特別公開の奈良仏を巡る 2007年11月10日-11日

11月10日(土)

紅葉シーズンということで、朝の7時だというのに新幹線は激コミ。久々に新横浜の大混雑を味わう。
京都から近鉄で奈良へと向かう。久々の近鉄で、関東の鉄道と違って横柄な態度の駅員にびびりながら乗り換え。奈良行き特急を西大寺で降りて準急で新大宮へ。新大宮到着は10時ちょっと過ぎだった。
この日は法華寺を中心に佐保を歩き、翌日に興福寺へ行くことにした。

不退寺

本堂
不退寺本堂(重文)
蟇股
不退寺多宝塔(重文)の美しい蟇股
駅から15分程度で不退寺に到着。ここに来たのは10年ぶりくらいだが、以前はすがすがしく感じられた本堂の前庭が、草が多くなって雑然とした印象になってしまっていたのは少し残念。
ところで法華寺の前にここにやってきたのは、聖観音像を拝むためだ。通常公開の仏像だが、いずれも特別公開される法華寺・海龍王寺の像と合わせて『佐保路の三観音』という謳い文句がついていて、どうせなら三観音を一度に拝もうという魂胆なのだ。像は、耳の脇のでっかいリボンが可愛らしく、なんだか遠くをぼおっと眺めているような顔立ちである。異様にでかい白亳がユーモラスなようにも感じる。

法華寺

法華寺
掃き清められた法華寺の境内
歩いて法華寺へ。15分ほどで着いた。有名な秘仏十一面観音の開扉中は混雑するという話を聞いたことがあったが、この日はそんなことはなかった。とにもかくにも観音のおわします本堂へまっしぐら。
素晴らしい像だった。仏像の写真集なんかで見ていて、腕が長くて気持ち悪い像だとずっと思ってきたが、本物は、絶妙に均整のとれた、意外なほどに小さな、美しい像だった。これは見る角度のせいだと思う。図鑑などの写真は真正面から撮るために、むすっとしたような顔になり、下ろした右腕の長さばかりが際立って見えてしまうのだ。正面に座って下から見上げるようにすると優しい顔になり、あり得ないほど長く伸びている腕はまるでそれが当然であるかのようにまったく気にならない。やはり仏像は写真なんかじゃなくてちゃんと拝まないとダメなのだとあらためて思ったのだった。

法華寺慈光殿(宝物館)

法華寺にはもうひとつ国宝がある。阿弥陀三尊及び童子像という絵で、慈光殿という宝物館にある。十一面観音は年3回の開扉だが、こちらは年1回だけで、レア度はさらに高い。
さきほど観音像を見たときはその小ささに驚いたが、こちらは逆に大きくて驚いた。絵は3幅なのだが、左に勢至・観音、中央に阿弥陀、右に童子という変則構成で、それぞれ横幅がまちまちだ。違う絵を後世になって強引にくっつけたんじゃないかとも思ったりしたが、高さは揃っているし、バックに蓮の花びらが舞い散っている点が共通している(なんか有元利夫の絵みたいだ)。仏像は好きでも仏画で感心したことがあまりないのだが、これはよかった。
宝物館の前に「秋篠宮御手植」の木があった。日付をよくよく見るとなんと今日。聞けば、朝9時過ぎに来ていたとか。すると今日はこの界隈は警備がうるさいのかな、とか思ったりした。

海龍王寺

土塀
土塀になぜか奈良を感じる
海龍王寺
海龍王寺西金堂(重文)、この中に五重小塔(国宝)がある
続いて、法華寺のすぐ裏にある海龍王寺へ。五重小塔もあるが、今日は佐保路の三観音のひとつ、特別公開の本尊十一面観音像が目当てだ。
像はすっきりした顔立ちで、なかなかの美男子におわします。頭上の十一の面の首が長いのがちょっと気になるといえば気になる。通常非公開のためか、彩色がばっちり残っていてきれいだ。
海龍王寺は過去に何度か訪れたことがあるが、いつもほとんど人がいなかった。しかしこの日は三観音キャンペーンのおかげなのか法華寺のついでに寄る人が多いのか、なかなか賑わっていてちょっとびっくりした。

西大寺へ

蔓萬
但馬屋蔓萬のヘレステーキ定食
海龍王寺を出たときは13時を過ぎていた。新幹線で朝食を摂ったきりでなにも食べていないので腹が減った。平城宮跡を素通りして西大寺駅へと向かう。海龍王寺から西大寺駅までの間には食事ができそうな店はなかった。
昼食は「ならファミリー」6階の『但馬屋 蔓萬』という店で。店名を見て勝手に但馬牛の店なのかと思ったが、よくよく考えると「但馬牛」とは一言も書いてない。それでもステーキ定食は美味かった(メニューには「和牛」と書いてあった)。ウチの好みはレアなのでもっと生っぽくてもいいなあと思ったが、そういえば焼き加減を聞いてくれなかったことを思い出した。まあ美味かったからよしとしよう。

秋篠寺

苔
苔が美しい秋篠寺の庭
秋篠寺
秋篠寺本堂(国宝)
あとは西大寺の愛染明王を見るだけだが、時間があまりそうなので、秋篠寺へと向かった。奈良市の「歴史の道」を歩いて行く。
秋篠寺は落ち着いていていいなあ。本堂の屋根のラインが好きだ。伎芸天が有名だが、法華寺十一面観音を見たあとではインパクトが薄くなってしまう。
そういえば、秋篠宮は今日はここには寄らなかったのかしらん。

西大寺愛染堂

ふたたび歩いて西大寺へ。共通券とやらがあるのでそれを求めると、もうすぐ閉まるので全部見てまわれないかもしれないから、単独券の方がいいんじゃないのかと堂守氏は言う。折角買っても全部拝めなかったらもったいないでぇ、と言うのだ。拝観の最終時間を尋ねると、16:30とのこと。時計を見ると15:25。なんだ1時間もあるじゃん。ということで共通券を購入した。この券で愛染堂のほか、本堂・聚宝館・四王堂を拝観することができる。
特別拝観の愛染明王像は厨子内が暗くてよく見えなかったが、数人が集まったところで堂守氏が懐中電灯で照らしてくれた。これまた意外にも小さい。朱がよく残っている。とても精巧なつくりだ。

西大寺本堂

続いてすぐ近くの本堂へ。本尊釈迦如来立像が中央におわします。これがなんと清凉寺式。いかにも江戸時代な感じのこってりした造りの本堂の中では、ちょっと違和感を覚えた。
向かって左の方には文殊菩薩騎獅像。すっきりした面立ちの像で、凛とした美しさを持っている。共通券にもあしらわれているところからして、寺の中でも重要な像なのだろう。菩薩には四侍者がついており、合わせて文殊五尊という形式だそうな。この侍者のうちの善財童子像が灰谷健次郎の『兎の眼』で有名になった像だが、正直言ってそんなにきれいな眼とも思えなかった。
拝観を終えて出ようとしたのは16時ちょっと前だったが、ちょうどそのとき到着したひとりの女性が共通券購入を求めたのに対して堂守氏は、もうこの時間だと全部見られないから単独券にしろと言って共通券を売らなかった。ゆっくり拝んでもらいたいという気持ちもわかるが、駆け足でもいいからとにかく全部回りたいという人を拒否してしまうのはいかがなものか。それとも過去にトラブルでもあったのだろうか(券を買ったんだから時間過ぎても見せろと言われた、とか)。女性はとても不満そうだった。

西大寺聚宝館

この建物も開館日が限られている。金銅宝塔が呼び物のようになっていたが、ここでは吉祥天女立像が目を引いた。ほかはちょっとしょぼくれた宝物館だった。

西大寺四王堂

西大寺
西大寺四王堂
最後の四王堂へ。入ってふと見上げると長谷寺式のでっかい十一面観音が。これには思わずおおっと声をあげてしまった。脇を固める四天王に踏みつけられた、むちゃくちゃにデフォルメされた邪鬼が楽しい。これらの邪鬼は、天平から寺内に伝わる唯一の遺品なんだとか。

奈良パークホテル

夕食
奈良パークホテルの夕食(左下が蘇)
宿へ向かう。阪奈道路沿いの奈良パークホテルで、奈良では珍しい温泉宿だ。駅に戻って送迎バスを呼ぼうかと思ったが、出払っていたりすると面倒なので、また歩くことにした。西大寺からゆっくりで30分ほどで着いた。
風呂はとても気持ちよかった。透明で、神経痛や筋肉痛に効能があるとのこと。露天風呂もあるが、なにしろ表が大動脈なので、いわゆる「野趣満点」という感じではない。
驚いたのは建物内に飲み物の自販機が1台しかなく(しかもアルコール類がない)、部屋に備え付けの冷蔵庫にある缶コーヒーはなんと300円(!!)。ただ、すぐ近くにコンビニがあって、そちらで事足りる。
食事には「蘇」が出たが、チーズ好きな我々にはなかなかのヒット作だった。ミモレットのような感じがするような、しないような。

11月11日(日)

朝食を済ませてから8:20発の送迎バスで近鉄奈良へ。今日は、法華寺に並ぶこの旅のメインイベント、北円堂が待っている。

興福寺北円堂

北円堂
興福寺北円堂(国宝)の組物
北円堂
美しい興福寺北円堂(国宝)
興奮して駅からダッシュしてしまったが、到着してみると北円堂開扉は朝9時から。まだ8時30分だが数人の人が集まっていた。南円堂あたりをぶらぶらして時間をつぶすと待ちに待った9時になった。興奮を抑えつつ堂内に入ると、そこはめくるめく仏像空間だった。
美しい天蓋の真下におわします本尊弥勒如来坐像がいい。厳しくて優しくて堂々としていて、理想的な如来の姿だ。いろんな本に運慶晩年の最高傑作とか書かれているとおり、素晴らしい仏像だ。
その本尊に寄り添うように無著・世親が立っている。本来の弥勒三尊の脇侍もちゃんと両脇にいるのだが、どうみても弥勒仏無著・世親との三尊に見えてしかたない。無著・世親像はこれまで明るい博物館でしか見たことがなかったが、この少し暗い堂内での姿はリアルさが増しているようだ。周りにいた人の何人かが「今にも動き出しそう」と言っているのが聞こえた。
そしてその周囲をキョーレツなギョロ目が凄い四天王ががっちり固めている。これらの像の配置がすばらしくてもうタマラン。

興福寺宝物館

阿修羅
阿修羅像(国宝)をあしらった特別公開の看板
続いて宝物館へ。なにはともあれ勢ぞろいした八部衆コーナーへと急ぐ。うわっ、すげー人。いつ来てもそれなりに混んではいるけれど、今日は黒山の人だかりだ。通路が狭いので見にくいことこのうえない。
8体は、いつもの阿修羅のいるあたりにずらっと揃っていて、少し引いた位置から並んだところを見ると実に壮観だ。8体全てを今までに見ていたように思っていたが、頭に蛇を乗っけている少年顔の沙羯羅さからや、BS FUJI でニュースを読んでいるときの高橋真麻アナにちょっぴり似ている鳩槃荼くばんだは、記憶にないことに気づいた。もしかしたらこれが初めてかも知れない。なにしろ、写真で見ていて馴染みがありすぎる。
いつもの住処を八部衆に追われた十大弟子像が向かって左隣に展示され、そこにいた金剛力士像阿弥陀如来像の脇に押しやられていた。
感心してしげしげと眺めていると、島木譲二に似た893な感じのおっさんが、写メでバシバシ仏像を撮りだした。あまりの出来事にびっくりして見ていたらすかさず係員が注意。すると「なにが悪いねん、言うてみい」と宣った。すげー、さすが関西人。つうか893だからか。しかしすぐにハイヒールモモコ似の彼女になだめられ、大人しく行列の後ろについて見物しだした。その後はじっくり解説を読んで仏像と見比べている様子に、いったい信仰とはなんなんだろうと思った。

興福寺本坊(大圓堂)

道路をはさんで奈良博側にある本坊へ。ここの本尊秘仏聖観音像が見られるのだ。特別公開のパンフレットはシルエットだけになっており大いに期待して行った。
が、本坊の前庭を(しかも気持ち悪いへんてこな人形がわんさか置いてあった)、急拵えの木の通路でちょろっと1周するだけで、挙句にすぐ外でなんかのイベントのため大音量で音楽が垂れ流されていて、とても寺院を拝観する環境ではなかった。仏像も、なかなかいい像ではあるが、かと言ってとりたてて目を瞠るところもない仏像だったし、たった1体だけだし、遠いし。宝物館に400円プラスした共通券を購入したので見たのだが、これに400円は高すぎだと思った。まあ中金堂勧進のためということで納得しよう。

新薬師寺

新薬師寺
新薬師寺本堂(国宝)
新薬師寺
新薬師寺観音堂(重文)の美しい蟇股
まだ10時過ぎ。予約してあるのぞみに乗るには15時頃奈良を出ればよいので、まだまだ時間はたっぷりある。そこで、ひっさびさに新薬師寺へ行くことにした。もちいどの通りの手作りパン屋で焼きたてのパンを買って図書館脇のベンチで食してからぶらぶらと歩くと、日が出てきて暑くなってきた。
前に来たときは修復工事中だった本堂もすっかりきれいになっていた。ここは外の組物もそうだが、内の化粧屋根裏が美しい。
内部は本尊薬師如来十二神将がぐるりと取り巻く。本尊のおおらかさがいい。十二神将のうち切手になった伐折羅ばさらを、切手のデザインと同じ角度から見ると実はそこは本尊の真正面。また、正面側の4本の柱には絵が描かれているのが見えた。そんなことがわかってちょっぴり感動したのだった。
ただ、堂内でビデオが流しっぱなしなのが気になった。うるさい。それ以上に、ステンドグラスを扉に嵌め込んだりするのはいただけない。簡素な造りの厳かな雰囲気が持ち味なのに、それをぶち壊しているように思うのだが。

餅飯殿

昼食
京小づちの野菜炊き合わせ
昼食
京小づちの焼物:ぐじの真珠の粉焼き
奈良町界隈で昼食をと思ったが、目を付けていた店はどこも満席。どうしようかと思案していると、空には黒雲が湧いてきて一雨来そうな感じ。そこでアーケード屋根のあるもちいどの通りまで戻ることにした。適当にジグザグに歩いていってアーケードに着き、最初に目についたのが「京小づち」なる店だった。駅に近くなるほど店が混むと考え、ここに入ることにした。
創作薬膳料理を掲げている店で、メニューにはそれぞれの料理の効能が書いてあった。弁当を頼む人が多いようだが、我々は「本日のコース」を注文。味付けもヘンにしょっぱくなくて美味しかった。前菜には蘇が出たが、前日に宿で食べたものとは食感が違っていて、こちらの方がちょっとぱさぱさした感じだった。
食事を楽しんでいると、モーレツな雨が降ってきた。コースにしたので、食事にはたっぷり1時間半かかった。雨は一時的なもので、店を出る頃にはあがっていた。

なら奈良館

仏頭
旧山田寺仏頭のレプリカ
伐折羅
新薬師寺伐折羅像のレプリカ
さあ帰るかと思って近鉄奈良駅まで来たものの、中途半端に時間があまっていた。もういちど北円堂に行くという案も出たが、また雨が降ったりするとイヤなので、駅の上にある奈良歴史教室でお手軽に済ませることにした。エスカレーターで上にあがってみると歴史教室は名前が変わっていて「なら奈良館」となっていた。ヘンなの。
ここは寺院建築の組物とか仏像のレプリカなんかが置いてあって、間近で見られるのがいい。組物なんかは構造物に名札が付いているので、とても勉強になる。伐折羅の左手の指先の表現というか反り具合は、さすがに本物の方がイイカンジだった。実物大の東大寺の大仏の掌は、子どもたちの遊び場と化していた。

帰路

京都駅
京都駅新幹線コンコースの土産物屋は大混雑
地ビール
京都の地ビールで乾杯
15時過ぎの急行で京都へ。京都駅はびっくりするくらいの大混雑だった。どいつもこいつもスチュワーデス気取りでカートを引っ張っているのが邪魔くさい。
のぞみは指定席だったのでゆっくりできた。土産物屋で地ビールを買ってプチ打ち上げ。黄桜酒造の「京都麦酒」は清酒の酵母で醸されているとかで、なるほど日本酒っぽい香りがしておもしろかった。
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