Top浮世絵文献資料館浮世絵師総覧
 
☆ くになお うたがわ 歌川 国直 初代浮世絵師名一覧
〔寛政7年(1795)~ 安政元年(1854)6月28日・60歳〕
 ☆ 文化五年(1808)    ◯「合巻年表」(〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇合巻(文化五年刊)※角署は省略    歌川国直画『大江山酒顚童子談』歌川国直画 十返舎一九作〔目録DB〕    〈早稲田大学「古典籍総合データベース」所蔵本には、前編の一九の序に「辰孟春」とあり、前編巻末の「辰春目録」     には『玄同放言』第二集の広告が載っている。同書は文政三年の刊行であるから、この「辰」は文政三年と考えられ     る。また後編巻末の板元鶴屋喜右衛門の「辰春新板目録」には、『大江山酒顚童子談』の他に『信田妋手白猿牽』     『滑稽旅賀羅寿』など合計九作品の広告が載っているが、全て文政三年刊である〉    ☆ 文化六年(1809)    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇滑稽本(文化六年刊)    歌川国直画    『浮世風呂』前編 北川美丸・歌川国直画 式亭三馬作 西村源六他板〔目録DB〕          二編 歌川国直画 式亭三馬作 西村源六他板〔目録DB〕    ☆ 文化八年(1811)    ◯「合巻年表」(〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇合巻(文化八年刊)※角書は省略    歌川国直画『阿波大尽鳴門之写絵』歌川国直画 橋本徳瓶作・大阪屋秀八板〔目録DB〕    〈バークレー東亜図書館所蔵の書誌では「橋本德瓶作、歌川國貞画」となっている〉    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇滑稽本(文化八年刊)    歌川国直画    『四十八癖』初編 歌川国直画 式亭三馬作     『浮世床』 初編 歌川国直画 式亭三馬作 双鶴堂・拍栄堂板    ☆ 文化九年(1812)    ◯「合巻年表」(〔早稲田〕は『早稲田大学所蔵合巻集覧稿』〔東大〕は『【東京大学/所蔵】草雙紙目録』           〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇合巻(文化九年刊)※角書は省略    歌川国直画    『昔話丹前風呂』 署名「豊国門人国直画」 式亭三馬作 鶴屋金助板〔早稲田〕     〈作中にある式亭三馬と歌川豊国の口上〉    〝三馬 さて是にひか分へをりまするハ豊国門人歌川国直、当年十八才のわかもの、いまだ画道もミじ     ゆくにハござりますれども、合巻ゑざうし流行の時をさいハひ、御子さま方の御ひいきをねがふやう     にと、達て相すゝめまして、初ぶたいの御目見へいたさせまする。     豊国 まことにミじゆくの私にも猶たらぬがちなる門人の拙画を、三馬引立くれられまするハ、私身     にとりいかばかりか大慶に存まする。あしき所も御目ながに御らん被下、私ども同様に御ひいき御と     り立なし下され、国直/\と御ひやうばんの上、すゑ/\ハ大だてものとなりまするやう。     三馬 豊国 すミからすミまでずいとねがひ奉ります〟    〈文化九年当時、国直は十八歳。寛政七年(1895)の生まれである。式亭三馬と師匠豊国の後ろ盾を得ての初披露で     ある。三馬の口上に「初ぶたいの御目見得」とあるから、この年が草双紙初登場か〉    『江戸水福話』  署名「豊国門人国直画」式亭三馬作 鶴屋金助板〔早稲田〕    『出世之春千両幟』(画)豊国門人国直画(著)橋本徳瓶 伊賀屋勘右衛門板〔東大〕    『浮世夢助魂胆枕』歌川国直画 式亭三馬作 西村屋与八板〔目録DB〕    『定紋花輪ちがひ』歌川国直画 桜川慈悲成作〔目録DB〕    『四月八日譚』  歌川国直画 振鷺亭作  〔目録DB〕    『両面蓮華道』  歌川国直画 式亭三馬作 〔目録DB〕    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇滑稽本(文化九年刊)    歌川国直画『忠臣蔵偏癡気論』一冊 歌川国直画 式亭三馬作 鶴屋金助板    ☆ 文化十年(1813)    ◯「合巻年表」(〔東大〕は『【東京大学/所蔵】草雙紙目録』    〔目録DB〕は国文学研究資料館の「日本古典籍総合目録データベース」)   ◇合巻(文化十年刊)※角書は省略    歌川国直画    『吾妻花歌妓気質』(画)一雄斎歌川国貞(前編)・独酔舎歌川国直(後編)(著)式亭三馬 森屋治兵衛板〔東大〕    『児ケ淵桜之振袖』(画)歌川国貞(前編)・歌川国直(後編)      (著)山東京伝 河内屋源七板〔東大〕    『薄雲桜古跡の曙』(画)歌川国直(著)山東京山 丸屋甚八板〔東大〕    『巳巳巳巳歌字尽』(画)歌川国直(著)式亭三馬 西宮新六板〔東大〕    『玉喜久全伝』  (画)国直(著)東里山人 岩戸屋喜三郎板〔東大〕             (備考、狩野本に「外題画工貞周」とある由)    『ヘマムシ入道昔話』歌川国直画 山東京伝作 和泉屋市兵衛板〔目録DB〕    『春相撲花之錦絵』 歌川国直画・歌川国丸画 山東京伝作  〔目録DB〕    『薄化粧垣根卯花』 歌川国直画 酔月梅笑作 〔目録DB〕    『日高川清姫物語』 歌川国直画 式亭三馬作 〔目録DB〕    『風流五思気娘』  歌川国直画 山東京山作 〔目録DB〕    『追善対晴衣』   勝川春亭画・歌川国直画 壮園堂花蝶作〔目録DB〕    『昔語本田始』   歌川国直画 古今亭三鳥作〔目録DB〕    『新織和笑府』   歌川国直画 山月庵古柳作〔目録DB〕    『婚礼累箪笥』   歌川国直画 山東京伝作 〔目録DB〕    『磨直大内鏡』   歌川国直画 山東京山作 〔目録DB〕    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇滑稽本(文化十年刊)    歌川国直画『人間万事虚誕計』前編 歌川国直画 式亭三馬作〔目録DB〕    ◯『馬琴書翰集成』⑥323 文化十年(1813)「文化十年刊作者画工番付断片」(第六巻・書翰番号-来133)
    「文化十年刊作者画工番付断片」 〈書き入れによると、三馬がこの番付を入手したのは文化十年如月(二月)のこと〉    ☆ 文化十一年(1814)    ◯「合巻年表」(〔早稲田〕は『早稲田大学所蔵合巻集覧稿』〔東大〕は『【東京大学/所蔵】草雙紙目録』           〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇合巻(文化十一年刊)※角書は省略    歌川国直画    『赤前垂祇園女護』署名「歌川国直画」山東京山作 和泉屋市兵衛板〔早稲田〕    『室育婿の入舩』 署名「歌川国直画」山東京山作 丸屋甚八板  〔早稲田〕    『浪花の噂』   署名「国直画」  当山伝光作 河内屋源七板 〔早稲田〕     〈補注、十五丁ウラに作者と画工の対面図があり、それには「国直像 初五郎画」とある由。この初五郎は誰であろ      うか。国直は鯛蔵であるから自画像ではない。この時代、初五郎を名乗る浮世絵師は魚屋北渓だが、果たして北渓      であろうか〉    『万字屋玉桐灯籠番附』(画)国直画(著)式亭三馬作 鶴屋喜右衛門板〔東大〕    『絵半切かしくの文月』 歌川国直画 山東京山作〔目録DB〕    『黄金花奥州細道』  歌川国直画 山東京伝作 森屋治兵衛板〔目録DB〕    『夫恋鹿火串鄙唄』  歌川国直画 古今亭三鳥作〔目録DB〕    『其浦島七世孫助』  歌川国直画 式亭三馬作 〔目録DB〕    『当世織繽紛八丈』  歌川国直画 式亭三馬作 〔目録DB〕    『都染於花振袖』 歌川国直画 東西庵南北作 西村屋与八板〔目録DB〕    『不動丸劔威徳』 歌川国直画 十返舎一九作〔目録DB〕    『妻重男葛葉』  歌川国直画 緑亭可山作 丸屋甚八板〔目録DB〕    『累模様楓襠』  歌川国直画 式亭三馬作〔目録DB〕    『交無癡安売』  歌川国直画 式亭三馬作〔目録DB〕    『若衆の助六』  歌川国直画 東里山人作〔目録DB〕    『穂宝恵美草』  歌川国直画 竹塚東子作〔目録DB〕    ☆ 文化十二年(1815)    ◯「合巻年表」(〔東大〕は『【東京大学/所蔵】草雙紙目録』〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇合巻(文化十二年刊)※角書は省略    歌川国直画    『冬編笠由縁月影』(画)歌川国直画・表紙 豊国画(著)山東京山 丸屋甚八板〔東大〕    『一番太鼓大入角力』歌川国直画 東西庵南北作 〔目録DB〕    『女房気質異赤繩』 歌川国直画 式亭三馬作  西宮新六板  〔目録DB〕    『猨猴著聞水月談』 歌川国直画 山東京伝作  森屋治兵衛板 〔目録DB〕     〈京大大惣本「独酔舎国直画」〉    『女護島恩愛俊寛』 歌川国直画 曲亭馬琴作  丸屋文右衛門板〔目録DB〕    『新春草紙顔見世』 歌川国直画 振鷺亭主人作 鶴屋喜右衛門板〔目録DB〕    『往昔者こんな物語』歌川国直画 十返舎一九作 鶴屋喜右衛門板〔目録DB〕    『異魔昔阿露雑談』 歌川国直画 式亭三馬作  森屋治兵衛板 〔目録DB〕    『春霞継穂梅ケ枝』 歌川国直画 葛葉山人正二作〔目録DB〕    『江戸桜全盛色里』 歌川国直画 古今亭三鳥作 〔目録DB〕    『源太梅ケ枝物語』 歌川国直画 古今亭三鳥作 〔目録DB〕    『桂川紅葉振袖』  歌川国直画 山東京山作  〔目録DB〕    『亀王丸齢島台』  歌川国直画 曲亭馬琴作  〔目録DB〕    『姥池汀山吹』   歌川国直画 東西庵南北作 〔目録DB〕    『都鳥吾妻育』   歌川国直画 徳亭三孝作  〔目録DB〕    ◯「読本年表」   ◇読本(文化十二年刊)※角書は省略    歌川国直画    『松風村雨物語』前編 歌川国直画 文東陳人作〔目録DB〕〈文東陳人は昇亭岐山〉    『景清外伝』  歌川国直画 小枝繁作    〔目録DB〕    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇滑稽本(文化十二年刊)    歌川国直画『方言競茶番種本』一冊 歌川国直画 十返舎一九作 鶴屋金助板〔目録DB〕    ☆ 文化十三年(1816)    ◯「合巻年表」(〔早稲田〕は『早稲田大学所蔵合巻集覧稿』〔東大〕は『【東京大学/所蔵】草雙紙目録』           〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇合巻(文化十三年刊)※角書は省略    歌川国直画    『八ツはし次郎左衞門出世の鯉口』署名「歌川国直画」山東京山作 鶴屋喜右衛門板〔早稲田〕    『春霞接穂百花魁』(画)歌川国直(著)古今亭三鳥 西宮新六〔東大〕    『蝶鵆曽我俤』  (画)歌川国貞・柳烟楼歌川国直・歌川国芳画(著)山東京伝 河内屋源七板〔東大〕    『勇哉日本之神風』歌川国直画 橋本徳瓶作 西村屋与八板〔目録DB〕    『冬編笠由縁月影』歌川国直画 山東京山作 丸屋甚八板 〔目録DB〕    『松春辺出世景清』歌川国直が 楽斎山寿作 〔目録DB〕    『籠釣瓶出世鯉口』歌川国直画 山東京山作 〔目録DB〕    『開運牡丹餅男』 歌川国直画 十返舎一九作〔目録DB〕    『合鏡女風俗』  歌川国直画 式亭三馬作 西村(ママ)新六板〔目録DB〕    『囲碁白石話』  歌川国直画 楽亭山寿作 〔目録DB〕    『義経一代記』  歌川国直画 十返舎一九作〔目録DB〕    『敵討大内鏡』  歌川国直画 十返舎一九作〔目録DB〕    『御法花』    歌川国直画 十返舎一九作〔目録DB〕    ◯「読本年表」〔江戸読本〕は「江戸読本書目年表稿(文化期)」   ◇読本(文化十三年刊)※角書は省略    歌川国直画『景清外傳松の操』前編 一楊齋國直画 小枝繁作〔江戸読本〕    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇滑稽本(文化十三年刊)    歌川国直画『茶番楽屋』歌川国直画 桜川慈悲成作 和泉屋市兵衛他板〔目録DB〕    ☆ 文化十四年(1817)    ◯「読本年表」〔江戸読本〕は「江戸読本書目年表稿(文化期)」   ◇読本(文化十四年刊)※角書は省略    歌川国直画『景清外傳松の操』後編 歌川國直画 小枝繁作〔江戸読本〕    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇滑稽本(文化十四年刊)    歌川国直画『栗毛後駿足』初編 歌川国直画 滝亭鯉丈作〔目録DB〕    ☆ 文化十四~十五年(1817~1818)    ◯『【諸家人名】江戸方角分』(瀬川富三郎著・文化十四年~十五年成立)   (「堺町」合い印「浮世画」)   〝国直 歌川    泉町越後屋長家 芳川鯛蔵〟       独解〔醒〕舎    ☆ 文政元年(文化十五年・1818)     ◯「絵本年表」(〔漆山年表〕は『日本木版挿絵本年代順目録』〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇絵本(文政元年刊)    歌川国直画『歌舞妓雑談』一冊 独酔舎国直画 歌川勝之助画 百戯園芝翫著〔漆山年表〕           〈〔目録DB〕は鶴屋金助他板とあり〉    ◯「合巻年表」(〔東大〕は『【東京大学/所蔵】草雙紙目録』〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇合巻(文化十五年(文政元年)刊)※角書は省略    歌川国直画    『伊勢名物通神風』(画)歌川国直(著)式亭三馬(伊勢)古市びぜんや板〔東大〕     〈見返しに「売ものには仕らす候」とある由。伊勢古市牛車楼備前屋小三郎の私家版〉    『金草鞋』九編  (画)歌川国直(著)十返舎一九 森屋治兵衛板〔東大〕    『出謗題無智哉論』初編 歌川国直画 東里山人作〔目録DB〕    『腹中名所図絵』 歌川国直画 山東京伝作   〔目録DB〕    『七福紙屑籠』  歌川国直画 十返舎一九作  〔目録DB〕    『仙術独稽古』  歌川国直画 十返舎一九作  〔目録DB〕    ◯「読本年表」(〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇読本(文政元年刊)※角書は省略    歌川国直画『津摩加佐禰』歌川国直画 絳山作〔目録DB〕〈絳山は小枝繁〉    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇滑稽本(文政元年刊)    歌川国直画『栗毛後駿足』二編 歌川国直画 滝亭鯉丈作〔目録DB〕    ☆ 文政二年(1819)    ◯「合巻年表」(〔早大〕は「古典籍総合データベース」〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇合巻(文政二年刊)※角書は省略    歌川国直画    『雑食橋由来』巻末「歌川国直画」表紙「歌川国虎画」十返舎一九作 鶴屋喜右衛門〔早大〕    『一の富当眼』歌川国直画      十返舎一九作 森屋治兵衛板〔目録DB〕    『夢合返魂香』歌川国直 葛葉山人正二作〔目録DB〕    ☆ 文政三年(1820)    ◯「合巻年表」(〔東大〕は『【東京大学/所蔵】草雙紙目録』〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇合巻(文政三年刊)※角書は省略    歌川国直画    『大江山酒顚童子談』(画)国直・表紙豊国(著)十返舎一九 鶴屋喜右衛門板〔東大〕    『糠三合有卦入聟』 署名「独酔舎国直画」十返舎一九作〔早大〕    『御誂出来合女房』 署名「独酔舎国直画」十返舎一九作〔早大〕    『帰咲故郷錦』   歌川国直画 十返舎一九作〔目録DB〕    『金持評判』    歌川国直画 十返舎一九作〔目録DB〕    ◯「読本年表」(〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇読本(文政三年刊)※角書は省略    歌川国直画『刀筆青砥石文』歌川国直画 櫟亭琴魚作〔目録DB〕    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇滑稽本(文政三年刊)    歌川国直画    『忠臣蔵楽屋問答』一冊 歌川国直画 十返舎一九作(注記「忠臣蔵岡目評判の改題本」)〔目録DB〕    『花暦八笑人』  初編 渓斎英泉・歌川国直画 滝亭鯉丈作 大島屋伝右衛門板〔目録DB〕    ☆ 文政四年(1821)    ◯「合巻年表」(〔東大〕は『【東京大学/所蔵】草雙紙目録』〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇合巻(文政四年刊)※角書は省略    歌川国直画    『十種香萩廼白露』(画)哥川国直(著)春亭三暁 山本平吉板 〔東大〕    『傾城盛衰記』  (画)歌川国直(著)柳亭種彦 西村屋与八板〔東大〕    『◎の花月の難波江』署名「歌川国直」春亭三暁作 丸屋文右衛門板〔早大〕    『安達原男一軒家』 歌川国直・柳川重信画 東里山人作 〔目録DB〕    『光明真言誓仇討』 歌川国直画 春亭三暁作      〔目録DB〕    ◯「人情本年表」(〔事典〕は『人情本事典』)   ◇人情本(文政四年刊)    歌川国直画『明烏後正夢』初編 歌川国直画 滝亭鯉丈・南仙笑楚満人(為永春水)作〔事典〕    ☆ 文政五年(1822)     ◯「絵本年表」(漆山又四郎著『日本木版挿絵本年代順目録』)   ◇絵本(文政五年刊)    歌川国直画『活金剛伝』相撲 二冊 歌川国直画 歌川国丸画 松寿楼主人撰 紅林堂板〔漆山年表〕    ◯「合巻年表」(〔東大〕は『【東京大学/所蔵】草雙紙目録』〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇合巻(文政五年刊)※角書は省略    歌川国直画    『弘智法印岩阪廼松』(画)独醒舎国直・表紙豊国(著)墨川亭雪麻呂〔東大〕    『孝貞六助誓力働』  歌川国直・歌川国丸画 松甫斎眉山作 森屋治兵衛板〔目録DB〕    『古今雛二対鴛鴦』  表紙「歌川国直画 北尾美丸画」晋米斎玉粒作 山口屋藤兵衛板〔早大〕               見返し「外題 豊国画」六オ第二齣「是より美丸画」    『忠孝両岸一覧』   署名「歌川国直画」柳亭種彦作 西村屋与八板〔早大〕    『柳蔭桂の川水』   歌川国直画 茗渓庵主人作 岩戸屋喜三郎板〔目録DB〕    『総角結紫総糸』   歌川国直画 楚満人二世(為永春水)作  〔目録DB〕    『新織繽八丈』    歌川国直・歌川美丸画 萍亭柳菊咲作目録DB〕    ☆ 文政六年(1823)    ◯「合巻年表」(〔東大〕は『【東京大学/所蔵】草雙紙目録』)   ◇合巻(文政六年刊)※角書は省略    歌川国直画    『大内山月雪花誌』前編(画)歌川国直(著)東里山人 岩戸屋喜三郎板〔東大〕             〈備考、後編は渓斎英泉画〉    『悤行曲浮名仇色』(画)歌川国直(著)墨川亭雪麿 鶴屋喜右衛門板 〔東大〕    『稽古本柳燕口』 (画)歌川国直(著)墨川亭雪麿 鶴屋金助板〔東大〕    『両個嬬容嫐』  (画)歌川国直(著)墨川亭雪麿 山本平吉板〔東大〕                後編署名「浮世菴庵国直画」    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇滑稽本(文政六年刊)    歌川国直画    『浮世床』三編 歌川国直画 滝亭鯉丈作 文栄堂板〔目録DB〕     ☆ 文政七年(1824)    ◯「合巻年表」(〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇合巻(文政七年刊)※角書は省略    歌川国直画    『江都錦双蝶曾我』梅蝶楼国貞・歌川国直画 市川三升作・五柳亭徳升代作〔目録DB〕    『玉櫛笥両個姿見』歌川国直画 墨川亭雪麿作〔目録DB〕    『先開而三升世界』歌川国直画 林屋正蔵作 〔目録DB〕    ☆ 文政八年(1825)     ◯「合巻年表」(〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇合巻(文政八年刊)※角書は省略    歌川国直画    『黄金花作陸奥』前編歌川貞房・後編歌川国直 希婦埜里人〔目録DB〕  ◯「読本年表」(〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇読本(文政八年刊)※角書は省略    歌川国直画『雲晴間雙玉伝』歌川国直画 宮田南北作〔目録DB〕    ☆ 文政九年(1826)     ◯「絵本年表」(〔漆山年表〕は『日本木版挿絵本年代順目録』)   ◇絵本(文政九年刊)    歌川国直画    『狂歌百将図伝』国直画 西来居未仏 蓬萊山人 新泉園蔵板〔漆山年表〕    『狂歌の集』一冊 北渓 西山 文晁 南湖 閑林 国貞 蹄斎 抱一 国直 嶌蒲 桜川慈悲成賛              辰斎 為一筆 六十翁雲峰 六樹園序 徳成蔵板〔漆山年表〕    ◯「合巻年表」(〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇合巻(文政九年刊)※角書は省略    歌川国直画    『黄金花作陸奥』前編歌川貞房・後編歌川国直 希婦埜里人〔目録DB〕    ◯「艶本年表」(〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇艶本(文政九年刊)    歌川国直画『新開鯨帯』三冊 歌川国直画? 東陽園作〔目録DB〕      (注記「御誂鯨帯と同本、日本艶本目録(未定稿)による」)    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇滑稽本(文政九年刊)    歌川国直画『稽古三弦』五冊 歌川国直画 古今亭三鳥作 西村与八板(注記「日本小説年表による」)〔目録DB〕    ☆ 文政十年(1827)    ◯「文政十年丁亥日記」①200 文政十年(1827)十月六日(『馬琴日記』第一巻)   〝(飯田町の清右衛門へ、かねてより所望せし屏風貼交ぜ用書画を遣わす)短冊三枚・屋代氏書壱枚・外    山修理権太夫光施卿染筆大色紙紙壱枚・椒芽田楽画曽我五郎少将之図壱枚・琴嶺画信州名産海老之図壱    枚・同駱駝図壱枚・冠山侯之書一行物壱枚・波響画鱒図壱枚・地紙布袋画壱枚・菊盟之書地紙弐枚・素     絢之画扇子壱本・国貞、国丸、国直寄合書之扇子壱本、合て十五種なり〟    〈屋代氏は屋代弘賢であろうか。外山光施の書。椒芽田楽は名古屋の戯作作で馬琴門人。馬琴の『近世物之本江戸作者     部類』「赤本作者部」には〝尾州名護屋の藪医師にて神谷剛甫といふものなり〟とある。琴嶺は馬琴の長子宗伯の画     号。他に、池田冠山の書、蠣崎波響の画、山口素絢の画、そして国貞・国丸・国直による寄せ書き。菊盟は未詳。こ     れらを屏風の貼り交ぜ用として、馬琴の女婿である清右衛門に贈ったのである〉    ☆ 文政十一年(1828)    ◯「絵本年表」(〔漆山年表〕は『日本木版挿絵本年代順目録』)   ◇絵本(文政十一年刊)    歌川国直画『活金剛伝』一冊 歌川国直・歌川国丸 松斎楼主人撰 西村屋与八板〔漆山年表〕    ◯『増補浮世絵類考』(ケンブリッジ本)(斎藤月岑編・天保十五年(1844)序)   ◇「初代歌川豊国」の項    「豊国筆塚碑」(文政十一年八月記)の「歌川総社中碑」に名を連ねる
    「豊国筆塚碑」    ☆ 文政十二年(1829)    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇滑稽本(文政十二年刊)    歌川国直画『滑稽甲子待』五巻 歌川国直画 立川焉馬作 西村屋与八他板〔目録DB〕    ☆ 文政年間(1818~1829)    ◯「絵入狂歌本年表」(〔狂歌書目〕は『狂歌書目集成』・〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇狂歌(文政年間刊)    歌川国直画    『狂歌美人歌僊集』三冊 英泉・国直画 年々斎等撰 紅林堂〔狂歌書目〕    『美人職人尽』  二冊 歌川国直画 西来居未仏等作〔目録DB画像〕    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇読本(文政年間刊)    歌川国直画『三国一夜物語』歌川国直画・曲亭馬琴作〔目録DB〕〈初版は文化三年刊。挿絵は歌川豊国画〉    ☆ 天保初年(1830~)
 ◯『江戸現存名家一覧』〔人名録〕②309(天保初年刊)   〝東都画 池田英泉・鳥居清満・立斎広重・勝川春亭・葛飾北斉(ママ)・歌川国貞・歌川国芳・歌川国直・        柳川重信・柳川梅麿・葵岡北渓・静斎英一〟    ☆ 天保二年(1831)    ◯「艶本年表」(「国文研・艶本」は「艶本資料データベース」)   ◇艶本(天保二年刊)    歌川国直画『春の若草』色摺 半紙本 一冊「東武 嬌亭淫水著編」〔国文研・艶本〕    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇滑稽本(天保二年刊)    歌川国直画『続々膝栗毛』初二編 歌川国直画 十返舎一九作〔目録DB〕    ☆ 天保三年(1832)     ◯「合巻年表」(〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇合巻(天保三年刊)※角書は省略    歌川国直画『竜宮物語』歌川国直画 為永春水作〔目録DB〕    ◯「読本年表」(〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇読本(天保三年刊)※角書は省略    歌川国直画『十杉伝』四編 歌川国直画 為永春水作〔目録DB〕    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇人情本(天保三年刊)    歌川国直画    『応喜名久舎』柳烟亭国直画 教訓亭主人(為永春水)作    『吾嬬春雨』 国直・英之画 金竜山人(為永春水)作    『和哥紫』  二~四編 国直画 喜久平山人作   ◇滑稽本(天保三年刊)    歌川国直画    『大山道中膝栗』六冊 歌川国直画 滝亭鯉丈作〔目録DB〕    ☆ 天保四年(1833)    ◯「合巻年表」(〔東大〕は『【東京大学/所蔵】草雙紙目録』〔早大〕は「古典籍総合データベース」)   ◇合巻(天保四年刊)※角書は省略    歌川国直画    『出世奴小万伝』(画)歌川国直 表紙前北斎為一(著)柳亭種彦 鶴屋喜右衛門板〔東大〕〔早大〕    『青楼花若木栄』(画)国直(著)京山 森屋治兵衛板〔東大〕    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇人情本(天保四年刊)    歌川国直画    『浪模様尾花草紙』歌川国直画 詠月堂甲太作    『春色辰巳園』  初編 歌川国直画 教訓亭主人(為永春水)作    『逢染恋私衣』  歌川国直画 松亭金水作    『那須野奇譚』  歌川国直画 立川焉馬作    『風俗吾妻男』  歌川国直画 三亭春馬作    ◯『無名翁随筆』〔燕石〕(池田義信(渓斎英泉)著・天保四年成立)   ◇「歌川豊国」の項(初代豊国門人)③305
    「一陽斎豊国系譜」     〝国直 俗称別記ニユヅル〟
  ◇「歌川国直」の項 ③310   〝歌川国直【文化ノ比ヨリ天保ノ間ニ至ル】     俗称鯛蔵、居始糀町ヨリ所々ニ移ル、後田所町ニ住ス、号一煙斎、信濃ノ産也、一ニ浮世庵、柳煙楼    始め明画を学びしが、北斎の画風をも好しが、若年の頃豊国の門人となる、文化の末より草双紙を出せ    り、【式亭三馬推挙して取立たり、三馬作の画多し】その後、錦画、読本多く出せり、国貞に比覿せり、    豊国の画法を能せしが、従来明画を好み、画力、筆力ある人なれば、一派の画風を立んとして、暫く廃    せり、後、天保の始めより、草双紙、中本などを多く出せり、浮世絵一家の上才也、門人多し、画く物    板刻に出ざれば、爰に不載、因に云、門人に竹斎庵竜子と云しものあり、粕壁宿の産也、草双紙、役者    画など出せしことあり、文化年中也、其頃は、国芳なども国直が家に塾生の如く居て、板刻を学びたり    し、近頃、国芳が画風は、総て取合せの器財、草木なども、国直が筆意にのみよりて画しが、当時は紅    毛絵の趣を基として画くと見ゆ、北斎の画風を慕ふは、国直が画風によりて学びしゆへなり〟    ☆ 天保四~五年(1833-34)
 ◯『【銀鶏一睡】南柯廼夢』〔大成Ⅱ〕⑳358(平亭主人(畑銀鶏)著・天保六年刊)   「連月廿五日於平亭書画会諸先生入来之図」    (天保四~五年頃、畑銀鶏は毎月廿五日、書画会を主催していた。これはその参加者を歌川貞広が画いたもの)   〝岩井紫若・市川白猿・文雪先醒・可中先醒・歌川国直・歌川国平・梅月先醒・令裁先醒・立兆先醒・松    嵐先醒・花笠魯助・鐵鶏・轍外先醒・雲渓先生・豊明先醒・抱儀先生・稼堂先醒・焉馬先醒・雲山先生    ・鶏雨先醒〟   〝会主銀鶏・梅翁先醒・万年橋先生・折違親玉・琴台先生・山鳥先醒・竹谷先生・樸々先生・英泉大人〟   〝政徳先生・江山先生・櫟斎先醒・五山先生・四妍先生・大内先醒・薫烈先生・北峰先生・南溟先生・    (一字不明)斎先醒・方外先醒・杏所先生・城南先醒・常行軒先生・研斎先醒・五車亭大人・楽水先醒    ・緑陰先生・文雄先醒・雪麿大人・梅子先醒〟    ☆ 天保五年(1834)    ◯「合巻年表」(〔早大〕は「古典籍総合データベース」)   ◇合巻(天保五年刊)※角書は省略    歌川国直画    『巳成鐘響数千里』独醒舎国直画 浮世葊国直画 表紙国貞画 墨川亭雪麿作 山口屋藤兵衛板〔早大〕    ◯「読本年表」(〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇読本(天保五年刊)※角書は省略    歌川国直画『新田柱石伝』歌川国直・国芳画 教訓亭主人・松亭金水作〔目録DB〕    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇人情本(天保五年刊)    歌川国直画    『貞操婦女八賢誌』初編 歌川国直画 為永春水作    『春色辰巳園』  二編 歌川国直画 教訓亭主人(為永春水)作    『恋の花染』   二編 歌川国直画 松亭金水作    『恩愛二葉艸』  歌川国直画 鼻山人作   ◇滑稽本(天保五年刊)    歌川国直画『花暦八笑人』四編追加 歌川国直画 滝亭鯉丈作 西村屋与八他板〔目録DB〕    ☆ 天保六年(1835)     ◯「合巻年表」(〔早大〕は「古典籍総合データベース」)   ◇合巻(天保六年刊)※角書は省略    歌川国直画『三国太郎再来伝』一勇斎国芳・万宝・歌川国直画 十返舎一九二世作〔早大〕    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇人情本(天保六年刊)    歌川国直画    『春色辰巳園』三・四編 歌川国直画 教訓亭主人作    『常盤の松』 歌川国直画 松亭金水作    『出世娘』  一~三編 歌川国直画 教訓亭主人作〈二編までは天保年間刊『風流小田春』の改題再版〉   ◇雑俳(天保六年刊)    歌川国直画『俳風狂句百人集』一冊 歌川国直画 宝玉庵三箱編 文英堂板〔目録DB〕    ◯『吉原細見年表』   ◇吉原細見   『天保六年新吉原仮宅場所一覧』一枚摺 蔦屋重三郎板    (浅草寺を中心にした鳥瞰図)      署名「歌川国直写    〈吉原焼失は正月二十四日。借宅は『藤岡屋日記』によれば三月から〉    ◯『馬琴書翰集成』⑥200 天保六年(1835)九月二十五日 山東京山記(第四巻・書翰番号-附16)   〝丁子屋へ雪の橋を渡はじめしハ国直也。(中略)【国直ハ丁子屋同町裏町に住居。丁子や入魂ゆゑ、京    山国直へたのミ、申入れせし也】〟    〈「雪の橋を渡はじめし」とは、鈴木牧之念願の『北越雪譜』の出版へ向けて、歌川国直が懇意の丁子屋平兵衛へ働き     かけたことをいうのである。『北越雪譜』は天保六年の序、同七年の刊。板元丁子屋平兵衛は当時小伝馬町三丁目に     あった〉    ◯『【銀鶏一睡】南柯廼夢』〔大成Ⅱ〕⑳358(平亭主人(畑銀鶏)著・天保六年刊)   (「連月廿五日於平亭書画会諸先生入来之図」毎月廿五日、畑銀鶏主催の書画会に参加した人々の図)   〝岩井紫若・市川白猿・文雪先醒・可中先醒・歌川国直・歌川国平・梅月先醒・令裁先醒・立兆先醒・松    嵐先醒・花笠魯助・鐵鶏・轍外先醒・雲渓先生・豊明先醒・抱儀先生・稼堂先醒・焉馬先醒・雲山先生    ・鶏雨先醒〟   〝会主銀鶏・梅翁先醒・万年橋先生・折違親玉・琴台先生・山鳥先醒・竹谷先生・樸々先生・英泉大人〟   〝政徳先生・江山先生・櫟斎先醒・五山先生・四妍先生・大内先醒・薫烈先生・北峰先生・南溟先生・    (一字不明)斎先醒・方外先醒・杏所先生・城南先醒・常行軒先生・研斎先醒・五車亭大人・楽水先醒    ・緑陰先生・文雄先醒・雪麿大人・梅子先醒〟    ☆ 天保七年(1836)    ◯「絵本年表」(〔漆山年表〕は『日本木版挿絵本年代順目録』)   ◇絵本(天保七年刊)    歌川国直画    『とふの菅薦』一冊 香蝶楼国貞・後素園国直・朝桜楼国芳・柳川重信・葵岡北渓・              法橋雪旦・雲峯・行年六十翁可庵武清筆 梅多楼藏板〔漆山年表〕    ◯「合巻年表」(〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇合巻(天保七年刊)※角書は省略    歌川国直画『平家物語』初編 歌川国直画 松亭金水作〔目録DB〕    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇人情本(天保七年刊)    歌川国直画    『両個女児郭花笠』初~三編 歌川国直画 松亭金水作    『春暁八幡佳年』 初~二編 歌川国直画 為永春水作    『其小唄恋情紫』 初編   国直・英一・英松画 為永春水作    『清談花可都美』 初編   歌川国直画 十返舎一九二世作    『花廼志満台』  初・二年 歌川国直画 松亭金水作    『恋若竹』    二編   歌川国直画 十返舎一九二世作    ◯『噺本大系』巻十六「所収書目解題」(武藤禎夫編・昭和五四刊)   ◇咄本(天保七年刊)    歌川国直画『笑話草かり籠』巻末「司馬斎次郎作 歌川国直画」(板元名なし)    ◯『馬琴書翰集成』④196 天保七年(1836)八月六日 殿村篠斎宛(第四巻・書翰番号-52)   (八月十四日、両国万八楼において開催予定の馬琴古稀の賀会記事)   〝七月廿五日より会ぶれの為、江戸中廻勤、十日あまりもかゝり可申候。野生ハ歩行不便故、駕籠にて両    三日罷出、その余ハ親類共を名代ニ出し候。かゝる折にハ、雅友より俗人の方、たのもしきものニて、    拙作を一たびも彫刻いたし候書賈ハさら也。さもなきも打まじり、画工は国貞・国直をはじめ、日々か    ハる/\ニ差添、廻勤いたし候〟    〈当時の歌川派の総帥、国貞が馬琴の古稀祝いに一肌脱いでいるくらいだから、国直のみならず、歌川派総出で廻勤に     協力したのかもしれない。古稀祝いの書画会の様子は、天保七年十月二十六日付、殿村篠斎宛(第四巻・書翰番号-     65)④221を参照のこと〉    ◯『馬琴書翰集成』④221 天保七年(1836)八月十四日 馬琴、古稀の賀会、於両国万八楼   (絵師の参加者のみ。天保七年十月二十六日、殿村篠斎宛(第四巻・書翰番号-65)④221参照)   〝画工 本画ハ      長谷川雪旦 有坂蹄斎【今ハ本画師になれり】 鈴木有年【病臥ニ付名代】      一蛾 武清 谷文晁【老衰ニ付、幼年の孫女を出せり】 谷文一 南溟      南嶺 渡辺花山    浮世画工ハ      歌川国貞【貞秀等弟子八九人を将て出席ス】 同国直 同国芳 英泉 広重 北渓 柳川重信      此外、高名ならざるものハ略之〟    ◯『馬琴書翰集成』④236 天保七年(1836)十一月三日 小津桂窓宛(第四巻・書翰番号-67)   〝先月下旬、丁平病中ながら、駕籠にて拙宅ぇ参候而、談じ候ハ、『八犬伝』のうり出し、当年の荒凶に    て、十二月に至り候てハ、捌方不便利ニて、部数いかばかりも捌ケまじく候。いかで、十一月下旬迄に    うり出し度候。画工柳川ハ不達者にて、口画四丁、十一月十日比ならでハ、画キ終りがたしと申候間、    稿本をとりかへし、国直ニ画せ候。いかで、すり本校合を、はやく被成下候様ニと被頼候て、十五の巻    一冊、校合すり本持参いたし候間、受取置候へ共、野生方、転宅前ニていよ/\多用、机にかゝり候暇    無之候間、いまだ一丁も校訂不致候。且国直とても、口画速ニハ出来ざる様子ニ候間、十一月ニうり出    しハ心許まく候へども、板元甚しくいそぎ候間、十二月にハ出板可被致候〟    〈柳川重信がなんとか間に合わせたと見え、結局、国直が「八犬伝」の画工を担当することはなかった。馬琴の四谷信     濃坂転居は十月四日である〉    ☆ 天保八年(1837)    ◯「絵入狂歌本年表」(〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇狂歌(天保八年刊)    歌川国直画『狂歌正流英名集』一冊 国直画 全亭正直編〔目録DB〕    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇人情本(天保八年刊)    歌川国直画    『娘太平記操早引』初・二編 柳煙亭国直画 三文舎自楽作    『清談花可都美』 二編   歌川国直画 十返舎一九二世作    『多佳年廼花』  初編   歌川国直画 松亭金水作    『花廼志満台』  三編   歌川国直画 松亭金水作    『黄金菊』    初・二編 歌川国直画 為永春水作    『春告鳥』    初・二編 歌川国直画 為永春水作   ◇滑稽本(天保八年刊)    歌川国直画    『昔々百夜噺』一冊 歌川国直画 林屋正蔵作〔目録DB〕    ◯「【東都高名】五虎将軍」(番付・天保八年春刊・『日本庶民文化史集成』第八巻所収)   〝秀業 ウキヨ絵 葛飾前北斎・コキウ 鼓弓庵小輔・三味セン 播广太夫蟻鳳       雛師  原舟月 ・飾物 葛飾整珉〟     〝浮世画師 歌川国貞・歌川国直・葵岡北渓・歌川国芳・蹄斎北馬    〈浮世絵師として国貞・国直・北渓・国芳・北馬の名が見える。しかし、北斎は別格と見え、斯界の第一人者である     三味線の鶴沢蟻鳳や雛人形師の原舟月などと共に「秀業」の部の方に名を連ねている。やはり浮世絵師の中では飛     び抜けた存在なのである。それにしても、一立斎広重と渓斎英泉の名が見えないのは不思議な気がする〉    ☆ 天保九年(1838)    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇人情本(天保九年刊)    歌川国直画    『閑談郭里のいろは』歌川国直画  聞多風主人作    『春色英対暖語』  歌川国直・静斎英一画 為永春水作    『花廼志満台』   四編 歌川国直画 松亭金水作    『春色雪の梅』   初・二編 歌川国直画 狂言亭(為永春雅)作    『春色籬之梅』   初・二編 柳煙亭国直画 為永春水作〈『改訂日本小説書目年表』は「柳煙亭国直画」とする〉    『黄金菊』     三編 歌川国直画 為永春水作    『春告鳥』     三編 歌川国直画 為永春水作    『梅之春』     初編 歌川国直画 教訓亭主人作    ☆ 天保十年(1839)    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇人情本(天保十年刊)    歌川国直画    『娘太平記操早引』三・四編 柳煙亭国直画 三文舎自楽作       『貞操婦女八賢誌』三編   柳煙亭国直画 為永春水作    『其小唄恋情紫』 二~四編 国直・英一画・英松画 為永春水作    『春色籬之梅』  三・四編 歌川国直画  為永春水作    『多佳年廼花』  二編   柳煙亭国直画 松亭金水作    『梅之春』    二編   柳煙亭国直画 為永春水作    『恋若竹』    三編   歌川国直画  一九二世作    『黄金菊』    四編   歌川国直画  為永春水作    ☆ 天保十一年(1840)    ◯「合巻年表」(〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇合巻(天保十一年刊)※角書は省略    歌川国直画『辨慶状武勇封』歌川国直画 美図垣笑顔作〔目録DB〕    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇人情本(天保十一年刊)    歌川国直画    『春色籬之梅』三・四編 歌川国直画  為永春水作    『多佳年廼花』三編   歌川国直画  松亭金水作    『清談松の調』初編   柳煙亭国直画 為永春水作    『以登家奈幾』初~四編 歌川国直・渓斎英泉画 為永春水作     〈『改訂日本小説書目年表』は国直ではなく国貞画とする〉    ☆ 天保十二年(1841)    ◯「合巻年表」(〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇合巻(天保十二年刊)※角書は省略    歌川国直画『恵方土産蝶手遊』歌川国直画 美図垣笑顔作〔目録DB〕    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇人情本(天保十二年刊)    歌川国直画    『春色梅美婦祢』初~三編 歌川国直・静斎英一画 為永春水作    『春色湊の花』 三~五編 歌川国麿・歌川国直・梅児画 為永春水作    『清談松の調』 二編 柳煙亭国直画 為永春水作    『多佳年廼花』 四編 歌川国直画  松亭金水作    『春色恋白波』 二編 歌川国直画  為永春水作    『春色袖之梅』 四編 歌川国直画  教訓亭主人(為永春水)作    『眉美の花』  歌川国直画 狂訓亭主人(為永春水)作    『花筐』    歌川国直画 松亭金水作    ◯『閑窻瑣談 後編』〔大成Ⅰ〕⑭415(佐々木貞高(為永春水)著・天保十二年刊)
  (春水の随筆。挿画中に「国直」の印。前編は「日本随筆大成」Ⅰ期十二巻所収。「加茂翁より相傳 人    麿の像」に〝古人 狂歌堂所蔵 後素園寫〟とあり)    ☆ 天保十三年(1842)    ◯「絵本年表」(〔漆山年表〕は『日本木版挿絵本年代順目録』)   ◇絵本(天保十三年刊)    歌川国直画『元三大師御鬮抄』一冊 歌川四郎兵衛国直画 菊屋幸三郎板〔漆山年表〕    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇人情本(天保十三年刊)    歌川国直画『春色梅美婦祢』四・五編 歌川国直・静斎英一画 為永春水作    ◯『筆禍史』「人情本春画本数種」(天保十三年・1842)p138(宮武外骨著・明治四十四年刊)   〝為永春水の著作なり、その題号は未だ詳かならず、『春色梅暦』なりといふ人あれども、同書は天保三    年四年の出版なるを以て、その時代違へり、春水は、春色辰巳の園、春雨日記、春色恵の花、春色恋の    白波、梅の春、春告鳥、春色籬の梅、春色田舎の花、春の若草、春色玉兎、春色霞の紫、春の月、春色    花見舟など題せし人情本といへるものを数多く公刊せしめたりしが、いづれも誨淫小説にして、其名の    如く春画好色本に似たる卑猥の作のみなりし(秘密出版の春画好色本も亦多し)、斯くの如き風致に害    ある著作を専らとせしがため、其最後天保十二年の出版にかゝる「梅暦再開」といへる『春色花見舟』    及び春画本にて捕へられたるならん、『著作堂雑記』に曰く     天保十二年丑十二月、春画本並に人情本と唱へ候中本の儀に付、板元丁子屋平兵衛外七人、並に中本     作者為永春水事越前屋長次郎等を、遠山左衛門尉殿北町奉行所え召出され、御吟味有之、同月二十九     日春画本中本の板木凡五車程、右仕入置候製本共に北町奉行ぇ差出候、翌寅年春正月下旬より右の一     件又御吟味有之、二月五日板元等家主へ御預けに相成、作者為永春水事長次郎は御吟味中手鎖を掛ら     れ、四月に至り板元等御預け御免、六月十一日裁許落着せり、右の板は皆絶版に相成、悉く打砕きて     焼棄られ、板元等は過料全各五貫文、外に売得金七両とやら各召上られ、作者為永春水は改めてとが     め手鎖を掛けられて、右一件落着す    版木五車程といへば、其数多しといへども、春画本等を合せての事なれば、人情本は二三編の版木に過    ぎざるべし、『法制論簒』に拠りて、春水に対する申渡書を左に録す       神田多町一丁目五郎兵衛店    為永春水事    長次郎     其方儀絵本草紙の類風俗の為に不相成猥ヶ敷事又は異説等書綴り作出し候儀無用可致旨町触に相背地     本屋共より誂へ候とて人情本と唱候小冊物著作致右之内には婦女の勧善にも可相成と心得違致不束之     事ども書顕し剰へ遊所放蕩之体を絵入に仕組遣し手間賃請取候段不埒に付手鎖申付る          〔頭注〕其人格と家庭    為永春水教訓亭号す、文政中人のために吾(馬琴)旧作の読本抔を筆削し、再板させて多く毒を流した    れば、実に憎むべき者なり、性酒を貪りて飽くことを知らず、且壬寅の秋より人情本という中本一件に    て、久しく手鎖を掛けられたる心労と内損にて終に起たずといふ、子なし養女一人あり、某侯へ妾にま    いらせしに近ごろ暇をたまはりて他人へ嫁しけるに、其婿強飲粋狂人にて親の苦労を増たりといふ(著    作堂雑記)〟    〈手鎖刑の原因とされる天保十二年の『春色花見舟』とは翌十三年にかけて出版された『春色梅美婦禰』の誤記であろ     うか。画工は歌川国直静斎英一である〉    ◯『【江戸現在】広益諸家人名録』二編「ヨ部」〔人名録〕②86(天保十三年夏刊)   〝画 国直【名国直、号写楽斎】両国米沢町〟    〈『原色浮世絵大百科事典』第二巻「浮世絵師」は初代の歌川国直とする。なお、飯島虚心はこの国直を二世国直と推     測する。次項参照〉    ◯『浮世絵師歌川列伝』「一世歌川豊国伝」p105(飯島虚心著・明治二十七年、新聞「小日本」に寄稿)   〝案ずるに天保十三年板広益諸家人名録二編、国直名は国直、写楽斎、両国米沢町、吉川四郎兵衛とあり。    何人なるを知らず蓋し二世国直なるべし〟    ☆ 天保十四年(1843)    ◯「合巻年表」(〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇合巻(天保十四年刊)※角書は省略    歌川国直画    『教訓御代の恩』後素園国直画 文会堂主人作 山田佐助板〔目録DB〕    『宝のやま入』 浮世庵国直画 教訓亭春水作〔目録DB〕    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇人情本(天保十四年刊)    歌川国直画『運勢開談甲子祭』歌川国直画 為永春水作    ☆ 天保年間(1830~1844)
 ◯『無可有郷』〔百花苑〕⑦382(詩瀑山人(鈴木桃野)著・天保期成立)   (「浮世絵評」の項)   〝予が論ずる所は浮世絵なれば、右の論(画に王道覇道のありしこと)益なしといへども、筆意の説論ぜ    ざるべからざるものあり。北齋似をかゝず、あたはざるにあらず。せざるなり。国貞山水花鳥をなさ    ず、あたはざるにあらず、是またせざる也。これ王道ならざる故なり。此二人覇気の甚しきもの故、下    してやすきにつく事能はず、おもふまゝに、おのれが長をずる所は各古今一人なり。其餘名人多しとい    へども、みな王覇をかねて而して漸なるゆゑに、何にても出来ると雖も、彼二人長ずるところの如くな    らず。世北斎筆意よし国貞形似よしといふ。皆誤りなり。北斎の画ところ山水花鳥人物みな如此、筆者    (ママ)ならざるべからず。是を哥川家にて絵かゝばあしからん。国貞の画く俳優人物、その餘の機械また    如此。筆意ならざるべからず。是を北斎流にて画けばあしゝ、ゆゑに各相容れず、一流を立ること其宜    しきを得たり。然るに柳川重信、哥川国直の徒相混じて用ゆ。愈其至らざるを見る〟    〈鈴木桃野によれば、柳川重信も歌川国直も、北斎の方向と国貞の方向と追ったがために北斎・国貞に及ばないという     のである〉    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇人情本(天保十四年刊)    歌川国直画    『藤枝若葉添竹』歌川国直画 為永春水作    『春色雪の梅』 三・四編 歌川国直画 狂言亭(為永春雅)作    『春色湊の花』 初・二編 歌川国麿・歌川国直・梅児画 為永春水作〈三~五編は天保十二年刊〉    『春色霞の紫』 歌川国直画 為永春水作    『娜真都翳喜』 歌川国直画 為永春水作    『風流小田春』 歌川国直画 為永春水作〈『改訂日本小説書目年表』は天保六年刊『出世娘』の増補改題本とする〉    『根引の松』  歌川国直画 鼻山人作    『春の若草』  歌川国直画 為永春水作    『色新粉』   歌川国直画 為永春笑作    『錦の里』   国直・景松・英一・貞秀画 為永春水作    『雪夜烏』   歌川国直画 青妓作    ☆ 弘化元年(天保十五年・1844)    ◯「合巻年表」(〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇合巻(天保十五年刊)※角書は省略    歌川国直画    『孝信開運日記』浮世庵国直画 教訓亭春水作〔目録DB〕    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇滑稽本(弘化元年刊)    歌川国直画『滑稽五穀太平記』一冊 歌川国直画 戯作舎鬼笑作〔目録DB〕     <二月 曲独楽(竹沢藤次)両国西広小路>  ◯「武江観場画譜」十二(朝倉無声収集見世物画譜『日本庶民文化史料集成』第八巻所収)   「江戸の花 一流曲独楽 東都上野御山下 太夫元 竹沢藤次」摺物 署名「友人 国直画」いが勘板    〈署名、国直の「友人」とは竹沢藤次の友人に意味か〉    ◯『増補浮世絵類考』(ケンブリッジ本)(斎藤月岑編・天保十五年(1844)序)   (( )は割註・〈 〉は書入れ・〔 〕は見せ消ち)   ◇「初代歌川豊国」の項(初代豊国門人)
    「一陽斎豊国系譜」     〝初代 豊国門弟    国直 末ニ記 よみ本小枝繁の景清外清 十冊  二代目国直 本郷三丁目〟    〈「末ニ記」とは別項を立てて記述するという意味。下記の項目がそれにあたる〉     ◇「歌川国直」の項   〝歌川国直 文化の頃ヨリ天保の間に至る     俗称 鯛蔵 居 始糀町所々に移り 後田所町に住す     号 一(空白)斎 信濃の産也      一に浮世庵 柳(火+目)楼     上欄外(二代メ 哥川国直 本郷三丁目)    始明画を学び(北斎の画風をも好めり)しが、若年の頃豊国の門人となる。文化の末より草双紙を出せ    り。其後、錦画、読本多く出して、国貞に比覿〈ヒツテキ〉せり(式亭三馬本ニ推挙シテ取立タリ、三馬作    ノ画多シ)一派の画風を立んとして、暫廃せり。後、天保の始より、双紙、中本抔、多く画り(門人多    し)    因に云、門人に竹斎竜子と云しもの有。粕壁宿の産なり。草双紙、役者絵など出せし事あり、文化年中    也。其頃は国芳なども国直が家に塾生の如く居て、板刻を学びたりし、近き頃迄、国芳が画風は総て取    合せの器財草木なども、国直が筆意にのみよりて画しが、当時は紅毛絵の趣を基として画くと見ゆ。北    斎の画風を慕ふは国直が画風によりて学びし故なり。     〈読本 景清外伝  十五  小枝繁作         双玉伝   十五  宮田南北〉〟    〈『総校日本浮世絵類考』本は「柳(火+目)楼」を「柳烟楼」としている〉    ☆ 弘化二年(1845)    ◯「絵本年表」(〔漆山年表〕は『日本木版挿絵本年代順目録』)   ◇絵本(弘化二年刊)    歌川国直画    『名誉三十六佳撰』五冊 四郎兵衛事 歌川国直画図 善次郎事 渓斎英泉画図〔漆山年表〕                長次郎事  勧善堂春水選 大嶋伝左衛門    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇人情本(弘化二年刊)    歌川国直画『貞操婦女八賢誌』四編 歌川国直画 為永春水作    △『戯作者考補遺』p190(木村黙老編・弘化二年序)   〝二代 春亭三暁 画工国直が兄なり〟    ☆ 弘化三年(1846)    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇人情本(弘化三年刊)    歌川国直画『貞操婦女八賢誌』五・六編 歌川国直画 為永春水二世作     ☆ 嘉永元年(弘化五年・1848)    ◯「絵本年表」(〔漆山年表〕は『日本木版挿絵本年代順目録』)   ◇絵本(嘉永元年刊)    歌川国直画『浮世絵手本』一折 東都歌川国直 雪月小笠序 永楽屋東四郎板〔漆山年表〕    ☆ 嘉永三年(1850)    ◯「絵本年表」(〔漆山年表〕は『日本木版挿絵本年代順目録』)   ◇絵本(嘉永三年刊)    歌川国直画    『義士肖像賛詞』文晁 北渓〔「葵」「岡」印〕蹄斎〔「北」「馬」印」秀旭斎蘭暎〔「政直」印〕〔漆山年表〕            法橋雪旦画〔「長谷川」印〕武清筆〔「可庵」印〕後素園写国直 柳川重信他筆    ☆ 嘉永三年以降(1850~)    ◯『古画備考』三十一「浮世絵師伝」中p1400(朝岡興禎編・嘉永三年四月十七日起筆)   (「歌川豊国系譜」より)   〝国直役者不書、板下〟
    「歌川豊国系譜」    ☆ 嘉永年間(1848~1853)    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇人情本(嘉永年間刊)    歌川国直画『春秋二季種』初・二編 歌川国直・一梅斎芳春(口絵)画 三亭春馬作    〈嘉永初年という〉    ☆ 刊年未詳    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇絵本・絵画(刊年未詳)    歌川国直画『美人今様錦』二冊 十洲国直画〔目録DB〕   ◇人情本(刊年未詳)    歌川国直画『仇枕春の寝覚』歌川国直画 鼻山人作    ◯「絵入狂歌本年表」(〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録)   ◇狂歌(刊年未詳)    歌川国直画『狂歌比玉集』一巻 北渓・国直画 塵外楼清澄編〔目録DB〕    ◯「艶本年表」(「国文研・艶本」は「艶本資料データベース」〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇艶本(刊年未詳)    歌川国直画    『絵本妹背山』色摺 中本 三冊〔国文研・艶本〕    『姫始仇初夢』三冊 歌川国直画〔目録DB〕(注記「日本艶本目録(未定稿)による」)    ☆ 没後資料    ☆ 明治元年(慶応四年・1868)    ◯『新増補浮世絵類考』〔大成Ⅱ〕(竜田舎秋錦編・慶応四年成立)   ◇「歌川氏系譜」の項 ⑪190
    「歌川豊春系譜」     ◇「歌川国直」の項 ⑪230   〝歌川国直    号浮世庵、柳烟桜、称鯛蔵、信州の産なり。居麹町、後、田所町、其外所々に移れり。始明画を学び    〔割註 北斎の画風をも好めり〕しが、若年の頃豊国の門人となる。文化末より草双紙を出せり。其後    錦絵読本多く出して国貞に比せり。〔割註 式亭三馬推挙して国直を取立たり。故に三馬作の画に多し〕    一派の画風を立んとして暫く廃せり。後、天保の始より草双紙中本抔多く画く。門人に竹庵竜子と云し    もの有。粕壁宿の産也。文化年中草双紙役者絵など出せし事あり。八王子にて歿せり。     景清外伝 小枝繁作   双玉伝 宮田南北作〟    ☆ 明治年間(1868~1911)
 ◯『近古浮世絵師小伝便覧』(谷口正太郎著・明治二十二年(1889)刊)   (名前のみ、記事なし)   〝東都     春川秀蝶・田中益信・泉守一・山本義信・古川三蝶・歌舞妓堂・【別人】勝川春章・勝川春常    勝川春山・勝川春扇・葛飾一扇・如蓮北昆・卍亭北鵞    東都    歌川国長・歌川国政・歌川国久・歌川国安・歌川国直・歌川秀丸・歌川月丸・北川菊丸、北川美丸    細田栄理・細田栄昌・細田栄亀〟    ◯『古代浮世絵買入必携』p12(酒井松之助編・明治二十六年(1893)刊)   〝歌川国直    本名〔空欄〕   号 浮世庵   師匠の名 初代豊国  年代 凡七八十年前    女絵髪の結ひ方第十図・第十二図(国立国会図書館 近代デジタルライブラリー)    絵の種類 並判、中判、小判、細絵、長絵、二枚つぎ、絵本、肉筆    備考  〔空欄〕〟    ◯『浮世絵師便覧』p221(飯島半十郎(虚心)著・明治二十六年(1893)刊)   〝国直(ナホ)    歌川、◯信州の人、吉川氏、俗称四郎兵衛、又鯛蔵、一烟斎、一楊斎、浮世庵、柳烟楼、柳烟堂、写楽    翁等の号あり、一世豊国の門人なりしが、後に明画を学び、北斎を慕ふ、晩年廃業、惜むへし、◯文化〟    ◯『浮世絵師歌川列伝』(飯島虚心著・明治二十七年、新聞「小日本」に寄稿)   ◇「一世歌川豊国伝」p105   〝一世豊国の門人中よく其師風を守りて、失わざるものは国安なり。又師風を返じ別に一派を起さんとせ    しは国直也。二人の腕力は大抵優劣なし。国直は俗称鯛蔵、浮世庵、煙柳楼と号す。信州の人麹町に住    し、後に田所町に移る。夙に豊国の門人に入り、浮世絵を学び国字を称うを許され、国直と称す。文化    九年鶴金板式亭三馬作昔語丹前風呂(六冊)は、国直が初筆にして時に十八なりしと(絵双紙名目集に    詳也)。これより盛に草双紙、読本、錦絵の類を画き、国貞と肩を比べしが、別に一機軸を出さんとし、    刻板の画を廃し、明画を学び、又北斎の風を慕う。天保年間に至り再び草双紙、読本類を画きしが行わ    れず。没年詳ならず。小枝繁作の景清外伝、宮田南北作双玉伝、沼尾氏の諸礼大学等を画く、其他猶多    し。野村氏類考に、式亭三馬推挙して、国直を取立たり。故に三馬作の画最も多し。       案ずるに天保十三年板広益諸家人名録二編、国直名は国直、写楽斎、両国米沢町、吉川四郎兵衛とあ     り。何人なるを知らず蓋し二世国直なるべし〟    〈飯島虚心は国直の初筆を文化九年(1812)刊の『昔語丹前風呂』とするが、「日本古典籍総合目録」によれば、三馬作     ・国直画の滑稽本『浮世床』『四十八癖』は文化七年(1810)の刊行、また、橋本徳瓶作・国直画の合巻『阿波大尽鳴     門之写絵』も文化七年刊である。それ以前の作品は見あたらない。したがって板本挿画の初筆は文化七年と思われる〉     ◇「歌川国芳伝」p188   〝芳三郎(国芳)、豊国の門に入るといえども、固より学資に乏しければ、如何とすること能わず。終に    同門国直が家の食客となり、専ら画法を研究せり。       按ずるに、類考に(上略)国直が家の塾生の如く居て、板刻画を学びたるゆえに、国芳の画風はすべ     て、取合の器財草木なども、国直が筆意にのみよりて画きしが、後には紅毛絵の趣を基として画くと     みゆ。北斎の画風を慕うは、国直が画風によりて学びし故也といえり〟    ◯『浮世画人伝』(関根黙庵著・明治三十二年(1899)刊)   ◇「歌川豊国系譜」83   〝国直(初代豊国門人)浮世菴〟
    「歌川豊国系譜」     ◇「歌川国直」の項 p97   〝 歌川国直(ルビうたかはくになほ)    国直は信濃国の産にして、俗称鯛蔵一斎と号しき。初め麹町に住ひ、後田所町に転ず、初代豊国の門に    入りて、錦絵また稗史を多く描き世評高く、式亭三馬の庇蔭を蒙りて三馬が草双紙の挿画を描く、後年    為永春水が物したる中本の挿画に筆を揮ひ、画名前に倍す、歿日詳ならずと雖(イエド)も、思ふに天保    の末ならむ〟    ◯『浮世絵師人名辞書』(桑原羊次郎著・教文館・大正十二年(1923)刊)    (国立国会図書館「近代デジタルライブラリー」所収)   〝国直 一世豊国門人、歌川氏、本姓吉川、俗称弥四郎兵衛、又鯛蔵、一煙斎、一楊斎、浮世庵、一斎、    柳煙楼、写楽斎、後素園、独醒舎、独酔舎等の諸号あり、後に明画を学び北斎を慕ふ、晩年廃業惜しむ    べし、信州の人、安政元年六月廿八日、六十二歳〟    ☆ 昭和年間(1926~1987)
 ◯『狂歌人名辞書』p69(狩野快庵編・昭和三年(1828)刊)   〝歌川国直(初代)、通称吉川弥四郎兵衛、一煙斎、一楊斎、浮世庵等の数号あり、元と信濃の産、始め    明画を学び、後ち初代豊国の門に入る、安政元年六月廿八日歿す、年六十二〟    ◯『浮世絵師伝』p54(井上和雄著・昭和六年(1931)刊)   〝国直    【生】寛政五年(1793)   【歿】安政元年(1854)六月廿八日-六十二    【画系】初代豊国門人    【作画期】文化六~天保    信州の人、歌川を称す、吉川氏、俗称鯛藏後ち四郎兵衛と改む、一烟斎・一楊斎・浮世庵・独酔舎・柳    烟楼・柳烟堂・後素園・写楽翁・写楽斎・東雲亭等の数号あり、夙に元明の古格を修し、又北斎の画風    を慕へり、風景及美人などを描きたる錦絵の外に草双紙の挿絵もまた肉筆美人画をも描きしが、晩年廃    業して筆を執らず、居所初め麹町、後ち両国米沢町其他諸所を転居し、遂に八王子に移る。墓所、八王    子横山、極楽寺(浄土宗)、法名高(手偏+禿)琮運居士。因みに、彼が姓吉川は「ヨシカハ」に非ず    して「キッカハ」なり、そは天保十三年版『広益諸家人名録』二編の「キ」の部に入れたるを以て証と    すべし〟    ◯『浮世絵と板画の研究』(樋口二葉著・昭和六年七月~七年四月(1931~32))   ◇第二部「浮世絵師」「独立して後」p85   〝歌川国直にも下画を疎かにしなかつた逸話がある。此の人は吉川鯛蔵後四郎兵衛と云ひ、一烟斎、一揚    斎、浮世庵、柳烟楼、柳烟堂、写楽翁等の数号があつて、初め明画を学び北斎の画風を慕ひ、後初代豊    国の門に入つて文化の末より、草双紙、錦絵、読本などを多く描き、井草国芳も此の国直の世話になつ    た名手たが、其の人が板下画を描く時は綿密と云ふより寧ろ馬鹿丁寧であつた。或時十月の夷講に掛け    る鯛を小脇に抱へ釣竿を持つ、色の二三遍も入つた殆ど玩弄画に類した恵比寿の一枚絵を依頼された、    其様絵は誰れでも碌々下画など付けて描く者は稀れで、極めて疎雑なもので筆者の名を署するものでも    無く、夷講に一度使れると跡は子供が引裂き捨てるのが多い。玩弄画のあるものよりも当時は麁末に取    扱はれ、従つて夷講絵と云へば軽視するので、彫でも摺でも見られたものでなく、殆ど瓦板同様な滅茶    々々な絵であつたから、誰れも真面目に描く画工は無いに拘らず、国直は下画から丁寧につけ、之れを    浄写して板下画にするにも、十何遍摺といふ大錦の立派なものを描くのと異らず、一線一劃を苟くもせ    ず描いたと云ふことで、之れを彫る者も田所町の夷かと云つて頭を掻いた。田所町とは国直の住した町    名である。当時是れ等職人間では、何職業にても其の技術の優れた者は其の名を云ず、住居する町名を    以て呼んだから、国直もまた其の町名を以て常に呼れ、偽(ママ)直の描た恵比寿だから滅茶々々のなぐり    彫りには出来ない。小僧任せで打捨つては置かれない、然りとて手間賃は相当に取ることも成らずと歎    息して頭を掻たと云ふのやある。文化頃の人で著述もする絵も描く、彫刻もした神屋蓬洲の『蓬洲随筆』    にも「夷講のえびす三郎の画にて、柳烟堂のかきたるものゝみは、人これを捨るを惜み往々に持伝ふる    ものあり翁は如何なる画にても意に満ざる下図は描かざりし云々」とあるにても推測し得られ、其の下    画の深切丁寧なことが思ひ遺られる〟    〈神屋蓬洲の『蓬洲随筆』は「日本古典籍総合目録」には見当たらないが、どこかに伝わっているのであろうか〉    ◯『浮世絵年表』(漆山天童著・昭和九年(1934)刊)   ◇「文化一〇年 癸酉」(1813)p184   〝此年、歌川国直、歳十八にして、三馬作の合巻『昔語丹前風呂』を画く〟
  ◇「文政元年(四月二十二日改元)戊寅」(1818)p191   〝三月、歌川国直の画ける『歌舞妓雑談』出版〟
  ◇「文政九年 丙戌」(1826)p202   〝正月、歌川国直の画ける『狂歌百将図伝』出版。    六月、北渓・国貞・北馬・国直・辰斎・北斎等の画ける『狂歌の集』出版〟
  ◇「文政一一年 戊子」(1828)p205   〝三月、歌川国丸・国直等の画ける『活金剛伝』出版〟
  ◇「天保元年(十二月十日改元)庚寅」(1830)p208   〝四月、歌川国直の画ける『神事行燈』四編出版〟
  ◇「天保六年 乙未」(1835)p214   〝正月、歌川国直・国貞等の画ける『俳風狂句百人集』出版〟
  ◇「天保七年 丙申」(1836)p215   〝四月、国貞・国直・北馬・国芳・柳川重信・北渓・武清等の挿画に成る『とふの菅薦』出版〟
  ◇「弘化二年 乙巳」(1845)p224   〝正月、国直・英泉等の画ける『名誉三十六佳撰』出版〟
  ◇「安政元年(十二月五日改元)甲寅」(1854)p233   〝六月二十八日、歌川国直歿す。行年六十二。(国直は豊国門人にして俗称鯛蔵といひ、一烟斎、独酔舎    柳烟楼、浮世庵等の諸号を有せり)〟
 ◯『浮世絵師歌川列伝』付録「歌川系図」(玉林晴朗編・昭和十六年(1941)刊)   〝豊国(一世)門人 国直〟
    「歌川系図」    △『増訂浮世絵』p261(藤懸静也著・雄山閣・昭和二十一年(1946)刊)   〝歌川国直    初代豊国門人中、相当に技倆の優れた一人であるが、国貞国芳などほどには、世に名を知られてゐない。    国直は信州の生れで、俗称を鯛蔵と呼び、号を一斎といふた。安政元年に六十二歳で没した。江戸麹町、    田所町等に住居したといふ。文化の初めから弘化に亘つて、錦絵並に絵本の挿絵を多数出版した。風景    画にも観るべき作例がある。一揚斎、一烟斎、独醉舎、柳烟楼、浮世庵等の別号がある〟    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   〔歌川国直画版本〕    作品数:219点(「作品数」は必ずしも「分類」や「成立年」の点数合計と一致するとは限りません)    画号他:国直・歌川国直・柳煙亭・柳煙亭国直・柳烟亭・柳烟亭国直・浮世庵・浮世庵国直・        後素園・後素園国直・十洲国直    分 類:合巻121・人情本49・滑稽本21・読本9・絵本3・狂歌4・艶本2・絵画2・        咄本2・雑俳2・黒本1・黄表紙1・川柳絵画1・和歌1    成立年:文化5~15年(85点)        文政1~9・11~12年(50点)(文政年間合計51点)        天保2~14年(62点)(天保年間合計70点)        弘化1~3年 (6点)        嘉永1年   (1点)(嘉永年間合計2点)   (柳烟亭国直名の作品)    作品数:1点    画号他:柳烟亭    分 類:人情本    成立年:天保3年   (柳煙亭国直名の作品)    作品数:1点    画号他:柳煙亭国直    分 類:人情本    成立年:天保8・10年(1点)    〈『娘太平記操早引』人情本・初、二編・三文舎自楽作・柳煙亭国直画・天保八年(1837)刊。                  三、四編・松亭金水作・柳煙亭国直画・天保十年刊〉   (後素園国直名の作品)    作品数:1点    画号他:後素園国直    分 類:合巻1    成立年:天保14年   (浮世庵国直名の作品)    作品数:2点    画号他:浮世庵国直    分 類:合巻2    成立年:天保14年(1点)        弘化1年 (1点)   (十洲国直名の作品)    作品数:1点    画号他:十洲直直    分 類:絵本    成立年:記載なし        『美人今様錦』絵本・十洲国直画
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