オリジナル小説「ハル&デイヴィッド」をお読みくださって、ありがとうございます。ここでは、「ハルデヴィ」を更に楽しんでいただくために、元になったイングランドの歴史と、シェイクスピアの史劇,そして私のオリジナル設定について、いくつかご説明しようと思います。

 史実 - 14世紀から15世紀イングランドの王位継承

 ハルデヴィの世界を知る上では、当時の王位継承の経緯は重要です。しかし、詳しく知ろうとすると、このページではとても収まりきりませんので、簡単にまとめてみました。
 まず、ハルの曽祖父エドワード三世(1312〜1377)から話が始まります。エドワード三世は中世イングランド史の中でも名君の中に入る人物でしょう。父王の時代に乱れきった国内情勢を鎮め、国力が充実した所で、フランスに対し王位を要求して戦争を始めました。これが百年戦争です。この戦争は単に王位だけをめぐるものではなく、昔から存在した「イングランド王のフランス領」をめぐる争いであり、同時にイングランドを原産国とする羊毛の一大消費地フランドル(現在のオランダ)の覇権を巡る争いでした。中断と和平,また戦闘を繰り返し、終わったのはハルの後の世代の事です。さて、この戦争の初期に大活躍したのが、エドワード三世の長男。黒太子(ブラック・プリンス)の異名を取り、非常に将来を有望視されていました。しかし、黒太子は父王よりも先に病死してしまいます。
 エドワード三世の没後に即位したのが黒太子の長男リチャード二世(1367〜1400)です。しかし彼には兄弟,子供がなく次の王位はエドワード三世の三男の家系に引き継がれる見込みとなります。しかし、ここで登場するのが、エドワード三世の四男の家系のヘンリー・オブ・ボリンブロク。即ち「甲冑職人の失踪」の第一章に登場するダービー伯爵で、リチャード二世の従弟です。ダービー伯爵は1399年武力でリチャード二世から王位を奪い、ヘンリー四世として即位しました。ハルはこのヘンリー四世の長男と言うことになります。ヘンリー四世による王位簒奪は、薔薇戦争の原因となりました。しかし、このイングランド王位継承を巡る身内による泥仕合が激化するのはずっと後のこと。「ハル&デイヴィッド」はヘンリー四世の時代,ハルが皇太子時代を扱っています。
 苦心惨憺の末、簡単な系図を作りましたので、ご参照ください。エドワード三世の家名はプランタジニット。当然ハルの姓です。主に上記の王位継承の流れ(○が王位継承の順序)と、「甲冑職人の失踪」に登場する人物を乗せました。兄弟は右の方が年上になっています。ヘンリー四世の異母兄弟(つまりハルの叔父,ウィンチェスター司教など)の家系・ボーフォート家は省略させていただきました。詳しい家系図,百年戦争,薔薇戦争の経緯については、森護氏の著書「英国王室史話」をぜひご一読下さい。

 シェイクスピアの史劇 「ヘンリー四世 第一部,第二部」
 
 実在のヘンリー四世やハルが生きた時代から200年後に書かれたのが、シェイクスピアのの戯曲「ヘンリー四世」です。
 ヘンリー四世は従弟から王位を奪った事に対する良心の呵責と、健康状態の悪化、そして長男ハルの素行に悩んでいました。ハルは皇太子には相応しくない放埓ぶり。フォールスタッフをはじめとするゴロツキと町で遊びまわり、飲んだり喧嘩をしたり、果ては追いはぎの真似事までする。しかし父の王位を脅かす内乱においてハルは堂々たる皇太子ぶりを発揮。そして父王が病死するにおよんでは、これまでの行いが嘘のように、名君へと豹変。フォールスタッフら遊び仲間を「お前など知らぬ」と冷酷に突き放し、来るべきヘンリー五世の栄光の時代へと歩み始めるのでした。めでたし、めでたし。
 …とまあ、簡単に説明するとこういうお話。何やら織田信長のようです。何と言っても圧巻なのは、フォールスタッフらとの軽妙で滑稽なやり取りの数々。ウィリアム・シェイクピアここにあり!という感じです。
 しかし、この戯曲で描かれた「放埓の王子ハル」は、史実とは随分かけはなれているそうです。ハルは叔父(ウィンチェスター司教)による徹底した教育を受け、騎士としても立派であり、病気がちな父王に代わって十代の頃から公務をこなしていたらしく、戯曲のような滅茶苦茶な生活は不可能だったのでしょう。
 この史実とは異なる「放埓の王子」というイメージは、何もシェイクスピア・オリジナルのものではなかったようです。「放埓の王子が即位するや名君に」という伝説はシェイクスピアよりも少し前の歴史家エドワード・ホールの著作に表れ、シェイクスピアはそれを引用したらしいのです。
 ここで、私はふと疑問を持ったのです。果たして火のない所に煙が立つでしょうか?!ハルには、シェイクスピアほどではないものの、いくらか町に出て遊ぶようなところがあったのではないでしょうか?私はそこから「ハル&デイヴィッド」のイメージを固め始めたのです。


 「ハル&デイヴィッド」の始まり

 シェイクスピア作品を読み、歴史の本を読んだところから、私のハル像が作られ始めました。生れながらではないものの、将来を嘱望された皇太子。でも宮殿にはとどまらず、町に繰り出して人々と交わり、様々な冒険をしてゆく…つまりは暴れん坊将軍です。吉宗と違うのは、町の仲間もその身分を知っており、それと承知で付き合い、楽しく過ごしているという点です。
 私はシェイクスピアにおけるハルが、即位したとたんに国王に相応しく豹変したのは良いとして、ちょっとフォールスタッフ達が可愛そうでした。そこで私の作品では、皇太子時代から町の仲間とは、多少精神的距離を置いているハルを創造しました。このイメージが出来上がった頃に、デイヴィッドという、もう一人の主人公が現れ始めます。宮廷における皇太子にして将来の国王ハル,そして町で仲間と楽しく過ごすハル。この二者を「孤独」な男にしないために、「親友」が必要でした。それには貴族の六男坊という程度の騎士がうってつけです。ハルは生まれつきではないものの、王子です。その親友となると「佞臣」のような立場におかれかねません。そこで常にハルと行動を共にする理由づけの為に、生まれる前の婚約者であり、同じ日に同じ場所で生まれたと言う設定にしました。
 こうなると、急にハルとデイヴィッドは自由になったような気がしたのです。彼らは一緒に宮廷やロンドンの町で自由に走り回り、三銃士やホームズのように冒険に繰り出していきました。あとは、皆さんがお読みになってくださった「ハル&デイヴィッド」の世界の始まりです。
 さて、ハルは前述のように実在の人物がモデルですが、デイヴィッドは完全に私が創作したオリジナル・キャラクターです。そんな彼も、私のイメージした何人かの人物の要素をこね合わせて出来上がりました。この、デイヴィッドのモデルについては、次のページで簡単にご説明しましょう… 
→ デイヴィッド・ギブスンのモデルへ!

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