Top浮世絵文献資料館浮世絵師総覧
 
☆ かねなり あかつき 暁 鐘成浮世絵師名一覧
〔寛政5年(1793) ~ 万延1年(1860)12月19日・68歳〕
 ※〔漆山年表〕  :『日本木版挿絵本年代順目録』 〔目録DB〕:「日本古典籍総合目録」   「日文研・艶本」:「艶本資料データベース」   〔白倉〕  :『絵入春画艶本目録』   「絵入根本」  :「絵入根本の世界」大阪市立図書館・第50回大阪資料・古典籍室1小展示資料    ☆ 享和年間(1801~1803)    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇地誌(享和年間刊)    暁鐘成画『天神祭十二時』暁鐘成画 山含亭意雅栗三述(「成立年」享和頃)    〈本書は『日本随筆大成』第一期18に収録されているが、その解題は文政頃の成立と推定している〉  ☆ 文化九年(1812)    ◯「絵本年表」   ◇絵本(文化九年刊)    暁鐘成画『大門口鎧襲』七巻 摂府暁鐘成画図 河内屋太助板〔漆山年表〕    〈〔目録DB〕は文政九年刊〉    ☆ 文化十一年(1814)    ◯「絵本年表」   ◇絵本(文化十一年刊)    『璃寛帖』一冊 河内屋太助板〔漆山年表〕     狂画堂主人・芦幸写・寿公写・芦舟画 暁鐘成著     〈文化十一年序〔目録DB〕は文化十二年刊〉    ☆ 文化十二年(1815)    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇演劇(文化十二年刊)    暁鐘成著『璃寛帖』二冊 暁鐘成著 河内屋太助他板    ☆ 文化十四年(1817)    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇雑俳(文化十四年刊)    暁鐘成画『ちから癭』一冊 暁鐘成画 浅茅庵羅山編 京屋吉右衛門板    ☆ 文政二年(1819)    ◯「絵本年表」   ◇絵本(文政二年刊)    暁鐘成画    『芝翫百人一首玉文庫』一冊 摂陽暁鐘成戯編幷画図 龍玉葊駒成 河内屋太助板〔漆山年表〕    『冠附化粧紙』一冊 鐘成 浪速民邑羅山撰 雞鳴舎跋 高柳平助板〔漆山年表〕    ☆ 文政三年(1820)    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇滑稽本(文政三年刊)    暁鐘成画『滑稽道中雲助噺』三冊 暁鐘成画・作 河内屋太助板    ☆ 文政四年(1821)     ◯「絵本年表」   ◇絵本(文政四年刊)    和泉屋弥四郎(暁鐘成)画    『役者早料理』 画工和泉屋弥四郎 河内屋太助板〔漆山年表〕    『入船噺』 作者画工和泉屋弥四郎 河内屋多助板〔漆山年表〕    ◯「咄本年表」   ◇咄本(文政四年刊)    暁鐘成画『滑稽即席邯鄲枕』暁鐘成画 亀水軒浮木作〔目録DB〕    ◯「絵入根本」(「絵入根本の世界」大阪市立図書館・第50回大阪資料・古典籍室1小展示資料)   ◇絵入根本(文政四年刊)    暁鐘成画『絵本三拾石艠始』六巻一冊 暁鐘成画    ◯「艶本年表」   ◇艶本(文政四年刊)    暁鐘成画    『赤縄快譚』墨摺 半紙本 三冊 囲爐亭薫斎画 鴛鴦亭主人作 文政四年頃〔白倉〕     (白倉注「読本様式の艶本、春画はない。読和本」)    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇滑稽本(文政四年刊)    暁鐘成画『無飽三財図』前編 暁鐘成画・編 翻蝶庵藏版〔目録DB〕   ◇絵入根本(文政四年刊)    暁鐘成画『三十石艠始』六冊 暁鐘成画 並木正三作 森本太助板〔目録DB〕    ☆ 文政五年(1822)    ◯「読本年表」   ◇読本(文政五年刊)※角書は省略    暁鐘成画『頓々表紙』暁鐘成画・作〔目録DB〕    ◯「絵入根本」(「絵入根本の世界」大阪市立図書館・第50回大阪資料・古典籍室1小展示資料)   ◇絵入根本(文政五年刊)    暁鐘成画『桑名屋徳蔵入船噺』七巻一冊 暁鐘成画    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇演劇(文政五年刊)    暁鐘成著『璃寛栗毛』三冊 暁鐘成著    ☆ 文政六年(1823)     ◯「絵本年表」   ◇絵本(文政六年刊)    暁鐘成画    『小倉百首類題話』笑話 三冊 摂都暁鐘成戯作併画図 独酔序 河内屋茂兵衛板〔漆山年表〕    『滑稽漫画』三巻 暁鐘成画(注記「小紋雅話の改題本」)〔目録DB〕    ◯「読本年表」   ◇読本(文政六年刊)※角書は省略    暁鐘成画『以呂波草紙』暁鐘成画・作〔目録DB〕    ◯『噺本大系』巻十五「所収書目解題」(武藤禎夫編・昭和五四刊)   ◇咄本(文政六年刊)    暁鐘成画『小倉百首類題話』奥付「摂都 暁鐘成戯作併画図」暁鐘成作・独酔序 河内屋板     ◯「艶本年表」   ◇艶本(文政六年刊)    暁鐘成    『狂蝶新語』墨摺 半紙本 五冊 鴛鴦堂和合子画 巫山亭主人夢輔作 金精堂板          自作・画 文政六年〔白倉〕(白倉注「鎌倉の巻、浪速の巻、華洛の巻の三話構成」)    ☆ 文政七年(1824)     ◯「絵本年表」   ◇絵本(文政七年刊)    和泉屋弥四郎(暁鐘成)画    『隅田春妓女容性』五冊 作者画工和泉屋弥四郎 申出 文政七閏八月 河内屋太助〔漆山年表〕    『役者神事競』画工和泉屋弥四郎 八文字舎自笑他 河内屋太助板 申出文政六年十一月〔漆山年表〕    暁鐘成画    『澱川両岸勝景図会』二冊 摂津暁鐘成画図 加茂季鷹序 河内屋平七他板〔漆山年表〕    『かざしぐさ』一冊 鐘成画 園田萩風選 しほや平助板〔漆山年表〕    『神酒の口』 一冊 暁鐘成画 浪華春要斎編〔漆山年表〕    ◯「絵入根本」   ◇絵入根本(文政七年刊)    暁鐘成画『絵本傾城飛馬始』七巻十冊 暁鐘成画    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇絵入根本(文政七年刊)    暁鐘成画『絵本傾城飛馬始』七冊 暁鐘成画   ◇往来物(文政七年刊)    暁鐘成画『初学重宝算法智恵輪』一冊 暁鐘成画・作 塩野季助板    ☆ 文政八年(1825)     ◯「絵本年表」   ◇絵本(文政八年刊)    暁鐘成画『押絵早稽古』一冊 暁鐘成画賛 皇都御衣裳絵師堀井軒著 柏原屋長兵衛板〔漆山年表〕    ◯「読本年表」   ◇読本(文政八年刊)※角書は省略    暁鐘成画    『女熊坂朧夜草紙』暁鐘成画・作〔目録DB〕    『豪傑勲功録』  暁鐘成画・作〔目録DB〕    ◯「艶本年表」   ◇艶本(文政八年刊)    暁鐘成画『偶言三歳智恵』色摺 半紙本 三冊〔日文研・艶本〕         序 「當書于淫乱亭 縁妓亭梧履章犯女」         奥付「作者 曾加股平曾太 画工 気野行成 東都書林 加乱堂梓」    ◯「絵入根本」   ◇絵入根本(文政五年刊)    暁鐘成画『隅田春奴(ママ)女容性』五巻五冊 暁鐘成画    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇絵入根本(文政八年刊)    暁鐘成画『隅田春妓女容性』五巻 暁鐘成画 河内屋太助板〔目録DB〕    ☆ 文政九年(1826)     ◯「絵本年表」   ◇絵本(文政九年刊)    暁鐘成画    『世話千字文絵抄』一冊 摂都暁鐘成画図 木村明啓編 河内屋木兵衛板〔漆山年表〕    『豊稼録』一冊 暁鐘成図 大蔵永常著 小林新兵衛板(再板)〔漆山年表〕    ◯「読本年表」   ◇読本(文政九年刊)※角書は省略    暁鐘成画『雲井物語』暁鐘成画 桃華山人作〔目録DB〕    ◯「絵入根本」   ◇絵入根本(文政九年年刊)    暁鐘成画『大門口鎧襲』七巻二冊 暁鐘成画    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇絵入根本(文政九年刊)    暁鐘成画『大門口鎧襲』七巻 摂府暁鐘成画図 河内屋太助板   ◇年代記(文政九年刊)    暁鐘成画『泰平年代記』一帖 和泉屋弥四郎(暁鐘成)(注記「大阪出版書籍目録による」)    ☆ 文政十年(1827)     ◯「絵本年表」   ◇絵本(文政十年刊)    暁鐘成画『和布苅神事』絵入根本 七冊 暁鐘成画 並木正三作 河内屋太助板〔目録DB〕    ◯「読本年表」   ◇読本(文政十年刊)※角書は省略    暁鐘成画『鎮西菊池軍記』前編 暁時成画・作〔目録DB〕    ◯「咄本年表」   ◇咄本(文政十年刊)    暁鐘成画『滑稽笑顔種』暁鐘成画 柳園種春作 河内屋板〔目録DB〕    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇往来物(文政十年刊)    暁鐘成『万船往来』一冊 泉屋弥四郎著   ◇教訓(文政十年刊)    暁鐘成画『教訓童草』二巻 暁鐘成画 小沢種春著 土佐屋喜兵衛板    ☆ 文政十一年(1828)     ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇地誌(文政十一年刊)    暁鐘成『西国順礼略打大全』一冊 暁鐘成補閲    ☆ 文政十二年(1829)    ◯「読本年表」   ◇読本(文政十二年刊)※角書は省略    暁鐘成画『忠孝伊吹物語』暁鐘成画・作〔目録DB〕    ☆ 文政年間(1818~1830)    ◯『天神祭十二時』〔大成Ⅰ〕⑱459(意雅栗三著・文政年間刊)   (〝山含亭意雅栗三述〟挿絵に「暁」と「鐘成」の方印あり)    ☆ 天保元年(文政十三年・1830)    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇分類なし(天保元年刊)    暁鐘成『御蔭参宮風流雅帖伊勢土産』暁鐘成編    ☆ 天保二年(1831)    ◯「絵本年表」   ◇絵本(天保二年刊)    暁鐘成画『算法稽古図会』一冊 暁鐘成画・編〔漆山年表〕    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇滑稽本(天保二年刊)    暁鐘成画『湊のさかえ』二冊 暁鐘成画・作 興文堂蔵板    ☆ 天保三年(1832)    ◯『洒落本大成』第二十八巻   ◇洒落本(天保三年刊)    暁鐘成画『老楼志』署名「暁鐘成画図」胡蝶葊主人作    ☆ 天保四年(1833)    ◯「絵本年表」   ◇絵本(天保四年刊)    暁鐘成画『綿圃要務』二冊 雪堤 暁鐘成写 大蔵永常著 小林新兵衛板〔漆山年表〕    ◯「読本年表」   ◇読本(天保四年刊)※角書は省略    暁鐘成画『鎮西菊池軍記』後編 暁時成画・作〔目録DB〕    ☆ 天保五年(1834)    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇花道(天保五年刊)    暁鐘成著『生花早満奈飛』十冊 鶏鳴舎暁鐘成編(天保五-嘉永四)    ☆ 天保六年(1835)    ◯「絵本年表」   ◇絵本(天保六年刊)    暁鐘成画『天保山名所図会』二冊 編述画図 浪速 鶏鳴舎暁鐘成 塩屋喜助板〔漆山年表〕    ☆ 天保八年(1837)    ◯「絵本年表」   ◇絵本(天保八年刊)    暁鐘成画『童子往来百家通』一冊 浪華暁鐘成纂校並画図 松川半山画〔漆山年表〕    ☆ 天保九年(1838)    ◯「絵本年表」   ◇絵本(天保九年刊)    暁鐘成画『千字文絵抄』一冊 暁鐘成画 木村明啓編(文政九年原板)〔漆山年表〕    ☆ 天保十年(1839)    ◯「読本年表」   ◇読本(天保十年刊)※角書は省略    暁鐘成画『古今霊獣譚奇』暁鐘成画・作〔目録DB〕    ☆ 天保十二年(1841)    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇往来物(天保十二年刊)    暁鐘成(木村繁雄)編『女諸通用文章』一冊 蔀関牛・森春渓画 木村繁雄(暁鐘成)編〔目録DB〕    ☆ 天保十三年(1842)    ◯「絵入根本」   ◇絵入根本(天保十三年刊)    暁鐘成画    『日本第一和布苅神事』七巻七冊 暁鐘成画 並木正三著    『霧太郎天狗酒宴』  七巻一冊 暁鐘成画    ☆ 弘化二年(1845)    ◯「絵本年表」   ◇絵本(弘化二年刊)    暁鐘成画『生花早まなび』初五編 摂港鶏鳴舎暁鐘成編輯 伊丹屋善兵衛板〔漆山年表〕    ◯「見世物興行年表」(ブログ)   「浪花繁栄見物独案内」一枚摺絵図 署名「浪華 鶏鳴舎暁鐘成撰並画図」塩野喜兵衛板(弘化二巳之歳三月大新版)    ☆ 弘化三年(1846)    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇雑俳(弘化三年刊)    暁鐘成画『新撰折句画譜』一冊 暁鐘成画 松村株丸作〔目録DB〕    ☆ 弘化年間(1843~1847)    ◯「艶本年表」   ◇艶本(弘化年間刊)    暁鐘成画『艶道三歳智恵』三冊 気野行成(暁鐘成)画 曾加股平作〔目録DB〕      (注記「改題本に「倭国訓蒙図会」あり、日本艶本目録(未定稿)による」)    ☆ 嘉永三年(1850)    ◯「絵本年表」   ◇絵本(嘉永三年刊)    暁鐘成画『無飽三材図絵』三巻 編者暁鐘成並絵画 河内屋平七板〔漆山年表〕     〈〔目録DB〕は初編、暁鐘清作・画、文化四年刊。二編は幻花情史編・曉鐘成画〉    ☆ 嘉永五年(1852)    ◯「艶本年表」   ◇艶本(嘉永五年刊)    暁鐘成画『万交区新話総目』色摺 半紙本 三冊〔日文研・艶本〕        「南山婬士 鴛鴦亭主人 戯輯」       序 「延幸二脂 辛比亥 臘月上気 南山婬士 鴛鴦亭主人誌(「暁」「鐘成」印)」      奥付「南山 鴛鴦亭主人画作」      広告「【春宵奇説】赤縄快譚  鴛鴦亭作 薫◎画         【十襲秘説】春閨情史」 雲雨道人 鴛鴦亭画」         狂蝶新語 一名邪正一如 函山亭  鴛鴦亭画         朝夷磯ぜゝりの記 曲交主人編述 近刻」    ☆ 嘉永六年(1853)    ◯「絵本年表」   ◇絵本(嘉永六年刊)    暁鐘成画    『西国卅三所名所図会』画図松川半山 浦川公佐 菊川竹渓 暁鐘成図〔漆山年表〕               暁鐘成序 河内屋政七他板  ☆ 安政二年(1855)  ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇地誌(安政二年刊)    暁鐘成画『浪花名所図会』鶏鳴舎暁晴(暁鐘成)    ☆ 安政三年(1856)    ◯「絵本年表」   ◇絵本(安政三年刊)    暁鐘成著    『正信偈訓読図会』三巻 浪華翠栄堂松川半山画図 具足屋重兵衛板〔漆山年表〕                鶏鳴舎前鐘成暁晴翁編述    ◯『京摂戯作者考』〔続燕石〕①331(木村黙老著・成立年未詳) (「戯作者」の項)    〝暁鐘成    浪花の産也、木村氏、名は明啓、俗称弥四郎、暁鐘成は其戯号にして、亦鶏鳴舎と号す、童蒙教訓、民 家必用の雑書、且戯作の書数多く出す、又画に巧なり、因て同画作の書もあり、後に西生郡難波村慈雲 山瑞竜寺【今俗に鉄眼と唱ふる寺なり】門前に住す、後剃髪して、未曾志留坊一禅と号す、戯れに、田 舎の住居なれば、在職斎南坡とも称す、居宅を手鍋菴と称す、其記あり左に誌す、【嘉永五年子、還暦 の年たるにつき、俗称を晴翁とあらたむ】   手鍋菴之起原     珠光紹鷗が釜を泌らし、売茶の翁が急須を取あつかひし風流もなく、さればとて、一路居士が手取 鍋に雑炊を焚し、大隠にもあらず、唯我は、年来味噌汁を愛するが故に、あばら家の囲炉に自在の 鍵を設け、手鍋を釣て味噌汁を煮、朝な夕なに是を啜りて、太平の御恩沢を悦び、父母の高恩を思 ひ、よきにによ、あしきにによなど、白川侯の御賛ありし、自在鍵に手鍋の図をうつし、席の上座 におきて、我をつゝしむ、世人称て、手鍋菴といふ、過し頃、剃髪して、名を未噌志留坊一禅と更 たむ、其時の戯歌に、 すつてよくにたる未曾志留坊主こそ是やしやくしのすくひならまし    又、近き頃、二千年袖鑑といふ書を著す、万事の起原、神社仏閣の開基、高名の人の年暦等、都て万事 をしる捷径便利の書にて、几辺の重宝となすべし〟    (木村黙老は安政三年没)    ☆ 安政六年(1859)     ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇随筆(安政六年刊)    暁鐘成『晴翁漫筆』五巻 暁晴翁著〔目録DB〕    ☆ 没後資料  ☆ 文久二年(1862)    ◯「絵本年表」   ◇絵本(文久二年刊)    暁鐘成著    『花洛名勝図会』東山之部 八冊 図画半山梥川安信 同春翠四方在延 同東居楳川重寛 黄◎渓〔漆山年表〕                    晴翁木村明啓(暁鐘成)著    『雲錦随筆』四冊 浪華暁晴翁著 流光斎門人松好斎半兵衛画 耳鳥斎筆〔漆山年表〕             あし間蟹満序〈挿絵は松川半山画。松好斎と耳鳥斎の画は模写して引用〉    ☆ 慶応二年(1866)    ◯「絵本年表」   ◇絵本(慶応二年刊)    暁鐘成著『淡路島名所図会』初編 暁鐘晴翁輯 河内屋喜兵衛板〔漆山年表〕          (後編三冊共ニ五冊、明治二十七年六月発行)    ☆ 刊年未詳    ◯「絵入狂歌本年表」   ◇狂歌(刊年未詳)    暁鐘成著『古今馬歌集』一冊 暁鐘成著 一冊〔目録DB〕    ◯「艶本年表」   ◇艶本(刊年未詳)    暁鐘成画    『愛得務楽稜喜』色摺 四つ切判 十二図揃 序「縁厚亭指成誌」〔日文研・艶本〕    『赤繩快譚』三冊 囲炉亭薰斎(鐘成)画 鴛鴦亭主人(鐘成)作〔目録DB〕      (注記「日本艶本目録(未定稿)による」)    『春閨情史』三冊 鴛鴦亭主人画・作 巫山隠士 雲雨道人編〔目録DB〕  ☆ 明治年間(1868~1911)  ☆ 明治二十一年(1888)  ◯『古今名家書画景況一覧』番付 大阪 広瀬藤助編 真部武助出版 明治二十一年(1888)一月刊   (東京文化財研究所「明治大正期書画家番付データベース」)   ※( )はグループを代表する絵師   〝狂歌戯画    (牡丹花省柏) 式亭三馬 十反舎一九 太田蜀山人 加茂季鷹 宿屋飯盛 曲亭馬琴 山東京伝 暁鐘成〟  ☆ 明治二十二年(1889)  ◯『古今名家新撰書画一覧』番付 大阪 吉川重俊編集・出版 明治二十二年(1889)二月刊   (東京文化財研究所「明治大正期書画家番付データベース」)   ※( )はグループの左右筆頭   〝雅俗遊戯    (近松門左衛門)曲亭馬琴 浮世又平 式亭三馬 十返舎一九 太(ママ)田蜀山人      英一蝶斎   耳鳥斎  宿屋飯盛 市川白猿 浅草菴 暁鐘成(岩佐又兵衛)〟  ☆ 明治二十五年(1892)    ◯『日本美術画家人名詳伝』下p417(樋口文山編・赤志忠雅堂・明治二十五年(1892)刊)   〝暁鐘成    戯作者ナリ、姓ハ木村、名ハ明啓、鐘成ハ其ノ字、暁雞明舎ハ号、其ノ初メ、狂歌ヲ専ラ詠テ鹿廼屋真    萩ト云ヒ、又晩年鍋庵ノ席ヲ設ケ、未曽志留坊一禅ト号シ、又鐘成ノ字ヲ後チ門人ニ与ヘテ、自ラ晴翁    ト名ク、大坂ノ人、籠屋坊醸造家ノ男ナリ、性文事ヲ好ミ、別居シテ著作ヲ業トス、傍ラ浮世絵ヲ松好    斎ニ学ビテ画ク、嘗テ鐘成、心斎橋條博労坊ニ居スニ、檜ヲ以テ御殿ニ模シ、南都ノ名産且京師福井氏    ニ製ス有職器ヲ售、此居天保ノ季、官ヨリ停止ス、従テ摂ノ東成天王寺村ニ美可利家ト号ケ、一園ヲ作    リ一茅舎ヲ設ケテ、此ニ住ム、其後難波邑ニ移リ、復タ生誕セル籠屋坊ニ遷リ住ミ此ニ於テ歿ス〟  ☆ 明治二十六年(1895)  ◯『浮世絵師便覧』p214(飯島半十郎(虚心)著・明治二十六年(1893)刊)   〝鐘成(カネナリ)    大坂の人、暁鐘成と称す、画工にあらず、されどよく、画き、自画作の読本あり、◯文化〟    ☆ 明治二十七年(1894)    ◯「絵本年表」   ◇絵本(明治二十七年刊)    暁鐘成著『淡路国名所図会』五冊 故松川半山翁画・故浦川公左画図 故暁晴翁鐘成著 藻文堂版〔漆山年表〕     〈国立国会図書館デジタルコレクション画像あり〉    ◯『名人忌辰録』下巻p18(関根只誠著・明治二十七(1894)年刊)   〝暁鐘成 真萩    本姓木村氏、称弥四郎、大坂元福井町、和泉屋太兵衛と云ふ。醤油造商なり、若年に家出して天王寺寺    町に住し、鹿を飼養して鹿の屋と云ふ戯作を好み、巡島記の続編をも綴れり。晩年丹波に旅行して百姓    一揆の檄文を草せし事により京に拘引せられ、万延元年十二月十九日牢内にて死す、歳六十八。摂州西    成郡正覚寺に葬る〟    ☆ 明治二十八年(1895)  ◯『浪華百事談』〔新燕石〕(著者未詳・明治二十八年頃成立)   ◇「著述者暁鐘成の宅并事跡」②200   〝暁鐘成は、文政、天保の頃より、浪花に於て有名なる戯作の一大家たり、姓は木村、名は明啓、俗称は    知らず、著作の名は、鶏明舎暁鐘成、又、狂歌の名を鹿廼舎真萩といへり、浪花の人、旅籠町通り西横    ぼりの西、醸造家の息なるよし、一畸人にして、其始め狂歌を専らに楽しみし由、【其師は誰か聞ず】    後には戯作をなせり、余幼年の頃【天保中】既に心斎橋筋博労町通りに北の方西側に卜す、【心斎橋博    労町西北角は、書林岡田河内屋茂兵衛宅にて、其北隣なりしかと思へり】其居宅異風の構へにて、表口    は僅かに二間半か三間ばかりにして左に図する如く、床を高くつくり、すべて檜を以て御殿のさまに模    し造り、翠簾をかけ、高麗べりの畳をしき、庭はしき瓦をたゝみ、其奥の方には枝折門を造り、南の方    の壁は築地の如くになし、上の口には階をつくり、高欄をつけて、真鍮にてつくる葱宝珠をつけたり、    (編者注、居宅の図あり)而して南都の名産と称し、名所になぞらへたる田麩、みそ、菓子などを自製    して、おの/\報条をそへて売り、将此ごろ、世人有職ものゝ呼びし、京都禁裏境町御門の外に住せる    福井又四郎がつくれる、白木づくりに菊又は高尚なる画をゑがきたる色紙かけ、短冊かけ、冠台、柳ば    こ、五節句のかざり物、遠山台などのたぐゐ、又土にて製せる神代器の模造抔もうられ、浪花中に類な    き一奇のものなりしが、天保十三年徳川氏改革、民家質素倹約の令ありし時、御殿づくりを官より咎め    て、破毀せしめたり〟   ◇「豆茶店并浮世亭」②274   〝瑞竜寺の表門より壱丁東に、南へ通ずる路あり、其西南角に、むかし豆茶店といへるもの有りしとぞ、    余幼年の頃 天保 、名のみ残りて茶店はなく、暁鐘成翁が寓居にて、其南の方に路次ありて、其奥の    方には庭もあり、小座しき抔も後人の建しものあり、豆茶店ありしは、いつの頃のことなる歟、又、其    名昔のことなれば、炒まめを売るよりの名か、或ひは白大豆の炒たるを、茶に入れしものを豆茶といへ    れば、それを客に出せしものか、知れず、余が少年の頃には、暁翁の寓の傍らの路次の内にて、浮世亭    と号て、茶店を初めぬ、此茶店は、何品も一種の価壱分五厘とせり、そは、茶料も、菓子も、酒一瓶も、    酒肴一皿も、すべて右の価なり、これ浮世壱分五厘をいふ、古き語によりての趣向なり、暫時にてやめ    たり〝  ◯『浮世絵備考』(梅山塵山編・東陽堂・明治三十一年(1898)刊)   (国立国会図書館デジタルコレクション)(59/103コマ)   〝暁鐘成【文化元~十四年 1804-1817】    本姓木村氏、通称弥四郎、大阪元福井町の和泉屋太兵衛が四男にて醤油醸造を業とせしが、放蕩にして    家事を顧ず、天王寺中寺町に草庵を結び、庭に数根の萩を植ゑ、茲に鹿の子を飼ひて、自ら鹿の舎真萩    と戯名し、好める戯作に口を糊せり、後ち心斎橋通り博労町に移り、味噌を製りて商ひ、その味噌に手    前味噌、悋気の焼味噌などと、種々をかしき名を負しぬ、後再び江戸堀南通二丁目に移り、専ら著述を    業とせしが、一歳妻の縁家を尋ねて、丹波国福知山に遊びし時、郷民百姓等の、城主朽木近江守が処分    に不服の筋ありて、強ひて訴を起さむ為めに、鐘成にその願書を起草せしめたり、斯れど百姓等の願意    上達せずして、終に竹槍蓆籏の騒動となりし時、請はるゝ侭に、鐘成は一揆の首領となり、朽木家の老    臣某を謀殺せしより、首謀者は一同京都へ引致せられ、鐘成も獄舎に繋がれ、再三糾問を受けし末、放    免せらるべかりしに、朽木家に支障ありて、なほ囹圄(獄舎)の中に日を経るうち、万延元年十二月十九    日、俄然獄中の鬼となりぬ、享年六十八、遺骸は大阪の親族引取りて、西成郡浦江村正覚寺に葬る、法    号釈道観居士、鐘成は浮世絵師にはあらねど、自画作の読本を出版したりと云ふ〟  ◯『浪華名家墓所記』(宮武外骨編 雅俗文庫 明治四十四年(1911)三月刊)   〝暁晴翁(戯作者)安政七年(ママ)十二月十九日没 年六十八 西成郡 正覚寺    雑録の著述家にして其名世に鳴る、初鐘成と号し後晴翁と号す、一に鶏鳴舎、或は未曽志留坊一禅と戯号    す、著述の書多く世に行はる、後年難波鉄眼前に住す、終に旧地福井町にて没す、西国三十三所名所図会、    東山名所図会、摂津名所図会大成、淡路名所図会、小豆島名所図会、其余枚挙するに遑あらず〟  ☆ 昭和以降(1826~)  ◯『浪速叢書』第七 船越政一郎編 浪速叢書刊行会 昭和二年(1927)   (国立国会図書館デジタルコレクション)   ◇「暁鐘成伝」石割松太郎   〝鐘成は「かねなる」と訓むのを正しとする〟   〝寛政五年に生まれ、万延元年十二月十九日、六十八歳で没した。(中略)    氏は木村、名は明啓、通称は和泉屋弥四郎と呼んだ、暁鐘成、鶏明舎、漫戯堂、鹿(かぐ)廼舎真萩、美    可利家、手鍋庵、未曾志留坊一禅、晴翁などを号とし、文事を好み、専ら狂歌を詠み、雑学戯作三昧に    一生を送つた近世浪花の一畸人である   〈著者石割によると、美可利家とは鐘成が営んだ大坂の席貸し料亭名。「福泉外史、寺隣庵、枸杞庵」の仮称ありとする〉    嘉永六年己丑の春、門人安部貞昌に「暁鐘成」を譲った。後、丹波福知山に遊び、朽木騒動に連座して    獄に繋がれ、釈放されて後二十日余にして逝いた〟   〈石割は死因を毒殺ではないかと推測している。なお朽木騒動に関する記事もあるが省略した〉    二世鐘成が、万延元年三月十一日、四十四歳で春翁の鐘成に先ち没したがために、鐘成著のうちに一世    二世の混淆避け難く、その識別は極めて困難事である(云々)〟   〈以下、鐘成の著作目録あるも省略〉  ◯『狂歌人名辞書』p51(狩野快庵編・昭和三年(1928)刊)   〝暁鐘成(初代)、別号・鶴鳴舎、又暁晴翁、通称木村弥四郎、名は明啓、大坂の戯作者にして狂歌の号    を鹿廼舎真萩といふ、万延元年十二月十九日京都にて牢死す、年六十八〟    ◯「日本小説作家人名辞書」(山崎麓編『日本小説書目年表』所収、昭和四年(1929)刊)   ◇「暁鐘成」p696   〝暁鐘成    木村明啓、通称弥四郎、鶏鳴舎、鶏明舎、暁晴翁、晴翁、漫戯堂等の号あり、狂名を鹿の舎真萩、又美    足斎象水と云ふ。大阪籠屋町和泉屋太兵衛と云ふ造酒家、若年に家を去り天王寺に住み、庭前に萩を植    ゑ鹿児を飼ったので、鹿の舎真萩といふ。後遂に江戸に出て晩年大阪に帰り、万延元年(1860)十一    月十九日没、享年六十八、摂洲西成郡浦江村西楽寺に葬る〟     ◇「美足斎象睡」p834    〝美足斎象睡    美足斎象水と同じ、暁鐘成の別号、「流行謡混雑唱舞」(寛政元年(1789)刊)の作者〟     ◇「暁晴翁」p738   〝暁晴翁    暁鐘成を見よ〟    ◯『浮世絵師伝』p27(井上和雄著・昭和六年(1931)刊)   〝鐘成    【生】寛政五年(1793)   【歿】万延元年(1860)十二月十九日-六十八    【画系】          【作画期】文政~嘉永    大阪の人、名は明啓、俗称弥四郎、暁鐘成・鶏明舎・嫚戯堂、鹿廼屋眞萩・手鍋庵・未曾志留坊一禪等    の数号あり、後ち鐘成の号を門人に護りて晴翁と改む。彼は大阪の醤油醸造家和泉屋太兵衛の男にして、    戯作をよくし又自から挿画せるもの尠からず、晩年丹波福知山に赴き、百姓一揆の檄文を作りて忌諱に    触れ、獄中に於て病死せりと云ふ。墓所は摂津国西成都浦江村勝楽寺(又、正覚寺とも)なり〟    ◯『浮世絵年表』(漆山天童著・昭和九年(1934)刊)   ◇「文化九年 壬申」(1812) p182   〝正月、暁鐘成の画ける『大門口鎧襲』出版〟     ◇「文政七年 甲申」(1824) p199   〝正月、大阪の暁鐘成の画ける『澱川両岸勝景図会』出版〟     ◇「文政九年 丙戌」(1826) p202   〝六月、暁鐘成の画作『世話千字文絵抄』出版〟     ◇「天保六年 乙未」(1835) p214   〝五月、大阪の暁鐘成の画作『天保山名所図会』出版〟     ◇「嘉永六年 癸丑」(1853) p232   〝三月、松川半山・浦川公左・菊川竹渓・暁鐘成等の画ける『西国三十三ヶ所名所図会』出版〟     ◇「万延元年(閏三月朔改元)庚申」(1860) p239   〝十二月十七日、大阪の暁鐘成歿す。行年六十八歳。(本姓は木村、俗称弥四郎、名は明啓、暁晴翁、鹿    の屋真萩、漫戯堂等の号あり。戯作狂歌を能くし、又浮世絵を画けり。丹波福地山に遊び藩主の失政あ    るを見て、人民の為に訴状、檄文等を草し、獄に投ぜられ、遂に獄中に死せりといふ)〟    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   〔暁鐘成画・作版本〕    作品数:104点(「作品数」は必ずしも「分類」や「成立年」の点数合計と一致するとは限りません)    画号他:木村・繁雄・明啓・鶏鳴舎・暁鐘成・暁鐘成一世・鶏鳴舎暁鐘成・尭晴・暁晴・暁晴翁・        鶏鳴舎暁晴翁・木村明啓・木村繁雄・泉屋弥四郎・和泉屋弥四郎・鴛鴦亭・鴛鴦亭主人・        囲炉亭薫斎・鹿廼家真萩・鴛鴦亭・気野行成    分 野:地誌(名所図絵等)17・往来物16・読本10・絵入根本7・咄本6・洒落本4・        艶本4・歌舞伎4・滑稽本3・随筆3・年代記3・雑俳3・伝記3・演劇2・占卜2・        俳諧2・節用集1・風俗1・寺院1・絵画1・地図1・教訓1・狂歌1・動物1・便覧1・        雑記1・和算(塵劫記)1・地図1    成立年:享和頃    (1点)        文化3・11~12・14年(6点)        文政3~13年(36点)        天保2~6・8・10・12~13・15年(15点)        弘化2~5年 (5点)(弘化年間合計6)        嘉永2~6年 (7点)(嘉永年間合計8)        安政2~4・6~7年 (7点)(安政年間合計8点)        文久1~3年 (4点)        万延1年   (1点)        慶応2~3年 (2点)     Top          浮世絵師総覧          浮世絵師名一覧