Top浮世絵文献資料館浮世絵師総覧
 
☆ かんさい いちかわ 市川 甘斎 浮世絵師名一覧
〔天保3年(1832)12月~ 明治25年(1892)?・61歳?〕
 ☆ 明治十七年(1884)  ◯ 第二回 内国絵画共進会(明治十七年四月開催・於上野公園)    (『第二回内国絵画共進会/出品人略譜』農商務省博覧会掛編・国文社・五月刊)   〝第六区 東京府    市川甘斎    市川来次郎甘斎ト号ス。東京府京橋区築地一丁目ニ住ス。市川孫四郎ノ男ニシテ、天保六年十二月生ナ    リ。画ヲ三田北鵞ニ学ビ、明治十六年水産博覧会ヘ日本橋魚市場出品捕魚ノ図並ニ魚類額面ヲ画キ、同    場ヨリ出品シ、宮内省御用品トナル〟  ☆ 明治十九年(1886)  ◯ 東洋絵画共進会(明治十九年四月開催・於上野公園)   (『東洋絵画共進会出品目録』滝川守朗編・今古堂・五月刊)   〝第六区 無派    甘斎 人物・人物    北斎派 号甘斎 市川来次郎 京橋区築地一丁目九番地〟  ◯『東洋絵画共進会論評』(清水市兵衛編・絵画堂刊・七月刊)    三等賞 市川甘斎   〝市川甘斎の大国主及び神木に七五三を張る図は三等賞中にあつては光彩陸離を覚ふ〟  ☆ 明治二十年(1887)  ◯「国立国会図書館デジタルコレクション」(明治二十年刊)    甘斎画    『開巻驚奇震世文体明弁』挿絵 甘斎    岡三慶 東陽堂(1-4巻 6月)〈巻2の挿絵に署名あり〉  ◯『東京府工芸品共進会出品目録』上 東京府工芸品共進会編 有隣堂 明治二十年三月刊   (東京府工芸品共進会 上野公園内 3月25日~5月25日)   (国立国会図書館デジタルコレクション)   〝第六類 各種絵画(262/327コマ~281/327コマ)    市川来次郎 密画 笠置御夢 一枚 疎画 藁人形 一枚 京橋区築地一丁目〟  ◯『東京府工芸品共進会品評報告』山崎楽編 敬業書院 明治二十年十月刊   (国立国会図書館デジタルコレクション)   「第六類(各種絵画)品評」   〝北斎派市川甘斎ノ笠置ノ夢ノ図ハ楠ノ大樹ヲ描キ 朦朧タル雲ノ中ニ童子ヲ見セタル意匠甚ダ面白シ     但二重畳ト錦ノ幕ハ外ニ考ナカリシニヤ 藁人形ノ図モ先ヅ充分ノ出来ナリ〟(25/48コマ)  ☆ 明治二十二年(1889)  ◯『東京大画家派分一覧表』東京 児玉友三郎編輯・出版 明治二十二年十二月刊   (東京文化財研究所「明治大正期書画家番付データベース」)   〝北斎(派)市川甘斎 ネギシ〟  ☆ 明治二十三年(1890)  ◯『葛飾真草画譜』市川来次郎編 松村孫吉版 明治二十三年八月刊   (国立国会図書館デジタルコレクション)   〝(鴻斎居士石英序)市川甘斎、為高足弟子、多蔵其筆蹟〟    〈序によれば市川甘斎は北斎の高足の弟子。この画譜は甘斎所蔵の中から「密・疎」画を自ら選んでなったもの〉  ☆ 明治二十四年(1891)  ◯「国立国会図書館デジタルコレクション」(明治二十四年刊)    市川甘斎画    『甘斎画譜』巻1 市川甘斎筆・序 目黒伊三郞(2月)          巻2 かつしか甘斎筆 目黒伊三郞(2月)      奥付「画者 東京市下谷区金杉村三百二十六番地」    『甘斎画譜』巻3 葛飾甘斎筆   目黒甚七 (12月)鈴木弘◎序 24年10月     巻末「巣枝堂蔵板」     奥付「画者 東京市下谷区東黒門町七番地 市川来次郎」  ☆ 明治二十五年(1892)   〈この年、石川甘斎は亡くなったか。明治26年1月刊『甘斎画譜』巻四(25年12月序)に「故人」とあるからだ。ちなみに    明治24年12月刊『甘斎画譜』巻三(明治24年10月序)にそうした記述はない〉  ☆ 明治二十五年(1892)  ◯『改正全国書画一覧』竹村貞治郎編 開運堂 明治二十五年十二月刊   (東京文化財研究所「明治大正期書画家番付データベース」)   〝画家之部    (一段目)河鍋暁雲 東京  小島勝月 東京(以下略)    (二段目)市川甘斎 東京      (三段目)田口米作 東京    (張出)一流画 尾形月耕 東京〟  ☆ 明治二十六年(1893)  ◯「国立国会図書館デジタルコレクション」(明治二十六年刊)    市川甘斎画    『甘斎画譜』巻4 市川甘斎筆 目黒甚七(1月)鹿門道人仭序「明治壬辰蠟月」(25年12月)          巻5 甘斎筆   目黒甚七(6月)     奥付「画者 故人 市川来次郎 東京市京橋区南伝馬町貳丁目五番地」       ☆ 明治二十七年(1894)  ◯『本朝古今書画名家詳伝』筧有隣著 大谷仁兵衛 明治二十七年二月刊 大阪版   (国立国会図書館デジタルコレクション)   〝甘斎 市川氏 名ハ来次郎 北鵞門人 東京府〟  ◯『大日本書画一覧』番付 竹村貞治郎編集・出版 明治二十七年十二月刊   (東京文化財研究所「明治大正期書画家番付データベース」)   〝画大家  東京 松本楓湖〟    高名画家 東京 久保田米僊  東京 尾形月耕    画の部  東京 寺崎広業   東京 英一晴(ママ)  東京 市川甘斎〟    〈「席位前後御容赦可被下候也」とあるが、この中で字が一番大きいのは楓湖、次に広業、そして米僊・月耕が続き、     一蜻・甘斎の順となっている。欄外に「諸先生揮毫物御周旋」とあるから、あるいは揮毫料の相対的な相違を反映させ     ているのかもしれない。なお画大家・高名画家・画の部の分類基準はよく分からない〉