっき起きたばかりのような顔で、ぼんやりと迎え酒を飲んでいる所だった。
「見ろよ、アトス。中々のものだろう?」
早速ポルトスが見立てた服を着たアラミスは、ポルトスの得意そうな言いように苦笑いしたが、あながちいやな気持ちでもないらしい。鉄色を帯びた濃い青の服が、アラミスの金髪に良く似合っている。
「衣装の山から、瞬時に私の身の丈に合う服を探し出すのだから、ポルトスの目は大したものさ。しかも新品と見まごうばかりの一品ばかりだから、感心するよ。」
アラミスの言う事には、別の意味でアトスも同感だった。ポルトスの目の良さは実証済みである。しかしポルトスが見抜いたアトスの出自について、その後二人とも話題にしなかった。アトスはもう、どうでも良くなっている。
 アトスはアラミスの姿を暫らく眺めている内に、思い出したように床から上着を拾い上げてゴソゴソと着始めた。
「もっとも、丈が合わないものも色々あってさ…」
ポルトスが荷物の中から上等な絹のシャツを取り出し、アラミスの胸に当てながら言った。
「これなんか、少し長さが合わないのだが、直しに出せば大丈夫さ。何せ仕立てが良いんだ。レースの細工も良いし。こんな上等なシャツが質流れで出回っているんだぜ。パリって言うのは、本当に不思議な所さ。」
それを眺めながら、アトスは別の事を考えていた。
そこへ、グリモーが外出先から戻ってきた。ポルトスが早速彼をつかまえた。
「やあ、グリモー。見ろよ、アラミスの服を。よく似合うだろう?このシャツもかなりの物だと思わないか?」
「はあ。」
グリモーは少し口ごもって、主人を見やった。アトスは意に介さない様子で、肩帯と剣を着けながら従者に言った。
「うまくいったか?」
「はい、ドーブルーユ侯爵夫人は納得されたようです。」
「納得してくれなきゃ困るよ。あのブローチは気に入っていたんだからな。」
 ドーブルーユ侯爵夫人からの「ラヴェル・ド・シュリバン捜索願い」が余りにもしつこいため、彼には死んでもらう事になった。すなわち、グリモーが使者となって侯爵家を訪れ、ラヴェル・ド・シュリバンの「討死」を報告したのである。説得力を増す小道具として、ポルトスは「形見」にマントに留めていた銀細工のブローチを差し出す事になった。
「侯爵夫人はさぞお嘆きで?」
アラミスがニヤニヤしながら尋ねた。
「はい、それはもう。お嘆きのあまり卒倒なさいました。」
「おやおや。」
「シュリバン様は敵の首領を討ち破ったものの深手を負い、奥様の名を呼びながら亡くなりましたので、そのおつもりで。」
「いいぞ、グリモー。」
アトスが短く言い、アラミスは声を上げて笑った。
「そりゃいい。私はド・シュリバンのために祈って差し上げよう。主よ、ド・シュリバンの罪深き魂を救いたまえ。」
ポルトスはアラミスのシャツを放り出し、溜息をついた。
「いいさ。あの辺りには近付かない様にするよ。」
アトスが立ち上がり、帽子を被った。
「さてポルトス、アラミス。行くぞ。トレヴィル殿の呼出し命令がお待ちかねだ。」
三銃士は顔を見合わせて合図のように笑うと、勢い良く出掛けて行った。
「いってらっしゃいまし…」
グリモーは一人ぼんやりと言った。
 残されたアラミスの荷物を見ると、さっきの上等なシャツがあった。グリモーはそれを取り上げて、しげしげと眺めた。彼の記憶が確かであれば、このシャツはつい最近までアトスが着ていたような気がする。あの日の朝、洗濯をしようとしてシャツが足りなくなっていた。アトスは例によってシャツまで、賭けで取られたらしい。それが質流れになって、どういう訳かアラミスの元に落ち着いたのだ。アトスは気付いているのかどうか。気付いていても口に出したりはしないだろう。
「ご立派ではないが…」
グリモーはつぶやいた。
「面白いご主人様には違いないな。」

                               立派な銃士の作り方 完


あとがき
 ある日突然、三銃士熱が沸騰して書き始め、長さの割りに早く仕上がった作品。
 元々は断片的なシーンが頭に幾つか浮かんできたものを、ストーリーにしてつなげるのは面白い作業でした。
 章題でもお分かりの通りアトスが主役でしたが、いつの間にかポルトスに力が入ったのは何故でしょう?格好良いポルトスの創造は、まだ暫く続きそうです。アラミスはちょっと消化不良という気もします。「三銃士」の次回作では、アラミスといよいよダルタニアンを活躍させたいです。
 読んでくださったり、ご感想をお寄せくださった皆様、ありがとうございました。とりわけ、私の「三銃士」世界の構築に多大なる影響を与えた下さった、ゆき@セオドアさんに感謝を。

8.トレヴィル隊長、立派な銃士について考える

The Three Musketeers  三銃士  Pastiche  パスティーシュ


  立派な銃士の作り方
  

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