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☆ はりこみ 張込浮世絵事典
   ◯『浮世絵と版画』p94(大野静方著・昭和十七年(1942)刊)   〝版画製作には第一着手として画家のかいた絵「板下画」を彫刻すべき板木へ貼り附ける。之を「張込」    といふ。容易なことのやうであるが最も大切な仕事の一つで、相当の熟練を要するものである。現今で    は板下画は自由に各種の紙を使用するが、従前は多く薄美濃紙を用ひ、礬水引のものは使用しなかつた    ので、水分に堪へる力が弱く、一度貼り損じたる場合張直しに困難を極むることが多いのである。古代    は引写しものには薄用を使用したやうであるが、近世には無ドーサの薄美濃を多く用ひたのである。明    治時代には雁皮紙を用ひたが、之は彫刻には好適なるも、紙質極めて薄く、張込困難のため彫刻家に嫌    悪された。礬水引雁皮紙美濃紙等の使用さるゝやうになつたのは明治廿四五年以後と思ふ、江戸時代に    は礬水引薄美濃は存したのであるが、多くは画家等の彩色模写などの場合に用ひられ、多量を要する板    下画には使用されなかったといふことである。「張込」は板面に糊をひき、板下画を裏返しに貼るので    あるが、糊をひくに刷毛を以てせず、手の掌、指の腹、爪先等を使用するのである。糊は姫糊に限り糊    の塗方、板下画の張込方等に多くの経験を要するので、老熟した経験に富んだ者でないと満足には出来    ないといふことである。彫工の中には生涯張込を手掛ない者さへあつたといふ。板下の張込は兎角厄介    視されて成るべく之を避ける者が多いので、大錦の板下画の張込を苦もなくなし得る職人は少数であつ    たと云はれる。絵本読本の板下画は大錦より小版ではあるが、画が緻密なので一層の注意を要したので    ある。極めて大切な下絵は一旦裏打をなし厚味を加へ置きて然る後張込を行ふのであるが、かやうなこ    とは普通には行はぬのである。    「張込」は彫工が最初に行ふ重要な仕事なので、少しく其方法を説明すれば、先づ適量の糊を板木の中    央に置き、指の腹を以て充分に練り、少量の水を加へつゝ適度の濃度になし置き、爪を以て糊を一面に    搔き拡ぐる。かくすれば板面の糊は爪によつて幾筋もの線状を現はすが、之を手の掌を以て平均して後、    又手の掌で軽く叩けば、板面の糊は粟粒の如き粒状を呈す。かくの如くなし置いて草稿を張込むことゝ    なるが、之には自然の熟練を要すといふ。     板下画を貼るには画の下方両端を摘み上げ、板木と見当をつけ置き、垂れ下り居る板下画を息を以て    前方へ吹やると同時に、板面に当がひ、素早く手の掌にて撫で貼るので、皺歪み等出来ぬやる張込を終    るには相当の手練と経験を要するのである〟