Top 浮世絵文献資料館 浮世絵師総覧
☆ たてかわ えんば 立川 焉馬 浮世絵事典
立川談洲楼(ダンジュウロウ)焉馬 狂名 大納言あづき・鑿釿言墨金(ノミノチョウナゴンスミカネ)
☆ 文政六年(1823)
◯『江戸花三升顔見世』(五渡亭国貞画 立川焉馬遺構 七代目市川三升補 西村屋与八板 文政六年刊)
(七代目市川三升口上)〈立川焉馬一周忌追善〉※升は助動詞「ます」。文中の「私」は三升
〝お江戸戯(け)作者の根生(ねおひ)立川(たてかわ)談洲楼(だんじうろう)焉馬翁(おう)は 祖父(ぢい)
市川白猿と俳諧狂歌の竹馬の友にて 牛島の艸庵に於て義を交(むす)び とりわけ幼(いとけな)き頃
より此翁(おきな)の取立にあづかり 御ひゐき三升連の御世話被成下候処 去る文政五壬午年六月二
日 行年八十歳を一期(いちご)となし 極楽浄土の長(なが)の旅路におもむき すなはち寺は本所中
の郷最勝寺にて 法名三楽院寿徳焉馬居士
水無月雲のうきなみ立川のおもかげゆかし空ぞ見らるゝ 五柳亭徳升
いろかへぬ四季見の花も立川やながれをくみて水をたむけん 六蔵亭宝馬
誠や此翁は天明年中より狂歌を好み 農にあらず商にあらず 初め狂名を大なごんあづきと号す 夫
よりのみてうなごんすみかね(鑿釿言墨金)と 我家職の狂名 此翁より始り 浮世こつけい落咄の元祖
其外戯作は白石噺 忠臣蔵二度目の清書 歌舞伎年代記 太平楽の巻物抔(など)あまねくかぞへがたし
追て一周忌に諸君子玉吟俳諧狂歌画入よみ本 立川焉馬記となづけ愚作をもつて御覧に入奉り升す(中略)
扨(さて)又別段申上まするは 五渡亭国貞ぬし 私をさなき頃より別懇にて 兄弟同様に生立ましたる
所 御ひいき厚く三都は申すに及ばず津々浦々まで 浮世絵の御評判にあづかり升る段 心魂に徹し
難有仕合奉存升る かれが実父五橋亭琴雷とて 俳諧をこのみ 専ら風流の志あつく 祖父白猿立川
焉馬の三人茶呑友達にて親しく常に交はり 蜀の三士の桃園の会合もかくあらんなど物語しも 天明
七丁未年八月十六日に身まかり 寺は亀戸光明寺 法名観行院理山善知信士 すなはち
辞世 もどかしき糸はほぐれてちる柳 国貞父 五橋亭琴雷
追慕 身体髪膚を父母に受るといふをしへをおもへば
我身にもあらぬものゆゑ寒哉 五渡亭国貞
乍憚(はばかりながら) 御ひいきの諸君子は一遍の御回向願上奉り升る〟
〈出典はネット上の画像〉