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浮世絵文献資料館
浮世絵師総覧
☆ 目一秘曲平家一類顕図
浮世絵事典
(もくいちがひきょくへいけのいちるいあらわれ(の)づ)
☆ 安政五年(1858)
筆禍
「目一秘曲平家一類顕図」
錦絵三枚続
華蝶楼画
〈『藤岡屋日記』には「十月廿五日被召捕候」とあるのみで、誰が逮捕されてどのような処分が下されたのかよく分から ない。処分理由は浮説の流布と思われる〉
◯『藤岡屋日記 第八巻』(藤岡屋由蔵・安政五年(1858)記) ◇平家一門図 p332 〝十月廿五日被召捕候、平家一門安徳天皇守護図、外題
目一秘曲平家一類顕図
三枚続、一の谷御殿之図、 上段ニ紫の幕、丸之内に酸漿紋白幕を張、翠簾を巻揚ゲ、上段之間正面ニ能登守教経、龍紋の兜・虎皮 の尻鞘ニて安徳天皇をいだき奉ル、袴ニ橘の紋付候ハヾ彦根之よし、天皇ハ金冠ニて是、当上様のよし、 左りニ伊賀平内、具足ニ桔梗紋付、脇坂、後ニ新中納言知盛、是ハ無紋ニ而不知、脇ニ一人、是も不知、 右ニ飛騨判官景隆・間部、越中前司盛俊・太田、是迄が上段也。下段右手、武蔵三郎左衛門有国・内藤、 弥平兵衛宗清・和泉守、悪七兵衛景清・久世、中央ニ座頭目(ママ)一前ニ琴を置、後ニ三宝ニ九寸五分の せ有之、肝を潰せし様子也、是隠居之由、右ニ薩摩守忠度、是ハ一橋か、瀬尾太郎兼広(康)、是も不 知、前左りニ武者二人、緋縅鎧着、是も不知、坊主武者三人知れず、左り上段之次下段ニ、主馬判官盛 国・本多、門脇宰相経盛・遠藤、筑後守家貞・稲垣、小松内大臣重盛、是ハ郎党の出立ニ而、牧遠江、 参議経家不知。(以下脱カ)〟
〈この画は暗に将軍継嗣問題を仄めかしたもの。安政五年七月、病弱だった第十三代徳川家定が逝去。すると世継ぎを めぐって、一橋慶喜を推す水戸家中心の一橋派と、紀州藩主徳川慶福の擁立を図る井伊直弼等南紀派との間に激しい 争いが起こった。しかし結局は南紀派が押し切って、第十四代将軍家茂が誕生することになった。この画はその争い を擬えたものという。画面は、井伊直弼ら南紀派が、この時老中職にありながら一橋派に近い立場をとった久世広周 を糾弾している場面と考えられる。上座中央の能登守教経がその橘の紋から彦根藩主・大老井伊掃部頭直弼とされ、 そしてその井伊直弼に擁立された金冠の子供・安徳天皇が、当時十三才であった徳川慶福というのである。(慶福は 来たる十二月朔日、将軍職を継ぐことになっていた)桔梗紋は老中・脇坂中務大輔安董。以下、間部下総守詮勝、太 田備後守資始、松平和泉守乗全、この三人は井伊直弼の推挙で再び老中に復職した者たち。内藤は老中内藤紀伊守信 親か。その他、本多越中守忠徳、遠藤但馬守胤統、稲垣長門守太知、牧野遠江守康哉、彼らは当時の若年寄で、井伊 直弼の幕政を支えた人々である。さて、画中に「目一座頭」とある人は誰か。藤岡屋由蔵はこれを悪七兵衛景清とし、 当時の老中久世大和守広周を擬えたものと捉えていた。座頭が景清を連想させるのは、景清に、平家滅亡後の源氏の 天下を見るに忍びないとして自ら目を抉りとったという盲目伝説が伝えられているからであろう。また琴があるのは、 「壇浦兜軍記」の名場面「阿古屋の琴責め」の趣向をかりたもので、これもこの座頭が景清であることを暗示させる 役割を果たしている。(「阿古屋の琴責め」頼朝方は頼朝の暗殺を狙う景清の行方をつかもうと、景清馴染みの遊女 阿古屋に居所を問い詰めるがなかなか白状しない。そこで、隠しているのか、実際に知らないのか、それを確かめる ため、畠山重忠は阿古屋に琴と三味線と胡弓を弾かせる、音に乱れがあれば嘘、なければ真実をいっているはずだと、 阿古屋の心底を見極めようというのである)江戸の巷間では、その「目一座頭(景清)」が老中の久世広周だと、噂 していたのであろう。久世広周は将軍継嗣問題も安政の大獄の処断についても井伊直弼と対立していたからだ。この 錦絵が出た二日後の十月二十七日、久世は老中を罷免されている。もちろんこの錦絵のせいではなかろうが。ともあ れ「九寸五分を三宝にのせ肝を潰す」とは、井伊直弼が久世広周に切腹を迫った(この場合は罷免)ことを物語るの だろう。当代を伝説等の古典に擬えて表現する方法、それがここでも使われている。この種の判じ物、これまで摘発 ・検挙・処罰を繰り返えしてきたが、それを期待する層も多く、また版元にとっても相応の利益を見込めるから、危 険を承知で手を出すものが絶えない。が、それにしてもこれほど露骨に幕政の内側を表現した作品も珍しい。しかも ことは将軍家の継嗣に関するものである。案の定「十月廿五日被召捕候」で逮捕者が出た。板元の三河屋鉄五郎は当 然として、絵師や絵双紙屋・糴売りに累が及んだのだろうか。浮説を生じさせた判じ物であるから、絵師にも及んだ と思うのだが、言及がないのでよく分からない。さて肝心の絵師は誰であろうか。下掲「早稲田大学演劇博物館浮世 絵閲覧システム」の画像には「華蝶楼画」とある。この華蝶楼を、小林和雄著『浮世絵師伝』は若き日の歌川国周と する。なお画題は「目一秘曲平家一類顕図」で「もくいちがひきよくへいけのいちるいあらはれづ)」のルビが付い ている〉
「目一秘曲平家一類顕図」
華蝶楼(豊原国周)画
(早稲田大学演劇博物館・浮世絵閲覧システム)