Top浮世絵文献資料館浮世絵師総覧
 
☆ くにとし うたがわ 歌川 国利 (歌川邦年参照)浮世絵師名一覧
〔弘化4年(1847) ~ 明治32年(1899)9月7日・53歳〕
 別称 梅寿 楳翁 楳樹邦年  通称(著作名) 山村清助  ☆ 明治元年(慶応四年・1868)    ◯「合巻年表」(『【東京大学/所蔵】草雙紙目録』)   ◇合巻(元治元年刊)※角書は省略    歌川国利画(袋の画工担当)    『金花七変化』二十六編 歌川国貞画 袋「国利画」鶴亭秀賀作    ☆ 明治二年(1869)    ◯「合巻年表」(〔東大〕は『【東京大学/所蔵】草雙紙目録』)   ◇合巻(明治二年刊)※角書は省略    歌川国利画『八犬伝犬の草紙』五十二編(画)国貞門人国利(著)柳亭種彦録 蔦屋吉蔵〔東大・追補〕    ☆ 明治十一(1878)    ◯「国立国会図書館デジタルコレクション」(明治十一年刊)    歌川国利画    『小夜嵐おきぬ物語』上中下 挿絵・表紙 国とし 長谷川作次郎著 長谷川作次郎版(7月)     (奥付「富士見町二丁目十番地 画工 山村清助」)〈歌川国利は山村清助の画工名〉    『珍笑団々都々一』1-3号 挿絵    国とし 山村清助    若栄堂  (11月)     (刊記「神田区小川町三十一番地 画工編輯兼 山村清助」)〈4-5号は翌12年3月刊〉  ☆ 明治十二(1879)    ◯「国立国会図書館デジタルコレクション」(明治十二年刊)    歌川国利画    『珍笑団々都々一』挿絵・表紙 国利自画 山村清助 綱島亀吉(4-5号 3月)②〈1-3号は前年11月〉  ☆ 明治十三(1880)    ◯「国立国会図書館デジタルコレクション」(明治十三年刊)    国利画『新奇女子遊戯法』口絵・挿絵 国利 エル・ファレンタイン 吉田政興(11月)  ☆ 明治十四年(1881 ) ◯「国立国会図書館デジタルコレクション」(明治十四年刊)    国利画『開化都々いつ』1号 挿絵・表紙 国利 長谷川作次郎編 長谷川作次郎出版(5月)  ☆ 明治十五年(1882)    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇交通(明治十五年刊)    歌川国利画『開盛道中独案内』一冊 山村清助(歌川国利)著〔目録DB〕  ◯「国立国会図書館デジタルコレクション」(明治十五年刊)   ◇合巻    歌川国利画    『小栗判官一代記』 挿絵・表紙 国利自画 山村清助 堤吉兵衛(上下 6月)    『箱根霊験躄仇討』 挿絵・表紙 国利自画 山村清助 堤吉兵衛(上下 6月)    『田宮坊太郎一代記』挿絵・表紙 国利自画 山村清助 堤吉兵衛(上下 8月)    『実説伊達大評定』 挿絵・表紙 国利自画 山村清助 堤吉兵衛(上下 8月)    『吉原百人切』   挿絵・表紙 国利自画 山村清助 堤吉兵衛(上下 8月)    『赤穂義臣銘々伝記』口絵・挿絵 国利   西村三郎 西村三郎(12月)  ☆ 明治十六年(1883)  ◯「国立国会図書館デジタルコレクション」(明治十六年刊)    歌川国利画『小倉百人一首』挿絵 梅寿国利 岡本懐徳(12月)    (奥付「画工 山村清助 本郷区湯島三組町八十四番地」)  ☆ 明治十七年(1884)  ◯「国立国会図書館デジタルコレクション」(明治十七年刊)    国利画    『宮本無三四一代記』挿絵・表紙 国利    森本順三郎編・出版(下 5月)②〈上未見〉    『佐倉惣五郎一代記』挿絵・表紙 画工未詳  森本順三郎編・出版(5月)②〈画工は国利か〉    『佐倉宗五郎一代記』口絵・挿絵・表紙 国利自画 山村清助 堤吉兵衛(上下 6月)     〈以上合巻〉    『東京まといいち』 挿絵・表紙 国利自画 山村清助 岡本懐徳(4月)    『開化東京名勝図会』見開き八景 国利筆  大橋堂版(10月)     (刊記「浅草馬道丁三丁目一番地 画工兼出版人 児玉弥七」)    〔篠田義正出版・お伽話〕(色摺 6丁 定価1銭)    『桃太郎伝記』  挿絵・表紙 無署名(1月)②    『舌切すゝめ』  挿絵・表紙 無署名(1月)②    『よしつね一代記』挿絵・表紙 無署名(5月)②    『かちかちやま』 挿絵・表紙 無署名(?)②    『さるかに合戦』 挿絵・表紙 無署名(?)②    『はなさきぢゝい』挿絵・表紙 無署名(?)②    『ぶんぶく』   挿絵・表紙 国利 (?)②     〈『ぶんぶく』以外無署名だが国利画と思われる〉  ☆ 明治十八年(1885)    ◯『噺本大系』巻十六「所収書目解題」(武藤禎夫編・昭和五四刊)   ◇咄本(明治十八年刊)    歌川国利画『落語の吹寄』署名「国利画」落語家連中作 長谷川板    ◯「国立国会図書館デジタルコレクション」(明治十八年刊)    国利画    『一ト口浄瑠璃』挿絵 国利 橘莚 横山良八(11月)    『諸芸の名寄』 挿絵 国利 橘莚 横山良八(11月)    『新考落語』  挿絵 梅寿国利 野久知橘莚 横山良八(11月)  ☆ 明治十九年(1886)  ◯「国立国会図書館デジタルコレクション」(明治十九年刊)    国利画『赤穂義臣銘々伝記』口絵・挿絵 国利 渡辺泰然編集・出版(5月)     <九月 曲馬(チャリネ)神田秋葉原>  ◯「見世物興行年表」(ブログ)    歌川国利画   「新板いたりやチヤリネ座曲馬一」錦絵二枚続 国利画 出板人小森宗次郎   「新板いたりやチヤリネ座曲馬二」同上    国利画 出板人小森宗次郎    ☆ 明治二十一年(1888)     <三月 手品(ノアトン)東京久松町千歳座>  ◯「見世物興行年表」(ブログ)   「BLACK ART 世界無比 不可思議奇術 米国ウヲッシ、ノアトン社中」錦絵三枚続    国利画 出版人小森宗次郎(明治二十一年三月十二日印刷)  ☆ 明治二十三年(1890)  ◯「読売新聞」(明治23年11月30日記事)〈原文は漢字に振り仮名付、()はその一部分〉   〝歌川派画工の専門    歌川派の画工にて板下絵のみに関係し居るもの其数数多(あまた)あれ共、目下一派の得意を出(いだ)し    て其名世に聞えたるものを挙ぐれバ、武者絵ハ芳年、似顔ハ国周、官女ハ周延、押絵ハ国政、手遊画    (おもちやゑ)ハ国利、新聞さし絵ハ年英、名所画(ゑ)ハ吟光、類似油絵ハ清親、見世物看板画ハ芳盛、    劇場(しばゐ)看板絵ハ清満、年中行事ハ勝月、団扇絵ハ玉英と限りたるが如しとなり〟  ☆ 明治二十五年(1892)  ◯「読売新聞」(明治25年12月19日記事)〈原文は漢字に振り仮名付、()はその一部分〉   〝歌川派の十元祖    此程歌川派の画工が三代目豊国の建碑に付て集会せし折、同派の画工中、世に元祖と称せらるゝものを    数(かぞへ)て、碑の裏に彫まんとし、いろ/\取調べて左の十人を得たり。尤も此十人ハ強ち発明者と    いふにハあらねど、其人の世に於て盛大となりたれバ斯くハ定めしなりと云ふ     凧絵の元祖  歌川国次    猪口(ちよこ)絵 元祖 歌川国得     刺子半纏同  同 国麿    はめ絵  同 同 国清     びら絵 同  同 国幸    輸出扇面絵同 同 国久・国孝     新聞挿絵同  同 芳幾    かはり絵 同 同 芳ふじ     さがし絵同  同 国益    道具絵  同 同 国利    以上十人の内、芳幾・国利を除くの外、何れも故人をなりたるが中にも、国久・国孝両人が合同して絵    がける扇面絵の如きハ扇一面に人物五十乃至五百を列ねしものにして、頻りに欧米人の賞賛を受け、今    尚其遺物の花鳥絵行はるゝも、前者に比すれバ其出来雲泥の相違なりとて、海外の商売する者ハ太(い    た)く夫(か)の両人を尊び居れる由〟    ☆ 明治二十六年(1893)    ◯『浮世絵師便覧』p223(飯島半十郎(虚心)著・明治二十六年(1893)刊)   〝国利(トシ)    歌川、◯山村氏、俗称清助、梅寿と号す、三世豊国門人、◯明治〟    ☆ 明治二十七年(1894)  ◯「国立国会図書館デジタルコレクション」(明治二十七年刊)    国利画『絵入近世歴史』口絵・表紙 国利 西山辰次郎編・出版(2月)  ☆ 明治二十八年(1895)    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇歌謡(明治二十八年刊)    歌川国利画『うきよぶし』一冊 国利画 明治廿五年十月出板 山崎暁三郎版(明治二八刊)〔目録DB〕    ☆ 没後資料    ◯『浮世絵備考』(梅本塵山編 東陽堂 明治三十一年(1894)六月刊)   (国立国会図書館デジタルコレクション)(89/103コマ)   〝歌川国利【明治元年~三十年 1868-1898】    山村氏、通称清助、梅寿と号す、三世豊国の門弟〟  ◯『浮世絵師伝』p53(井上和雄著・昭和六年(1931)刊)   〝国利    【生】弘化四年       【歿】明治卅年九月七日-五十三    【画系】三代豊国門人    【作画期】明治    歌川を称す、山村氏、俗称清助、梅寿また梅翁と号す、別に楳樹邦年とも云へり。名所絵、風俗絵、切    組絵を多く描けり神田小川町三十五番地に住す、墓所浅草永住町観蔵院、法名秋風国利信士〟    ◯『浮世絵師歌川列伝』付録「歌川系図」(玉林晴朗編・昭和十六年(1941)刊)   〝国貞(三世豊国)門人 国利〟
    「歌川系図」    ◯「幕末明治の浮世絵師伝」『幕末明治の浮世絵師集成』p87(樋口弘著・昭和37年改訂増補版)   〝山村清助、歌川を称す。梅寿または梅翁と号した。楳樹邦年もこの人の別号である。三代豊国の門人。    明治十、二十年代に作画多く、明治三十二年、五十三才で歿した〟    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)    作品数:2点    画号他:山村清助・梅寿・梅翁    分 類:交通・遊戯    成立年;:明治15(1点)    〈遊戯とは『東海道滑稽五拾三次双六』〉