Top浮世絵文献資料館浮世絵師総覧
 
☆ こういつ つちや 土屋 光逸 浮世絵師名一覧
〔明治3年(1870)8月28日 ~ 昭和24年(1949)11月13日・79歳〕
 ☆ 明治三十年(1897)  ◯「国立国会図書館デジタルコレクション」(明治三十年刊)    光逸画    『大阪夏御陣』口絵・表紙 光逸 放牛舎桃林 金桜堂(4月)〈落款は表紙右下にあり「光逸」と読んだ〉    『唐犬権兵衛』口絵・表紙 光逸 松林伯知  鮮泉堂(5月)  ☆ 明治四十四年(1911)  ◯「近代書誌・近代画像データベース」(国文学研究資料館・大正四十四年刊)    光逸画     「日本お伽話」シリーズ 青葉山人 挿絵 山本研山・表紙 土屋光逸 綱島書店(6月)     『伏姫之巻』  『誉の八犬士』 『犬塚信乃戌孝』 『犬飼現八信道』『犬山道節忠興』     『犬江親兵衛仁』『犬川荘助義任』『犬田小文吾悌順』『犬坂毛野胤智』『犬村大角礼儀』  ◯『浮世絵師伝』p62(井上和雄著・昭和六年(1931)刊)   〝光逸    【生】明治三年(1870)八月  現存  【画系】清親門人  【作画期】明治    遠州浜松在の農家に生る、土屋氏、俗称幸一、明治十七年(十五歳)に上京し、初め木版彫刻師杉崎其    の門弟となりしが、間もなく清親を相識るに至つて其の門に転ず、但し、彼は内弟子として師家に住込    み、家僕同樣の待遇を受け、同家にあること前後十九ケ年、其間日清戦争の錦絵などを画きしが、明治    二十八年版の「請和使談判之図」と題せる三枚続は最も佳作なり、後ち石版業に転ぜしといふ。(『浮    世絵志』第二十七號、大曲駒村氏の記述を参考す)〟    〈『浮世絵師伝』は「歴史的仮名遣い」による表記のため、「光逸」は「こ」ではなく「く」の項目に入っている〉    ◯「幕末明治の浮世絵師伝」『幕末明治の浮世絵師集成』p88(樋口弘著・昭和37年改訂増補版)   〝光逸(こういつ)    土屋光一。明治二年浜松在の農家に生れて、少年の時上京し、木版彫の弟子となつたが、のち清親の内    弟子となる。明治三、四十年代に清親張りの風景画、戦争画を描いた。その後新版画に生命を開く。昭    和二十四年十一月に七十五才で歿した〟