見合い会場で出産という衝撃!

第1話を振り返る




「えの素」の第一話は我々を魅了してやまない、名オープニングとなった。それはなぜなのか?




 生けとし生きるもの、いずれ朽ち果て老い、そしてやがて臨終を迎えんとす。森羅万象この世のあらゆる物事には始まりと終わりがある。

 かく言う不肖私も、文を起こす時が最もしんどい。どうやって書き起こそうかと悩みに悩む。書き始めてしまうと、結構スラスラ文面が出てきて書けてしまう。さらには、「この言い回しの方がおもろい」とか、修正までして文章を完成させていくのである。生みの苦しみと言うが、何もないところから形にしていくと言うのは、想像以上に難しい作業である。

 当然のことながら、それは「えの素」にも言えることであって、第1話がモーニングに掲載されるに至るまでの道のりも決して平坦なものではなかったように思われる。通常漫画の第一話というのは、登場人物の紹介・その物語の背景などが語られ、気合いが入りすぎて空回り、単行本で眺めてみるとその浮きっぷりが突出して、思わず苦笑してしまうことが多いのだが、「えの素」はそんな心配はせずとも良い。馴染んでしまっているというか、とにかくテンションは突出しているのだが、それは読者にとっても歓迎すべきことだろう。

 では、「えの1:父子馬鹿」をここで振り返ってみよう。妻に逃げられた郷介の元に、姉・道江が見合い話を持ってくるのだが、みちろうがやんちゃして道江おばさんはいきなり大流血して失神してしまう。ほんとにどうしようもないヤツだな、みちろう。

激怒した郷介から逃げるべく、みちろうは笛を吹いて野犬の群れをおびき寄せ、自ら食われて白骨化して事なきを得る。日本語おかしいと思います?「白骨化して事なきを得る」という表現。ですが、えの素的には正解です。郷介の逆鱗に触れたみちろうにとっては、野犬に食われて白骨化するのは、最強の逃げかたです。しかも胴体に「マンモスの肉」みたいなのを巻き付け、「肉―!!」と叫んで野犬の群れの中に飛び込む姿は、感動的ですらあります。犬どもに「さあ食え!」と強烈にアピールするなんて、普通の人間には出来ないぞ絶対。しかも食われる時も高笑い。なかなかシュールです。

郷介は見合いの話を断るが、悪ガキみちろうに嫌がらせしたい一心で、超ブスの母親を娶ろうと考え、その為に最上級のブス・幸子との見合いを決定する。この思考法も前田家特有なのですが、われわれ俗物なら「やっぱり『自分の嫁』は『別嬪』な方が」とか考えてしまいがちです。ですが我らが郷介は「あの『悪ガキの母親』は『超ブス』しかない」と考え、見合いまでしてしまう。日本で五指に入る益荒男っぷりです。これが郷介の心意気です。成功する人は逆転の発想を用いると、PHPの本に書かれていましたが、彼はそれを結婚と言う人生の大事でやってしまう。これこそが郷介の魅力であります。

当日、見合い会場に訪れた郷介であったが、幸子のド迫力に押されっぱなしだ。「フーフー」と鼻息荒く、興奮すると「バオーン」と大興奮して胸元を露にする。よほど嬉しかったようだ。しかも果てはいきなり下半身をまくりあげ、スポーン!と子供を出産してしまう!! いやもうね、強烈ですよ幸子。山より高いブスというだけで読者の目を引き付けるのに十分なのですが、「フーフー」「バオーン」って、人間の叫び声じゃないですよこれ。旧人類のまだ言語が明確ではない時代のようであります。しかしその感情は見てる人間も良くわかってしまいます。さすが榎本俊二の真髄ここにあり! 見合いの席で乳見せというのも画期的でしょう。これまで何組見合いが行われてきたか判りませんが、恐らく史上初でしょう。そして衝撃的なのが、出産シーンです! それも捲り上げたら即産み落とし!スポーン!と生んでしまいます。未曾有の快産!間違いなく史上初でしょう。というか、誰の子なんだ!? 幸子に仕込んだのは誰だ!? ある意味父親も益荒男ですな。そして他人の子を身ごもったまま(しかも臨月)で見合いに出る幸子って・・・。ああ、凄すぎる。

読者の受けた衝撃以上のものがあったのでしょう、郷介は生まれた子供諸共、即幸子をお持ち帰りして、みちろうの待つ我が家へ。そして幸子は生まれた子供を、ついたままのへその緒を持って、ブンブン振り回して登場します。しかも叫び声は「バオーン」。郷介の「みちろうを思いっきり愛してやってください!!」という言葉に反応し、その子供を放り投げ、みちろうにへその緒が巻きつき、子供はちゃんと「長兄」みちろうに噛み付きます! さすが幸子の子供だ! もうこの辺まで来ると滅茶苦茶ですが、しっかりテンションはハイなままです。読者は「おいおい」とツッコミながら、ニヤニヤしてページを捲っている事でしょう。しかし、みちろうが「怪物だー!!」と叫んでしまいます。さすがに悪ガキみちろうも、幸子の存在にはビビりまくったのでしょう。そりゃ、実際こんなヤツが家に突然乗り込んでこられたら、大パニックになります。散弾銃を持った銀行強盗の方がはるかにマシと思えます。

ですが、これで状況が一遍します。幸子は怒り狂いみちろうを襲います。必死で逃げるみちろうは笛でライオンを呼び出し、幸子を食わせます。哀れ、ライオンの餌食となった幸子は白骨化し、みちろうは事なきを得ます。最後に郷介からゲンコツをもらいますが、そんなものはたいしたことではありません。とにかく生き延びたという安堵感の方が大きいですからね。

とにかく、こうやって振り返ってみると凄まじいまでのストーリーであったことが判ります。出産と死という2つの相反する情景が同居し、現世の価値観では理解しがたい思考。道江が呼び鈴を鳴らすと同時に、我々はいやでも「えのワールド」に飲み込まれます。そしてページを捲るごとに、出血→白骨→簀巻き→乳見せ→出産→子供振り回し→襲撃→白骨と、行き着く暇もないストーリーが展開されます。そしていい味出してるのが「通訳」の存在です。幸子の様子を漢字一文字で「喜」とか「怒」とかで、我々に伝えてくれます。

いかなる状況下にあっても、その表情は崩れずクールです。話がどんな展開を見せようとも、しっかり自分の仕事を果たしています。でもクール。素晴らしいですね。そして最後の仕事は「死」。これで彼もお払い箱になるのですが、それでも表情に変化は見られません。ここにも一人のサムライが居ました。

 こうやって、生み出された「えの素」。面白くないわけがありませんな。じっくり噛み締めて読んでください。