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☆ ほくが ほうてい 抱亭 北鵞浮世絵師名一覧
〔 ? ~ 天保6年(1835)・享年未詳〕
(抱亭五清〈ごせい〉参照)
 (東京堂出版『浮世絵大事典』「抱亭五清」によると、北鵞の五清への改名は文化七年(1810)中のこととされる)  ※〔漆山年表〕:『日本木版挿絵本年代順目録』 〔目録DB〕:「日本古典籍総合目録」   〔狂歌書目〕:『狂歌書目集成』  ☆ 文化四年(1807)    ◯『市川白猿追善数珠親玉』(立川談州楼序・文化四年正月刊)    〈白猿追悼の肖像画。早稲田大学図書館「古典籍総合データベース」所収の画像より〉      (香炉に牡丹図)署名「北鵞画」         (他に豊国画・鳥居清長筆・笑艸筆・六十四歳春好左筆 菱川宗理画・政奴画・辰斎画・北鵞画・     向島隠居之像葛飾北斎写之)      〈追悼詠〉    〝鳴神のをとに涙の大雨は此世の注連のきれてゆく雲 歌川豊国〟    〝いにしへ一切経を取得たるハ三蔵法師 今台遊法子と戒名もいとたふとし       念仏の百首をよみて西遊記孫悟空にもまさる石猿 かつしか北斎〟    〝写してもうつりてかなし氷面鏡 春好〟    〝はつ雪やきゆるものとハ知ながら 菱川宗理〟    〝我みちの筆も涙のこほりかな 清長〟    〝秀鶴が身まかりし比の句をおもひいでゝ 今又念仏百首     よまれて極楽の舞台に同座せらるゝ御仏にゑかう申て      仲蔵がましじやとおもふ暑哉といひしましらも南無阿弥陀仏 尚左堂俊満〟    〈北鵞の追悼詠はないようだ〉      ☆ 文化五年(1808)    ◯「日本古典籍総合目録」   ◇読本(文化五年刊)    抱亭北鵞画『孝子嫩物語』抱亭北鵞・昇亭北寿・蹄亭北馬画 高井蘭山   ◇咄本(文化五年刊)    葛飾北鵞画『おとしはなし』葛飾北鵞画 三笑亭可楽作〔目録DB〕    ☆ 文化六年(1809)     ◯「絵本年表」   ◇絵本(文化六年刊)    抱亭北鵞画『春祝』一冊 北鵞画 六樹園判 春樹園開巻〔漆山年表〕    ☆ 文化七年(1810)     ◯「絵本年表」   ◇絵本(文化七年刊)   〝抱亭北鵞画『千もとの華』狂歌 一帖〔漆山年表〕     洛陽醍醐図 紅翠斎北尾繁昌行年七十二歳画 柳々居辰斎画     抱亭北鵞筆 画 雪旦 北馬画〟     千首楼序    ☆ 文化十年(1813)     ◯「絵本年表」   ◇絵本(文化十年刊)    抱亭北鵞画『狂歌堀川次郎百首』一冊 北鵞外画 六樹園選 蔦屋重三郎板〔漆山年表〕    ☆ 天保四年(1833)   ◯『無名翁随筆』〔燕石〕③312(池田義信(渓斎英泉)著・天保四年成立)   (「葛飾為一」の項、北斎門人)
    「葛飾為一系譜」   〝北斎と号しての門人 北鵞【スリ物多シ、ヨミ本アリ】〟    〈この北鵞は、北斎門人、読本ありということから、抱亭北鵞と見られる〉    ☆ 天保年間(1830~1843)    ◯「絵入狂歌本年表」   ◇狂歌(天保年間刊)    葛飾北鵞画『狂歌古川百首』一冊 葛飾北鵞画 六橋園渡編 六樹園版〔狂歌書目〕     ☆ 嘉永元年(弘化五年・1848)     ◯「絵本年表」   ◇絵本(嘉永元年刊)    卍楼北鵞画『風俗文選犬謹解』三巻 北鵞写 彦藩永海写 笙翁他画 葎甘介我著〔漆山年表〕     ☆ 嘉永三年(1850)    ◯「【高名時花】三幅対」(番付・嘉永三年五月刊『日本庶民文化史集成』第八巻所収)   (上から六段目(最下段)東筆頭から四番目)   〝浮絵 タツ丁 一雄斎国輝 ・看板 サルワカ 山本重五郎 ・行燈 フカガワ 箕田北鵞    〈国輝は初代の国輝を思われるが、「浮絵」と「タツ丁」がよく分からない。猿若町の山本重五郎は番付等の板元か。     深川住の抱亭(三田)北鵞は行灯絵に評判を得ていたようである〉    ☆ 没後資料    ◯『増補浮世絵類考』(ケンブリッジ本)(斎藤月岑編・天保十五年(1844)序)   (「葛飾為一」の項)
    「葛飾北斎系譜」     〝北斎と号しての門人     抱亭北鵞 すり物よみ本多し〟     ◯『新増補浮世絵類考』〔大成Ⅱ〕⑪188(竜田舎秋錦編・慶応四年(1868)成立)    (「宮川氏系譜」の項)
    「宮川長春系譜」     〝抱亭ト号ス。摺物読本多シ〟    ◯『古代浮世絵買入必携』p3(酒井松之助編・明治二十六年(1893)刊)   〝北鵞    本名〔空欄〕   号〔空欄〕   師匠の名 葛飾北斎  年代 凡六七十年前     女絵髪の結ひ方 第十図・第十一図・第十二図(国立国会図書館 近代デジタルライブラリー)    絵の種類 並判、小判、摺物、絵本、肉筆    備考   錦絵、摺物等の図は花鳥山水人物多し〟    ◯『葛飾北斎伝』(飯島半十郞(虚心)著・蓬枢閣・明治二十六年(1893)刊)   (葛飾北斎の門人)   〝北鵞 江戸の人。京橋に住し、抱亭と号す。摺物、読本あり。其の家貧しけれども、常に上品の絵具を    貯ふ多し。他の画工来りて、これを請へば、喜びて与へしと。一奇人なり。【書肆村幸の話】〟    ◯『浮世絵師便覧』p206(飯島虚心著・明治二十六年刊)   〝北鵞(ホクガ) 抱亭と号す、摺物多し、北斎門人、◯文化、文政〟    ◯『浮世絵備考』(梅山塵山編・東陽堂・明治三十一年(1898)刊)   (国立国会図書館デジタルコレクション)(60/103コマ)   〝葛飾北鵞【文化元~十四年 1804-1817】    抱亭と号す、為一の門弟にて、摺物、読本等を画けり〟  ◯『浮世絵年表』(漆山天童著・昭和九年(1934)刊)   ◇「文化四年 丁卯」(1807)p176   〝正月、鳥居清長・歌川豊国・勝川春好・菱川宗理・柳々居辰斎・葛飾北鵞等の画『追善数珠親玉』出版〟     ◇「文化七年 庚午」(1810)p179   〝正月、辰斎・北鵞・北馬・北尾重政・長谷川雪旦等の画ける『狂歌千もとの華』出版〟    △『増訂浮世絵』p239(藤懸静也著・雄山閣・昭和二十一年(1946)刊)   〝抱亭北鵞    北斎門下の一人で、武者絵其他の錦絵若干、摺物、絵本の挿絵、肉筆絵等、相当に遺作が現存する。氏    は三田、名を小三郎と云ひ、抱亭、卍楼などの号あり、又、方亭と記した落款もある。江戸に在りて文    政年間に製作に従事してゐた。北鵞の晩年について、伝ふる処によれば、事ありて破門の憂目に遇ひ、    江戸を去つて信州地方に流寓し、全く別な画風で作画して居つたとも云ふ〟    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   〔抱亭北鵞画版本〕    作品数:3点    画号他:葛飾北鵞・抱亭・抱亭北鵞    分 類:読本1・咄本1・狂歌1    成立年:文化5年(2点)        天保年間(1点)     (3点の内訳は以下の通り)    『孝子嫩物語』 読本 高井蘭山作  抱亭北鵞・昇亭北馬・蹄斎北馬画・文化五年(1808)刊    『おとしはなし』咄本 三笑亭可楽撰 葛飾北鵞画           文化五年刊     〈上記のように抱亭北鵞の五清改名は文化七年、従って、以上2点は抱亭北鵞画である〉    『狂歌古川百首』狂歌 六橋園渡編  葛飾北鵞画           天保年間刊     〈天保年間刊であるから、『狂歌古川百首』の北鵞は卍楼北鵞である〉
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