グラナダテレビ製作ドラマシリーズ / 各エピソード別感想
ギリシャ語通訳 / ノーウッドの建築業者 / 入院患者
Sherlock Holmes
ギリシャ語通訳
マイクロフト・ホームズ登場ということで有名な作品。兄登場以外は大して面白い要素はない原作だが、このグラナダでは中々上手な味付けをしている。
Children, my dear boy, children.
冒頭でやおらホームズがベーカー街の部屋を荒らしているのだが、あれは何を探していたのだろうか?
ともあれ、事の成り行きでホームズに兄が居るらしいという会話になる。しかし、「実は今日の午後会うことになっている」という展開を考えると、実はホームズがわざと兄の存在を伝えるために話題を振ったのではないかと思われる。
ディオゲネス・クラブ訪問。別に紳士がこぞって壷に入っているわけではない。マイクロフトはこの人間嫌いクラブの会員だが、ワトスンに対しては初対面にして愛想が良い。なんといっても、窓越しの推理合戦が面白い。兄弟揃って芝居がかった台詞回しに、兄の大げさな仕草。
マイクロフトは、メラス氏が奇妙な体験を話し終わった時も居眠りしているし、弟に驚かされて目を覚ます。「当家の行動力は弟が独占だ」とぼやき、ベーカー街へは住人よりも先回りして悦に入っている。どこからどう見てもオモシロキャラといえそうだ。
デリンジャー必携,汽車の旅
マイクロフトが出した新聞広告に対して、「ある人物が『知っている』と知らせてきた。お嬢さんはあそこに居る」という反応しただけで、あとはその館に行くのだが、このあたりの展開はやや簡単過ぎか。原作の面白くないところはここで話が収束してしまっているところにある。しかしグラナダでは、汽車での追跡劇という展開でこれを打破した。
ホームズが目指すのコンパートメントに入る時、「かまいませんか?」とギリシャ語で尋ねている。これは、女性がソフィであることを確認するためだと思われる。
この汽車の場面でも、一番美味しい所を持っていったのはマイクロフト。食堂車でメラスの証言を元に敵を見定め、ギリシャ語の点で彼を確認。そしてスリの才能を以ってケンプの銃を奪い、「これはあんたのでしたな」と、美味しい所で助けに入った。この時のケンプの表情が良い。それにしても、マイクロフトは「これは、あんたのリボフヴァーですよね?」と言っているが、実際にはあれは単発,もしくは二発式のデリンジャーである。ごっついリボルヴァーを持っているのは、あなたの弟の方ですよ。
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ノーウッドの建築業者
この作品も原作の不足を上手く補った作品。私が一番に好きな作品に挙げる回でもある。
ベーカー街,そして美しい郊外の邸宅
ロンドンは犯罪がなく、面白くないと物騒な事を言うホームズに、喘息持ちでフリーメイソンの弁護士が駆け込んでくる。彼の容疑を晴らすのが今回のホームズの仕事なのだが、今回初登場のレストレードが依頼人を追い詰める方に回っているのが面白い。しかもこのレストレード、原作の「いたち男」そのものである。
ベーカー街での事情説明につづいて、依頼人の自宅訪問と母親との会見。そしていよいよ、ノーウッドの現場検証となる。焼け跡でのワトスンの「ズボンを穿いていて良かった」というのは、お気に入りの台詞だ。この建築業者の家のシーンは楽しくて、綺麗な所が多い。特に、野次馬の子供と本気で追いかけっこをしている巡査。それから、ホームズが徘徊する庭が美しい。フロック・コートにトップハットのホームズの姿も格好良い。物乞いに関する家政婦とホームズの会話も、面白かった。露口氏の「ごもっとも」という口調がお茶目。
餅は餅屋だなぁ!
ホームズは庭で被害者宅の寸法に疑問を抱いていたし、ワトスンが銀行口座の不自然さも指摘している。その後の潜入操作で浮浪者が一人消えてしまっていることも突き止めているのだから、ホームズは翌朝それほど落ち込むこともないと思うのだが…依頼人が逮捕されている以上、早く「決め手」を見つけないと、手遅れになってしまうという焦りだろうか、ベーカー街で朝っぱらからギーギー、ヴァイオリンを弾き鳴らすホームズ。しまいには投げる。
いじけモードのホームズを、しっかりしろと軌道修正させるワトスンのシーンは、初めて見た時不覚にも泣きそうになった。音楽のいわゆる「友情のテーマ」(ヴェルディ,ドン・カルロの話ではない!)のせいだろうか。ちなみに、意気消沈しているホームズの顔が、ヴァイオリンを拾い上げるワトスンの背後にあるマントルピースの鏡に映っている。中々凝ったアングル。
さて、レストレードに呼び出されて再びノーウッドへ。指紋という決定的な証拠を見せ付けられ、ホームズの敗北は確実かと思われたが、ホームズはここで勝利を確信。なぜかと言えば「昨日僕が見た時は、あの指紋はなかった」というのが、有無を言わせず爽快。
オールデイカーが家の中に潜んでいる事を確信したホームズの思惑通り、火でオールデイカーを炙り出す。そして「ネズミの穴」を検分するのだが、ここでのホームズの台詞“There’s
the advantage of being a builder,” を、「餅は餅屋だなぁ!」と訳した吹き替えの翻訳者さんは凄い。この翻訳はシリーズ中でも一番のお気に入り。
この作品は、容疑者がホームズに助けを求め、関係者への事情聴取,現場検証,潜入操作,行き詰った末のホームズの落ち込みと、それを救うワトスン,いよいよピンチと見えて、大逆転。さらに理路整然とした謎解きが加わり、シリーズ屈指の名作になったと思う。
背景や建物,舗装工事をする風景など、画面の美しさや、レストレードも含めた登場人物の服装,仕草なども綺麗にはまっていた。
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入院患者
この作品の構成は、原作もドラマもあまり面白くないのだが、それを感じさせない演出が面白い。
床屋と医者
いきなり原作にはない大胆な演出の場面が展開する。すなわち、床屋のシーンである。ハドソン夫人の掃除のために、221Bを追い出されたホームズが、ワトスンの居る床屋に避難して来る。その様子を見て、ワトスンはホームズの心境を推理して見せるのだが、そのやり取りが面白い。
どうやら、昨晩ホームズは演奏会に行ってベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲を聴いたらしい。ホームズはヨアヒムの運指法について語っているが、これが実際ヨアヒムの演奏を聴いたのかどうかは分からない。ヨアヒムは1907年に亡くなったドイツ人のヴァイオリン奏者。ブラームスとも親交があった。イギリスにも演奏旅行をしているので、不可能ではないだろう。そんな訳で、床屋から221Bに戻る時のBGMはベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲。かなりテンポが速い。
依頼人トレヴェリアンが事情を説明するのだが、この話は当時の医者というものが良く分かって面白い。ワトスンもそうだが、大学で医学を修めても金がなければ開業できないという事情が分かる。そしてスポンサーがつき、立派な開業医になってからの仕事振りも興味深い。
事情を聞いたホームズは依頼人と共に、ブルック街の現場に向かうのだが、ここでの身のこなしなど、相変わらずブレットの姿は格好良い。
1880年3月の新聞がない!
翌朝、トレヴェリアン医師の電報が急を告げる。ホームズが寝ているワトスンを起こしに来るのだが、例によってホームズは完璧に身支度をしてしまってから、起しに来る。馬車でブルック街に到着し、トレヴェリアンからブレシントンが自殺したと聞かされて、口笛を吹くホームズ。不謹慎で結構。
ブレシントンの寝室を色々調べて、昨夜起こったことをホームズが推理してみせる過程は、あいかわらず鮮やか。それにしても、三人の侵入者は少々痕跡を残しすぎのような気がするが。ポアロ辺りがこの不自然さを看破するのだろう。
推理はしたものの、事情は確認しなければならないので、ホームズは一旦ベーカー街へ戻る。これまた例によって、居間を荒らすホームズ。掃除したばかりの部屋をあらされて発狂しそうになるハドソン夫人の気持ちはよく分かる。さて、再びブルック街へ。時刻がそうなのだろうが、人が一人吊るされた部屋で、よくもお茶を楽しむ気になるものだ。
今回の展開は、長い長い前提があって、現場検証と推理だけで終わってしまい、最後のもうひと展開が抜け落ちてしまった。これはプロット的には中途半端でいただけないのだが、その不満な点を、床屋や部屋の掃除と部屋荒らし、迷惑なヴァイオリンに執筆へのちょっかい出しなどで上手く埋めた。演出の妙と言うべきだろう。
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