〈作画期間の異なる田中益信が混在しているので整理してみる〉
A 田中益信
☆ 享保~元文年間
◯『草双紙事典』
田中益信筆『武者鏡』
△『稗史億説年代記』(式亭三馬作・享和二年(1802))〔「日本名著全集」『黄表紙二十五種』所収〕
〝青本 白紙又は赤紙の画外題に、黄表紙をかけたる本をはじめて製す。是を青本といふ
同 絵師の名を草紙の終りへばかり出さずして、上中下の分ちなく、ゆきなりに名を誌す
画工 鳥居清秀、清重、富川吟雪、富川房信、田中益信、江戸絵と号して諸国のはやる〟
〈『式亭雑記』に「富川房信改め吟雪」とあり〉
同 奥(ママ)村重長、石川豊信の絵はやる。田中益信は草双紙の画作を著す
〈西村重長の誤記であろう〉
作者 文字、通幸、和祥、丈阿、専ら双紙を作る。終に作者の名を出す事は此和祥より始まる〟
〝中古まで自画作をする人名
田中益信
恋川春町〟
〈恋川春町と同時代の田中益信と富川吟雪や西村重長らと同時代の田中益信は同人であろうか〉
◯『古画備考』三十一「浮世絵師伝」(朝岡興禎編・嘉永三年四月十七日起筆)
◇中p1383
〝田中益信 享保之末、元文ノ始、浮世絵板行初り〟
◇中p1406
〝田中益信 寛政 案、享保末元文始、有此名、可合考〟
〈享保の末、元文の始めの田中益信と寛政の益信と同人であろうか。『古画備考』は『武江年表』に拠るところが多い
ので、「寛政年間記事」にある田中益信の名を考慮したものと思われる〉
◯『浮世絵師人名辞書』(桑原羊次郎著・教文館・大正十二年(1923)刊)
(国立国会図書館・近代デジタルライブラリー)
〝益信 田中氏、善辰斎と号す、辰字一に居に作る、自画作の草紙あり、五代柏莚の似顔を画く、享和頃〟
◯「日本小説作家人名辞書」p783(山崎麓編『日本小説書目年表』所収、昭和四年(1929)刊)
〝田中益信
江戸の浮世絵家、三晴堂、又善居斎と号す。五世市川団十郎の似顔に巧であつた。享保元文頃の人、
画風は鳥居派に近い。「文七」(刊年不明)「むしや」(刊年不明)等の黒本の作者〟
◯『浮世絵師伝』p191(井上和雄著・昭和六年(1931)刊)
〝益信
【生】 【歿】 【画系】 【作画期】寛保~延享
田中氏、三晴堂と号す、筆彩浮絵あり、画風奥村派に近し〟
△『増訂浮世絵』p94(藤懸静也著・雄山閣・昭和二十一年(1946)刊)
〝田中益信
この人は筆彩の時代から、紅摺絵時代の初めに、作画した人である。浮絵の法によつて画いた例がある。
市村座信きやうげんの芝居の内部を写したものに、大和画工三晴堂田中益信筆とある。通油町のいづみ
や三右衛門の版で、筆彩色である。また他に浮絵の法によつたもので、三味線、双六、碁などで遊んで
居る様を画いたものもある。なほ田中益信の作には、紅摺絵があつて、それには年号の明かな珍物もあ
る。即ち菊慈童を写して大小の暦で、春ながら菊のかほりやいろどうじとあつて延享三丙寅とある。延
享三年といへば、紅摺絵が発売されるやうになつてから、幾何もない時代のものである。これを以てみ
ても、益信の年代は可なり古く、延享前後といふより寧ろそれより以前から作画して居るとみるべきで
ある。然るになほ他に益信といふのがあつて、春信とよく似た版画を作つて居る。この益信といふ同名
の二人は、同一人であらうか、延享から明和年間まで、二十年も時を隔てるから、多分同名異人であら
う〟
◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)
作品数:3点
画号他:田中益信
分 類:黒本1 黒本青本2
成立年:3点記載なし
B 田中益信
☆ 明和頃
◯『古代浮世絵買入必携』p9(酒井松之助編・明治二十六年(1893)刊)
〝田中益信
本名〔空欄〕 号〔空欄〕 師匠の名〔空欄〕 年代 凡百二三十年前
女絵髪の結ひ方 第五図 (国立国会図書館 近代デジタルライブラリー)
絵の種類 長絵多し
備考 〔空欄〕〟
〈髪型からすると、明和の頃の作品のようである〉
◯『浮世絵師伝』p191(井上和雄著・昭和六年(1931)刊)
〝益信
【生】 【歿】 【画系】 【作画期】明和
春信風の錦絵美人画あり、或は田中益信と同一人ならむといふ説あれど如何〟
☆ 寛政~享和年間
◯『増訂武江年表』2p18(斎藤月岑著・嘉永元年脱稿・同三年刊)
(「寛政年間記事」)
〝浮世絵師 鳥文斎栄之、勝川春好、同春英(九徳斎)、東洲斎写楽、喜多川歌麿、北尾重政、同政演
(京伝)、同政美(蕙斎)、窪俊満(尚左堂と号す、狂歌師なり)葛飾北斎(狂歌の摺物読本等多く画
きて行はる)、歌舞伎堂艶鏡、栄松斎長喜、蘭徳斎春童、田中益信、古川三蝶、堤等琳、金長〟
〈寛政年間記事にある田中益信は黒本時代、享保末から元文時代の田中益信と果たして同人であろうか〉
◯『古画備考』三十一「浮世絵師伝」(朝岡興禎編・嘉永三年四月十七日起筆)
◇中p1406
〝田中益信 寛政 案、享保末元文始、有此名、可合考〟
〈享保の末、元文の始めの田中益信と寛政の益信と同人であろうか。『古画備考』は『武江年表』に拠るところが多い
ので、「寛政年間記事」にある田中益信の名を考慮したものと思われる〉
◯『近古浮世絵師小伝便覧』(谷口正太郎著・明治二十二年(1889)刊)
(名前のみ、記事なし)
〝東都
春川秀蝶・田中益信・泉守一・山本義信・古川三蝶・歌舞妓堂・【別人】勝川春章・勝川春常
勝川春山・勝川春扇・葛飾一扇・如蓮北昆・卍亭北鵞
東都
歌川国長・歌川国政・歌川国久・歌川国安・歌川国直・歌川秀丸・歌川月丸・北川菊丸、北川美丸
細田栄理・細田栄昌・細田栄亀〟
◯『浮世絵師便覧』p225(飯島半十郎(虚心)著・明治二十六年(1893)刊)
〝益信(マスノブ) 田中氏、善居斎と号す、自画作の双紙あり、五代柏筵の似顔を画く、◯享和〟
◯『浮世絵備考』(梅本塵山編 東陽堂 明治三十一年(1898)六月刊)
(国立国会図書館デジタルコレクション)(39/103コマ)
〝田中益信【天明元年~八年 1781-1788】
善居斎と号す、自画作の草双紙あり、また市川白猿の似顔絵を画けりと云ふ〟
△『増訂浮世絵』p112(藤懸静也著・雄山閣・昭和二十一年(1946)刊)
〝田中益信
漆絵の作者に、田中益信といふものがあるが、この益信とは別人であるらしい。この人は肉筆も版画も
あるが、これまた春信に酷似して居る。肉筆で恰も春信の版画にありさうな趣のものがある〟
☆ 作画期記載なし
◯『増補浮世絵類考』(ケンブリッジ本)(斎藤月岑編・天保十五年(1844)序)
〝田中益信 画作の草双紙あり〟
◯『新増補浮世絵類考』〔大成Ⅱ〕⑪221(竜田舎秋錦編・慶応四年成立)
〝田中益信〟(名前のみ)