Sherlock Holmes
原作 「シャーロック・ホームズ」 について
新潮社文庫 邦訳版 「シャーロック・ホームズ」について
シャーロック・ホームズという名探偵の存在は有名です。その存在は知っているけど、改めて原作を読んでみると
― つまり子供向けではなく、原典の日本語訳を ― これが思ったより面白い、という小説がシャーロック・ホームズです。
ホームズ・シリーズの邦訳版は、実に多くの種類があります。16世紀のシェイクスピアならともかく、19世紀末から20世紀にかけての作品にこれだけ多くの翻訳があるとは驚きです。それだけ人気のある作品であり、翻訳のし甲斐もあると言う事でしょう。翻訳ごとの特徴も様々。良し悪しもそれなりにあるようで、そこはまたシャーロッキアン各位のご意見が参考になるでしょう。
さて、かく言う私はというと、実に一般的でして新潮社文庫の延原謙翻訳による全集のみを所有しています。別に他の訳を読みたいと思ったこともなく、翻訳に疑問があれば英語で読めばよいと言う程度です。「どの翻訳を買えばよいか?」と質問されたら、私はきっと「新潮社文庫の延原謙」と言うでしょう。
延原謙(1892〜1977)による新潮社版の良いところは、何と言っても60編全ての作品が揃っているという点です。多分、私が新潮社を選んだ理由もこれでしょう。ただし、紙数の関係で各短編集から数話ずつ削られ、それがオリジナルには存在しない「シャーロック・ホームズの叡智」という名前でまとめられています。この点をよく攻撃されていますが、私はたいした問題には感じていないのが正直なところです。この事に関する事情や、訳者自身も「仕方なく…」というところも「あとがきに」記されていますし、「叡智」に入っているのは、どの短編集のどれとどれ」ときちんと説明してありますから、ベストを尽くした結果として、私は好意的に見ています。ビートルズのコンセプト・アルバムを切り貼りしたのとはまた全然違うお話ですしね。
よく言われることですが、延原謙の翻訳は「古風」です。それは当然。彼が最初に「四つの署名」を翻訳したのは1919年。要するにこの翻訳は「戦前の日本語」。21世紀の今となっては古風なのは当たり前です。しかし、その古風さが良いという気もします。一人称「僕」の、やや山の手インテリ風のホームズとワトスンの口調は、なかなか味があって好きです。今でも年配の上品な大学教授などが使う日本語に近いような気がします。グラナダのドラマがNHKで放映された時の訳語も、この延原謙に近い感じがします。
もう一つ新潮社を勧める理由は、「注釈」が少ないことです。逆ではないかと思われるかもしれませんが。私は翻訳者・編集者による注釈がやたらと多い本が好きではないのです。最低限の注釈は理解の助けになりますが(この良い例は英文学者の朱牟田夏雄氏)、多すぎる注釈は「余計なお世話」だったり、「翻訳,編集者の私見」だったりします。この点延原謙は注釈が少なすぎるくらい。それでも十分ホームズの面白さは伝わります。ただ、出来れば簡単なイギリスと、ロンドン市街の地図があったらもっと楽しめたと思います。
「ホームズ研究」の盛んな現在では、延原謙の翻訳には誤訳が少なくない事が指摘されています。そうなると、自分で原典の英語を読んだ方が手っ取り早いかもしれません(「古風な」英語を読むことになる訳ですが)。また、違いを楽しむために様々な翻訳を読み比べるのも楽しそうですね。版によっては挿絵が豊富だったり、それこそ注釈が懇切丁寧てんこ盛りだったりします。値段も様々。書店でいくつか見比べてお気に入りの本を買ってみてください。
まずどの巻から買えばよいのかと言うと、短編集がお勧めです。
シャーロック・ホームズの冒険
シャーロック・ホームズの思い出
シャーロック・ホームズの帰還
この三つをおさえたら、長編を読んではいかがでしょうか?ホームズとワトスンの出会いの名場面は「緋色の研究」、ワトスンの結婚の事情については「四つの署名」、名作では「バスカヴィル家の犬」という具合。60編全部でも(新潮社なら)文庫で10冊、何度読んでも面白い、新たな発見あり、買い揃えて損はありませんよ。
私が所有している新潮社文庫は、装丁が古い。
まだYonda?グッズ応募マークもない頃。
本によっては字が小さい。
新訂版の新潮社文庫
なかなかお洒落なデザインで、盛り上げたようなインクの質感も良い。