Top浮世絵文献資料館浮世絵師総覧
 
☆ くにまろ(まろまる)歌川 国麿 初代(麿丸)  浮世絵師名一覧
〔生没年未詳〕
   別称 一曲斎 一圓斎  ☆ 文化七年(1810)     ◯「絵本年表」(〔漆山年表〕は『日本木版挿絵本年代順目録』)   ◇絵本(文化七年刊)    歌川国麿画『画図戯場三体誌』二冊 画工・著作 宇多川国麿 文貫堂板〔漆山年表〕       ☆ 天保十年(1839)    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇人情本(天保十年刊)    歌川麿丸画『縁結娯色糸』初・二編 歌川貞重(国輝)・歌川麿丸(国麿)画 松亭金水作    ☆ 天保十二年(1841)    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇人情本(天保十二年刊)    歌川国麿画    『春色湊の花』三~五編 歌川国麿・歌川国直・梅児画 為永春水作    歌川麿丸画    『縁結娯色糸』歌川貞重(国輝)・歌川麿丸(国麿)画 松亭金水作    ☆ 天保十四年(1843)    ◯「艶本年表」   ◇艶本(天保十四年刊)    歌川国麿画?    『春情八重桜』色摺 半紙本 三冊 女好庵主人(松亭金水)作 国麿画か 天保十四年頃〔白倉〕  ☆ 天保年間(1830~1843)    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇人情本(天保年間刊)    歌川国麿画『春色湊の花』初・二編 歌川国麿・歌川国直・梅児画 為永春水作〈三~五編は天保十二年刊〉      ☆ 天保十五年(弘化元年(1844))    ◯『増補浮世絵類考』(斎藤月岑編・天保十五年序)   (「歌川国貞」の項、国貞門人)
    「一雄斎国貞系譜」     〝国麿 両国〟    ☆ 弘化三年(1846)    ◯「艶本年表」(〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇艶本(弘化三年刊)    歌川国麿画『春情心の多気』三編九冊 一円斎国麿画 女好庵主人(松亭金水)作〔目録DB〕    ☆ 弘化年間(1844~1847)    ◯「艶本年表」(〔白倉〕は『絵入春画艶本目録』)   ◇艶本(弘化年間刊)    歌川麿丸画    『朝比奈諸国一覧』色摺 中本 三冊 一曲斎麿丸 女好庵主人(松亭金水)作〔白倉〕    『春の梅』色摺 中本 三冊「又平門人麿丸画」旭亭瀧昇序 開交舎主人作 弘化年間刊〔白倉〕     (白倉注「序・作ともに開交舎登呂人こと春水の弟子・登仙笑苫人。彼はその後色山人好成、二代目吾妻男一丁を名      乗った十字亭三九のことである」)    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇人情本(弘化年間刊)    歌川国麿画『湊の月』歌川国麿画 松亭金水作〈天保十二年刊『花筺』の六編にあたる〉    ☆ 嘉永元年(弘化五年・1848)    ◯「合巻年表」   ◇合巻(弘化五年刊)※角書は省略    歌川国麿画『龍王太郎英雄譚』四編(画)一陽斎豊国(著)式亭小三馬 藤岡屋慶次郎板〔東大〕                  見返し 門人国麿画    ◯「艶本年表」(「国文研・艶本」は「艶本資料データベース」〔白倉〕は『絵入春画艶本目録』)   ◇艶本(弘化五年刊)    歌川麿丸画『花相撲四十八手』色摺 大本 三冊 嘉永元年頃〔国文研・艶本〕          序 「吾妻男一丁述」          上巻 署名「麿丸画」梅図の屏風「麿丸筆」漫才図の小屏風「又平門人麿丸画」          中巻 署名「麿丸画」「させな斎麿丸筆」「麿丸筆」    歌川国麿画『花の露』色摺 半紙本 三冊 国麿画 白水山人(渓斎英泉)作 嘉永元年〔白倉〕    ☆ 嘉永二年(1849)    ◯『藤岡屋日記 第三巻』p523(嘉永二年(1849)七月)   「嘉永二己酉年 珍説集【七月より極月迄】」   〝七月廿六ひより浅草茅町高野屋友右衛門板、国丸之画ニて、山水遊覧行列之図、三枚ツヾき。    是ハ今度西丸ぇ姫君、京都一条家より御下向ニ付、右之御行列、木曽山中固之図出し候得共、一向不売、    大はづれ〟     〈この国丸は一円斎歌川国丸と同一人物ではない。一円斎は文政末年に死亡していた。では二代目国丸であろうか。し     かし『原色浮世絵大百科事典』第二巻「浮世絵師」に国丸二代はない。すると藤岡屋はあるいは国貞門人の歌川国麿     を、国丸と表記したのかもしれない。その可能性が高いと思う。ところで、この絵の一条関白実通の娘・寿明姫が次     期将軍・徳川家定の正室として、江戸に着いたのは十月四日。そして十一月上旬にはお輿入れという段取りであった。     国丸画「山水遊覧行列之図」は、それに先だっての出版であったが、「一向不売」、当てが外れたのである〉    ◯「艶本年表」(〔国文研・艶本〕は「艶本資料データベース」)   ◇艶本(嘉永二年成)    歌川麿丸画『膝磨毛』六編 麿丸画 吾妻男一丁三世(梅亭金鵞)作〔国文研・艶本〕    〈嘉永二・三年頃とする〉  ◯『古画備考』三十一「浮世絵師伝」中p1400(朝岡興禎編・嘉永三年四月十七日起筆)    (「歌川豊国系譜」より)   〝国麿 役者ヲ書、ウレヌ、今安物女画ナドヲ書、酒呑ノ下画〟    〈初代豊国門人とあり。あるいは国丸をいうか〉
    「歌川豊国系譜」    ☆ 嘉永三年(1850)     ◯「合巻年表」(〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇合巻(嘉永三年刊)※角書は省略    歌川国麿画『黄金花咲千代物語』初編 歌川貞秀画 十返舎一九(三亭春馬)作 菊屋幸三郎板〔目録DB〕                   二編 歌川国麿画    ☆ 嘉永四年(1851)     ◯「絵本年表」(〔漆山年表〕は『日本木版挿絵本年代順目録』)   ◇絵本(嘉永四年刊)    歌川国麿画『良薬躾方』一冊 国麿画 信陽雪石道人著 蓬莱堂板〔漆山年表〕     ☆ 嘉永五年(1852)     ◯「合巻年表」(〔東大〕は『【東京大学/所蔵】草雙紙目録』)   ◇合巻(嘉永五年刊)※角書は省略    歌川国麿画『神編藻塩草』二編(画)歌川国麿(著)万亭応賀 上州屋重蔵板〔東大〕                見返し上冊「国麿画」下冊「橘柴斎画」二十ウ「一関斎国麿画」     ◯「艶本年表」(〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇艶本(嘉永五年刊)    歌川麿丸画『膝磨毛』七編 麿丸画 吾妻男一丁三世(梅亭金鵞)作〔目録DB〕    歌川国麿画『艶情二葉の由来』色摺 半紙本 一冊 吾妻雄兎子(梅亭金鵞)作 嘉永五年頃〔白倉〕    ☆ 嘉永六年(1853)     ◯「合巻年表」(〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇合巻(嘉永六年刊)※角書は省略    歌川国麿画『佐野の渡雪の八橋』初二編 歌川国麿画 為永春水作〔目録DB〕    ◯「艶本年表」(〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇艶本(嘉永六年成)    歌川麿丸画『色道十八ケ条』麿丸画 野暮正銘作〔目録DB〕    ◯『当代全盛高名附』「嘉永六年癸丑之義、玉屋面四郎蔵板」   〈早稲田大学図書館「古典籍総合データベース」〉   〝【吾妻】錦   浮世屋画工部    (上段)     豊国 にかほ   国芳 むしや  広重 めいしよ  清満 かんばん  春亭 花てふ     貞秀 かふくわん 国輝 むしや  芳虎    (中段)      国貞 やくしや  国盛 をんな  国綱 芳宗 芳艶 清亢 芳藤 芳玉 直政    (下段)      国麿 清重 芳員 芳雪 広近 春徳 春草 房種 芳豊      かむろ       やく者 にがを むしや めい処 けしき をんな 草そうし うちわゑ かわりゑ       すごろく かんばん     やりて        ◎◎〟    〈「日本古典籍総合目録」はこの『当代全盛高名附』の統一書名を『江戸細撰記』としている〉
    「当代全盛高名附」「浮世屋画工郎」〈早稲田大学図書館「古典籍総合データベース」〉    ☆ 嘉永年間(1848~1853)     ◯「絵本年表」(〔漆山年表〕は『日本木版挿絵本年代順目録』)   ◇絵本(嘉永年間刊)    歌川国麿画『都々一節小倉百人』一冊 国麿画 玉杓子〔漆山年表〕    ◯「艶本年表」(〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」〔白倉〕は『絵入春画艶本目録』)   ◇艶本(嘉永年間刊)    歌川麿丸画    『女護島宝入船』色摺 半紙本 三冊 嘉永年間〔国文研・艶本〕〔白倉〕           「婬水騒人嘗安」序 上巻衝立署名「麿丸画」    『閨中大機関』 色摺 大本  三冊「喜楽斎麿丸」画 女楽婬人序 凸凹山人作〔白倉〕     (白倉注:凸凹山人を吾妻男一丁こと梅亭金鵞かとする)    『露之飛奴間』 色摺 半紙本 三冊「一圓斎麿丸画」嘉永期〔白倉〕     (白倉注「雨香園(馬田)柳浪作の読本『朝顔日記』(文化八年・1811)の艶本化である」)     『幾夜廼遊女』 色摺 大本  三冊 麿丸画 嘉永初期〔白倉〕    『春色閨望月』 三冊 麿丸画〔目録DB〕(注記「日本艶本目録(未定稿)による」)     『膝寿里日記』 三冊 麿丸画〔目録DB〕(注記「日本艶本目録(未定稿)による」)    『浮世源氏』  色摺 大本  三冊 麿丸画 白水山人(英泉)作 嘉永期〔白倉〕     (白倉注「改題再摺本に『春色恋紫』」)    『花の露』   三冊 麿丸画 白水山人(渓斎英泉)作〔目録DB〕             (注記「日本艶本目録(未定稿)による」)    歌川国麿画    『陰陽十二候』小錦 十二枚組物 歌川国麿画か 嘉永期〔白倉〕  ☆ 安政元年(1854)     ◯「合巻年表」(〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇合巻(安政元年刊)※角書は省略    歌川国麿画『忠義教誡赤松譚』九編 歌川国麿画 如渕外史作 上州屋重蔵板〔目録DB〕     ☆ 安政二年(1855)    ◯「艶本年表」   ◇艶本(安政二年刊)    歌川麿丸画    『膝寿里日記』色摺 半紙本 三冊「麿丸画」「一圓斎」安政二年〔白倉〕     (白倉注「色摺の他に墨摺板もある。作者は吾妻雄兎子(梅亭金鵞)か。外題は『東海道五十三次』」)   ☆ 安政四年(1857)    ◯「艶本年表」(〔白倉〕は『絵入春画艶本目録』)   ◇艶本(刊)    歌川国麿画    『穴相撲四十八手』色摺 中本 一冊 吾妻雄兎子(梅亭金鵞)作 安政四年〔白倉〕  ☆ 安政五年(1858)     ◯「合巻年表」(〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇合巻(安政五年刊)※角書は省略    歌川国麿画『紀文大尽入船帳』初二編 歌川国麿画 万亭応賀作〔目録DB〕(注記「日本小説年表による」)  ☆ 安政年間(1854~1859)     ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇歌謡(安政年間刊)    歌川国麿画『仮宅恋の名寄』一冊 国麿画・編〔目録DB〕     ◯「艶本年表」(〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇艶本(安政年間刊)    歌川麿丸画    『餅尽幾夜草子』一冊 麿丸画 安政頃刊〔目録DB〕(注記「日本艶本目録(未定稿)による」)    『風流枕拍子』 三冊 麿丸画 玉門舎雁高作 安政頃刊〔目録DB〕              (注記「日本艶本目録(未定稿)による」)    ☆ 万延元年・申(安政七年・1860)     <四月 見世物 浅草奧山>  ◯「見世物興行年表」(ブログ)    「金龍山奥山におゐて興行奉御覧入候」錦絵 署名「国麿画」笹谷又兵衛板(改印「万延元年四月」)      <七月 豹の見世物 西両国広小路>  ◯「見世物興行年表」(ブログ)   「写生猛虎之図(狂歌)花ノ屋」錦絵 署名「国麿画」上州屋重蔵板(申七月)   「写生猛虎之図」錦絵 署名「国麿画」丸鉄板(申七月)    ☆ 文久元年・酉(1861)     <十月 虎の見世物 江戸麹町福聚院境内>  ◯『観物画譜』193(朝倉無声収集見世物画譜『日本庶民文化史料集成』第八巻所収)   「(虎図)口上(略)仮名垣魯文演述」彩色摺物 署名「写生 国麿画」版元不明    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇摺物(文久元年刊)    歌川国麿画    「虎見世物刷物」一枚 写生国麿画 仮名垣魯文口上 菊屋市兵衛板〔目録DB〕    (枠外「當ル十月上旬より麹町十三丁目福寿院けいだいにおゐて奉御覧に入候」)    ☆ 文久二年(1862)     <三月 軽業(山本小三郎・山本小島)両国広小路>  ◯「見世物興行年表」(ブログ)   「若太夫山本小三郎 二代目山本小嶋」摺物 署名「国麿画」丸屋徳蔵板    ☆ 慶応四年(明治元年(1868))     ◯『新増補浮世絵類考』〔大成Ⅱ〕⑪191(竜田舎秋錦編・慶応四年成立)   (「歌川氏系譜」の項)
    「歌川豊春系譜」     〝(歌川国貞門人)国麿 両国ニ住ス〟    ☆ 刊年未詳    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇演劇(刊年未詳)    歌川国麿画    『戯場三体誌』二冊 歌川国麿画・作〔目録DB〕    『俳優金剛伝』一冊 歌川国麿画 舎楽斎喜笑著〔目録DB〕   ◇人情本(刊年未詳)    歌川国麿画『花廼寿賀多美』松蝶楼国麿画 松亭金水作〔目録DB〕    ◯「艶本年表」(「国文研・艶本」は「艶本資料データベース」〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇艶本(刊年未詳)    歌川国麿画    『めうと合二葉の実伝』一冊 国麿画 吾妻雄兎子作〔目録DB〕(注記「日本艶本目録(未定稿)による」)    『諸国迷所玉門語』  三冊 国麿画 吾妻雄兎子作〔目録DB〕(注記「『千里の契』と同本、日本艶本目録(未定稿)による」)    『会本婦女録嘉僊』  三冊 国麿画〔目録DB〕(注記「艶本目録による」)    『艶道近江八景』   一円斎国麿画〔目録DB〕(注記「艶本目録による」)    『幾夜廼遊女』    三冊 国麿画〔目録DB〕(注記「艶本目録による」)    『朝顔日記』     三冊 国麿画〔目録DB〕(注記「艶本目録による」)        歌川麿丸画    『花相撲四十八手』三冊 麿丸画 吾妻一丁作〔目録DB〕(注記「日本艶本目録(未定稿)による」)    『閨中膝磨毛』墨摺 中本 八冊〔国文研・艶本〕           発端「東都 吾妻男一丁著」           初編「于峕文化九稔 壬辰陽春吉辰 吾妻男一丁識」           後編           三編「于峕文政戊子春日成稿 吾妻男一丁のぶる」           四編「文政庚とらの春 東男一丁しるす」署名「好川行助祐信画」           五編「東都 吾妻男一丁著」           六編「東都 吾妻男一丁編次」「喜楽斎麿丸」「麿丸之」「◎◎斎麿丸画」           七編「東都 吾妻男一丁編次」「喜楽斎」「麿丸画」           凡例「庚戌時雨月」とあり    『婦多波の松』三冊 麿丸画 吾妻雄兎子作〔目録DB〕(注記「日本艶本目録(未定稿)による」)    『露之飛奴間』三冊 一円斎麿丸画    〔目録DB〕(注記「日本艶本目録(未定稿)による」)    『春色玉揃』 三冊 麿丸画 女好庵主人作〔目録DB〕(注記「日本艶本目録(未定稿)による」)    『文の案文』 一冊 麿丸画       〔目録DB〕(注記「日本艶本目録(未定稿)による」)    『宝文庫』  色摺 三冊 署名「麿丸淫人画」女好菴主人著〔国文研・艶本〕      〈女好庵主人は松亭金水〉    ☆ 没後資料  ☆ 明治二十五年(1892)  ◯「読売新聞」(明治25年12月19日記事)〈原文は漢字に振り仮名付、()はその一部分〉   〝歌川派の十元祖    此程歌川派の画工が三代目豊国の建碑に付て集会せし折、同派の画工中、世に元祖と称せらるゝものを    数(かぞへ)て、碑の裏に彫まんとし、いろ/\取調べて左の十人を得たり。尤も此十人ハ強ち発明者と    いふにハあらねど、其人の世に於て盛大となりたれバ斯くハ定めしなりと云ふ     凧絵の元祖  歌川国次    猪口(ちよこ)絵 元祖 歌川国得     刺子半纏同  同 国麿    はめ絵  同 同 国清     びら絵 同  同 国幸    輸出扇面絵同 同 国久・国孝     新聞挿絵同  同 芳幾    かはり絵 同 同 芳ふじ     さがし絵同  同 国益    道具絵  同 同 国利    以上十人の内、芳幾・国利を除くの外、何れも故人をなりたるが中にも、国久・国孝両人が合同して絵    がける扇面絵の如きハ扇一面に人物五十乃至五百を列ねしものにして、頻りに欧米人の賞賛を受け、今    尚其遺物の花鳥絵行はるゝも、前者に比すれバ其出来雲泥の相違なりとて、海外の商売する者ハ太(い    た)く夫(か)の両人を尊び居れる由〟    〈絵刺子半纏。刺子半纏に錦絵を施した元祖が国麿ということらしい。炎に映えて浮かび上がる錦絵には異様な美しさ     があったに違いない。国麿は勇み肌の火消しにぴったり合った絵柄を工夫することに秀でていたのだろう。入れ墨に     似た隠微な美しさを江戸の人々は感じ取っていたのかもしれない。なおこの国麿が初代を指しているかどうかは定か     ではない〉    ◯『浮世画人伝』p90(関根黙庵著・明治三十二年(1899)刊)   (「歌川国貞系譜」より)   〝国麿 国貞門人、俗称菊越菊太郎、俳名菊翁、本所北割下水ニ住〟
    「歌川国貞系譜」    ◯『浮世絵師伝』p58(井上和雄著・昭和六年(1931)刊)   〝国麿    【生】           【歿】    【画系】三代豊国門人    【作画期】嘉永~明治    歌川を称す、菊越氏、俗称菊太郎、一円斎と号し、俳号を菊翁といふ、後ち四代豊国の門人となりしも    のゝ如し〟    ◯『浮世絵年表』(漆山天童著・昭和九年(1934)刊)   ◇「文化七年 庚午」(1810)p179   〝正月、宇多川国麿の『画図戯場三体誌』出版〟    〈国文学研究資料館の「日本古典籍総合目録」には『戯場三体誌』名で出ているが、刊年を記さず〉    ◯『浮世絵師歌川列伝』付録「歌川系図」(玉林晴朗編・昭和十六年(1941)刊)   〝国貞(三世豊国)門人 国麿〟
    「歌川系図」    ◯「幕末明治の浮世絵師伝」『幕末明治の浮世絵師集成』p88(樋口弘著・昭和37年改訂増補版)       〝国麿(くにまろ)    歌川を称す。菊越菊太郎、一円斎と号し、俳号を菊翁という。三代豊国の門人。その作画期は幕末より    明治の始めに及ぶ〟    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   〔歌川国麿画版本〕    作品数:39点(「作品数」は必ずしも「分類」や「成立年」の点数合計と一致するとは限りません)    画号他:麿丸・一円斎・喜楽斎・松蝶楼・一円斎麿丸・歌川麿丸・喜楽斎麿丸・松蝶楼国麿・国麿・        一円斎国麿・麿丸淫人・又平門人麿丸    分 類:合巻6・人情本4・艶本22・遊戯(地口絵)1・歌謡2・演劇2    成立年:弘化3年    (1点)(弘化年間合計3点)        嘉永2~6年  (8点)(嘉永年間合計12点)        安政1~2・5年(2点)(安政年間合計5点)        文久1年    (2点)
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