Top浮世絵文献資料館浮世絵師総覧
☆ ちょうき えいしょうさい 栄松斎 長喜浮世絵師名一覧
〔生没年未詳〕
   ☆ 寛政元年(天明九年・1789)    ◯『黄表紙總覧』前編(棚橋正博著・日本書誌学大系48・昭和六十一年)   ◇黄表紙(天明九年刊)※角書は省略。〔 〕は著者未見、或いは他書によるもの、または疑問のあるもの    栄松斎長喜画    『天下一面鏡梅鉢』署名「長喜画」〔唐来三和作〕蔦屋板?     〈この年、黄表紙初筆。備考、長喜と子興を同人とする。初め長喜→子興→子興・長喜併用→長喜と改名の由〉    〔此分谷噺〕   署名「長喜画」「石部琴好作」板元不明     〈絵入り小噺本〉      ◯『噺本大系』巻十七「所収書目解題」(武藤禎夫編・昭和五四刊)   ◇咄本(絵入本)(天明九年刊)    栄松斎長喜画『比文谷噺』巻末「長喜画」石部琴好作(板元名なし)    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇黄表紙(天明九年刊)    栄松斎長喜画『天下一面鏡梅鉢』    ◯『筆禍史』「天下一面鏡梅鉢」〔寛政元年(1789)〕p77(宮武外骨著・明治四十四年刊)   〝唐来三和の著にして、画は栄松斎長喜なり、天明九年即ち寛政元年の出版なるが、是亦前の『文武二道    万石通』と同じく、白河楽翁こと松平定信の文武二道奨励政策を暗に批評したる戯作なりしがため、同    く絶版の命を受けたるなり、其目次にも「上の巻、末白川の浪風も治まりなびく豊年の国民「中の巻、    天下太平を并べ行はるゝ文武の両道「下の巻、月額青き聖代も有り難き日本の風俗」とありて、天満天    神の神徳に擬して褒むるが如くなれども、実は愚弄したる戯作なりしなり〟
    『天下一面鏡梅鉢』 唐来三和作・長喜画 (クリックすると画像が出ます)     (東京大学付属図書館・電子版「霞亭文庫」)    ☆ 寛政二年(1790)    ◯『黄表紙總覧』前編(棚橋正博著・日本書誌学大系48・昭和六十一年)   ◇黄表紙(寛政二年刊)※角書は省略。〔 〕は著者未見、或いは他書によるもの、または疑問のあるもの    栄松斎長喜画    〔染直大名縞〕  署名「松長喜書」「信普戯作」〔鶴屋板〕     〈備考、天明五年の「信普」及び享和二年の噺本の「信普」は別人とする〉    『文武二道重忠噺』署名「長喜画」        鶴屋?     〈備考、絵入小咄本〉      ◯「咄本年表」(〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇咄本(寛政二年刊)    栄松斎長喜画『文武二道重忠噺』栄松斎長喜画〔目録DB〕    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇黄表紙(寛政二年刊)    栄松斎長喜画『染直大名島』信普作    ☆ 寛政五年(1793)    ◯『黄表紙總覧』中編(棚橋正博著・日本書誌学大系48・昭和六十一年)   ◇黄表紙(寛政五年刊)※角書は省略。〔 〕は著者未見、或いは他書によるもの、または疑問のあるもの    栄松斎長喜画〔糸瓜皮歌袋〕署名「長喜画」「常盤真辻作」大坂屋仁兵衛板    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇黄表紙(寛政五年刊)    栄松斎長喜画『糸瓜皮歌袋』真辻作    ☆ 寛政六年(1794)    ◯『黄表紙總覧』中編(棚橋正博著・日本書誌学大系48・昭和六十一年)   ◇黄表紙(寛政六年刊)※角書は省略    栄松斎長喜画    〔芝全交腹内〕      署名「長喜画」「芝山人虚呂利作」板元不明    『黄金のなる木心のつぎ穂』署名「長喜画」「虚呂利作」   板元不明       ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇黄表紙(寛政六年刊)    栄松斎長喜画『黄金のなる木心の継穂』『芝全交腹内』    ☆ 寛政七年(1795)    ◯『稗史提要』p385(比志島文軒(漣水散人)編・天保年間成稿)   ◇黄表紙(寛政七年刊)    作者の部 通笑 森羅亭 三和 楚満人 慈悲成 馬琴 善好 坪平 十返舎一九 黄亀    画工の部 重政 政美 栄之 豊国 春朗 二代目春町 長喜 一九    ◯『黄表紙總覧』中編(棚橋正博著・日本書誌学大系48・昭和六十一年)   ◇黄表紙(寛政七年刊)※角書は省略。〔 〕は著者未見、或いは他書によるもの、または疑問のあるもの    栄松斎長喜画    『桃食三人子宝噺』署名「長喜画」「通笑作」   村田屋板    『寿鼠之娵入』  署名「長喜画」        村田屋板    『根無草曽我和物』署名「長喜画」        村田屋板    『浮世双紙洗小町』署名「長喜画」「恋川春町戯作」鶴屋板     〈備考、この春町は恋川幸町とは別人。二世喜多川歌麿。「文化年中、春町と歌麿の両号を併せ使っていた如くで      ある」〉    〔黄金の奈る木心のつぎ穂〕「長喜画」「無筆者きよろり述」板元不明     〈寛政六年の改刻再板本〉    ◯『俗曲挿絵本目録』(漆山又四郎著)   ◇浄瑠璃・富本(寛政七年刊)    栄松斎長喜画    『八朔白無垢』(富本)長喜画 並木五瓶作 蔦屋板 寛政七年七月〔寛政07/07/20〕    〈〔~〕は立命館大学アート・リサーチセンター「歌舞伎・浄瑠璃興行年表」の上演データ〉    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇黄表紙(寛政七年刊)    栄松斎長喜画     『一心胸算用』『桃食三人子宝噺』『根無草曾我和物』『桃食三人子宝噺』『浮草雙紙洗小町』      子興画『寿鼠嫁入』〈子興は栄松斎長喜。『黄表紙總覧』は『寿鼠之娵入』の署名を「長喜画」とする〉    △『物之本江戸作者部類』p169(曲亭馬琴著・天保五年成立)   (「読本作者部第一」「曲亭主人」の項)   〝寛政七年乙卯の夏書賈畊書堂【蔦重】の需めに応じて高尾千字文五巻を綴る【大半紙半枚の中本にてさ    し画は長喜画けり】是よみ本の初筆也。【明年辰の春発行】當時未熟の疎文なれとも、この冊子の開手    絹川谷藏が、霹靂鶴之助を師とし相撲をまなぶ段は、水滸伝なる王進史進師徒のおもむけを摸擬したり。    この餘の段も、焚椒録、今古奇観などより飜案したるすぢ多かり。なれども當時は滑稽物の旨と行はれ    たれば、させる評判なし。江戸にては、三百部ばかり売ることを得たれとも、大坂の書賈へ遣したる百    五十部は、過半返されたりといふ。そはかゝる中本物は、彼地の時好に称はす。且価も貴けれバなどい    ひおこしたりとぞ〟    ☆ 寛政八年(1796)    ◯「読本年表」   ◇読本(寛政八年刊)※角署は省略    栄松斎長喜画『高尾千字文』長喜画 曲亭馬琴作〔中本型読本〕    〈『改訂日本小説書目年表』注記、馬琴作読本の初作、口絵の署名「長喜画」〉    ☆ 寛政十年(1798)    ◯『黄表紙總覧』中編(棚橋正博著・日本書誌学大系48・昭和六十一年)   ◇黄表紙(寛政十年刊)※角書は省略。〔 〕は著者未見、或いは他書によるもの、または疑問のあるもの    子興画『家内手本用心藏』署名「子興画」「唐来三和戯作」蔦屋板    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇黄表紙(寛政十年刊)    子興画『家内手本用心蔵』〈栄松斎長喜〉    ☆ 寛政年間(1789~1801)    ◯「絵入狂歌本年表」(〔狂歌書目〕は『狂歌書目集成』)   ◇狂歌(寛政年間刊)       栄松斎長喜画『狂歌道中双六』一舗 栄松斎長喜画 桑楊庵撰 蔦屋重三郎板〔狂歌書目〕    ◯『増訂武江年表』2p18(斎藤月岑著・嘉永元年脱稿・同三年刊)   (「寛政年間記事」)   〝浮世絵師 鳥文斎栄之、勝川春好、同春英(九徳斎)、東洲斎写楽、喜多川歌麿、北尾重政、同政演    (京伝)、同政美(蕙斎)、窪俊満(尚左堂と号す、狂歌師なり)葛飾北斎(狂歌の摺物読本等多く画    きて行はる)、歌舞伎堂艶鏡、栄松斎長喜、蘭徳斎春童、田中益信、古川三蝶、堤等琳、金長〟    ☆ 享和元年(寛政十三年・1801)    ◯『黄表紙總覧』後編(棚橋正博著・日本書誌学大系48・昭和六十一年)   ◇黄表紙(寛政十三年刊)※角書は省略。〔 〕は著者未見、或いは他書によるもの、または疑問のあるもの    栄松斎長喜画    『色揚鼠嫁入』  署名「長喜画」        村田屋板     〈備考、寛政七年刊『寿鼠之嫁入』の改題再摺再板本。絵題簽に「十偏舎一九作」とあるが、一九の盛名にあやかっ      た板元・村田屋のさかしらとする〉    子興画    『従夫道成寺』  署名「子興画」「福亭三笑作」 西宮板    『廿四孝安売請合』署名「子興画」「香保留作」  西宮板    『浪速秤華兄芬輪』署名「子興画」「曲亭馬琴編」 鶴屋板    『縁結千代之子宝』署名「子興画」「鈍々亭和樽作」岩戸屋板    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇黄表紙(寛政十三年刊)    栄松斎長喜画『色揚鼠嫁入』    子興画   『縁結千代子宝』『従夫道成寺』『浪速秤華兄芬輪』『廿四孝安売請合』    ☆ 享和二年(1802)     ◯「絵本年表」(〔漆山年表〕は『日本木版挿絵本年代順目録』)   ◇絵本(享和二年刊)    松栄斎長喜画『石田先生事跡記』一冊 長喜画〔漆山年表〕        ◯『稗史億説年代記』(式亭三馬作・享和二年(1802))〔「日本名著全集」『黄表紙二十五種』所収〕   〝草双紙の画工に限らず、一枚絵の名ある画工、新古共に載する。尤も当時の人は直弟(ヂキデシ)又一流あ    るを出して末流(マタデシ)の分はこゝに省く。但、次第不同なり。但し西川祐信は京都の部故、追て後編    に委しくすべし    倭絵巧(やまとゑしの)名尽(なづくし)     長喜  (他の絵師は省略)〟
    『稗史億説年代記』 式亭三馬自画作 (クリックすると画像がでます)     (早稲田大学図書館・古典籍総合データベース)     〝当時部     子興改 旧名    長喜画〟    〈鈴木重三氏は「子興、旧名の長喜に改む」と読む。初め長喜、次に子興、更に長喜と改名したことになる〉    ◯『稗史提要』p398(比志島文軒(漣水散人)編・天保年間成稿)   ◇黄表紙(享和二年刊)    作者の部 京伝 楚満人 馬琴 三馬 一九 新好 通笑 馬笑 傀儡子 石上 慈悲成 感和亭鬼武         木芽田楽 一麿    画工の部 重政 豊国 歌丸 豊広 長喜 春喬 菊丸    ◯『黄表紙總覧』後編(棚橋正博著・日本書誌学大系48・昭和六十一年)   ◇黄表紙(享和二年刊)※角書は省略。〔 〕は著者未見、或いは他書によるもの、または疑問のあるもの    栄松斎長喜画    『初老了簡年代記』署名「長喜画」「馬琴作」    鶴屋板    〔増補五大力〕  署名「長喜画」「松亭竹馬校合」 山口屋板    〔山しよ味噌〕  署名「長喜画」「三笑亭可楽戯作」板元不明     〈長喜は享和二年正月刊の黄表紙に子興名も併用している。上出『稗史億説年代記』(式亭三馬作)の記事に「子興      改旧名 長喜画」とあるから、旧名長喜に戻ったのは享和元年中と考えられる〉      子興画    『野夫鴬歌曲訛言』署名「子興画」「曲亭馬琴作」  鶴屋板    『金降豊歳貢』  署名「子興画」「白銀台一丸作」 岩戸屋板     〈備考、絵題簽に「一广呂作」とある由。つまり一丸=一广呂、一广呂(一麿)の読みはイチマルである〉    ◯『洒落本大成』第二十一~二十二巻   ◇洒落本(享和二年刊)    栄松斎長喜画    『婭意忋』  署名「長喜画」梅暮里谷峨作〈『洒落本大成』第二十巻〉    『烑燈蔵』  署名「長喜画」蘭奢亭香保留作    『妓情返夢解』署名「長喜画」梅暮里谷峨作    『青楼娭言解』署名「長喜画」蘭奢亭薫作    子興画       『婦足鬜』  署名「子興画」成三楼酒盛作    ◯『噺本大系』巻十四「所収書目解題」(武藤禎夫編・昭和五四刊)   ◇咄本(享和二年刊)    栄松斎長喜画『山しよ味噌』署名「長喜画」三笑亭可楽作(板元名なし)    ◯『筆禍史』「婦足(一字・髟+間)」〔享和二年(1802)〕p95(宮武外骨著・明治四十四年刊)   〝成三楼酒盛の著にして、子興(栄松斎長喜)筆の口絵あり、是亦淫猥の蒟蒻本なりしがため、直ちに絶    版の命を受けたり、其一節に「堪忍しておくんなんしと例の殺し目尻でにつこり、此時の顔、うちへ帰    つても、立つても居ても、寝てもさめても、ちら/\見ゆべし、これより咄いたつて低くなり、何か聞    へるやうで、聞こへぬやうなり云々」とあり、其キワドキ細写の一斑と知るべし     〔頭注〕(髟+間の字)    此字を「かむろ」とよむよし、通気多志と冠して「つきだし、ふたりかむろ」といへり、面倒臭き洒落    にてありける〟
    『婦足禿』 成三楼主人作・子興画 (クリックすると画像がでます)     (早稲田大学図書館「古典籍総合データベース」)    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇黄表紙(享和二年刊)    栄松斎長喜画『増補五大力』『初老了簡年代記』    子興画   『金降豊歳貢』『野夫鶯歌曲訛言』    ☆ 享和三年(1803)    ◯『稗史提要』p399(比志島文軒(漣水散人)編・天保年間成稿)   ◇黄表紙(享和三年刊)    作者の部 京伝 楚満人 馬琴 三馬 一九 可候 鬼武 三笑 石上 虚呂利 板本舎邑二 楓亭猶錦         萩庵荻声 徳永素秋 薄川八重成    画工の部 重政 豊国 可候 豊広 長喜 一九 春亭 秀麿 一九門人ゑい女    ◯『噺本大系』巻十四「所収書目解題」(武藤禎夫編・昭和五四刊)   ◇咄本(享和三年刊)    栄松斎長喜画『珍学問』 署名「長喜画」  桜川慈悲成作 大和屋板           『広品夜鑑』署名「長喜画」  美屋一作作 (板元名なし)          〈『噺本大系』巻十五「所収書目解題」『落咄熟志柿』より〉    ◯『黄表紙總覧』後編(棚橋正博著・日本書誌学大系48・昭和六十一年)   ◇黄表紙(享和三年刊)※角書は省略    栄松斎長喜画    『大中黒本種』  署名「長喜画」「虚呂利作」  岩戸屋板    『通俗三呑志』  署名「長喜画」「萩庵荻声述」 岩戸屋板    『加羅操狂言』  署名「長喜画」「栄邑堂邑二作」村田屋板    『職流義仕上押絵』署名「長喜画」「薄川八重成作」西村屋板       ◯『戯場訓蒙図彙』(日本芸術文化振興会「文化デジタルライブラリー」電子図書)   ◇演劇委(享和三年刊)    栄松斎長喜書    〝戯場訓蒙図彙巻八 筆者 応需 栄松斎長喜書              竒劂 晴雲堂茂兵衛刀〟     〈『戯場訓蒙図彙』(勝川春英・勝川豊国画・式亭三馬作)の「筆者」とは筆耕〉    ☆ 文化元年(享和四年・1804)    ◯『稗史提要』p401(比志島文軒(漣水散人)編・天保年間成稿)   ◇黄表紙(文化元年刊)    作者の部 京伝 楚満人 石上 馬琴 一九 東子 赤城山家女 待名斎今也    画工の部 重政 豊国 春亭 豊広 長喜 月麿 北岱    ◯『黄表紙總覧』後編(棚橋正博著・日本書誌学大系48・昭和六十一年)   ◇黄表紙(享和四年刊)※角書は省略。〔 〕は著者未見、或いは他書によるもの、または疑問のあるもの    栄松斎長喜画    『前編猿番場柏餅』   栄松斎長喜画 十返舎一九作 榎本屋板     〈画工・作者名はないが、本書は次書『後編敵討猿番場』の前編〉    『後編敵討猿番場』署名「長喜画」  「十返舎一九作」榎本屋板    『五人切西瓜斬売』署名「長喜画」  「京伝戯作」  蔦屋板    『新曲五大力』  署名「長喜画」  「松亭竹馬校合」山口屋板       ◯『江戸小咄辞典』「所収書目改題」(武藤禎夫編・昭和五二年・一二版)   ◇咄本(享和四年刊)     栄松斎長喜画『口豆飯』桜川慈悲成作 大和屋板    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇黄表紙(享和四年刊)    栄松斎長喜画『猿番場柏餅』『新曲五大力』『五人切西瓜斬売』『叶屋福助出世縁起』    ☆ 文化二年(1805)    ◯『黄表紙總覧』後編(棚橋正博著・日本書誌学大系48・昭和六十一年)   ◇黄表紙(文化二年刊)※角書は省略。〔 〕は著者未見、或いは他書によるもの、または疑問のあるもの    栄松斎長喜画    『叶福助出世縁起』署名「長喜画」 「南杣笑楚満人作」西村屋板    『妙黄粉毇道明寺』署名「長喜画」 「曲亭馬琴作」  蔦屋板     〈絵題簽には「絵師詠松斎長喜」とある由〉    『福助噺』    署名「栄松斎画」         村田屋板    ◯『噺本大系』巻十九「所収書目解題」(武藤禎夫編・昭和五四刊)   ◇咄本(文化二年刊)    栄松斎長喜画『福助噺』署名「栄松斎画」十返舎一九作 村田屋板    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇黄表紙(文化二年刊)    栄松際長喜画『妙黄奈粉毇道明寺』     ◇咄本(文化二年刊)    栄松斎画『落噺叶福助咄』    ◯『戯作者小伝』〔燕石〕②47(岩本活東子編・嘉永二年頃)   (感和亭鬼武作)   〝旧観帖 初三 文化二 二三 同三寅 長喜画 村田板 三編、十返舎と合作〟    ☆ 文化三年(1806)    ◯『戯作者小伝』〔燕石〕②47(岩本活東子編・嘉永二年頃)   (感和亭鬼武作)   〝旧観帖 初三 文化二 二三 同三寅 長喜画 村田板 三編、十返舎と合作〟    ☆ 文化四年(1807)    ◯『山東京伝一代記』〔続燕石〕②422(山東京山著・成立年未詳)   〝善玉悪玉【初二三】合巻にして袋入にて売し、【是合巻の初なるか】又、初編中の巻、吉原妓楼の所を、    三枚続のにしき絵に長喜画がき出板す、是草ぞうしの巻中を大にしきゑの初めなるが、(以下、略)〟    〈「善玉悪玉」は寛政二(1790)年刊の黄表紙『心学早染艸』(京伝作・政美画)であるが、三編を合巻にした袋入本     の「善玉悪玉」がよく分からない。合巻の初めかとあるから文化初年に出版されたもの。長喜はそれから取材して遊     郭吉原の場面を三枚続の錦絵にしたというのであろうか。なお吉原合巻の嚆矢は文化元年(1804)刊『東海道松之白     浪』(春水亭元好作・歌川豊国画・西村永寿堂板)とされる。「日本古典籍総合目録」によると、京伝の合巻は文化     四年(1807)に始まる〉    ◯「合巻年表」(〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇合巻(文化四年刊)※角署は省略        栄松斎長喜画『紙子頭巾嘉久助咄』栄松斎長喜 竹有軒〔目録DB〕    ◯「読本年表」   ◇読本(文化四年刊)※角署は省略    栄松斎長喜画『独揺新語』栄松斎長喜画 熟睡亭主人編〔目録DB〕    ☆ 文化五年(1808)    ◯「読本年表」   ◇読本(文化五年刊)※角署は省略    栄松斎長喜画『復讐古實獨揺新語』榮松齋長喜画 熟睡亭主人編〔江戸読本〕       ☆ 文化七年(1810)    ◯「読本年表」   ◇読本(文化七年刊)※角署は省略    栄松斎長喜画『撃寇竒話勿来関』栄松斎長喜画 感和亭鬼武作〔中本型読本〕    ☆ 文化十二年(1815)    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇往来物(文化十二年刊)     栄松斎書    『童子諸礼躾方往来』一冊 栄松斎書 重田一九編 森屋治兵衛板〔目録DB〕    『女用文通宝字鑑』 一冊 栄松書  森屋治兵衛板〔目録DB〕     ☆ 文化十三年(1816)    ◯「合巻年表」(〔早稲田〕は『早稲田大学所蔵合巻収覧稿』(三十六)「山中勇士伝」補注)   ◇合巻(文化十三年刊)※角書は省略    栄松斎    『熊王昔物語』署名「歌川国信画作/栄松斎書」森屋治兵衛板〔早稲田〕     〈刊年未詳・歌川国信画作・表紙歌川美丸・筆耕栄松斎『山中勇士伝』は本書の改題再版本の由。      栄松斎は晩年筆耕専門になっていたか〉    ☆ 文化十四年(1817)    ◯「合巻年表」(〔早稲田〕は『早稲田大学所蔵合巻集覧稿』)   ◇合巻(文化十四年刊)※角書は省略    栄松斎長喜『長髦姿蛇柳』十丁ウラ「国貞画/山東京伝作/栄松斎書」河内屋源七板〔早稲田〕     〈筆耕として名を連ねる〉    ☆ 文政六年(1823)    ◯「合巻年表」(〔東大〕は『【東京大学/所蔵】草雙紙目録』)   ◇合巻(文政六年刊)※角書は省略    栄松斎長喜(筆耕)    『東模様連理巣籠』(画)勝川春亭 表紙五渡亭国貞(著)礫川南嶺(筆)栄松堂 山口屋藤兵衛板〔東大〕    ☆ 年代未詳      ◯『馬琴書翰集成』年不詳三月二十八日 馬琴宛・栄松斎長喜(第六巻・書翰番号-来52)⑥272   〝(貼紙「長喜【小伝馬町住。放蕩にして後住所不知。栄松斎】」)〟      〝拝見仕候。如命、其後は御物遠奉存候。先以、御安全奉賀候。然者、表紙写本相認候様、奉畏候。早速    相認可申候。出来次第、つたや迄差出し可申候様、奉畏候。筆料壱匁弐分奉願上候。何も御答のミ、早    々申上候。余は尊顔万々可申上候。以上      三月廿八日      〆                                  曲亭君                        長喜拝〟      〈国文学研究資料館の「日本古典籍総合目録」によると、馬琴作・長喜画の作品で一番年代の早いのは、読本『高尾船     字文』の寛政八年(1796)刊である。他は全て黄表紙で寛政十一年、享和元・二年(1801・2)、文化二年(1805)の刊行     である。初代蔦屋重三郎の死は寛政九年五月六日。この書翰にある蔦屋重三郎は初代かどうか未詳〉    ☆ 刊年未詳    ◯「艶本年表」(「国文研・艶本」は「艶本資料データベース」)   ◇艶本(刊年未詳)    栄松斎長喜画『會本意佐鴛鴦具砂』墨摺? 半紙本 一冊〔国文研・艶本〕    ☆ 没後資料    ☆ 弘化元年(天保十五年・1844)    ◯『増補浮世絵類考』(ケンブリッジ本)(斎藤月岑編・天保十五年(1844)序)   (( )は割註・〈 〉は書入れ・〔 〕は見せ消ち)    〝〈月岑補〉栄松斎長喜 〈始子興と云〉    鳥山石燕の門人にや 詳ならず。北斎の画風に似せたり    〈熟睡亭某編 どくようしんご若葉の栄 五冊のさしゑあり〟    〈熟睡亭主人編『独揺新語』は読本で文化四年(1807)の序あり〉    ☆ 嘉永三年(1850)    ◯『古画備考』三十一「浮世絵師伝」中p1406(朝岡興禎編・嘉永三年四月十七日起筆)   〝栄松斎長嘉(ママ) 寛政〟    〈「長嘉」は長喜の誤記とみた〉    ☆ 明治年間(1868~1911)    ◯『古代浮世絵買入必携』p13(酒井松之助編・明治二十六年(1893)刊)   〝栄松斎長喜    本名〔空欄〕   号〔空欄〕   師匠の名〔空欄〕   年代 凡百年前後    女絵髪の結ひ方 第八図(クリックすると画像が出ます)           (国立国会図書館 近代デジタルライブラリー)    絵の種類 並判、中判、小判、浮絵、細絵、長絵等    備考  〔空欄〕〟    ◯『浮世絵師便覧』p211(飯島半十郎(虚心)著・明治二十六年(1893)刊)   〝長喜(キ)    栄松斎と号す、始め子興といひ、鳥山石燕門人、◯享和〟  ☆ 大正年間(1912~1925)      ◯『浮世絵師人名辞書』(桑原羊次郎著・教文館・大正十二年(1923)刊)    (国立国会図書館「近代デジタルライブラリー」所収)   〝長喜 鳥山石燕門、百川氏、栄松斎と号す、始め子興といふ、享和の頃長喜と改む〟    ☆ 昭和年間(1926~1987)    ◯『狂歌人名辞書』p131(狩野快庵編・昭和三年(1828)刊)   〝栄松斎長喜、姓百川氏、初号子興、鳥山石燕門下の浮世絵師、東都浅草に住せり、寛政享和頃の人〟      ◯『浮世絵師伝』p120(井上和雄著・昭和六年(1931)刊)   〝長喜    【生】           【歿】    【画系】石燕門人      【作画期】寛政~文化    百川氏、栄松斎と号す、初め子興といひ、天明後半期中に長喜と改め、其の後寛政九年頃に至りて子興    に復し、享和二年春再び長喜に改めたりき。作品は、宝暦末頃石燕一派の俳書に挿画せしを始めとして、    寛政、享和中には、錦絵美人画及び黄表紙を数多画きたり、就中、寛政六年頃の作と認むベき雲母摺錦    絵の美人画中には、極めて優秀のものあり(口絵第三十九図参照)、画風穏健にして構想凡ならず、亦    以て石燕門下の一異材とするに足るべし。生歿年月は明かならざれども、文化五年正月発行の読み本    『【復讐古実】独搖新語』(熟睡亭編)に挿画せし以後、作品の発表絶無なるよりして、恐らくは文化    五六年頃に他界せしものならむと想像せらる、但し文政元年版『以代美満寿』(五代目団十郎十三囘忌    追善集)に「栄松斎長喜」の号を以て狂歌を一首詠じたり、これ果してこゝに掲ぐる長喜と同一人なら    むには延いて歿年月に影響せざるを得ず、併し乍ら、彼の歿後に其の襲名者(門人は一楽斎長松といふ)    ありしと解釈せば矛盾無きに似たり、姑く記して後考を俟つ〟      ◯『浮世絵年表』(漆山天童著・昭和九年(1934)刊)   ◇「寛政元年(正月二十五日改元)」(1789)p149   〝此年、青本の絶版の命を受けたるもの多く、一は栄松斎長喜画、唐来三和の作『天下一面鏡梅鉢』、    『文武二道万石通』と同じく白河楽翁公の政策を愚弄せしものにて(云々)〟    △『増訂浮世絵』p164(藤懸静也著・雄山閣・昭和二十一年(1946)刊)   〝栄松斎長喜(鳥山石燕門下)    長喜は寛政期に優れた錦絵を作り、また黄表紙にも多くの挿絵を画いた。長喜は役者も遊女も画いてい    るが、役者絵に写楽風な所があり、遊女絵には歌麿の影響が見られる。然し長喜の美人画は長喜その人    の特色が濃厚で、寛政期の版画黄金時代の作者として、優れた版画家の一人である。それの一例として、    青楼美人合の扇屋内華扇を挿図とした。構図もよく配色も優れてゐる。その相貌から見ても、必ずしも    歌麿を摸倣するものでなく、長喜の特色をあらはしてゐることが知れる。(具体例として二点挙げる、    中略)長喜は実に版画黄金時代の名家と肩を比ぶべきものである。    これまで世に伝へられた説によると、長喜は初め子興と称し、長喜と改名して名声を博し、後また子興    の名にもどつたといはれてゐる。然るに子興と称する絵は長喜の作に比すると、可なり見劣りのするも    のである。従来の説が、果して正しいであらうか。猶ほ研究の余地があるであらうと思はれる。没年年    齢等の明にされてないのは遺憾である〟    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   (長喜名の作品)    作品数 … 39(「作品数」は必ずしも「分類」や「成立年」の点数合計と一致するとは限りません)    画号他 … 長喜・栄松斎・栄松斎長喜    分 野 … 黄表紙22・咄本7・洒落本4・読本3・合巻2・伝記1    成立年 … 寛政1~2・5~8年(12点)享和1~3年(14点)文化1~2・4・6年(10点)   (子興名の作品)    作品数 … 22    画号他 … 子興・百川・百川子興    分 野 … 黄表紙17・洒落本3・咄本1・花道1    成立年 … 寛政7・10~13年(13点)享和1~2年(9点)    〈『黄表紙總覧』は寛政七年刊の『寿鼠之娵入』の署名を「長喜画」とする。子興を名乗るのは寛政十年(1798)刊~享     和二年(1802)刊の間か〉    
  
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