◯『好色一代女』巻一「国主の艶妾」(井原西鶴作 貞享三年(1686)刊)
〝武士は掟たゞしく、奥なる女中は男見るさへ稀なれば、ましてふんどしの匂ひのしらず、菱川が書きし、
こきみのよき姿枕を見ては、我を覚へず上気して、いたづら心もなき足の踵 手のたか/\指(中指)を
引きなびけ、ひとりあしびもむつかしく、まことなる恋を願ひし〟
〈師宣の枕絵は武家の奥向にも出回っていたのである〉
◯『浮世絵年表』(漆山天童著・昭和九年(1934)刊)
◇「享保七年 壬寅」(1722) p76
〝(十二月十六日の布令中に、「只今まで有来り候板行物の内好色本の類は風俗の為にもよろしからざる
儀に候間早々相改め絶板可仕候事」といへる箇條あり。(天野信景の塩尻に「享保七、此冬難波京師東
都に令して春絵(マクラヱ)楽事(カウシヨク)凡時尚の俗書板行を禁したまへり」とあるは蓋し此の事をいへるな
り)〟
◯『ひとりね』(柳里恭著・享保九年(1724)自序)〔「日本古典文学大系」『近世随想集』p57〕
〝枕絵にては、閨笑㒵(エガオ)・うたゝね・栄花枕・後日まめ右衛門・しぐれまど・床だんぎ抔(ナド)
は、いつ見てもあかぬけしきあり。すべて此のたぐひも、文宝(ツクヘノアイダノ)物也〟
〈頭注「後日まめ右衛門」は『豆右衛門後日女男色遊』其碩作・正徳年間刊(「日本古典籍総合目録」は、八文字
屋自笑作?・西川祐信画?・享保四年以降刊)「床だんぎ」は『好色とこだんぎ大全項目』元禄二年刊。あとは
未詳とする。「日本古典籍総合目録」の『色道うたゝね枕』(江島其碩作・西川祐信画・『魂胆色遊懐男』の解
題本)が上記「うたゝね」の可能性がある〉
◯『宴遊日記』(柳沢信鴻記・安永八年(1779)正月三日記)
〝新助に日記帳・懐暦箱入・婦若(ヲンシヤク)【枕絵】・蚊に喰れぬ呪曽我【大帳仕立】貰、お隆錦絵貰ふ〟
〈「婦若【枕絵】」は未詳。新助は本屋。この枕絵には年始のお祝いの雰囲気さえ感じられる。隠居したとはいえ、
元大和国郡山藩第二代藩主である。不躾なものを贈るはずはないのである。米翁(信鴻)もごく当たり前のよう
に受け取っている。「蚊に喰れぬ呪曽我」とは表紙が大帳(大福帳)仕立ての烏亭焉馬作・洒落本『蚊不喰呪咀
曾我』〉
△「判取帳」(天明三年(1783)成)
(浜田義一郎著「『蜀山人判取帳』補正<補正>」『大妻女子大学文学部紀要』第2号・昭和45年)
〝寄枕絵恋 まくら絵につい見ならゐしいくの二字千代もかはらぬ恋のかきぞめ 紀津丸
(挿絵 武士と供)〟
◯『一話一言 六』〔南畝〕⑫二三七(大田南畝著・天明三年(1783)記?)
〝春画
青藤山人路史にいはく、ある士人蔵書はなはだ多し。その匱(ヒツ)ごとに必春画(マクラエ)一冊づゝいれ
置けり。ある人そのゆへをとふに、これ火災をよくる厭勝(マジナヒ)なりと。云云 此方にて具足櫃に
春画をいるゝといふ事も、かゝる事などによれるやらん〟
〈『青藤山人路史』は書名。明・徐渭の撰。文化十四年十月刊の『南畝莠言』(⑩三九〇)同記事あり〉
◯『万歳狂歌集』「賀歌」〔江戸狂歌・第一巻〕四方赤良・朱楽菅江編・天明三年(1783)刊
〝寄枕絵祝 床もはやおさまりてよききみが代はもういく千代をいはじふ枕絵 あけら菅江〟
◯『下里巴人巻』〔江戸狂歌・第二巻〕四方赤良著・天明五年(1785)詠
「八月十九日、兼題月前枝大豆」
〝天地玄黄 かつぶきし月は西川祐信か枕草紙のゑだ豆男〟
◯『嬉遊笑覧』巻三「書画」p405(喜多村筠庭信節著・文政十三年(1830)自序)
〝(『青藤山人路史』『物理小識』を引き、枕絵を鎧櫃や衣櫃に収めるのは蠧(シミ)除けや火災を防ぐ
まじないとする記事に続けて曰く)
鎧びつのかたは武士の軍陣又は他国に勤番する者は携さへ、その衣びつの方は奉公する婦人の秘も
たりしより始れることなるべし〟
〈「秘もたり」は秘して所有の意味。武家は公務で長期赴任する場合、男女を問わず携行する習いのようである〉
◯「川柳・雑俳上の浮世絵」(出典は本HP Top特集の「川柳・雑俳上の浮世絵」参照)
1 枕絵を持って巨燵を追ひ出され 「柳多留1-23」明和2【柳多留】
2 枕絵を添てもしち屋直をふまず 「柳多留5-8」明和7【柳多留】
〈4参照、その枕絵も添えたのだが効き目もなく〉
3 枕絵をたからかによみしかられる「柳多留10-30」安永4【川柳】
〈叱られたのは手習い始めた子供であろうか〉
4 枕絵を出してしちやへしよつて行「柳多留12-7」安永6【川柳】
〈武具箱にいつも入っている枕絵を取り出していざ質屋へ〉
5 枕絵のうら打をする前九年 あくや事かな/\「柳多留拾遺5-21」天明1【岩波文庫(上)】
〈前九年は前九年絵巻と思われるが、枕絵の裏打ちとの関係が不明〉
6 まくらぞうしもならぬぞと始皇いひ「柳多留22-18」天明4【川柳】注「書を焼く」
〈焚書坑儒。医学・占い・農業の書に加えて春画も焼くなと、始皇帝なら云ったはずだと〉
7 枕草子はかまはぬと始皇いひ 猪牙「やない筥2-28」天明4刊【岩波文庫『初代川柳選句集(下)】
〈上句と同じで春画はお咎めなしだと〉
8 楊枝見世枕絵の序を額にかけ「川柳評万句合 智4」天明5【岡田甫編『誹風末摘花』4-13】
〈「浮世絵も先巻頭は帯とかず」だから額にかけた序のところはあぶな絵のようなもの、客引きのためか〉
9 枕絵とさでんのならぶ古本屋 「柳多留20-7」天明5【柳多留】
〈「さでん」は『春秋左氏伝』。枕絵が漢籍と同居する古本屋〉
10 枕さうしの間違ひではぢをかき 「柳多留33-42」文化3【柳多留】
〈清少納言の方をしらず〉
11 枕絵はけだし息子の秘書にして 「柳多留36-43」文化4【川柳】
〈隠れ見するもの〉
12 不意をうつ絵図をも入れる具足櫃「柳多留74」文政5【柳多留】
13 枕双紙は曲取りの仕様帳 「柳多留122別-15」天保4【柳多留】
〈「曲取り」は曲芸〉
14 娵(よめ)の秘書極彩色の春曙抄 「柳多留150-」天保9【柳多留】
〈極彩色とあっては『枕草子』にあらず〉