可哀相なジョン王子は、真冬のテムズ川の落ちたせいで熱を出し、ロンドン塔の居室で寝込んでしまった。ウィンザーの父王の元に居たはずの彼が、なぜ昨夜突然ロンドン塔に現れたかと言うと、これがいかにもジョン王子らしい。ハルとデイヴィッドがロンドンに戻ってしまったのを知った彼は、わざわざ追いかけてきたのである。曰く、秋のモンマス視察には自分も同行したので、ウェイルズ戦線の交代業務に就いては自分にも助言できると。
 しかし、ジョンがウェストミンスターに到着してみると肝心の兄は不在で、弟のハンフリーがのんびりしていたのである。めげないジョンはハンフリーから兄がロンドン塔に居るらしいと聞いて、駆けつけた。ハンフリーにも一緒に行くかと尋ねたが、弟はあははと笑って、遠慮した。
 ハンフリーがロンドン塔に行かなかったのは、ハルが叔父で大法官のウィンチェスター司教がロンドン塔に来るだろうとほのめかしたからである。
 実際、そうなった。

 ロンドン塔南の船着き場は、完全に片付くまでは夜中までかかった。ほとんどの荷物は運び出され、一旦ロンドン塔内に保管された。そして翌朝早く、ウィッティントン自ら人手と荷馬車を引き連れて荷物を引取に来た。もちろん、ハンフリーの大事な羊皮紙はロンドン塔に残された。
 ウィッティントンが来た時、ハルはもちろんデイヴィッドも珍しく寝過ごしており、会う事は出来なかった。ウィッティントンはまたいつでもシティに来て下さい、歓迎しますと伝言を残した。
 ハルとデイヴィッドが塔内の礼拝堂でお祈りを済ませると、オックスフォードから到着したウィンチェスター司教と鉢合わせになった。ハルもデイヴィッドにも散々言いたい事はあるが、祭壇の前で展開する訳にも行かない。とりあえずやるべき事を済ませてから、三人は場所を移しての会見となった。

 ロンドン塔内でウィンチェスター司教が大法官として使用している執務室は、朝日が射し込む時間は明るく気持ちの良い部屋だった。ここ数日、ずっとロンドンを圧迫していた厚い雲は、今朝になってやっと切れ目が現れ、冬の太陽が顔を覗かせた。
 「首謀者は、叔父上ですね?」
 いつもなら司教が先に小言を言いそうな物だが、今回は真っ先にハルが口を開いた。ハル,デイヴィッド,ウィンチェスター司教はそれぞれ椅子に座って向かい合っている。
「首謀者とは人聞きが悪いな、ハリー。適正な摘発行為だぞ。」
「派手な芝居つきでですか?」
平気な顔でデイヴィッドが言うと、ハルが皮肉っぽい笑顔を浮かべた。
「そりゃ、私だって叔父上がサウザンプトンを起点に、大規模な密輸グループの摘発に努力なさっていた事は知っていましたよ。セント・メアリーが密輸グループの船だと分かったのはいつです?」
「今年の春だ。あの船の乗組員は、フランスからの密輸を長年に渡って大規模に行っていたんだ。しかも、フランス側の業者も仲間に引き入れている。」
 司教は膝の上で両手を組みあわせた。ハルは腕を組んで背中を背もたれに預けると、質問を続けた。
「お得意の密偵捜査で判明した訳ですね。」
「何とでも言え。」
「じゃあ、セント・メアリーを所有していた海運業者に圧力を掛けて、テムズ川の輸送船に変えさせたのも、叔父上ですね?」
「沿岸輸送をしていると、手を出せない領地の港も含まれて、手入れが徹底できないからな。中途半端にはしたくないから、ロンドン港まで引き入れた。」
「それにしたって、ロンドン港で密輸グループの身柄を拘束すれば事が足りるでしょう。どうしてリンドレイを密輸グループに潜入させるなんて大袈裟な事を?」
 ハルは珍しく司教のすることをしつこく追及した。デイヴィッドは黙って見ている。司教はそもそも今回の摘発が完了したらハルに報告するつもりだったので、別に苦にする様子もなく説明した。
 「密輸グループは、三者に分れる。セント・メアリーの船員たち、フランスの業者、そしてイングランドの業者だ。フランスの業者は当然管轄外だから手が出せない。しかし、イングランド側は一網打尽にしたかった。もちろんセント・メアリーの船員を逮捕してから聞き出すのが常套手段だが、それではイングランド側の業者に証拠隠滅と誤魔化しの時間を与えてしまう。そこで、リンドレイをまず密輸に協力する人間に仕立て上げ、セント・メアリーの船員の仲間にしたんだ。」
「それで、密輸業者の目星はついたのですか?」
「それはもう、すっかり洗い出せた。セント・メアリーに荷物を預けていた業者の殆どが密輸に関わっていたんだ。セント・メアリーが賊に乗っ取られて大慌てをしている間に、私の部下が業者の事務所を押さえて、証拠を確保できたから、こっちも大成功だ。」
「道理で、昨日の朝の埠頭が、殺気立っていた訳ですよ。」
 ハルが苦々しく笑った。すると、デイヴィッドが鋭い声で司教に尋ねた。
「ウィッティントンはどうなんです?」
司教は少し眉をあげると、僅かに首を振った。
「ウィッティントンは私の協力者だ。セント・メアリーの荷物が密輸品だけになると、当事者達の警戒が強まる。それを解くために彼に食い込ませたんだ。なに、彼ほどの実力のある商人なら、狙った船に荷物を載せるために根回しをするのなんて造作もない。」
「それで、カプソン兄弟はどうなんです?彼らは事情を知っていたのですが?」
「いや。」
 司教はここで少し笑った。
「彼らは何も知らない。今年の夏にセント・メアリーの所属を変えさせた時、カプソン兄弟水運の所有になったのは偶然だ。私としては所有者は誰でも構わなかったからな。」
「可哀相に、あのカプソン兄弟水運の評判はがた落ちですよ。船を乗っ取られた上に、行方不明なんて。」
 ハルが少し眉を寄せたが、司教は涼しい顔だ。
「密輸を働くような業者の評判だ。ウィッティントンは事情を知っているし、荷物も無事に回収できたからな。」
「全て無事ではありませんでしたよ。」
 ハルが立ち上がった。デイヴィッドと司教の周りをぐるりと回ると、今度は司教が執務を行う机に腰掛けて、腕を組んだ。
 「叔父上のおっしゃる事は分かりました。密輸組織の摘発は大成功というところでしょう。御手柄でしたね。そのためにボーフォート三兄弟が協力したのですから、美しい兄弟愛ですよ。ただ、叔父上。これだけは申し上げておきますよ。任務を遂行するために大芝居をするのも結構ですし、大掛かりな仕掛けをするのも結構。ただ、何の関係もない市民に損害を与えるような事は賛成できません。今回の場合はカプソン兄弟であり、ロンドン港で荷捌きのために集まっていた人々であり、クリスマスの荷物を送ったり、到着を心待ちにしていた全ての人々です。万が一の事故にそなえて、荷物の保証をウィッティントンに依頼したのは結構ですが、品物の損害をお金だけが肩代わりできる訳じゃない。失って取り戻せない物が沢山あることを、分かって下さい。」
 黙って聞いていた司教は、一瞬デイヴィッドに微笑んでみせてから、ゆっくりと立ち上がってハルに向き直った。
「ハリー。お前の気持ちは承知した。今後は慎もう。ただ、これだけは覚悟を決めろ。為政者は常識と優しさだけでは務まらないんだ。」
「それはそれとして、肝に銘じます。それから、もう一つ。」
 ハルは机から立ち上がった。微妙な表情をしている。
「王城で事を起こす時は、事前に陛下か私の許可を取って下さい。たいていの事はお任せしますが、あれだけ大人数の人間を逮捕し、その為に混乱も予想された。演技とは言え、盗賊に乗っ取られた船を王城の船着き場に着けたのでは、リンドレイがデイヴィッドに射殺されても文句はありますまい。」
 ハルはじっと司教の顔を見据えている。司教も甥の顔をみつめていたが、やがて目元を和らげて頷いた。
「分かった。その点も承知した。今後はかならず陛下かお前に相談しよう。」
 その時、執務室の扉を叩く音がした。
「失礼します。」
 そう言いながら入ってきたのは、リンドレイだ。手に大きな盆を携えている。盆にはコップは三つ,そして大きなワインの容器が載っている。
「ご指示の通り、ワインをお持ちしました。」
「ああ、ありがとうリンドレイ。ここに置いて。」
 ハルは、ぱっと笑うとリンドレイに盆を机の上に置かせた。リンドレイはそのまま部屋を退出しようとしたが、扉を閉める前にハルに言った。
「下に、宮内省のテラーズさんと、ヨークから来たとか言う議員さんが殿下をお待ちですよ。」
「分かった。すぐに行くから、待たせてくれ。」
 ハルはもう容器を取ってワインをコップに注いでいる。リンドレイは頷いて扉を閉めた。
 「さあ叔父上、デイヴィッド。ロヌーク夫人からの贈り物です。ブルゴーニュのヴィス・ワインを賞味するとしましょう。」
 ハルがコップをそれぞれ司教とデイヴィッドに差し出す。デイヴィッドも立ち上がると、ハルの前で受け取った。司教が受け取りながら言った。
「ロヌーク夫人のワインか。事情は聞いたよ。毒でも入っているんじゃないか?」
「大きな樽三つに入れて効く毒って、どのくらいの量です?」
 デイヴィッドが静かに言葉を挟み、ワインを口に運んだ。ハルも飲み始めている。それを見て、司教もワインを口に含む。三人はワインを飲み込んでからしばらく顔を見合わせていたが、やがて異口同音に言った。
「美味い。」
 確かに、極上のワインだ。ホワイト・ウィージルの連中の表現もあながち間違っていない。一昨日ハルとデイヴィッドがウィッティントンの屋敷で飲んだワインも素晴らしかったが、このヴィス・ワインはその上を行く味だった。
「確かに美味いな、これ。うん、どうもロヌーク夫人ってのは、俺に悪意を持っている訳ではなさそうだぞ。」
 ハルはそう言いながら更にコップを傾けた。デイヴィッドはゆっくり飲みながら、
「それはどうかな…」
と、呟く。ウィンチェスター司教はコップのワインを眺めながら言った。
「ロヌーク夫人…逃げるでもなく、大胆にもハリーに贈り物か。しかもレッド・ホロウを経由するとは、なかなか目の付け所が良いな。」
「手がかりになるでしょう?」
ハルはもう二杯目を飲み始めている。司教は頷いた。
「なるな。ワインを手がかりに調べてみよう。樽にもなにか情報があるかもしれない。ウィッティントンにもロヌーク夫人から連絡があったら知らせるように、言っておこう。」
「お願いします。」
ハルは二杯目を素早く飲み干すと、椅子に掛けてあったマントを取った。
「最後に一つ、良いですか。」
デイヴィッドが司教に尋ねた。
「何だ。」
「司教、ウィッティントンとはいつからの協力関係ですか?彼が今回市長になった時からの?」
「いや、もっと前だ。」
司教も、もう一杯注いだ。
「1399年ですか。」
 デイヴィッドが司教の顔を見詰める。ハルも黙って司教を見やった。司教は静かに答えた。
「そうだ。」
 デイヴィッドは黙って頷き、ワインを口に運んだ。ハルはマントを肩に担ぐと扉を開き、
「じゃぁ、そのワイン。二樽はホワイト・ウィージルに送ってやってくれ。一樽はここで飲もう。」
と言い残して出ていった。山積する公務に立ち向いに行ったのだ。

 「どうかしたか?」
 部屋に残された司教が、デイヴィッドに尋ねた。
「どうとは?」
デイヴィッドも二杯目を注いでいる。司教は執務用の椅子に腰掛け、両手を机に置いた。
「ウィッティントンの事だ。」
「ああ…。」
 デイヴィッドはまた椅子に座ると、足を組んでゆっくりとワインを口に運んだ。
「ロンドン市長がどうという訳ではありませんが…。ウィッティントンは1399年も市長だったとか。」
「そうだ。」
「政変の時、国王に忠誠を誓うシティは、中立を保ち、ヘンリー四世陛下への政権移動を静観したそうですね。」
「ウィッティントンが言ったのか。」
「一昨晩。それ自体はともかくとして…もしや、陛下や司教が彼らにそれを依頼したのではと。」
「なるほど。」
 司教は背中を椅子に凭せ掛けて、大きく溜息をついた。
「お前やハリーがそう思うのも無理もないかもしれない。私のやり方の強引さは、今回の事でも保証付きだからな。」
 デイヴィッドは何も言わずに司教を見つめている。司教はにやりと微笑んだ。
「答えはノーだ。あの時、シティとは特に接触を持たなかった。それは確かだ。」
「そうですか。」
 デイヴィッドは細かく頷くと、コップの中の水面を見つめた。ウィンチェスター司教が続けた。
「ウィッティントンの所であの時の話になったのか。道理でハリーがやけに刺々しい訳だ。」
「今回の事は、あなたが勝手な事するのが悪いんですよ。」
「分かってる。」
 司教は立ち上がると、背後の窓を開けた。冷たい外気が吹き込んでくる。雲が晴れて、久々に明るいロンドンの町並みが視界に広がった。
 「なぁ、デイヴィッド。ハリーの心の持ちようは、変らないものかな。」
 デイヴィッドは黙っている。司教はデイヴィッドに背を向けて、窓の外を見ながら続けた。
「リチャードを退位させた事に、衝撃を受けたのは分かる。お前達はまだ十二歳だったからな。しかしそうでなければ、今の陛下もなければ、皇太子ヘンリーもない。父こそが国王であり、自分こそが皇太子だという自負心がある以上、リチャードに対する罪の意識を乗り越えるべきだ。」
「リチャード二世陛下を退位させただけじゃない。死にまで追いやった。」
 デイヴィッドの口調は変っていない。少し間を置いて、司教は振り返った。
「負い目は拭えないと?その点における父親に対する憎しみを抑え切れないと?」
「それを確認して、何か良い手立てでもおありですか?」
デイヴィッドはまっすぐに司教をみつめたまま、低く、静かな声で言った。
「無いな。」
 司教は困ったように微笑んだ。
「お前達はもう十九だ。どういう心境で居ろなんて、言っても無駄だろう。ただ、リチャードへの負い目と陛下へ憎悪は、たとえ僅かだとしても、皇太子として、将来の国王としては邪魔でしかない。」
「それはハルも分かっています。」
 デイヴィッドは立ち上がった。
「分かっているからこそ、ああやって陛下を補佐し、ウェイルズ戦線の指揮も執る。ハルが申し分のない皇太子である事は、あなたも認めるはずです。」
「しょっちゅう宮殿から脱走したり、市井のあれやこれやに首を突っ込む以外はな。」
 デイヴィッドは一瞬両頬を上げて、鼻で笑いながら立ち上がった。脱走癖は司教譲りの気質だ。ウィンチェスター司教も笑っている。
「デイヴィッド、一つお前に聞くが。」
「何です。」
 デイヴィッドはワインを飲み干すと、コップを置いてテーブルの盆を取り上げた。
「さっきの、ハリーの皇太子として、国王としては障害となる感情についてだが。お前も同じか?」
 デイヴィッドは盆をテーブルに置き直すと、少し司教の方に身を乗り出して、低いがはっきりとした声で言った。
「リチャードの死を悼む気持ちは、ハルと同じです。陛下に関しては ― 説明が難しいです。ただ、私はハルと違って陛下の実の息子ではないし、皇太子でも将来の国王でもない。一介の騎士であり、そして陛下の事が好きです。参考になりましたか?」
 食えない奴だ ― とでも言いた気な様子で、司教は微笑み、頷いた。
「なったよ。ご苦労。盆を下げてくれ。それからハリーを…」
 司教が言葉に迷っている間に、もうデイヴィッドは盆を抱えて執務室から出ていってしまった。

 サー・トマス・ボーフォートに率いられた軍勢は、間もなく物資補給も完了して、ウェイルズへ出発した。ウェイルズでの反乱軍との戦いは、この冬の間は休戦状態となった。ロンドンからボーフォートが引っ張ってきた物資は、いつもに増して内容が充実しており、兵士達は物質的には故郷に居るのと同じような気分を、すこしだけ味わう事が出来た。
 ウィッティントンは回収した荷物を無事に配送に回し、テムズ川に水没してしまった物に関しては、過大なほどの保証を行った。このロンドン市長にしてシティ一の豪商は、ボーフォート家のみならず、ハルという王族とも懇意になり、予想以上の収穫を得た。
 カプソン兄弟は、大法官のウィンチェスター司教直々にウェストミンスター宮殿に呼び出され、事情の説明と船の補填の申し出を受けた。もちろん、これは皇太子ハルが司教に要請した事である。兄弟は相変わらず素っ頓狂な喋りを同時に繰り広げ、司教の目を白黒させた。
 ロヌーク夫人から送られたブルゴーニュのヴィス・ワインの内、二樽はレッド・ホロウのホワイト・ウィージルに送られた。クリスマスのお祝いにしろというつもりで手配したのだが、大喜びしたレッド・ホロウの住人に、瞬く間に飲み干されてしまった。
 ウィンチェスター司教は、ヴィス・ワインを手がかりに、部下へロヌーク夫人に関する調査を続行するように命じた。

 国王ヘンリー四世は、王妃や側近など連れて、まもなくロンドンのウェストミンスター宮殿に戻った。その頃にはジョン王子も風邪から回復しており、王族はクリスマスの準備に忙殺された。
 もっともハンフリー王子は、無事に届いたフランドル製の最高級羊皮紙に有頂天だった。早速オックスフォードに居るデズモンド・ギブスンに紙の到着を知らせ、みずからも紙と共にオックスフォードへ飛んでいきたい気持ちでいっぱいだったが、そこはクリスマスということで側近に諌められた。
 デイヴィッドがウェストミンスターに戻ってきたお歴々に確かめた所、セグゼスター伯爵夫妻がクリスマスをロンドンで過ごすと言うのは、本当らしい。領地の方は、長男のエドワードがすべて取り仕切るとの事だった。
 どういう訳かジョン王子がやきもきしていたが、デイヴィッドは例年通りセグゼスターに帰郷する事にした。そうでもしないと、領民に顔を忘れられてしまう。

 猫のフッカーは、結局あのままロンドン塔に居着いてしまった。
 あの時、なぜ船倉に残された小包の中の一つ, ダルシーのフェンダー家への荷物に、フッカーが甘えるような泣き声を上げながら擦り寄っていたのか、デイヴィッドには疑問だった。
 理由はずっと後になって分かった。フェンダー家への荷物の中身は、女子相続人にして医者をしているレディ・ジェーンが、フランスから取り寄せた薬草と乾燥果実で、ほとんどが関節痛緩和用薬だった。この薬草の一つが、マタタビだったのである。マタタビの果実を熱湯に浸してから乾燥すると、関節痛や強壮に効力があるとの事だった。
 デイヴィッドは、『猫は幸運の使者』というウィッティントンの持論も、あながち間違ってはいないと思った。


追記

 1419年、シティの織物商リチャード・ウィッティントンは、自身三度目のロンドン市長に選出された。リチャード三世,ヘンリー四世,ヘンリー五世と、三人の王の治世において、市長に就任したことになる。
 ウィッティントンはギルドホールの再建や病院,母子家庭のための施設の設立など沢山の功績を残した。また、後世に描かれた彼の肖像画には、多く場合猫が一緒に描かれている。
 ヘンリー五世の末弟グロースター公爵ハンフリーは、文学者たちに金銭的援助を行い、書籍の収集にも熱心だった。現在オックスフォード大学にあるボドレアン図書館は、ハンフリーの蔵書が元となって設立された物である。

                 
                       戻れば三度市長になれる 完



あとがき
 私のオリジナル小説,ハル&デイヴィッドの第三作「戻れば三度市長になれる」を、最後までの読んでくださってありがとうございました。
 ハル&デイヴィッドのお話を書くに当たって、いくらかの資料を拾い読みしていた時に、「ディック・ウィッティントンと猫」のお話にめぐり合ったのが、この作品の出発点でした。
 本文中でもご紹介したウィッティントンの説話は、構成的にも良く出来ている点がまず気に入りました。実在人物としてのリチャード・ウィッティントンを調べてみると、何と丁度良い年に市長になっているではありませんか。これは使わぬ手はない、と思いました。
 ハンフリー王子と紙の話は、かねてから書こうと思っていた話題で、これと豪商であるウィッティントンがつながって今回のお話の構成となりました。その上ボーフォート三兄弟も絡めたので、重点が少々多くて長くなりすぎた点が反省です。
 ちなみに、テムズ川に落ちる人に関しては、当初私の中でハル,デイヴィッド,ジョンでそれぞれシュミレーションしてみて、一番良かった人に決めました。

 最後に、今一度応援してくださった皆さん、読んでくださった全ての皆様にお礼を申し上げます。ありがとうございました。ご感想などありましたら、お寄せくださいますと嬉しいです。次回作も頑張ります。
                                      26th July 2005

12.ウィンチェスター司教が皇太子の複雑な心境を垣間見る事
Origina Novel   Hal & David  オリジナル小説  ハル&デイヴィッド


  戻れば三度市長になれる
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