Top浮世絵文献資料館浮世絵師総覧
 
☆ せってい はせがわ 長谷川 雪堤浮世絵師名一覧
〔文化10年(1813)~ 明治15年(1882)3月15日・70歳〕
   ☆ 天保元年(文政十三年・1830)    ◯「絵本年表」〔漆山年表〕は『日本木版挿絵本年代順目録』)   ◇絵本天保元年刊)    長谷川雪旦画『書画帖』一帖 文晁・文一・法橋雪旦・杏斎雪堤・雲峰・為一・其一・武清・蹄斎・                  崋山等画 大窪詩仏序〔漆山年表〕    ☆ 天保初年(1830~)    ◯『江戸現存名家一覧』〔人名録〕②308(天保初年刊)     〈当時現存の「画家」として名があがる〉    ☆ 天保二年(1831)    ◯「日本古典籍総合目録」国文学研究資料館)   ◇地誌天保二年刊)    長谷川雪堤画『日光山一覧』三冊 長谷川雪堤画〔目録DB〕    ☆ 天保四年(1833)    ◯「絵本年表」〔漆山年表〕は『日本木版挿絵本年代順目録』)   ◇絵本天保四年刊)    長谷川雪堤画『綿圃要務』二冊 雪堤 暁鐘成写 大蔵永常著 小林新兵衛板〔漆山年表〕    ☆ 天保七年(1836)    ◯「絵本年表」〔漆山年表〕は『日本木版挿絵本年代順目録』)   ◇絵本天保七年刊)    長谷川雪堤画『東都名家苑』一冊 文晁・法橋雪旦・雪堤〔漆山年表〕     ◯『【江戸現在】広益諸家人名録』初編「ハ部」〔人名録〕②35(天保七年刊)   〝画 雪堤【名宗一、字松斎、雪旦男】同居(下谷三枚橋)長谷川雪堤〟    ☆ 天保九年(1838)    ◯「絵本年表」〔漆山年表〕は『日本木版挿絵本年代順目録』)   ◇絵本天保九年刊)    長谷川雪旦画    『東都歳事記』四巻 東都長谷川雪旦図画 男松斎雪堤補画 斎藤月岑編 千鍾房・青藜閣合板〔漆山年表〕    ☆ 天保十年(1839)    ◯「日本古典籍総合目録」国文学研究資料館)   ◇地誌天保十年刊)    長谷川雪堤画『相中留恩記略』二十三巻 長谷川宗一画 福原高峰撰 天保十年成立〔目録DB〕      △『声曲類纂』〔岩波文庫本〕(斎藤月岑著・天保十年成立・弘化四年刊)   ◇「巻之一」p38   〝巻中の図画長谷川雪堤先生の筆多く又高島千秋千載二子の縮図あり。古板本を模するもの、編者の自    筆にして、尤拙し。玉石混すへからす。画上の落款をもて分つへし〟    〈「高島千秋千載二子」とは高島千春ゆかりの者であろうが未詳〉       ◇挿画 p60   〝寛永正保の頃の古画六枚屏風の内縮図     模本高島千春先生蔵 (「一節切の笛吹さま」等の図、「若衆歌舞伎」の図あり。落款に「雪堤」「雪堤画印」とあり)〟     ◇「正保慶安の古画京師芝居の図」p83   (「松斎雪堤模」の落款)     △『声曲類纂』の奥付 p358   〝画図 同〈注、東都〉下谷/長谷川雪堤宗一〟    ☆ 天保十一年(1840)    ◯「絵本年表」〔漆山年表〕は『日本木版挿絵本年代順目録』)   ◇絵本天保十一年刊)    長谷川雪堤画『佐賀八景』長谷川雪旦 同雪堤画 田喜庵護物編〔漆山年表〕        ☆ 弘化二年(1845)     ◯「絵本年表」〔漆山年表〕は『日本木版挿絵本年代順目録』)   ◇絵本弘化二年刊)    長谷川雪堤画『調布玉川絵図』一軸 巌松斎長谷川雪堤画 相沢伴主著〔漆山年表〕    ☆ 弘化四年(1847)    ◯「絵本年表」〔漆山年表〕は『日本木版挿絵本年代順目録』)   ◇絵本弘化四年刊)    長谷川雪堤画『声曲類簒』六冊 画図東都下谷長谷川雪堤宗一 斎藤月岑著〔漆山年表〕    ☆ 嘉永四年(1851~)    ◯『古画備考』三十上「近世二」中p1279(朝岡興禎編・嘉永四年四月二日起筆)   〝長谷川雪堤 名宗一、字松斎、雪旦男〟    ☆ 安政元年(嘉永七年・1854)    ◯「絵本年表」〔漆山年表〕は『日本木版挿絵本年代順目録』)   ◇絵本安政元年刊)    長谷川雪堤画『成田名所図会』五冊 長谷川雪堤真写 他画〔漆山年表〕    ☆ 安政二年(1855)?    ◯『睡余操瓢』〔新燕石〕⑦附録「随筆雑記の写本叢書(七)」p8(斎藤月岑書留・明治三年頃記)   〝嘉永卯(ママ)十二月長谷川雪堤子にて見る、かの家仏事の時浅草海苔を贈られし上は包に     なき人のあとゝふけふの円居には御のりにまさるものやなからむ 真鳥上〟    〈「嘉永卯」は存在しない。「卯」が安政卯であれば同二(1855)年。父雪旦は天保十四年(1843)の没。「仏事の時」と     あるのは十三回忌に相当しようか。「真鳥上」は未詳〉      ☆ 安政五年(1858)     ◯「日本古典籍総合目録」国文学研究資料館)   ◇地誌安政五年刊)    長谷川雪堤画『成田名所図会』五巻 長谷川雪堤画 中路定俊著 嘉永七序 安政五刊〔目録DB〕    ☆ 安政六年(1859)    ◯「絵本年表」〔漆山年表〕は『日本木版挿絵本年代順目録』〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇絵本安政六年刊)    蘭泉画    『本化高祖累歳録』五冊 法眼雪旦 堤等舟筆 蘭泉画 鄰松画 山本春重画 長谷川雪堤                北尾政演 東牛斎蘭香行年七十歳画 長谷川雪瑛 春英画 法橋関月                寛政甲寅原版歟 深見要言輯 広岡屋幸助求版〔漆山年表〕    〈寛政甲寅は寛政六年。〔目録DB〕は寛政五年刊とする。但し画工名はなし〉      ◯『書画薈粋』二篇〔人名録〕④541(畑銀雞編・安政六年三月刊)   〝画家【名雪堤、字宗一、号松斎、下谷和泉橋通三枚橋、長谷川雪堤】    江戸ノ人、雪旦翁ノ男ナリ、幼キトキヨリ画才人ニ秀デ、或長ズルニ随ヒ能ク翁ノ画法ヲエトクシ、是    ヲ画クニ気韻アフルヽガ如ク、衆人ミナ奇ト称シテ感歎スル〟    ☆ 安政七年(万延元年(1860))    ◯『安政文雅人名録』「世之部」〔人名録〕②180(細谷義兵衛編・安政七年刊)   〝画 雪堤【名宗一】下谷三枚橋 長谷川雪堤    ☆ 文久元年(1861)    ◯『【江戸現在】広益諸家人名録』三編「セ部」〔人名録〕②123(文久元年刊)   〝画 雪堤【名宗一】下谷三枚橋 長谷川雪堤〟    ☆ 文久三年(1863)     ◯『文久文雅人名録』「世之部」〔人名録〕②242(細谷義兵衛編・文久三年刊)    〝画 雪堤【名宗一】下谷三枚橋 長谷川雪堤〟    ☆ 慶応三年(1867)    ◯「日本古典籍総合目録」国文学研究資料館)   ◇伝記慶応三年刊)    長谷川雪堤画『日蓮大士真実伝』五冊 厳松斎宗一画 小川泰堂編述 日蓮宗大教院板〔目録DB〕    〈巌松斎宗一は雪堤の別称〉    ☆ 明治元年(慶応四年・1868)    ◯「絵本年表」〔漆山年表〕は『日本木版挿絵本年代順目録』〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇絵本明治元年刊)    長谷川雪堤画『日蓮大士真実伝』五冊 画師長谷川雪堤巌松斎宗一 小川泰堂編〔漆山年表〕    〈初版は慶応三年刊〉    ☆ 明治三年(1870)    ◯「絵本年表」〔漆山年表〕は『日本木版挿絵本年代順目録』〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇絵本明治三年刊)    長谷川雪堤(宗一)画    『武家童観抄』四冊 雪堤・長谷川宗一画 市川清流著 従五所好斎蔵板〔漆山年表〕  ☆ 明治九年(1876)  ◯『米国博覧会報告書』第2巻「日本出品目録」米国博覧会事務局 明治9年刊   (国立国会図書館デジタルコレクション)   (フィラデルフィア万国博覧会 明治9年(1876)5月10日~11月10日)   〝出品職工人名表     事務局採集之部     画類 東京 長谷川雪堤    〝日本出品区分目録     水色自画 鷺鶩ノ図 出品主 東京 長谷川雪堤〟  ※ 明治の博覧会や展覧会における全体の出展状況は本HP浮世絵事典の「博覧会」か「展覧会」の項にあります  ☆ 明治十年(1877)  ◯ 内国勧業博覧会(明治10年(1877)8月21日~11月30日・於上野公園)     ◇『明治十年内国勧業博覧会出品解説』 山本五郎纂輯)    〝第三区 美術 第二類 書画      彩色 旧東叡山 絹額 百品 三百円 文政年間 下谷御徒町三丁目 長谷川雪隄〈出品人は本人〉                                     (師)父雪旦、雪舟   ◇『内国勧業博覧会委員報告書』p267 内務省勧商局 明治12年5月刊    (国立国会図書館デジタルコレクション)    〝出品々評     東京府 長谷川雪堤ノ上野ノ細図(中略)観ルベシ〟  ☆ 明治十四年(1881)  ◯ 第二回 内国勧業博覧会(三月開催・於上野公園)   (『内国勧業博覧会美術出品目録』より)    長谷川雪堤     長谷川雪堤 下谷御徒町三丁目      二枚小折屏風 絹 風蓮ニ鷺 絹 奈須与市射扇ノ図      掛物 左 松山中群鶴 右 旭日群鶴ノ図  ◯『皇国名誉人名富録』番付 東京 竹村貞治郎編・山屋清三郎出版 明治十四年四月届   (東京文化財研究所「明治大正期書画家番付データベース」)    ※欄外に「席順前後御用捨希上候」とあり   〝画 大家一覧 名筆 尾形月耕 弥左ヱ門丁〟     (他に松本楓湖・尾形月耕・鮮斎永濯・長谷川雪堤・惺々暁斎)    ☆ 没後資料  ☆ 明治十七年(1884)    ◯『石亭雅談』〔続大成〕⑨206(竹本石亭著・明治十七年(1884)七月刊)   (長谷川雪旦の項)   〝雪堤亦画を能す。為人実篤温柔能父に似たりと云。東都歳事記又雪旦の図する所也。男雪堤多くこれを    補画すと云〟    ◯『扶桑画人伝』巻之二 古筆了仲編 阪昌員・明治十七年八月刊   (国立国会図書館デジタルコレクション)   〝 雪堤    長谷川氏、名ハ宗一、雪旦ノ男。梅紅又ハ松斎雪堤ト称ス。父ニ学ンデ同ク長谷川雲谷風ヲ能クス。筆    力父ニ劣ラズ。明治十五年三月十五日没ス〟  ☆ 明治二十五年(1892)    ◯『日本美術画家人名詳伝』上p32(樋口文山編・赤志忠雅堂・明治二十五年(1892)刊)   〝長谷川雪堤    雪旦ノ子、名ハ宗一、雪堤ハ其号又梅紅斎ノ号アリ、父ニ学テ同ク長谷川雲谷風ノ画ヲ能クス、筆力父    ニ劣ラズ、明治十五年三月十五日没ス〟  ☆ 明治二十七年(1894)    ◯『名人忌辰録』上巻p10(関根只誠著・明治二十七年(1894)刊)   〝長谷川雪堤    名宗一、字松斎、雪旦男、明治十五年六月十五日歿す、歳六十四。浅草幸龍寺に葬る〟  ☆ 昭和以降(1826~)    ◯『狂歌人名辞書』p112(狩野快庵編・昭和三年(1828)刊)   〝長谷川雪堤、名は宗一、雪旦の男、父に学びて雲谷派の画を善くす、明治十五年三月十五日歿す、年六    十四〟    ◯『浮世絵師伝』p113(井上和雄著・昭和六年(1931)刊)   〝雪堤    【生】文化十年(1813)   【歿】明治十五年三月十五日-七十    【画系】雪旦の男      【作画期】    長谷川を称す、後藤氏、名は宗一、雪汀・松斎・巌松斎・梅紅等の号あり、画を父に学びて名所絵をよ    くせり、下谷三枚橋の旧居に住し、後ち御徒士町に移りしとも云ふ。墓所、浅草幸龍寺、一説に文政二    年生、明治十五年六月一日歿、六十四歳とせり〟    ◯『浮世絵年表』(漆山天童著・昭和九年(1934)刊)   ◇「弘化二年 乙巳」(1845) p224   〝三月、長谷川雪堤の画ける『調布玉川絵図』一軸出版〟     ◇「安政元年(十二月五日改元)甲寅」(1854) p233   〝五月、長谷川雪堤、喜多武一、山崎武陵、板橋貫雄等の挿画に成る『成田山名所図会』出版〟    △『東京掃苔録』(藤浪和子著・昭和十五年序)   「世田谷区」幸龍寺(烏山町二二六七)日蓮宗(旧浅草新谷町)   〝長谷川雪堤(画家)雪旦の男、名宗一、梅紅、松斎の号あり。父に学びて筆力また劣らずと称せらる。    明治十五年三月十五日歿、年六十四。巌松斎梅紅雪堤居士〟    〈『原色浮世絵大百科事典』第二巻「浮世絵師」は享年を七十歳とする。また一説として文政二年生れありとする〉    ◯「幕末明治の浮世絵師伝」『幕末明治の浮世絵師集成』p89(樋口弘著・昭和37年改訂増補版)   〝雪堤(せつてい)    長谷川を称す。後藤氏、名は宗一、雪汀、松斎、巌松斎、梅紅の号があつた。長谷川雪旦の長男、父に    学び、名所絵をよくした。文化十年生れ、明治十五年、七十才で歿した〟    ◯「日本古典籍総合目録」国文学研究資料館)   〔長谷川雪堤画版本〕    作品数:12点(「作品数」は必ずしも「分類」や「成立年」の点数合計と一致するとは限りません)    画号他:巌松斎・松斎・宗一・松斎雪堤・長谷川宗一・長谷川雪堤    分 類:地誌(名所図会)5・絵画3・音楽1・演劇1・地図1・風俗(歳時記)1・伝記1    成立年:天保2・9~11年(5点)        弘化2序・4年  (2点)        嘉永7序     (1点)        安政5年     (1点)        慶応3年     (1点)      〈松斎雪堤の画号は、天保九年(1838)刊行の斉藤月岑編『東都歳時記』において使われた。『東都歳時記』の挿画は、     父の長谷川雪旦であるが、雪堤は父に従って手伝ったのである〉