☆ 天保九年(1838)
◯『外題鑑』岡田琴秀編 鷦鷯貞高(為永春水)補 天保九年刊(国書データベース)
「高僧伝の類」『日蓮上人 御一生記図会』前後十二巻
〝これは高祖大上人の御系図をはじめ御一代の事績を諸書にもとめて改正し 御行状を図会にあらはして
いにしへの御艱難を目前に拝するがごとく 古図をうつし丹誠を加へたり されば宗祖の御伝世に多し
といへども これにつゞくものなし 依て御宗旨の人々我慢の扁屈をいふことなく信心のまことをもつ
て拝覧あるべきものなり 喜多川寛雪画図〟〈刊年は天保九年以前だが、未詳〉
☆ 弘化元年(天保十五年・1844)
◯『増補浮世絵類考』(ケンブリッジ本)(斎藤月岑編・天保十五年(1844)序)
「喜多川歌麿系譜」(歌麿門人)
〝菊麿
寛政より文化文政の人。北川氏、称 六三郎家守なり、後、月麿と改、板下絵多し。草双紙あり、一流
なり。後年、浮世絵を書かず、名を観雪と改む。この年柳島妙見堂へ鯉の額を納む〟
〝(ヒレ紙)菊麿 文化中より小伝馬町厩やしん道に住、北川観雪、家守いたし、俗名六三郎
観雪となりし年、妙見へ鯉の額奉納いたし、同人より承り〟