巻頭カラー
えの素快便スペシャル!! 「僕たち,うんこにまみれました」 

便意は耐えてこそ便意の極意がある。
感じるや否や排便してしまうようではせっかくの便意がもったいない。
このように便意を通じた精神修養を「耐便道」と呼びたい。
耐便道の初歩はもちろんいかに周囲の人間に気づかれず激しい便意を我慢するかである。
一瞬たりと言えども気を抜いたら噴出するという状況で春風のごとく平然と振舞い、胆力を身につける。
会話に集中力を欠いて便意に気づかれるようでは耐便道失格である。
少し上達するとまさに「いかにうんこを我慢するか」というような逃げ場のない話題をあやつりながら
周囲に気取られずうんこを我慢するというような離れ業も可能になる。
普段からこうした修業を積んでおくと忍耐力はもちろん、
単純にうんこを長く我慢する力もアップする気もするのでぜひ実践してもらいたい。
なにせ、"大人でも漏らしてしまう"ものなのだから。


(モーニング00年8号)


えの90「僕のちんこは真っ黒け」 

無論、男子にとって女性を連れてホテルに宿泊することは大事業である。
実はお金が足りないのをどうしても告白できなかった、放屁してしまった、
一番安い部屋にしようと主張するおのれの声にいまいち迫力がない、
付属のカラオケで谷村新司の昴を熱唱してしまった、
風呂場がマジックミラーだ、わあさすがと思い腰をすえて鑑賞しようとしたところ
ただのガラスで信じられないほどのアホ面をさらしてしまった、など蹉跌がいっぱいだ。
男子というものはなぜこうまで爆発的に赤っ恥じをかきながらも連れ込みを敢行するのだろう、なにかの呪いか。


(モーニング99年15号)


えの91「田村氏の妻と子」 

人生観にもよるが、おのれのごくプライベートな姿を目撃されるのは死を覚悟するほどにつらい経験である。
だからこれは男を張っている以上、避けては通れぬリスクであると考え、
平素からいざ鎌倉という時の対応を準備しておけば良いのだろう。以下に素敵な例をあげる。

@人跡未踏の地で暮らす。はなから人里離れた地で暮らせばそもそもそんなことを気に病む必要はない。思う存分はげめ。
A殴りかかる。レイモンド・チャンドラーの小説によればブラックジャックという棍棒で殴打されるとその前後の記憶を失うそうだ。少年誌の通販で購入し、かたわらに置いてはげめ。
B博愛主義者になる。人類は皆イブから生まれた家族ではありませんか、なにを隠しごとをすることがありましょう。そんなのは僕は嫌だときれいごとを述べ以後は豪快に人前でする。つらいかも知れないが3年くらいは続けないとリアリティーがない。
C逆ギレ。


(モーニング99年16号)


えの92「カップル オブ ヌーディスト(裸人な2人)」 

うかつにもつい彼女に焼きもちを焼かせてしまう。それがセクシーで魅力的な男の貫禄というものだろう。
人生、一度でいいから彼女に焼きもちを焼かせ「バカだなあ、愛してるのはおまえだけだよ」と言ってみたいと思うのは男の虚栄だろうか。そこで本当は彼女に夢中なのを我慢して"多情多淫なオレ"を演出し、すきあらば他の女性に興味を示すふりをするのだ。
以下に実践的な例をあげる。
* 【報道番組を2人で見ていた】 「あっドール上院議員夫人だ、すげ―イイオンナ、立ってきちゃった、ああ入れてぇ――」
* 【公園で2人たたずんでいた】 「ああ木の股だ、木の股だ、ああ入れてぇ――」
* 【中森明菜を見かけて】 「えっ、中森ヴァギナ?」。
うーん、やっぱり男なら真心で勝負するべきか。


(モーニング99年17号)


えの93「イインダイインダの断章」 

小説「ヘタレ文学」午前3時、僕は夜の街にいる。
さっきカップルにカンチョーを敢行して店をたたき出された僕は、日本でも3本の指に入るダサイ男。
今この瞬間に誰かに優しい声をかけられたら僕は死んでしまうから、誰にも優しくされないように大声でシャンソンを歌いながら歩こう。
「我が恋もはや終わりなりや、あらずいまだ始まらざりしか、歳月は過ぎゆく、流れ流れぬ我」。なんと言うことだ。
僕はとりあえず目についた店に入った。
「おばちゃん、牛どん」
 「甘酒のツボはかかえず尻かかえ」
 「そりゃ、きっちょむどんや、しかも"どん"しか合ってないじゃんか」。
突っ込んだ自分の声に僕はアッと驚いた、おばちゃんは田村さんの奥さんの様な顔でニコニコ笑っていた、
それを見て僕は故郷の母を思い出した。


(モーニング99年18号)


えの94「郷介とひろみの夜」 

小説「耽美派小説」人と人との出会いは、時として残酷で悩ましい。
僕が彼と出会ったのはそう、黒沢年男がまだハングマンでマイトを演じていた頃。
彼は代官山のストリートで彼の絵を売っていた。そのモチーフは僕の知っている人の絵にとても良く似ていた。
「後期……えのもと派ですか」 「よくおわかりですね。僕はしゅんじに憧れて絵を始めたのです」
「僕はしゅんじの糞が好きです。とても禍々しくプリプリッとしていて……」
「うそかほんとか、しゅんじが描いてベランダに放り出していた糞の絵から草が生え、花が咲いたと言います」
「雪舟みたいな話ですね。でもあなたの糞も素晴らしい……。武蔵野美術大学?」
「いや武蔵野馬術大学」
「ば大なんだ」
「そうムサバ」
「4巻早く出るといいよね」
「いいよね」
「さよなら」
「サヨナラ」 (続かず)


(モーニング99年19号)


えの95「マラは男の命であります」 

普段は頼れるアイツでもいざと言う時に全然ダメ。決死の屈辱である。
言いふらされたりしたら逃亡しなければならない。そこで大丈夫な方法を考えました。
用意するものはゴールトン・ホイッスル、すなわち犬笛。
そのホイッスルを家でAV観賞時に吹き鳴らす、また街中でも立ってしまったら吹き鳴らす。
そうするとマラは超音波を聴いたら即、勃起するように条件づけられてしまうのだ。
多分ふぐりのあたりで感じるのだろう、超音波なので周囲の人に不快感を与える気遣いは全くない。
そして不調の際にはあわてずに笛を取り出し吹き鳴らせば良いのだ。
彼女にはなに、木枯らし紋次郎にとっての爪楊枝みたいなもんだよと言ってごまかしておけば良い。
無論これを「パブロフの犬笛」理論と呼ぶ。
別にサキソフォーン、トロンボーン、ほら貝などで代用してもよい。
彼女の前でチンコを奮い立たせるため、サックスを奏でる姿は見ようによっては劇的な光景であるが
デートに代々木公園は避けた方がよい。


(モーニング99年20号)


えの96「君はマラより美しい」 

恋しい人の前でなにも言えず、ただ恥じてうつむく我。
君といる時は甘く切なく虹のよう、でも幸福な時間ほど早足で駆け去るのはなぜ?
ああ、行かないで君、我いまだ我が思慕を告白することかなわじ。
愚かなりや我、ただ一片の勇気をも持ち合わせぬ我、時は無情に過ぎぬ。
でもそれは君があまりに無垢で美しすぎるがゆえなり、美は時として残酷なものなり、我は美に弱き男なり。
されど……かつてプラトンは言いけり、恋する男はみな詩人であると。
ならば我も渾身の力をふるい我が詩力を信じて最高の愛の言葉を君に送ろう、
それは我が愛が地上の愛ではなく天上の愛、下品なる一時の気の迷いでは決してないことを証明するものなり。
すなわち、 「もし僕にちんぽがなくても、君を好きになったよ」。


(モーニング99年24号)


えの97「チンコ団と変態団」 

女性を前にしてチンコをまろび出す瞬間。
最初の頃の感動と感謝の気持ちを忘れずに、いつまでもその瞬間を大切にしたい。
決してマンネリズムに陥らないよう、工夫を凝らして演出するべきだしそれが愛と言うものである。
せめてその瞬間にひとこと言い添えるだけでずいぶんと情緒が違うものなので励行しよう。
以下に代表的なチンコ出しセリフを記すので参考にしてください。
「これさえあったら太平洋戦争にも負けへんかったで〜〜〜」
「V9巨人やで〜〜〜」
「弁慶の立ち往生やで〜〜〜」
「太閤秀吉はんもびっくりやで〜〜〜」
「君で百五十人目やで〜〜〜」。
あらかじめチンコに夜光塗料を塗っておき、部屋を真っ暗にして華麗にズボンを脱ぎ捨てて見せるというのはいかがだ。
BGMにストーンズの『アンダー マイ サム』を流し、チンコを振り乱して踊りに興じよう。ピカピカ光ってきれいだぜ。


(モーニング99年25号)


えの98「チェインンコ、マルダシ〜!!」 

モテる男がうらやましい。モテモテ男とは恐ろしいものでなんでもやりたい放題である。
多分、平均的男子一般には想像もつかない地平が開けているのだ。
合コンに参加しても開幕早々に「おーし、まずこの中で処女の者、手を挙げろ」とか言ったりする。
合コンが佳境に突入するや「よーしおまえとおまえ、目の前でやってみろ」とか言い放つ、本当に恐ろしい人なのだ。
合コンが終了して精算する際も「とりあえず女7500円、男1500円、俺200円ね」とわがままも言いたい放題だ。
しかもその後2次会でカラオケに流れても「よーしこれから2時間、俺ワンマンショーね」
「とりあえずみんな、俺をほめろ」などと訳のわからんことを宣言する。
こうした人間をポコチニストと呼ぶ。


(モーニング99年26号)


えの99「さよならはステキに言おう」 

男は引き際が大切である。
片思いの彼女の家に勇気を奮って電話をかけ、出たお母さんに「たかよさんいますか?」と告げたとする。
その時、お母さんの背後から彼女の「おらへん、って言うといて〜〜」と憮然とした声が聞こえてきたらどうするか。
まあこれなどは客観的に見て五分五分、いや六分四分の確率で恋が成就する状況といえるが、それでも男なら美しく引きたい。
なぜならばあまり執拗に電話をかけると、お母さんに「もうウチのたかよに電話かけんといて」と怒られるからだ。
引き際の大切さが解っていただけたか。でも引き際をカッコ良く演出するのはいいと思う。
たとえば去り際に「ワシ、虚無僧でごんす」とつぶやいて去る、
学校の帰り彼女を待ち伏せてクワッとにらみつけた後、ニヤッと笑って去る、敦盛を舞う、
「あのう僕の書いた曲、弾いてもらえませんか」 と楽譜を渡して去るとか如何。


(モーニング99年29号)


えの100「あなたを思うと体がうずくの」

連載100回記念に皆様の下品度をテストしてあげます。あなたが選んだ答えの点数を合計して下さい。
選びたい答えがない場合は0点。判定は次のページ。
Q@5日間のクラブの合宿が終わって宿舎の布団を上げたらカビが生えていた。
A(最高だ。3点 平気だ。2点 可もなく不可もない。1点)

QA今日は無礼講ね、と言われると「俺はいつでもハートブレイコー」と答えてしまう。
A(エスプリ ド パリだ。3点 その意気や良し!! 2点 君ってカンサイ系? マイナス77点)

QB部室に入ったら女の子がクラウチングスタートしている写真が表紙の雑誌があったので
「おっ今月の陸上マガジンか」と思って手にとると『パンティ通信』だった。
A(金メダルだ。3点 銀メダルだ。2点 銅メダルだ。1点)
(次のページにつづく)


判定です。
 初段〈1〜9点の人〉下品大魔王。これぐらいの下品は人生のスパイス、気にするな。
 一段〈10〜19点の人〉下品大納言。そろそろ人相、立ち居振る舞いに現れてくる。顔から力を抜くな。
 二段〈20〜29点の人〉下品遣隋使。もしかしたら下卑た顔のあなた。開き直って野性でモテろ。
 三段〈30〜100万点の人〉下品お奉行。品性下劣と言われがちなあなた。日本のドンを目指せ!!
 名人〈1千万点〜5千万点未満の人〉下品ジャングルの王者ターザン。ギャルにもてることは絶望的かも知れん。
    氷河期かなにか天変地異の到来を待て。
 仙人〈1億点以上の人〉 下品銀河大帝。凡人がなにを言っても無意味な崇高な領域。
仙人の域に到達した方、
〒112−8001講談社モーニング編集部『えの素』係までご一報下さい。
抽選で1名にゴッキーテレホンカードあげます。7月2日当日消印有効。


(モーニング99年30号)

応募はとっくに終わってます。一応念の為(川やん)


えの101「美しくなりたいのです」 

美しくなりたい。と、願う心に男女の区別はない。男も遠慮せずに思う存分、美しくなるがよかろう。
散髪屋で「今日はどのようにしましょうか」と聞かれて「セクシーにして下さい」とか
「あなたのフィーリングのおもむくままに切って下さい」とかいってる場合では全然ないのだ。
江戸時代の半ば、最高にお洒落とされたヘアースタイルに"ばちびん"というのがあったという。
びんの毛をフロントに向かって三味線のばちのように湾曲させてカットするものなのだが、
なかなかに奥ゆかしく大和魂あふれるスタイリングである。
今年の夏はばちびんでキメてトラディショナルな伝統美を表現してみるのはいかがだ。
もてないとは限らないぞ!!


(モーニング99年31号)


えの102「バーゲン、おんな、男と家族」 

小説『ヘタレ文学』
君なき街に取り残されて、ただ独り立ちつくす我。
君には帰る世界があれど、嘆くすべさえ許されぬ我はいかにするべき。
人にしてただなる気の迷いなりしが我には天上の恋、げに不可解なることなりや、愚かなりや我、流れ流れぬ我。
今はただ詩を詠みて我が憂き心なぐさめるなり。
「我恋夏期大特売(私の恋はバーゲンセール)乗勢買勿熟吟味(勢いにまかせて買うも良く吟味されること無し)
時過君識大失敗(時が過ぎ君知るや、それが大失敗)半額半額問題無(でも激安だったから問題ないんだも〜〜ん)
君買定価決不捨(君がもし僕の恋を定価で買っていたら決して捨てられることはなかったろうに)」。


(モーニング99年35号)


えの103「君たち熱帯野郎」 

子供にとって教育はもちろん大切である。
しかし昨今の現状を見るにあまりに教育というものに、ゆとりが無さすぎるのではないだろうか。
もう少し遊び心をもって子供の教育にあたっても良いように思われる。
たとえば子供が生まれたらまず「半佐衛門茂兵衛」と名付ける。
そして習いごととして「陣太鼓」 「ホラ貝」 「山鹿流軍学」「築城法」など現代では
屁の役にも立たない技術を(本当に習ってる人ごめんなさい)を習わせる。
そしてなんとか小学生のうちは家でご飯を食べる時は全員、床几に座って食うなどの演出で騙し通す。
恐らく中学にあがったすぐの頃、息子は青ざめた顔で帰宅し
「お父さん、もしかして僕がいままで習ってきたことは……」と問うだろう。
そこであなたは恥ずかしそうに目をふせ「いやおもしろいかと思って……」とつぶやくのだ。


(モーニング99年36・37合併号


えの104「海綿体を縦にして」 

男運、女運の良し悪しは、なかなか客観的に判断しづらい。
そこで自由自在に男運、女運を判定できる単位、PPY(Person Per Year)という単位を考えました。
出し方は簡単、あなたがこれまでにズバリ関係を持った異性の数を初体験から現在にいたるまでの年数で割ります。
その際、玄人が相手の場合、男性は10人で1人、女性の場合は逆に1人で30人と換算します。
この数値を詳細に検討したところ驚くべきことに0.8PPYですでに異性運が悪いことが判明しました。
1年に1人で1PPYな訳ですがあなたが25歳で1PPYの場合、早期結婚率が50%に落ちてしまい
1.45PPYを超えると実に30%以下になってしまいます。
また年齢に関係なく3PPY以上の人はすでに1度は離婚を経験している可能性が大です。
余談ながら0PPYの場合はもっと別の運の悪さです。

(モーニング99年38号)


えの105「ザ・パンティーハンター」 

折りに触れ疑問に思うのだがパンティーというのは、あれは要するに"パンツ"を女性向けに可愛らしく呼んでいるだけなのだろうか。
それともなにか確固たる理由があって"ティ〜"をつけているのだろうか。
もし前者だとすれば男性用の下着も「ブリーフィー」「トランクシー」「ふんどしちゃん」などと呼ぶのはありか。
いやそういえばよくは知らないが「スキャンティー」というものもある。
つまり女性の下半身向け下着には"ティー"しばりがかかっているのか。
もともとは「ティー」と呼ぶものだったのか。
だとすればパンティーのパンはパン・パシフィックのパン、つまり汎用の「ティー」、
スキャンティーはスキャンダラスな「ティー」
もしくはCTスキャンに使用されるスキャンに由来する透視できる「ティー」という意味なのだろうか。
なにぶんことがことだけに謎は深まるばかりの晩夏。


(モーニング99年40号)


えの106「インポテンシャル・ジャーニー」 

小説「ヘタレ文学」
彼女を心の底から愛していた。一切の疑問の余地なく、一生いっしょにいるんだと信じていた。
彼女に贈った詩がある。
「あほやねん あほやねん 悲しい時もあほやねん うれしい時もあほやねん おまえとおる時のワシはあほやねん」。
だけどそれは間違いでそもそも彼女が僕の恋人でもなんでもなかったと知らされた時、僕は風の吹いてくる方に向かって旅に出た。
道連れに『えの素』の単行本を携えて。
「あほやねん おまえとおる時のワシはあほやねん だけどなんでか立派なあほに なった気がするねん」。


(モーニング99年41号)


えの107「3本のサオ」 

後家鞘、という言葉をご存知か諸兄。
日本刀というものは本来その形に合わせて鞘と一対となって拵えられるのだが、
鞘をなくした刀、刀をなくした鞘どうしを組み合わせて無理やり対にしたものを言う。
当然、刀身と鞘がぴったりとはフィットせず武士の間でも非常に格好の悪いものとされていた。
繰り返すが刀身と鞘がフィットしていないのは非常に格好悪いものなのである。
刀身がびよ〜〜んと剥き出しになっているのはダメなのだ。
刀身がぴたりと鞘に収まってこそ、もののふの奥ゆかしさというものであろう。
刀身を剥き出しにして平気でブラブラ歩いているような男は美学がない。
居合ではまだ刀が鞘にあるうちに勝利が決するという。刀とは所詮、人を斬る道具。
男子たるもの平時は刀を鞘に収め、いざという時を狙いすましてぴよんと抜き払うのだ。
斬れい。斬って斬って斬りまくれいっ。


(モーニング99年42号)


えの108「ジ・オナニアン」 

理想と現実の狭間に足を踏み入れ、歪んだパーソナリティが形成されることは少なくない。
大好きなあの娘は花を愛で、小鳥のさえずりに耳を傾け、春のそよ風に髪をたなびかせるイノセントなハートの持ち主。
そう思えていた日々は幸せだった。
ある日、彼女が「ねえ、おもしろい遊び見つけたよ」と無邪気な顔でおもむろに取り出した爆竹を、
知らぬまに捕まえた雨蛙の口の中に、そこはかとなく挿入し、当然のごとく導火線に火をつける。
シュー、プスン・・・・・・。
爆竹が不発に終わると分かるや否や、「命拾いしたのうワレ、二度目はないからの」と使い古されたベタな捨てぜりふを吐き、
その後「ゴメンね、失敗しちゃった。テヘッ」と可愛いにもほどがあるぞと言いたくなるような笑顔をふりまくも、
彼女の、いやさ人間の持つダークサイドを垣間見た事に変わりはなかった。
以後蛙を見る度に人間不信に陥るのも無理からぬことだ。


(モーニング99年43号)


えの109「ピンク父ちゃんの算数」 

男は普段エロがばれぬ様にするので精一杯、とても知性を演出する余裕などない。
それではいけませんぞ諸兄。女は知的な男に恋をするという。
そこで純粋に劣情にもとづいたフレーズを知的な殺し文句(死語)に転換する奇跡の策を伝授します。
方法は簡単、エロな文句を「困っちゃったな、ハハ・・・・・・」で挟めば良いのだ。
たとえば「君、おっぱい大きいね」は単なるエロな感想である。
が 「困っちゃったな、君おっぱい大きいね。ハハ・・・・・・」 ならばあら不思議、
「なぜだろう君の前ではいつもの俺ではいられない、ああこんな気持ち初めて、つまりそれほど君は魅力的」
という非常に豊かな意味内容を表現してしまうのだ。その後にいい加減なユーモアを付け加えると完璧。
以下に例を。
「困っちゃったな、俺ちんこ立っちゃった。ハハ・・・・・・。クフ王のピラミッドなんちって」
「困っちゃったな、俺財布忘れちゃった、ハハ・・・・・・。こんどおごるから今日は割り勘ね」等々。
悪用厳禁。


(モーニング99年44号)


えの110「父も麗し,子も麗し,」 

男子は紳士でなければならない。諸兄は紳士か。
紳士でない方のために紳士のたしなみを教えて差し上げよう。その真髄はストイシズム。それにつきる。

*紳士は合コンで気合を見せてはならない。
勘違いをしてはならないのだが合コンは男女の楽しい知り合いの場で、男の気合を見せる場ではない。
「夢ですか? ロックの王様」などと意味不明のことを言って相手を鼻白ませたり、
花火大会に行ったの、と言う人に「えっ、鼻毛大会?」などとくだらないギャグを連打したりしてはならない。

*紳士はキャバクラでむかつくからといって「俺って大人げ無い? 大人げ無い?」と連呼しながら
2千円を振りかざし店の人に「このコ替えて、逆指名」と言ってはならない。
たとえ相手の人間性に問題があっても紳士たるものそれを口に出したり、いわんや実行に移したりしてはいけない。
不穏な空気にお店の人が気づくようただひたすらに、神に祈るべし。


(モーニング99年49号)


えの111「恋する大人たち」

目は口ほどに物を言う、と言う。
ならばとにかく訓練して「薔薇の花咲く月夜、僕はギターを背負い君の待つテラスを登って君を大胆に、甘美に奪い去る」とか
「バルチック艦隊は予想どおり対馬海峡よりやってきた」などの複雑なメッセージも伝えられたら便利だろう。
訓練法としてはとりあえず「君の体はいい。特に胸のあたりがいい」 「ほら見てごらん。僕はこんなにすけべな人間だよ」
という位の簡単なメッセージから始めて、徐々に情報量を増やしていくのがいい。
「あなたは罪な女性だ。この俺がこんなになるなんて」位のメッセージなら比較的簡単に送れるはずだ。
恐らく虹彩の伸縮、白眼の毛細血管の圧力の変化などで自由自在に意思を伝達できるようになるのだろう。


(モーニング99年50号)