モンゴルの擦弦楽器
  -馬頭琴と四胡- 


はじめに

東アジア地域の代表的な擦弦楽器には二胡がありますが、この楽器については最近になっていろいろなところで取り上げられるようになりました。実際に手にとって弾いてみる機会も増えています。ところが、同じアジアの擦弦楽器でありながら、見かける機会や情報の少ない馬頭琴と四胡を取り上げて、このページでご紹介したいと思います。どちらもモンゴル民族に関係する楽器です。

擦弦楽器とは

擦弦(さつげん)とは弓で擦って音を出す、という意味です。ヨーロッパ系の楽器ではヴァイオリンやチェロなどがそうですね。こういう楽器は弓の材料として馬の尻尾の毛を使うので、遊牧民族が発祥に関わるのではないか、と思われます。
2本の弦と共鳴胴からなる二胡のグループは、主として中国や朝鮮半島・東南アジア地域に広まりました。ただし二胡と構造が似ていて4弦の楽器である四胡の分布は複雑で、モンゴル起源かもしれません。また木製台形の共鳴胴に馬頭の彫刻を持つ棹、2本の馬の毛の弦を用いる馬頭琴のグループは、モンゴル高原に分布しています。どちらもおおまかに胡弓グループとしてひとくくりにすることができます。日本の胡弓もこれに類します。
このような胡弓グループ(共鳴胴を持ち2弦で弓奏する楽器)の起源は、遠く中央アジアのイラン系民族に遡る可能性があります。これが何らかのかたちで東アジアに伝えられたものと考えられます。また、おそらくは中国文明経由で、東南アジア諸地域にも伝播しています。

馬頭琴

外モンゴル仕様の馬頭琴

右の写真は外モンゴル地域で使用される馬頭琴です。弦は馬の尾の毛を用いるのが普通です。この種の楽器の原型的な意味を持つ仕様です。筆者が所有する楽器はモンゴル国ウランバートル市内の工房で作られたもので、1960年代ころにロシア(ソ連)の影響を受けて総板張りの仕様になったもののようです。白樺の木が使われているようです。
弦を巻くペグは木製で、チェロなどと同じ形式です。この「草原のチェロ」がヨーロッパのチェロ系の弦楽器とどのような関連を持つのか、興味深いところです。
楽器の名称ですが、モンゴル語では「モリン・ホール」(馬の楽器)と呼ばれます。モンゴル遊牧民にとって馬が格別の意味合いを持っていることからこのように呼ばれるのでしょうが、その起源についてはいろいろな謂れがあり、確かなところはわかりません。この問題は別に論じましょう。

内モンゴル仕様の馬頭琴

これは内モンゴル(中華人民共和国・内蒙古自治区)で使われている馬頭琴です。外モンゴル仕様よりも厚い材質の木で作られ、棹も丈夫です。弦はナイロン製のものを張ります。この方が高く大きな音が出しやすいチューニングが可能だからです。ペグも機械式で、強いチューニングにも耐えられるようになっています。

名称ですが「マー・トゥ・チン」と発音しています。馬の飾りのついた胡琴、という意味でしょう。中国では胡弓グループを「胡琴」と呼んでいます。その一種と考えられているようです。

筆者の所有する楽器は内蒙古自治区の都市フフホトの段氏の工房で作られたものです。共鳴胴には独特のモンゴル文様が書き込まれ、サウンドホールも凝った作りです。これはやや小ぶりの個体ですが、この工房ではいろいろなヴァージョンの馬頭琴が作られていて、国内外の演奏家に採用されています。

この種の楽器は、外モンゴルのモリン・ホールを近代的に改良して作られたもので、西洋風の演奏形態にも適応できるように、いろいろな工夫がなされています。弓も西欧風のものをアレンジして使います。これらの改良には、中国の代表的馬頭琴奏者チ・ボラクさんの功績が大きく関わっています。3弦馬頭琴や低音馬頭琴など、西洋風の音楽スタイルにも適用できるように、さまざまな改革がなされました。

馬頭琴の構造(外モンゴル仕様の例)

原型に近いタイプということで、外モンゴル仕様の馬頭琴の各部の名称を図に示しました。馬頭はこの楽器のシンボルともいうべきもので、ネックの先端に彫られています。この楽器の場合は耳が皮製で、ちょっと珍しい造りになっています。またかなり精悍な表情です。内モンゴル仕様の楽器のほうがおだやかな表情なので、二本ならべると夫婦馬のようです。

なぜ馬のシンボルが付いているかには諸説あり、いずれもこの楽器の発生を説明する伝承を含んでいて興味深いのですが、これもまた別項で考察しましょう。
弦軸(ペグ)は木製で、糸蔵構造をもっています。外モンゴル仕様ではあまりきついチューニングはできません。内モンゴル仕様は金属ギヤ式なのでチューニングもやりやすく、演奏中に緩むこともあまりありません。高音にチューニングすることも容易です。
内弦は高音用で、外弦は低音用です。外モンゴルでは馬の尻尾の毛(この個体ではナイロン弦です)を使用し、内モンゴルではおもにナイロンを使います。いずれも細い弦を多数、束にして用います。
タトゥールガの名称については「初めて触れる馬頭琴」(イワノヴィン・アマルトヴシン著)によりました。ヴァイオリン族にも使われている部品ですね。

この写真では見えませんが、共鳴箱のなかに魂柱という木製の柱が立っていて、共鳴箱の裏板と表板を繋いでいます。これもヴァイオリン族と同じ構造です。

馬頭琴の弓

馬頭琴で用いられる弓は、木製の弓部に馬の尻尾の毛を張ったものです。

写真に見られるように外モンゴル仕様の弓は全体的に無骨な作りで、そりもありません。バロック弓のような形態ですね。先端には毛の留め具として羊の踝の骨が付けてあります。

内モンゴル仕様の弓はヴァイオリン弓をひとまわり大きくしたもので、近代以後、改良されたものです。ねじで毛の張り具合を調整することができます。





四胡

内モンゴル仕様の四胡

この不思議な形をした楽器が四胡です。中国では「スー・フー」と発音します。4弦の胡琴なので四胡と呼ばれます。(2弦の胡琴だと二胡ですね)

二胡の構造をご存知のかたは、高音弦と低音弦のセットが2コースあるとご理解ください。その間を、やはり二本に分かれた弓の毛が通っています。二胡と同じように弓は弦の間を通ります。ですから同じ高さの音をユニゾンで弾くわけです。高低をつけて和声で弾くのではないのです。なぜそうするのか。音量を確保するためか、微妙な倍音のハーモニーを期待するためか。謎の多い楽器です。

通常の二胡と同じ大きさの高音四胡と、かなり大きめの低音四胡(大四胡)があるようですが、大四胡の実物は筆者は見たことがありません。これもモンゴル起源の楽器ですが、中国の雲南省のあたりにも分布しています。どうやら雲南にはモンゴル族の集落があって、そこだけにこの楽器が流布伝承されているようです。この種族は杢族と呼ばれているようです。雲南は青海省に隣接していて、もうそこは遊牧民族の活動圏ですので、遊牧文化との接点がいろいろ残っているのだと考えられます。

モンゴルではこの楽器をホーチルと呼ぶようで、これを担いで遍歴する楽人が、いろいろな英雄伝説を語り伝えたらしいです。ホーチルとは胡琴(フーチン)のモンゴル読みでしょう。この楽人をホールチと呼びます。(モリンホールを奏でて遍歴する人々もいたようです)日本の琵琶法師のようなものでしょうか。


参考文献

D.マイダル 著
加藤九祚 訳
草原の国モンゴル 新潮社 昭和63年刊
周 達生 中国民族誌 雲南からゴビへ 日本放送出版会 昭和55年刊
若林忠宏 民族楽器大博物館 アートダイジェスト 平成11年刊
櫻井哲男 アジア音楽の世界 世界思想社 1997年刊
千葉潤之介 「作曲家」宮城道雄 音楽之友社 2000年刊
項陽 中国弓弦楽器史 国際文化出版公司 1999年刊
田村雅一 幻の楽器を求めて 筑摩書房 1995年刊

*とりあえず順不同に提示します


参考サイト

胡弓(日本のもの)

胡弓・原一男のCO-Q WORLD http://www.co-q.com/Frame.htm

馬頭琴

馬頭琴世界 http://users.goo.ne.jp/morinhuur/
馬頭琴 - チ・ボラグ音楽事務所 - http://www.k-cm.co.jp/batoukin.htm
週刊 「馬頭琴」 http://www2.plala.or.jp/cgi-bin/bbs/petit.cgi/nez/mori
馬工房 http://www80.tcup.com/8001/kizy.html
自作物の部屋(きじま) http://kizy.tripod.co.jp/
さばく屋さん http://gobi389.cool.ne.jp/cgis/top.cgi

四胡

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