グラナダテレビ製作ドラマシリーズ / 各エピソード別感想

 海外条約事件 / 美しき自転車乗り / まがった男

Sherlock Holmes

海外条約事件

 トップクラスに好きなエピソード。展開の上手さ,脚本,推理,衣装,演出など、全てが上手く行っている。

 ベーカー街221bは雑然,乱雑だ vs依頼人宅は綺麗で明るい

  原作「マスグレーブ家の儀式」は、冒頭に221bの居間の有様が詳細に描かれている事で有名であり、人気があると言って良いだろう。グラナダでは、その点をこのエピソードの冒頭に表現した。壁のVRの弾痕まで再現したのは、マニア心をくすぐる徹底振りである。そこで怪しい化学実験をするホームズも、髪の撫で付け方が甘いし、ガウンを羽織って、多少だらっとしている。
 一方、ワトスンの学友で事件の依頼人フェルプスの家は…郊外のお金持ちとあって、まず庭が綺麗。「踊る人形」に続いて、美しいイングリッシュ・ガーデンが楽しめる。天気が良いのも効果的。

 事件と解決への展開

 この作品は非常に良く出来ているが、ただ一つ無理があるとしたら、フェルプスが条約文書を机上に置いたまま部屋を出た、という迂闊すぎる一点である。もっともそうではないと事件そのものが起きず、相変わらずホームズは部屋を散らかし放題にするだけなのだから、仕方がない。
 このエピソードはホームズの衣装が楽しめる。外務大臣に会いに行った時の正装は、かなり格好良い。その夜、ベーカー街の寝室に引き取る前、ワトスンが「大丈夫か?」と尋ねるが、ここで特徴的な音楽が流れる。サントラCDには収録されていないので曲名が分からない。私は「友情のテーマ」と名付けた(ヴェルディのオペラ「ドン・カルロ」参照)。ヴァイオリンアンサンブルによる、バロックっぽいこの音楽、二人の友情が表現される所に、これ以後もよく登場する。

 「犯人は、なぜベルを鳴らしたのか?」
 「なぜ犯人は文書を出してこない?」
 「なぜ、寝室に侵入者が?」

 これらの謎が巧妙につながり、更にそれを解決に導くためのホームズの作戦も鮮やか。更に、成果を披露する時のホームズの演出は、もちろん原作通りであり、とどめの一撃という感じで、実に爽やかなエピソードとなった。

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美しき自転車乗り

 評価としては、やや微妙なエピソード。基本となる事件そのものの展開は上手く出来ているのだが、捜査段階がいまいちすっきりしていない。依頼人がピアノ教師なのだが、音楽を絡め切れなかった点も残念。これは原作に責任があるのだが。

 乗り込んでくる依頼人と、乗り込まないホームズ

 例の怪しい化学実験中に乗り込んできた女性依頼人。ホームズは手を見て「ピアニスト」と推理する。ピアノを弾く人間の指の特徴。まず凄い深爪。指先がカエルのようにぷっくりしている。しかし、その他は…実は個人差が大きい。手全体がグローブのようになって、あまり綺麗な形とは言えない人も居るが、肉がそぎ落とされて骨が浮き出るタイプのピアノ弾きも居るのだ。指の長さは遺伝性であって、いくら弾いても伸びない。
 事件の捜査にまず、ワトスンが派遣されてホームズに酷評されるのだが、これが展開としては無駄のような感じがする。次にホームズが現地に乗りこんだ際の、有名な「クラシックスタイル・ボクシング,僕は紳士だ!」をやるための無理な展開とも思える。

 ドタバタした解決方法と、ふんだんなドライアイス

 このエピソードの場合、最後まで「事件」そのものは起こっていない。従って、終盤にドタバタと事件が起こり、急転直下的に解決する。この点は「踊る人形」と同じなのだが、証言と現場検証,暗号から鮮やかにまとめた「人形」よりも、スマートさに欠ける。
 つまり、このエピソードは「アクション」に重点の置かれた回だったと、解釈するべきだろうか。「カードの勝負で決めました」という一言は、原作よりも効果的に使われていて良かった。
 さて、事件解決。ホームズはコカイン、コカイン…ワトスンは咎めている割には、存外あっさりしている。こうでなければ、ジャンキーの友人は務まらないという所だろうか。
 最後の煙と消防隊は、お約束だが好きだ。いつか私も、パスティーシュでこれをやってみたい。

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まがった男

 軍隊という設定が登場。この異常な仕事をする集団特有の、雰囲気 ―いわゆる「軍人風」が味わえる。

 男の生きがいは軍隊生活(モンティ・パイソンより引用)

 依頼内容を聞くためにやって来たホームズ。非常に挙動不審である。部屋の中をきょろきょろ見回し、ウロウロ歩き回り、依頼人の「軍人風」の真面目くさった鼻先でニタっと笑う。明らかに不適格にて、徴兵はされないだろう。
 事件現場の家は、当時の上流階級の生活がよく分かって興味深い。侵入者の存在,小動物の連れ,被害者の状況、フランス窓、庭の芝生…現場検証の鮮やかさが良い。
 容疑を掛けられた夫人のその晩の様子を調べ、「侵入者」にたどりついたまでは良かったが、その後の展開が私としては残念だ。

 ダヴィデ記を読む男

 エピソードの後半は、犯人(この場合犯人と言えるかどうか疑問だが)が昔の因縁話を長々と語るという、展開になってしまった。ホームズ物語には度々この展開が登場するが、私はあまり好きではない。つまり、昔話をしている間、探偵は何もしていないのであり、探偵物を鑑賞している醍醐味が抜け落ちてしまうからだ。
 しかし「デイヴィッド」という夫人の言葉が指し示していた事に関する種明かしは、素晴らしい。更に、ホームズが聖書をそらんじているわけではなく、しっかり調べたのだという事をワトスンが簡単に看破するという、グラダナ独自の演出が絶品だ。このことが、私のこのエピソードに対する評価を上げているといって過言ではない。
 ちなみに。私のオリジナル小説の主人公の命名に関するエピソードは、この「まがった男」の「デイヴィッド」に関する種明かしから来ている。

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