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☆ ちはる たかしま 高島 千春浮世絵師名一覧
〔安永6年(1777)~ 安政6年(1859)11月12日・80歳(一説81歳)〕
 ☆ 文化十年(1813)     ◯『平安人物志』〔人名録〕①48(弄翰子編・文化十年十月刊)   〝画 高嶋千春【字鼎湖、錦小路高倉西】高嶋寿一郎〟    ☆ 文化十三年(1816)     ◯「絵本年表」(〔漆山年表〕は『日本木版挿絵本年代順目録』)   ◇絵本(文化十三年刊)    高島千春画    『松屋棟梁集』一冊 高島千春縮写 文晁うつす 高田与清著 岸本由豆流序〔漆山年表〕    『擁書漫筆』 四冊 高島千春写 高田与清撰〔漆山年表〕    ◯『松屋棟梁集』〔大成Ⅰ〕③160(高田与清著・文化十三年序・跋)   〝一遍聖画詞、五の巻に載たる。武蔵国石濱の橋の図。石濱は今の浅草橋場のわたり也    高島千春縮写〟    〈高田与清の随筆に挿絵を担当したのは他に谷文晁〉    ◯『滝沢家訪問往来人名録』 上p60(曲亭馬琴記・文化十三年十月二十四日)   〝京都不知仁也 子(文化十三年)十月廿四日来不逢 高島千春    〈高島千春の江戸移住はこの年・文化十三年の四月。半年ほどして馬琴を訪ねたのであるが、会えなかった。馬琴は、     確かな紹介者がいれば別だが、原則として未知の人には会おうとしなかった〉    ☆ 文化十四年(1817)     ◯「絵本年表」(〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇絵本(文化十四年刊)    高島千春画『太秦牛祭画巻』一冊 高島千春縮図 岸物由豆流校〔目録DB〕    ◯『擁書漫筆』〔大成Ⅰ〕(高田与清著・文化十四年刊)   ◇(挿絵。〝高嶋千春〟または〝千春写〟の署名で模写)⑫334~427   「やすらい花画巻 草合の図・かせ杖并蒲扇の図」「大和国薬師寺図」「十一月画巻 水祝の図」「石山    縁起画巻 旅の御かり屋の図」「長谷川等忠画屏風 稲機の図」「太秦牛祭画巻 風流の図」「一遍聖    絵 白川関の図」「因幡堂薬師縁起画詞 薬師堂の図」「橘寺古灯炉・元興寺延元元年灯炉・泉湧寺雪    見形灯炉」「伴大納言画巻 枴杖の図」「京雙丘法金剛院所蔵、融通念仏縁起画巻 鹿杖の図」「文永    賀茂祭画巻 枴杖及花籠の図・空也上人の鹿杖」「千住酒戦の図」    〈「千住酒戦の図」は文化十二年十月廿一日、千住の中屋六右衛門宅で行われた酒の飲み比べの様子を描いたもの。高     島千春の江戸下りは文化十三年の四月であるから(次項参照)、この酒戦に立ち会っていないと思われる。これも模     写か。なお、この酒戦に来賓として招かれたのは酒井抱一、谷文晁、亀田鵬斎の「下谷の三幅対」と呼ばれる面々。     「下谷の三幅対」はインターネット上の「江戸民間書画美術館」「谷文晁」の解説によった〉      ◇〔十三〕⑫450   〝高嶋寿一郎源千春は、字を寿王、号を水竹、また得天斎といふ。難波人也、京都にあそびて、画を土佐    家の門にまなび、よく道の考証をきはむ。てづからみづからふるき画巻を模写して、もゝぢあまりを秘    もたり。また公事故実などの事どもにいたりては、学者のまどへるふし/\をさへ、つばらになんかう    がへ得たる。ことし文化十三年卯月ばかり、東都にくだりて、まじはりをそこらのきこゑ人にむすぶ。    それが旅の歌の中に      むら烏朝たつ声ぞきこゆなる伏見の里のかすみがくれに〟    ☆ 文政四年(1821)     ◯「絵本年表」(漆山又四郎著『日本木版挿絵本年代順目録』)   ◇絵本(文政四年刊)    高島千春画    『東風流六々歌仙人銘録』狂歌 一冊 画工水竹亭千春 森羅亭卍象校〔漆山年表〕    『新曲撰狂歌集』狂歌 初編 千春 北渓 英山 山川白酒画 春青斎画 素羅園写 勢砂筆                  狂蝶子文丸画 清澄画 六樹園序〔漆山年表〕    ☆ 文政五年(1822)      ◯「絵本年表」(漆山又四郎著『日本木版挿絵本年代順目録』〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇絵本(文政五年刊)    高島千春画    『以津にき』二冊 一昌図 千春 相陽柯江 海渕堂 富秋園海若子編〔漆山年表〕    『古図類従』一冊 高島千春撰並図 成島司直 源弘賢跋〔漆山年表〕     ◯『平安人物志』〔人名録〕①71(弄翰子編・文政五年七月刊)   〝画 源千春【号鼎湖、遊江都】高島寿一郎〟      ☆ 文政十一年(1828)      ◯「絵本年表」(〔漆山年表〕は『日本木版挿絵本年代順目録』)   ◇絵本(文政十一年刊)    高島千春画    『俳諧歌三友会』  一帖 千春画 桂居音亭 桂居蔵板〔漆山年表〕    『よものはる』狂歌 一帖 融斎千春筆〔漆山年表〕    『舞楽図』一冊 文政六年癸未十一月 融斎源千春画 出雲寺当五郎〔漆山年表〕     ◯「絵入狂歌本年表」(〔狂歌書目〕は『狂歌書目集成』)   ◇狂歌(文政十一年刊)    高島千春画    『俳諧歌三友会』一帖 千春画 俳諧歌馬撰 桂居音高〔狂歌書目〕    『四方廼巴流』 一帖 千春画 四方歌垣千 四方側 〔狂歌書目〕     ☆ 文政十三年(天保元年(1830))    ◯『平安人物志』〔人名録〕①126(弄翰子編・文政十三年十月刊)   〝画 源千春【号鼎湖、今在江都】高嶋寿一郎〟     ☆ 天保初年(1830~)    ◯『江戸現存名家一覧』〔人名録〕「有職画」②309(天保初年刊)   〝高嶋千春 大塚一郎〟    ☆ 天保七年(1836)      ◯『【江戸現在】公益諸家人名録』初編「補遺」〔人名録〕②53(天保七年刊)   〝画有職 融斎【名先春、一号鼎湖】駿河台鈴木町 高島寿一郎〟    ☆ 天保十年(1839)     △『声曲類纂』〔岩波文庫本〕(斎藤月岑著・天保十年成立・弘化四年刊)   ◇「巻之一」p38   〝巻中の図画長谷川雪堤先生の筆多く又高島千秋千載二子の縮図あり。古板本を模するもの、編者の自    筆にして、尤拙し。玉石混すへからす。画上の落款をもて分つへし〟    〈「高島千秋千載二子」とは高島千春ゆかりの者であろうが、未詳〉       ◇挿画 p60   〝寛永正保の頃の古画六枚屏風の内縮図     模本高島千春先生蔵 (「一節切の笛吹さま」等の図、「若衆歌舞伎」の図あり。落款に「雪堤」「雪堤画印」とあり)〟    ☆ 天保十一年(1840)    ◯「絵本年表」(〔漆山年表〕は『日本木版挿絵本年代順目録』〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇絵本(天保十一年刊)    高島千春画    『三養雑記』四冊 高島千春画 男千秋模 山崎美成著 青雲堂板〔漆山年表〕    『求古図譜』一冊 高島千春画〔漆山年表〕    『旧古図式』一冊 高島千春 〔目録DB〕    『錦譜』  一冊 高島千春 〔目録DB〕       ☆ 天保年間(1830~1843)     ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇絵本(天保年間刊)    高島千春画    『軍用証』七冊 高島千春 麻生知明図 伊勢貞丈著 千賀閣蔵板〔目録DB〕        (宝暦十一年 伊勢原蔵貞丈序)    ☆ 嘉永四年(1851)    ◯『きゝのまに/\』〔未刊随筆〕⑥166(喜多村信節記・天明元年~嘉永六年記事)   (嘉永四年(1851)二月頃)   〝谷中浄るり坂水野土佐守殿蔵板、丹鶴叢書の内、高島千春所蔵の蒙古襲来の絵巻物、千春に縮図を求    め新刻成る、やがて献備有り〟     ☆ 安政四年(1857)    ◯『【安巳新撰】文苑人名録』「チ部」〔人名録〕③207(松靄道人編・安政四年刊)   〝画 江戸 本所 高島千春〟     ☆ 安政五年(1858)     ◯「絵本年表」(〔漆山年表〕は『日本木版挿絵本年代順目録』〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇絵本(安政五年刊)    高島千春画    『浅草名所一覧』初編 一勇斎国芳 一梅斎芳晴 芳綱画 広重 素真 笠亭仙果画               菁々其一 十一才てい女 窻鵞 風翔写 千春 遅日庵不老撰〔漆山年表〕    ☆ 安政六年(1859)    ◯『増訂武江年表』2p175(斎藤月岑著・明治十一年稿成る)   (安政六年・1859)   〝五月二十三日、画人高島千春(称寿一郎)今年八十齢、薙髪して柳橋拍戸に於いて賀筵を開く〟    〈「拍戸」は料亭〉    ☆ 刊年未詳    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇絵画(刊年未詳)    高島千春画『摺物画本』一冊 千春 (山形)素真画〔目録DB〕    ☆ 没後資料    ☆ 安政七年(万延元年・1860)    ◯『安政文雅人名録』「付録」〔人名録〕②181(細谷義兵衛編・安政七年)   〝画 千春【安政六未十一月十一日、寿八十、葬下谷雄念寺地中延寿寺】深川山本丁 高島千春〟      ◯『増訂武江年表』2p179(斎藤月岑著・明治十一年稿成る)       (万延元年・1860)   〝三月(ママ)、画人高島千春卒す(八十一歳、薙髪して融斎鼎湖)〟    ☆ 明治十三年(1880)  ◯ 観古美術会(第一回)〔4月1日~5月30日 上野公園〕   『観古美術会出品目録』第1-9号 竜池会編 有隣堂 明治14年刊(国立国会図書館デジタルコレクション)   ◇第九号(明治十三年五月序)   〝高島千春 舞扇 鳥ノ図 千春筆 一本(出品者)四方梅彦〟    ☆ 明治十五年(1882)  ◯ 内国絵画共進会(第一回)〔10月1日~11月20日 上野公園〕   『内国絵画共進会 古画出品目録』農商務省版・明治十五年(1882)刊(国立国会図書館デジタルコレクション)   〝高島千春筆 中明月左右小督仲国図 三幅対(出品者)安部信順〟     ☆ 明治十七年(1884)  ◯『扶桑画人伝』巻之四 古筆了仲編 阪昌員・明治十七年八月刊   (国立国会図書館デジタルコレクション)   〝千春    高嶋氏、名ハ千春、大坂ニ住シ、後チ東都ニ来ル。土佐家ノ画風ヲ慕ヒテ、能ク其ノ風ヲ得タリ。安政    六年十一月十二日没ス、八十三歳。明治十六年迄二十八年〟  ☆ 明治二十五年(1892)    ◯『野辺夕露』(坂田篁蔭諸遠著・明治二十五年(1892)成立・国立国会図書館デジタルコレクション所収)   〝高嶋千春墓    下谷唯念寺中願寿寺に在り、万延元年三月十一日死、行年八一、名は千春、号は鼎湖、安政六年十一月    廿三日寿八十歳剃髪、融斎と号(す)、先是称を寿一郎といへり、土佐の画風を善くす、八旬の賀莚は柳    橋拍戸に於て開く、都下の文人墨客群集、其他交友知己陸続会同、頗盛会なりしと云、之を以て其業の    隆盛なりしを押て知るべし〟    ◯『日本美術画家人名詳伝』上p233(樋口文山編・赤志忠雅堂・明治二十五年(1892)刊)   〝高島千春    土佐流ノ画人ナリ、初メ大坂ニ住ジ後チ東都ニ来リ、土佐守ノ画風ヲ慕ヒテ能ク其風ヲ得タリ、安政六    年十一月十二日歿ス、年八十三(人名辞書)〟    ☆ 明治二十七年(1894)  ◯『名人忌辰録』上巻p32(関根只誠著・明治二十七年(1894)刊)   〝高嶋千春    画有職に精し。号融斎、又鼎湖、称寿一郎。安政六未年十一月十一日歿す、歳八十。浅草雄念寺地中願    寿寺に葬る〟     ☆ 昭和以降(1926~)    ◯『浮世絵年表』(漆山天童著・昭和九年(1934)刊)   ◇「文政四年 辛巳」(1821)p196   〝此年、北渓・英山・沖一峨・岳亭・千春等の画ける『新曲撰狂歌集』出版〟     ◇「文政六年 癸未」(1823)p198   〝十一月十二日、高島千春歿す。行年八十三歳〟    〈安政六年の誤記であろう〉    △『東京掃苔録』(藤浪和子著・昭和十五年刊)   「下谷区」願寿寺(南稲荷町一二五)真宗高田派   〝高島千春(画家)名寿一郎、融斎と号す。土佐派の画を能くし、有職故実に精通せり。安政六年十一月    十二日歿。年八十。光邦院千春融居士〟    <インターネット「平安人物志関連短冊人物インデックス」は、安政六年十一月十二日没、年八十三とする>    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   〔高島千春画版本〕    作品数:11点    画号他:千春・高島千春    分 類:狂歌3・染織2・文房具2・雅楽1・和歌1・祭祀1    成立年:文化14年    (1点)        文政4~6・11年(6点)        天保11年    (3点)        嘉永7年     (1点)
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