Top浮世絵文献資料館浮世絵師総覧
 
☆ いってい はなぶさ 英 一蜓 (英一蜂二代)浮世絵師名一覧
〔 ? ~ 天明8年(1788)6月112日・享年未詳〕
 ☆ 明和四年(1767)    ◯『活花百瓶図』二巻 千葉龍朴撰 東雲堂板(漆山又四郎著『絵本年表』より)    上巻 英一蜓・鄰枩・小松軒・寒葉斎・龍水・魚彦・柳文朝・英一川等画    下巻 保国・宮川春水・宋紫石等画    ☆ 明和六年(1769)
 ◯『古今諸家人物志』「英画」〔人名録〕③47(奥村意語編・明和六年十一月刊)   (「英一蝶」の項)   〝男 一蜂男  姓英 名(空白) 字(空白) 号一廷 東都人。画を以て行る。居東武北鞘町〟    ☆ 安永五年(1776)
 ◯『今日歌集』〔江戸狂歌・第一巻〕木室卯雲著・安永五年(1776)刊   〝英一蝶が図をもて一蜓が書たる箍(タガ)掛の画に  (木室卯雲詠)      千代能か底ぬけ桶に◎かけて水をたまらせ月をやどらせ〟       ◎は表示不能文字(竹冠+輪、読みは「タガ」)    〈鎌倉時代、安達千代野という娘が鎌倉海蔵寺の井戸水を汲もうとした、ところが箍がはずれて桶の底がすっぽり抜け     てしまった。その時、千代能は「千代能がいただく桶の底ぬけて水たまらねば月もやどらじ」と詠んだという挿話が     ある。以来その井戸を「底抜けの井戸」と称するが、木室卯雲の狂歌はその挿話を踏まえている。詞書の意味は一蜓     が一蝶の図を見て画いた箍掛け(箍職人か)の絵に賛を寄せたというのであろう〉    ☆ 没後資料    ◯『古画備考』四十四「英流」(朝岡興禎編)   ◇「英流」系譜 下p1932
   「英流」〝(初代一峰門人)一蜂 始一蜓、天明八年六月十二日歿、葬築地本願寺中真光院、遺跡志〟      ◯『新増補浮世絵類考』〔大成Ⅱ〕⑪182(竜田舎秋錦編・慶応四年成立)
   「英一蝶系譜」    〝(英一蝶)門人 二代 一蜂【始メ一艇ト云フ。天明八年六月十二日卒。西本願寺中真光院ニ葬ス】〟    ◯『浮世絵師便覧』p203(飯島半十郎(虚心)著・明治二十六年(1893)刊)   (「一蜂」二代の項)   〝一蜂(ポウ) 二世、初め一蜓といふ、天明八年死〟