☆ 嘉永三年(1850)
◯『古画備考』三十一「浮世絵師伝」中p1416(朝岡興禎編・嘉永三年四月十七日起筆)
〝(千虎補)東柳斎寛雪[署名]「東柳斎寛雪画」〟
☆ 明治四十四年(1911)
◯『増補古今書画名家一覧』番付 大阪(石塚猪男蔵編集・出版 明治四十四年十月刊)
(東京文化財研究所・明治大正期書画家番付データベース)
〝今故浮世絵各派
〔京都〕鳥井清信 勝川春章 風山易信 宮川春水 勝川春亭 勝川春泉 東柳斎寛雪
花月斎春政 安藤広重 歌川国芳 月岡友直〟
◯『浮世絵師伝』p63(井上和雄著・昭和六年(1931)刊)
〝寛雪
【生】 【歿】 【画系】 【作画期】宝暦
東柳斎と号す、肉筆風俗画あり〟
〈『浮世絵師伝』は「歴史的仮名遣い」による表記のため、「寛雪」は「カ」ではなく「ク」の項目にあげている〉
△『増訂浮世絵』p195(藤懸静也著・雄山閣・昭和二十一年(1946)刊)
〝東燕斎寛志 東柳斎寛雪
肉筆画家で、版画を作らない。如何なる画系の人か明かでないが、この二人は画風相類し、密接なる関
係を有するものである。寛志の作に、室内の酒宴に打ち興してゐるのを、障子の外から、嫉妬の情を、
顔にあらはしながら、立つて見てゐる図があるが、頗る深刻な表現を以てしてゐる。宝暦頃の人であら
う。その画風から見て、京都大坂あたりの人でないかと思われる〟