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☆ ちゅうわ にしむら 西村 中和浮世絵師名一覧
一説〔 ~ 天保2年(1831)・享年未詳〕
  ※(従来生没年を〔宝暦八年(1758)~ 天保六年(1835)2月12日・78歳〕としてきたが、何に拠ったか再確認できなかった     ので撤回した。しかし『古今博識一覧』(明治26年・1893刊)という大阪出版の番付に「天保二年」とあったことから一説とし     て採用することにした。下掲明治26年参照 2018/10/07)  別称 梅渓  ☆ 寛政六年(1794)    ◯「読本年表」(〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇読本(寛政六年刊)※角書は省略      西村中和画『源平盛衰記図会』西村中和・奥貞章(文鳴)画 秋里籬島作〔目録DB〕    ☆ 寛政八年(1796)     ◯「絵本年表」(〔漆山年表〕は『日本木版挿絵本年代順目録』)   ◇絵本(寛政八年刊)    西村中和画『摂津名所図会』九巻 秋里籬島著 殿為八他板〔漆山年表〕     浪花竹原春朝斎図画・春泉画・丹羽桃渓・下河辺維恵画・楠亭画・石田友汀画・西村中和画    ☆ 寛政九年(1797)     ◯「絵本年表」(〔漆山年表〕は『日本木版挿絵本年代順目録』)   ◇絵本(寛政九年刊)    西村中和画『東海道名所図会』六巻 秋里籬島編 小林新兵衛他板〔漆山年表〕     浪速竹原春泉斎画・江戸蕙斎政美・法橋艸偃・石田友汀写・下河辺維恵写・法橋中和     金門画史狩野縫殿助藤原永俊・原在正写・小斎素絢・訥言・栢友徳画・駿陽張安画     洛東大雅堂餘夙夜。円山主水・木応受・月渓写・文鳴・画所預土佐守光貞     泉州池田之士幣垣図・駿府鬼卯写・光安画・駿府陶山平知白写・蘇英林・東渓     伊予権守専顕・高若拙・蒲生踊魚    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇地誌(寛政九年刊)    西村中和画    『近江名所図会』四巻 蔀関月・西村中和画 秦石田・秋里籬島編 菱屋孫兵衛他板〔目録DB〕    ☆ 寛政十年(1798)     ◯「絵本年表」(〔漆山年表〕は『日本木版挿絵本年代順目録』)   ◇絵本(寛政十年刊)    西村中和画『和蘭考』五冊 法橋中和画 元良選〔漆山年表〕    ☆ 寛政十一年(1799)     ◯「絵本年表」(〔漆山年表〕は『日本木版挿絵本年代順目録』)   ◇絵本(寛政十一年刊)    西村中和画    『都林泉名所図会』五巻 法橋佐久間草偃 法橋西村中和 奥文鳴源貞章                 秋里籬島著 吉野屋為八他板〔漆山年表〕    ☆ 享和元年(寛政十三年・1801)    ◯「読本年表」(〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇読本(寛政十二年刊)※角書は省略    西村中和画『保元平治闘図会』中和画・秋里舜福(籬島)作〔目録DB〕    ☆ 享和二年(1802)     ◯「絵本年表」(〔漆山年表〕は『日本木版挿絵本年代順目録』)   ◇絵本(享和二年刊)    西村中和画『絵本年代記』初編 画工法橋西村中和 秋里籬島著 出雲寺久次郎板〔漆山年表〕    ◯『筆禍史』「絵本年代記」(享和二年・1802)p97(宮武外骨著・明治四十四年刊)   〝秋里湘夕(籬島)の著にして、挿画は西村中和の筆なり、湘夕が盛んに名所図会の類を編纂せる間に於    て著したるものにして、神代より人皇四十九代までの年代記を大本五冊に分てり、『絶焼録』の絶版書    目中に此書を加へてあれど、其絶版の理由は解し難し、或は『天神七代記』に類せるものならんか〟
    『絵本年代記』     (東京学芸大学付属図書館「望月文庫往来物目録・画像データベース」)      〈望月文庫所蔵本は江戸版で、著者名及び画工名の記載がない。国文学研究資料館の「日本古典籍総合目録」は上記本     を籬島著・中和画とする〉    ☆ 享和三年(1803)    ◯「読本年表」(〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇読本(享和三年刊)※角書は省略    西村中和画     『絵本曾我物語』西村中和画 一咲居士作〔目録DB〕    『前太平記図会』西村中和画 秋里籬島作〔目録DB〕    ☆ 文化元年(享和四年・1804)     ◯「絵本年表」(〔漆山年表〕は『日本木版挿絵本年代順目録』)   ◇絵本(文化元年刊)    西村中和画    『狂歌きゝ徳利竹葉集』一冊 法橋中和・楠亭・紫石・艸偃・速水春暁斎 菊屋源兵衛〔漆山年表〕    『聖徳太子伝図会』六冊 中和 菱屋孫兵衛板  〔漆山年表〕    『富士野往来』  一冊 中和 神武著 尚文館板〔漆山年表〕     ◯「読本年表」(〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇読本(文化元年刊)※角書は省略    西村中和画『聖徳太子伝図会』西村中和画 若林葛満作〔目録DB〕    ☆ 文化二年(1805)     ◯「絵本年表」(〔漆山年表〕は『日本木版挿絵本年代順目録』)   ◇絵本(文化二年刊)    西村中和画『木曽路名所図会』七冊 平安画工法橋西村中和 秋里籬島編 塩屋忠兵衛板〔漆山年表〕    ☆ 文化五年(1808)     ◯「絵本年表」(〔漆山年表〕は『日本木版挿絵本年代順目録』)   ◇絵本(文化五年刊)    西村中和画『永平高祖行状記』二帖 画図法橋中和 法華禅寺蔵板〔漆山年表〕     ☆ 文化六年(1809)    ◯「読本年表」(〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇読本(文化六年刊)※角書は省略    西村中和画『絵本鎌倉新話』西村中和画 手塚兎月作〔目録DB〕    ☆ 文化七年(1810)     ◯「絵本年表」(〔漆山年表〕は『日本木版挿絵本年代順目録』)   ◇絵本(文化七年刊)    西村中和画『御伝絵略解』五冊 法橋中和画 北村四郎兵衛板〔漆山年表〕  ☆ 文化八年(1811)     ◯「絵本年表」(〔漆山年表〕は『日本木版挿絵本年代順目録』)   ◇絵本(文化八年刊)    西村中和画『紀伊国名所図会』初編 平安西邨中和図画 若山高市志友編 河内屋太助他板〔漆山年表〕      〈〔目録DB〕は初編・二編ともに文化九年刊とする。三編は天保九年刊、後編は嘉永四年〉       ☆ 文化九年(1812)     ◯「絵本年表」(〔漆山年表〕は『日本木版挿絵本年代順目録』)   ◇絵本(文化九年刊)    西村中和画『紀伊国名所図会』二集 京師西邨中和図画 若山高市志友編〔漆山年表〕    ◯『洒落本大成』第二十五巻・補巻   ◇洒落本(全4点)(そのうち画工名の明確なもの)    西村中和画『誰か面影』署名「画工 西邨中和」花塘作    ☆ 文化十年(1813)    ◯『平安人物志』「画家」〔人名録〕①49(弄翰子編・文化十年十月刊)   〝西村中和【字士達、号楳渓、仏光寺烏丸西】〟    ☆ 文化十一年(1814)     ◯「絵本年表」(〔漆山年表〕は『日本木版挿絵本年代順目録』)   ◇絵本(文化十一年刊)    西村中和画『近江名所図会』前編 蔀関月・西村中和画 秋里籬島編 河内屋太助板〔漆山年表〕    ☆ 文化十四年(1817)    ◯「読本年表」(〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇読本(文化十四年刊)※角書は省略    西村中和画『鶴岡矢筈大紋』西村中和画 手塚兎月作〔目録DB〕    ☆ 文政四年(1821)    ◯「読本年表」(〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇読本(文政四年刊)※角書は省略    西村中和画『楠正行戦功図会』前篇 西村中和画 野亭散人考訂〔目録DB〕     ☆ 文政五年(1822)    ◯『平安人物志』「画」〔人名録〕①73(弄翰子編・文政五年七月刊)   〝西村中和【字士達、号梅渓、仏光寺烏丸西】法橋梅渓〟       ☆ 文政七年(1824)    ◯「読本年表」(〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇読本(文政七年刊)※角書は省略    西村中和画『楠正行戦功図会』後編 西村中和画 野亭散人考訂〔目録DB〕    ☆ 文政八年(1825)    ◯「読本年表」(〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇読本(文政八年刊)※角書は省略    西村中和画     『義経勲功図会』西村中話画 好花堂野亭作     〔目録DB〕    『絵本孝勇譚』 西村中和・森川保之画 東籬亭菊人作〔目録DB〕    ☆ 文政十三年(天保元年(1830))    ◯『平安人物志』「画」〔人名録〕①108(弄翰子編・文政十三年十月刊)   〝西村中和【字士達、号梅渓、錦小路高倉西】法橋梅渓〟    ☆ 没後資料(下記『古今墨跡鑒定便覧』の「文政中歿ス」を参考に、以下の資料を没後とした)  ☆ 天保二年(1831)  ◯『古今博識一覧』番付 大坂 自択散人編 赤志忠七出版 明治26年12月   (東京文化財研究所「明治大正期書画家番付データベース」)   〝明治廿七年午の年新板 流行浮世画人    流行浮世絵師     天保二年 平安 法橋中和 六十四年〟    〈この番付によると没年は天保二年。「六十四年」は享年ではなく、明治26年の出版時までの年数〉     ☆ 天保四年(1833)    ◯『無名翁随筆』〔燕石〕③307(池田義信(渓斎英泉)著・天保四年成立)   〝法橋中和【京師ノ人、保元、平治、又前太平記、源平盛衰記等、名所図会ヲ画ク】〟    ☆ 天保六年(1835)   ◯『異聞雑稿』〔続燕石〕②279(滝沢馬琴・天保六年頃記事)  (「吉野屋為八」の項、『都名所図絵』出版の経緯記事)   〝【春朝斎は竹原氏也、都名所図絵の外に、この画工のゑがきしは、大和名所図絵、和泉名所図絵、拾遺    都名所図絵あり、此余は画工一人ならず、丹羽桃渓、法橋中和の筆、又諸画工の合筆多くあり、編者は    すべて籬島也、但、紀州名所図絵は、若山の人高市志友が選にて、画工は西村中和也】〟    ☆ 天保九年(1838)    ◯「絵本年表」(〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇絵本(天保九年刊)    西村中和画    『紀伊国名所図会』三集 画工京師法橋中和 仝小野広隆 浪華上田公長他 河内屋太助板〔漆山年表〕  ☆ 弘化元年(天保十五年・1844)    ◯『増補浮世絵類考』(ケンブリッジ本)(斎藤月岑編・天保十五年(1844)序)   (( )は割註・〈 〉は書入れ・〔 〕は見せ消ち)      〝法橋中和  西村氏  居 京都     紀州名所図会    木曾街道名所図会    絵本年代記    〈義経勲功図会  十 山田〔繁〕敏雄散生作  楠正行戦功図会 十一 野亭作〉〟  ☆ 安政二年(1855)    ◯『古今墨跡鑒定便覧』「画家之部」〔人名録〕④246(川喜多真一郎編・安政二年春刊)   〝西村中和【字ハ士龍、梅渓ト号ス、法橋ニ叙ス、大和画師ト称シテ、専ラ人物ヲ能クシ、或名所等ノ図    ヲ写スニ巧ミナリ、文政中歿ス】〟    〔印章〕「梅渓」・「中和之印」  ☆ 明治元年(慶応四年・1868)    ◯『新増補浮世絵類考』〔大成Ⅱ〕⑪234(竜田舎秋錦編・慶応四年成立)   〝法橋中和    西村氏、京都の人也。刻本多く画けり。字士達、梅渓と号す     (図会等、五作品名あり、略)〟  ☆ 明治十四年(1881)  ◯『新撰書画一覧』伴源平編 赤志忠雅堂 明治十四年五月刊   (国立国会図書館デジタルコレクション)   〝西村中和 字ハ上(ママ)達、梅渓ト号ス、大和画ト称シテ、人物山水等ヲ巧ニス。法橋ニ叙ス〟  ☆ 明治二十二年(1889)    ◯『近古浮世絵師小伝便覧』(谷口正太郎著・明治二十二年(1889)刊)   〝京阪 板下画人     京 西村中和    名は上達、字は梅漢、人物山水に及び真景等を巧みに模す、木曾名所其他多し〟    ☆ 明治二十六年(1893)  ◯『浮世絵師便覧』p211(飯島半十郎(虚心)著・明治二十六年(1893)刊)   〝中和(チウクワ)    西村氏、名ハ士達、梅渓と号し、法橋に叙せられ、京師の人、◯寛政、文化〟  ◯『古今博識一覧』番付 大坂 自択散人編 赤志忠七出版 明治26年12月   (東京文化財研究所「明治大正期書画家番付データベース」)   〝明治廿七年午の年新板 流行浮世画人    流行浮世絵師     天保二年 平安 法橋中和 六十四年〟    〈前後の例をみると、六十四年は享年ではなく、没年から出版時(明治26年)迄の年数〉  ☆ 昭和以降(1926 ~ )    ◯『狂歌人名辞書』p130(狩野快庵編・昭和三年(1828)刊)   〝西村中和、字は士達、楳渓と号す、京都の画家にして名所図絵の挿画をゑがく、後ち法橋に叙せらる、    文化頃の人〟    ◯『浮世絵師伝』p144(井上和雄著・昭和六年(1931)刊)   〝西村中和    【生】           【歿】文政    【画系】          【作画期】寛政~文政    京都の人、梅渓とも号す、字(アザナ)は士達、法橋に叙せらる、屡々名所図会及び絵本類を画く、紀州    名所図会、木曾路名所図会、都林泉名所図会、絵本年代記、義経勲功記、楠正行戦功図会等の類なり、    彼れ文学の才ありて歌詩を善くす。秋里籬島編の木曾路名所図会七册(文化二年三月版)に西村中和の    挿絵は案内記の文章と比較して当時の駅路情景、神社仏閣の建物境内、祭礼、古跡、名所名産等を写実    して趣味深く挿図せり。    木曾路名所図会は京都より出発し中仙道を日本橋迄、また日本橋より行徳、八幡、神崎、鹿島、鹿取神    社へ参拜し筑波山を廻りて宇都宮、日光鉢石町、神橋、御宮、中禪寺、裏見の瀧へ廻り、日光街道を小    山田駅、栗橋、利根川、千住を経て浅草寺観音堂へ戻る。享和二年初夏より籬島と中和同伴して旅行し    た意味、跋文に記述してある。木曾街道中特殊の図は内裏舞御覧の図(太平楽の舞を)。山科…休息茶    屋の前を人足旅客茶屋女等十数人の動作を現はし。大津…舟着場へ上下する人々、荷揚人足。武佐…奥    石神社、鳥居本駅神教薬丸店、磨針(スリハリ)峠、長浜八幡宮、日本武尊居寤清水(ヰサメシミヅ)腰懸岩、    常盤の暮、南宮金山彦神社祭礼列式、長柄川鵜飼舟、鯉岩、臨川寺寝覚床、諏訪温泉、望月遠江寺城跡、    碓日嶺(ウスヒトウゲ)、熊谷直実古跡、大宮氷川神社、江戸御影堂の店等である〟    〈井上和雄は、この西村中和を、なぜか「ち」に入れず「に」で採っている〉    ◯『浮世絵年表』(漆山天童著・昭和九年(1934)刊)     ◇「寛政八年 丙辰」(1796)p159   〝九月、竹原春朝斎・同じく春泉斎・丹羽桃渓・石田友汀・西村中和等の画ける『摂津名所図会』前編四    冊出版。(後編八冊は寛政十年の出版なり)〟     ◇「寛政九年 丁巳」(1797)p161   〝十一月、北尾政美・竹原春泉斎・其他浮世絵師にあらぬ、石田友汀・西村中和・原在正・山口素絢・田        中訥言・円山応挙・同応受・月渓・奥文鳴・土佐光貞・佐久間艸偃・下河辺維恵・狩野永俊・        大雅堂余夙夜の挿画に成れる『東海道名所図会』出版〟    〈大雅堂余夙夜は二世大雅堂・青木夙夜〉     ◇「寛政一一年 己未」(1799)p164   〝五月、西村中和・佐久間草偃・奥文鳴等の画に成る『都林泉名勝図会』出版〟     ◇「享和二年 壬戌」(1802)p168   〝此年、大阪の画工西村中和の画にて秋里籬島の著作なる『絵本年代記』初編五冊絶版の命を受く。版元    は京都の出雲寺文次郎なり〟     ◇「享和二年 壬戌」(1802)p168   〝八月、西村中和の『絵本年代記』出版〟     ◇「文化二年 乙丑」(1805)p173   〝三月、西村中和の画ける『木曽路名所図会』出版〟     ◇「文化五年 戊辰」(1808)p177   〝十月、西村中和の画ける『永平高祖行状記』出版〟     ◇「文化八年 辛未」(1811)p181   〝五月、西村中和の画ける『紀伊国名所図会』初編出版〟     ◇「文化九年 壬申」(1812)p182   〝正月、西村中和の画ける『紀伊国名所図会』二集出版〟     ◇「文化一一年 甲戌」(1814)p185   〝四月、西村中和の『近江名所図会』出版〟    ◯「天保九年 戊戌」(1838)p217   〝九月、西村中和・小野広隆(大和絵なり)等の画ける『紀伊国名所図会』三集出版〟    △『増訂浮世絵』p192(藤懸静也著・雄山閣・昭和二十一年(1946)刊)   〝西村中和    梅渓と号す。京都の人、法橋に叙せらる。紀州名所図会、木曾街道名所図会、義経勲功図会、楠正行    戦功図会、都林泉名勝図会などの挿図がある。文化文政の人〟    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)     〔西村中和画版本〕    作品数:19点(「作品数」は必ずしも「分類」や「成立年」の点数合計と一致するとは限りません)    画号他:中和・西村中和    分 類:読本10・地誌(名所図絵)4・年代記1・辞書(節用集)1・蚕業1・寺院1・真宗1    成立年:寛政6・9・11年(3点)        享和1~4年(6点)        文化1~2・6・9・14年(4点)        文政4・8~9年(3点)        天保9年(1点)
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