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浮世絵文献資料館
浮世絵師総覧
☆ こまくらべばんじょうたいへいご 駒くらべ盤上太平棊
浮世絵事典
☆ 天保十四年<七月> ◯『大日本近世史料』「市中取締類集」十八「書物錦絵之部」第二六件 七五 p139 (絵草紙掛り名主の市中及び諸色掛り名主宛通達案) 〝当七月、長谷川町定次郎店絵草帋屋(具足屋)嘉兵衛より掛り名主月番小網町(普勝)伊兵衛え差出 し、改済相成候将棋合戦三枚続錦絵〟
〈七月、国芳画の「駒くらべ盤上太平棊」は改め(検閲)も通って出版になったが、市中では以下のような噂が飛び交 い、これはこれで取締り当局の判断を悩ませていた〉
◯「流行錦絵の聞書」(絵草紙掛り作成・天保十五年三月記事・『開版指針』所収・国立国家図書館蔵) 〝(天保十四年)九月中(国芳)画ニて将棋之駒の軍絵、出版いたし候所、右の内可見咎処は飛車の成龍 王ト可書処龍口(タチノクチ)ト有之、桂馬ハ雁馬(ガンノウマ)ト有之、其外の駒の文字、何れも寄せ字ニ有之、 角(カク)行、矢を射居、其矢楯にあたり居候、是を下説ニ、惣て物事筋道ニて矢も楯もまならぬと申判事 物の由、評致候由、及承候得共、是は別段お調も無之、其後も将棋の絵草ぞうし等出板いたし候〟
〈飛車成り「龍王」を「龍口(タツノクチ)」と読み「桂馬」も「雁馬」と見た。そして角行の放つ矢が相手方の楯に当たっ ているところから、ここには「矢も楯もたまらない(気がせいて、じっとしていられない)」の諺も潜んでいるとも いう。「龍口(タツノクチ)」「雁馬」「矢も楯もたまらない」そうして見ると、角成り竜馬の駒もなにやら怪しい字面だ。 この絵には何か寓意が隠されているように見える。例えば、「龍口(タツノクチ)」を「辰ノ口」と読みかえれば、江戸城 の辰ノ口、つまり老中や三奉行(町・寺社・勘定)で構成される幕府の評定所(最高裁判所)があったところとなる し、「雁馬」も「雁の間」と読めば、老中が登城の際に詰める席となる。それに「矢も楯もたまらない」も加わり、 角行成り竜馬の字面も何やら言いたげだ。またもっと他の暗示が潜んでいるのかもしれない。しかしそれらが果たし て何の寓意なのかということになると、なかなか焦点が定まりにくい。にもかかわらず寓意があるはずだと思いこん でいるから、強引な解釈も浮かんでくる。この「聞書」は町名主のものだから、憚って書かなかったのだろうが、実 際には老中や町奉行の具体的な名前、水野忠邦や鳥居耀蔵といった名前も取り沙汰されていたに違いない。しかしこ うした浮説の出所が、板元や絵師の作画意図によるものかどうかとなると、なかなか決め手になるものは見いだせな いのだろう。結局、取り調べの対象にもならず、この「駒くらべ盤上太平棊」はその後も売り続けられた。検閲担当 の絵草紙掛りは、判じ物とは承知しているが、その制作側の狙いを見極めようにも明確な証拠がないのである〉
「駒くらべ盤上太平棊」
一勇斎国芳戯画
(「錦絵の諷刺画」データベース・ウィーン大学東アジア研究所)