瑠璃山電脳室正月の法話


どうせ生きるなら

新年を迎えると、だれもが今年こそはあれをしよう、これをしようと計画を立てますね。

当然のことながら、自分の欲に基づいての計画になりがちです。


みなさんにぜひお願いしたいのは〃自分が生きている〃〃生かされている〃ということをかみしめてから、 一年の計を考えていただきたいということです。
私たちが生きているということは、人間が生きているということです。

物質が生きているのではありません。
物質は生きるための材料にすぎないのです。その物質を手に入れるために人間
は物質を追い回し、そのうち結局は物質に追いまくられ、振り回されるように
なってしまいます。
いまほしい、手に入れたいという物質がもしあったら、もう一度考え直してみ

てはいかがでしよう。
あなたが人間らしく生きるうえで、ほんとうに必要なものかどうか。
どうでもよいのであれば、手から放すことをおすすめします。
どうせ生きるのなら、ほんとうの人間として生きたいではありませんか。
物質に振り回されるなんてすぐさまやめようではありませんか。
どうせ生きるなら、人間を相手にして生きていきましよう。
一人でもいいから、心から信じ愛する生き方をしたいものです。
憎しみをよりどころにするのではなく、愛をよりどころにして生きたいものです。

敵も味方もありません。みんな人間です。一人の人への愛が万人への愛へと開けます。
万人を信じ愛することが、
一人への信と愛をますます深くしてまいります。
どうせ生きるなら、どう生きるか!
この問いに答えるべく一年の計をお立てくださるようお願いします





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