Top浮世絵文献資料館浮世絵師総覧
 
☆ ほくが かつしか 葛飾 北雅浮世絵師名一覧
〔生没年未詳〕
   ☆ 天保八年(1837)    ◯「絵本年表」(〔漆山年表〕は『日本木版挿絵本年代順目録』)   ◇絵本(天保八年刊)    葛飾北雅画『日光山志』五冊 花菱斎北雅筆 可庵武清筆 齢七十二画狂老人卍筆〔漆山年表〕                  二世柳川重信 文晁 須原屋伊八他板  ☆ 天保十年(1839)
 ◯「浮世絵雑考」島田筑波著(『島田筑波集』上巻・日本書誌学大系49)   (「国貞の奉額」の項)   〝天保十年の千駄ヶ谷の新日暮の開帳があつたときに、こゝに書画堂が造られて、天井の寄合画を北斎の    門人花菱斎北雅が画いてゐる〟    ☆ 天保十三年(1842)
 ◯『【江戸現在】公益諸家人名録』二編「ヤ部」〔人名録〕②81(天保十三年夏刊)   〝画 北雅 名信之 号花菱斎 牛込川田窪 山寺妙之助〟    ☆ 嘉永三年(1850)
 ◯『反古のうらがき』中54(鈴木桃野著・嘉永三年記)   (「栗園」の項)   〝予が友北雅君は、よく浮世絵をかき給ひて、おしえ子も多く侍りける。其中に栗園といへる人ありけり    これもよく絵をかきて、常々北雅君を訪ひ侍りけり〟    〈「予」とあるのは鈴木桃野。御書物奉行・鈴木白藤の長子〉    ☆ 刊年未詳    ◯「絵入狂歌本年表」(〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇狂歌(刊年未詳)    葛飾北雅画    『狂歌列仙画像集/続編』一冊「画図 花菱斎北雅」五車亭亀山編〔目録DB画像〕    『狂歌佐々那美』    岳亭・北雅等画 便々館湖静編〔目録DB〕    ☆ 没後資料    ◯『香亭雅談』下p9(中根淑著・明治十九年(1886)刊)   〝鈴木桃野、友人山寺北雅に詣る、酒を飲み、会栗園なる者至る、北雅素より画を北斎に学び、栗園は其    の弟子なり(以下栗園の挿話、略)〟
 ◯『葛飾北斎伝』p327(飯島半十郞(虚心)著・蓬枢閣・明治二十六年(1893)刊)   〝葛飾北雅 江戸の人。姓氏詳ならず〟
 ◯『浮世絵師便覧』p206(飯島虚心著・明治二十六年刊)   〝北雅(ホクガ) 葛飾を称す、北斎門人、◯文化、文政〟
 ◯『浮世画人伝』(関根黙庵著・明治三十二年(1899)刊)   ◇「富川吟雪」の項 p51   〝吟雪歿後、門人妙之助山本氏、二世吟雪と号せしが、后(コウ)北斎の門に入りて、北雅と改む〟
  ◇「葛飾北斎系譜」p121   〝北雅(北斎門人)二世富川吟雪〟
    「葛飾北斎系譜」    ◯『浮世絵師伝』p170(井上和雄著・昭和六年(1931)刊)   〝北雅    【生】           【歿】    【画系】北斎門人      【作画期】文化~天保    葛飾を称す、天保十三年版の『広益諸家人名録』に、「北雅、名信之、一号花菱斎、牛込川田窪、山寺    妙之助」とあり〟
 ◯『浮世絵年表』(漆山天童著・昭和九年(1934)刊)    ◇「天保八年 丁酉」(1837)p216   〝正月、北斎・柳川重信・北雅等の挿画に成れる『日光山志』出版〟
 △『増訂浮世絵』p97・244(藤懸静也著・雄山閣・昭和二十一年(1946)刊)   〝(富川吟雪の項)    門人に二世吟雪を称したものがあるが、後ち北斎の門に入り、北雅と改めたといふことである〟   〝(北斎の門人の項)    北雅 葛飾を画名とす。壊疽の人〟    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   〔葛飾北雅画版本〕    作品数:2点    画号他:北雅・葛飾北雅    分 類:狂歌2    成立年:記載なし    『狂歌佐々那美』   便々館湖静編・岳亭定岡等と合作    『狂歌列仙画像集続編』五車亭亀山編