Top浮世絵文献資料館浮世絵師総覧
☆ ごせい ほうてい 抱亭 五清 浮世絵師名一覧
〔 ? ~ 天保六年(1835)・享年未詳〕
(抱亭北鵞〈ほくが〉参照)
 (東京堂出版『浮世絵大事典』「抱亭五清」によると、北鵞の五清への改名は文化七年(1810)中のこと   とされる)    ☆ 文化八年(1811)    ◯「絵本年表」(〔漆山年表〕は『日本木版挿絵本年代順目録』)   ◇絵本(文化八年刊)    抱亭五清画    『狂歌評判記』一冊 五清絵 北渓画 六樹園序〔漆山年表〕    『自讃狂歌集』初編 柳々居辰斎 俊満 素羅◎瓢天馬 広昌画 北渓画 抱亭五清画              額輔写 北寿画 蹄斎北馬画 蜂房秋艃画 菅川亭画               宿屋飯盛撰〔漆山年表〕    ◯「絵入狂歌本年表」(〔狂歌書目〕は『狂歌書目集成』・〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇狂歌(文化八年刊)    抱亭五清画    『狂歌画像作者部類』二冊 抱亭五清   六樹園編 角丸屋甚助板〔狂歌書目〕    『狂歌評判記』   一冊 五清・北渓画 六樹園編〔目録DB〕    『瀬川仙女追善集』 一冊 遠桜山人(蜀山人)序・四方歌垣跋〔目録DB画像〕     (菊図) 豊国・鳥居清長・栄之・辰斎・北馬・秋艃・曻亭北寿・五清・春亭・春英・北斎等画     (追善詠)三馬・飯盛・馬琴・京伝・京山・焉馬等     〈〔目録DB〕は成立年を文化七年とするが、三代目瀬川菊之丞は文化七年十二月五日没、この追善集は一周忌のも      のである。すると刊年は文化八年ではなかろうか〉    ◯『狂歌画像作者部類』抱亭五清画・六樹園編・文化八年刊〔目録DB画像〕   〝五清 東都横山町三丁目ニ住ス 画家〟     ☆ 文化十五年(1818)    ◯『【諸家人名】江戸方角分』(瀬川富三郎著・文化十四年~十五年成立)   (「浅草」合い印「浮世画」)   〝五清  (号)抱亭  金蔵〟    ☆ 天保元年(文政十三年・1830)    ◯「絵入狂歌本年表」(〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇狂歌(天保元年刊)    抱亭五清画『狂歌年中行事』二冊 抱亭五清・北渓・広昌・額輔画 六樹園編 永楽屋東四郎板〔目録DB画像〕               署名「五清筆」「抱亭五清筆」「砂山五清筆」    ☆ 天保四年(1833)   ◯『無名翁随筆』〔燕石〕③312(池田義信(渓斎英泉)著・天保四年成立)   (「葛飾為一」の項、北斎門人)
    「葛飾為一系譜」   〝北斎と号しての門人 北鵞【スリ物多シ、ヨミ本アリ】〟    〈この北鵞は、北斎門人、読本ありということから、抱亭北鵞と見られる〉    ☆ 没後資料    ◯『増補浮世絵類考』(ケンブリッジ本)(斎藤月岑編・天保十五年(1844)序)   (「葛飾為一」の項)
    「葛飾北斎系譜」     〝北斎と号しての門人    抱亭北鵞 すり物よみ本多し〟     ◯『新増補浮世絵類考』〔大成Ⅱ〕⑪188(竜田舎秋錦編・慶応四年成立)   (「宮川氏系譜」の項)
    「宮川長春系譜」     〝抱亭ト号ス。摺物読本多シ〟    ◯『古代浮世絵買入必携』p3(酒井松之助編・明治二十六年(1893)刊)   〝北鵞    本名〔空欄〕   号〔空欄〕   師匠の名 葛飾北斎  年代 凡六七十年前     女絵髪の結ひ方 第十図・第十一図・第十二図 (国立国会図書館 近代デジタルライブラリー)    絵の種類 並判、小判、摺物、絵本、肉筆    備考   錦絵、摺物等の図は花鳥山水人物多し〟    ◯『葛飾北斎伝』(飯島半十郞(虚心)著・蓬枢閣・明治二十六年(1893)刊)   (葛飾北斎の門人)   〝北鵞 江戸の人。京橋に住し、抱亭と号す。摺物、読本あり。其の家貧しけれども、常に上品の絵具を    貯ふ多し。他の画工来りて、これを請へば、喜びて与へしと。一奇人なり。【書肆村幸の話】〟    ◯『浮世絵師便覧』p206(飯島虚心著・明治二十六年刊)   〝北鵞(ホクガ) 抱亭と号す、摺物多し、北斎門人、◯文化、文政〟    ◯『狂歌人名辞書』p76(狩野快庵編・昭和三年(1828)刊)   〝抱亭五清、砂山と号す、通称岸本庄七、東都横山町三丁目に住する狩野派の画家、狂歌画像作者部類、    自讃狂歌集等を画く、一書に北鵞と同人とす〟    ◯『浮世絵師伝』p71(井上和雄著・昭和六年(1931)刊)   〝五清    【生】           【歿】    【画系】          【作画期】文化~天保    砂山氏、抱亭と号す、狂歌本の挿画多し、また肉筆美人画あり、居所横山町三丁目。一説に、彼を抱亭    北鵞と同一人なりとすれど、落款、画風等に共通の点なく、全く別人なり〟    〈東京堂出版の『浮世絵大事典』は「画号は初め北鵞」、文化七年(1810)中に五清と改める」とあり、また、画号の    「北鵞」はその後卍楼北鵞が継いだという〉    ◯『浮世絵年表』(漆山天童著・昭和九年(1934)刊)   ◇「文化四年 丁卯」(1807)p176   〝正月、鳥居清長・歌川豊国・勝川春好・菱川宗理・柳々居辰斎・葛飾北鵞等の画『追善数珠親玉』出版〟     ◇「文化七年 庚午」(1810)p179   〝正月、辰斎・北鵞・北馬・北尾重政・長谷川雪旦等の画ける『狂歌千もとの華』出版〟    △『増訂浮世絵』p244(藤懸静也著・雄山閣・昭和二十一年(1946)刊)   〝五清    五清は抱亭と号し、砂山氏。江戸の人。横山町三丁目に住せりといふ。版画並に肉筆画の遺作あり。そ    の作をみるに、抱亭北鵞とは別人で、肉筆画の筆致は軽妙にして、筆力凡ならず、彩色術も亦見るに足    るものがある。遊女の立ちて鏡を見、顔に白粉を以て粉装する図がある。孔雀の打掛も亦よく画かれて    ゐる。北斎の画風の影響をうけたものである〟    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   (北鵞名の作品)    作品数:3点    画号他:葛飾北鵞・抱亭・抱亭北鵞    分 類:読本1・咄本1・狂歌1    成立年:文化5年(2点)天保年間(1点)     (3点の内訳は以下の通り)            『孝子嫩物語』 読本 高井蘭山作  抱亭北鵞・昇亭北馬・蹄斎北馬画・文化五年(1808)刊    『おとしはなし』咄本 三笑亭可楽撰 葛飾北鵞画           文化五年刊     〈上記のように抱亭北鵞の五清改名は文化七年、従って、以上2点は抱亭北鵞画である〉    『狂歌古川百首』狂歌 六橋園渡編  葛飾北鵞画           天保年間刊     〈天保年間刊であるから、『狂歌古川百首』の北鵞は卍楼北鵞である〉     (五清名の作品)     作品数:3点      画号他:五清・抱亭五清    分 類:狂歌3      成立年:文化8年(2点)文政13年(1点)     (3点の内訳は以下の通り)    『狂歌画像作者部類』狂歌本 石川雅望編 抱亭五清画  文化八年(1811)刊    『狂歌評判記』   狂歌本  六樹園編 五清・北渓画 文政八年刊    『狂歌年中行事』  狂歌本 石川雅望編 抱亭五清・抱亭五清・額輔画 文政十三年(1830)刊     〈六樹園は石川雅望。額輔は絵馬屋額輔で画号は嵩濤〉
Top浮世絵師総覧浮世絵師名一覧