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☆ ぼくせん まき 牧 墨僊絵師名一覧/td>
〔安永4年(1775)~ 文政7年(1824)4月8日・50歳〕
(喜多川歌政〈うたまさ〉初代参照)
 ☆ 寛政八年(1796)    ◯「絵本年表」(〔漆山年表〕は『日本木版挿絵本年代順目録』)   ◇絵本(寛政八年刊)    慶遊斎歌政画『常棣』俳句 一巻 慶遊斎歌政画 東壁堂板〔漆山年表〕     〈〔目録DB〕は知足斎伝芳編とし、歌政は牧墨僊画とする〉    ☆ 寛政十二年(1799)     ◯「絵本年表」(〔漆山年表〕は『日本木版挿絵本年代順目録』〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇絵本(寛政十二年刊)    月光亭哥政画『願廼糸』狂歌 一帖 月光亭哥政筆 酔竹庵序〔漆山年表〕    ☆ 享和二年(1802)    ◯『滝沢家訪問往来人名録』上p41(曲亭馬琴記・享和二年)   〝名古屋 北亭歌政ト号 画家 牧登様〟    〈牧墨僊。歌政初代〉    ☆ 文化六年(1809)     ◯「絵本年表」(〔漆山年表〕は『日本木版挿絵本年代順目録』〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇絵本(文化六年刊)    牧墨僊画    『絵本二葉集』二冊 哥政画彫 桂園述〔漆山年表〕    『北亭夷歌集』一冊 牧墨僊画・編 風月堂孫助他板〔目録DB〕    『狂画苑』一冊 月光亭墨僊画〔漆山年表〕    『狂画』 一冊 牧墨僊画  〔目録DB〕    ◯「絵入狂歌本年表」(〔狂歌書目〕は『狂歌書目集成』・〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇狂歌(文化六年刊)    牧墨僊画『名古屋於飛』一冊 墨僊画 月花庵撰〔狂歌書目〕    ☆ 文化七年(1810)     ◯「絵本年表」(〔漆山年表〕は『日本木版挿絵本年代順目録』〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇絵本(文化七年刊)    牧墨僊画『一宵話』三冊 北亭墨僊画 尾張牧墨僊輯〔漆山年表〕    ◯『一宵話』〔大成Ⅰ〕⑲387(秦鼎著・文化七序・跋)   (挿絵に〝北亭墨僊画〟〝墨僊画〟〝月光亭墨僊写(「北」「亭」印)あり〟    〈『一宵話』は牧墨僊の編集とされてきたが、葛西因是の序から秦鼎の作とされた。文化七年に天錫道人跋。「解題」     に〝牧墨僊 名は信盈、俗称は新次郎、登、助右衛門等と改めた。雅号は月光亭、北亭、百斎、墨酔山人。喜多川歌     麿門人時代歌政、のち葛飾北斎の門人となり甚だ親しかった。名古屋に浮世絵の根を下したのは此人であった。絵本     の挿絵や自刻の銅版絵挿画がある。名古屋藩士、文政七年四月八日没す。享年五十。名古屋市中区裏門前町万松寺に     葬る〟とあり〉    ☆ 文化八年(1811)     ◯「絵本年表」(〔漆山年表〕は『日本木版挿絵本年代順目録』)   ◇絵本(文化八年刊)    牧墨僊画『樽ひろひ』狂歌一冊 月光亭墨僊画〔漆山年表〕     ◯「絵入狂歌本年表」(〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇狂歌(文化八年刊)       牧墨僊画『狂哥樽ひろひ』一冊 月光亭墨僊画〔目録DB〕     ☆ 文化十一年(1814)     ◯「絵本年表」(〔漆山年表〕は『日本木版挿絵本年代順目録』)   ◇絵本(文化十一年刊)    『北斎漫画』一編 東都画工葛飾北斎筆 半洲散人序 永楽屋東四郎板〔漆山年表〕             尾陽名古屋校門人 北亭墨僊・東南西北雲    ◯『北斎漫画』初編(文化十一年(1814)刊)    (半洲散人の序、文化九年(1812)秋、北斎の名古屋滞在記事)   〝今秋、翁たま/\西遊して我が府下に留る。月光亭墨仙(ママ)と一見相得て、驩はなはだし頃、亭中に於    て品物三百余を図をうつす。仙仏士女より初て鳥獣草木にいたるまで、そなはざることなく(以下略)〟    〈「驩(ヨロコビ)はなはだし頃」と判読してみたが自信はない。北斎と墨僊が意気投合して甚だ喜んだは通じるが、     「頃」の文意が通らない。文化十年の秋、北斎が名古屋の牧墨僊宅に滞在し、その間に画いた森羅万象の図像、これ     が『北斎漫画』の原稿になったようだ。なお、これに「漫画」の名称を与えたのは北斎自らとある〉    ☆ 文化十二年(1815)    ◯「絵本年表」(〔漆山年表〕は『日本木版挿絵本年代順目録』〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇絵本(文化十二年刊)    牧墨僊画    『墨僊叢画』一冊 葛飾北斎門人月光亭墨僊画図 半洲散人序〔漆山年表〕    『写真学筆』一冊 署名「画図 葛飾先北斎戴斗門人 月光亭墨僊」文化乙亥春 半洲散人序〔目録DB〕    〈上掲は同じ本。〔目録DB〕は『写真学筆』を統一書名とし『墨僊叢画』を別書名とする〉     ☆ 文化十三年(1816)    ◯『三体画譜』(ARC古典籍ポータルデータベース画像)     序 「乙亥のとし霜月雪ふりたる朝、蜀山人書」〈乙亥は文化十二年〉     刊記「東都画工 北斎改葛飾戴斗 同校合門人 魚屋北渓 斗円楼北泉/        尾陽名古屋校合門人 月光亭墨僊 東南西北雲」    ☆ 文化十四年(1817)     ◯「絵本年表」(〔漆山年表〕は『日本木版挿絵本年代順目録』〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇絵本(文化十四年刊)    牧墨僊画『狂歌弄花集』一冊 墨僊画 右馬耳風撰〔漆山年表〕     〈〔目録DB〕は墨僊等画・橘庵田鶴丸編とする〉     ◯「絵入狂歌本年表」(〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇狂歌(文化十四刊)    牧墨僊画『狂歌弄花集』一冊 墨僊等画 橘庵田津丸編〔目録DB〕    ◯『葛飾北斎伝』(飯島半十郞(虚心)著・蓬枢閣・明治二十六年(1893)刊)   (文化十四年(1817)十月五日、北斎、名古屋にて半身の大達磨像を画く)   ◇事前に頒布された摺物(縮図)の裏面記事 p110   〝文化十四年、丁丑十月五日、名古屋西掛所境内に於て、東都の画工北斎戴斗、半身の達磨の像を画く。    此日見物の人、群をなす。其縮図の摺物、永楽屋東四郎が店にて商ふ。則(スハワチ)これを求めて、後世    の談柄とす。北斎は其(ソノ)砌(ミギリ)半年程、鍛冶屋町牧助右衛門墨僊の家に寓居す。明治九年丙子    十月五日得之、翠竹居津田氏所蔵〟    〈永楽屋東四郎は『北斎漫画』の板元。牧墨僊は北斎門人。名古屋では墨僊の許に約半年程滞在したようだ〉     ◇十月五日当日の様子を記した、高力種信の『北斎大画即書細図』より   〝文化十四年丁丑の春より、東都の画工、北斎戴斗、我が名陽に来りて、何某のもとに逗留す〟    〈名陽は名古屋、何某は牧墨僊。北斎の名古屋滞在は、文化九年の秋同様、牧墨仙宅、期間は春から十月過ぎまで〉    ☆ 文化年間刊(1804~1817)    ◯「絵入狂歌本年表」(〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇狂歌(文化年間刊)    牧墨僊画『狂歌春告鳥』一冊 牧墨僊画 橘庵田鶴丸編〔目録DB〕     ☆ 文政元年(文化十五年・1818)    ◯「読本年表」(〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇読本(文政元年刊)    牧墨僊画     『復讐曠世奇談』月光亭墨仙画 振鷺亭作  〔目録DB〕    『謡曲春栄物語』北亭墨僊画  栗杖亭鬼卵作〔目録DB〕    ☆ 文政二年(1819)    ◯「読本年表」(〔中本型読本〕は「中本型読本書目年表稿」)   ◇読本(文政二年刊)    牧墨僊画『薄雲伝奇廓物語』百斎墨僊画 狐郭亭主人作〔中本型読本〕    ☆ 文政三年(1820)    ◯「読本年表」(文政二年刊)   ◇読本(文政三年刊)    牧墨僊画『玉照物語』百斎墨僊画 醒々堂烏有作〔目録DB〕    ◯『北斎麁画』(葛飾戴斗筆・文政三年序)   (奥付に)   〝東都画工 葛飾戴斗筆    尾張名古屋 校合 門人 月光亭墨仙 戴璪 北鷹 月斎歌政〟    <金沢美大附属図書館「絵手本DB」に画像があります>    ☆ 文政六年(1823)    ◯『一筆画譜』(葛飾北斎筆・文政六年序)(ARC古典籍ポータルデータベース画像)    奥書「東都画工 葛飾北斎筆/尾陽名古屋 校 門人 北亭墨僊/東南西北雲」永楽屋東四郎他板    ☆ 刊年未詳    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇絵本・絵画(刊年未詳)    牧墨僊画『狂画集』一冊 月光亭墨僊画〔目録DB〕    ☆ 没後資料    ☆ 天保四年(1833)    ◯『無名翁随筆』〔燕石〕③212(池田義信(渓斎英泉)著・天保四年成立)   (「葛飾為一」の項、北斎門人)
    「葛飾為一系譜」     〝北斎と号しての門人 斗図楼墨僊【名古屋ノ産、画本ヲ出ス】〟    ☆ 弘化元年(1844)    ◯『増補浮世絵類考』(ケンブリッジ本)(斎藤月岑編・天保十五年(1844)序)   (「葛飾為一」の項、北斎門人)
    「葛飾北斎系譜」     〝北斎と号しての門人      斗円楼 墨僊【月江亭、名古屋産 画本出す】〟    ☆ 文久三年(1863)     ◯「絵本年表」(〔漆山年表〕は『日本木版挿絵本年代順目録』)   ◇絵本(文久三年刊)    牧墨僊『いなりあんとう』一冊 牧墨僊画 月墨廼屋のあるし序〔目録DB〕〈『稲荷行灯』〉     ☆ 明治元年(慶応四年・1868)    ◯『新増補浮世絵類考』〔大成Ⅱ〕⑪188(竜田舎秋錦編・慶応四年成立)   (「宮川氏系譜」の項)
    「宮川長春系譜」     〝(葛飾北斎門人)墨僊    月光亭斗円楼ト号ス。名古屋産、画本出ス〟      ☆ 明治二十六年(1893)    ◯『葛飾北斎伝』p325(飯島半十郞(虚心)著・蓬枢閣・明治二十六年(1893)刊)   〝墨僊 墨僊は、北亭、斗岡楼、月光亭、百斎等の数号あり。牧氏。俗称助右衛門。尾州名古屋の人。同    所鍛冶屋町に住す。北斎の名古屋に至るや、此の人の家に寓居せり。【翁が此の家にありて、『漫画』    初編を画きしこと、前に出づ】画風大に葛飾の風と異なる所あり。『写真学筆』『真草画苑』『画賛図    集』等の絵本類あり。又『一宵話』二冊を著はす〟    ☆ 昭和以降(1925~)    ◯『狂歌人名辞書』p206(狩野快庵編・昭和三年(1828)刊)   〝月光亭墨僊、二代歌政、酔墨山人、斗円楼、百斎等の号あり、通称牧助右衛門、尾張名古屋の画家にし    て「狂歌弄花集」の肖像を画く、文政頃の人〟    ◯「日本小説作家人名辞書」p771(山崎麓編『日本小説書目年表』所収、昭和四年(1929)刊)   〝醒々堂烏有    伝未詳、或は百斎墨僊の匿名か。「玉照物語」(文政四年(1821)刊)の作者〟    〈「日本古典籍総合目録」は烏有を墨僊の別称としていない〉       ◯『浮世絵師伝』p183(井上和雄著・昭和六年(1931)刊)   〝墨僊    【生】安永四年(1775)        【歿】文政七年(1824)四月八日-五十    【画系】初め歌麿門人、後ち北斎に学ぶ 【作画期】寛政~文政    名古屋の人、牧氏、名は信盈、俗称初め新次郎、次に登、後ち助右衛と改む、月光亭、北亭、百斎、酔    墨山人等の号あり、初め歌麿の門人となりて画名を歌政といひ、後ち墨僊と改む、名古屋藩士にして寄    合組(馬廻組とも)たり、禄高五十石(百五十石とも)を食み、鍛治屋町下新道北西角に住す(以上    『名古屋市史』学芸編参考)。文化九年北斎の名古屋に遊ぶや、墨僊と相見えて其の家に寓す、彼が北    斎の門人となりしは蓋し此の時か。     彼は名古屋に於ける浮世絵界を指導開発するに与つて力ありし人なり。其が作品中、錦絵は絶無なれど    も若干の絵本類は世に行はれたり、歌政時代の筆には、寛政十二年版の狂歌本『願能糸』に挿画し「月    光亭歌政筆」とあり、享和頃出版の『絵本二葉集(フタバグサ)』(色摺二冊)には「歌政画彫」と落款    せり、是を以て彼が自画自刻を試みし事あるを知るべし。墨僊と改めし後の作には、文化七年に隨筆本    『一宵話』を輯梓(並に挿画)し、同十二年『墨僊叢画』、を発表す、尚ほ『写真学筆』・『真草画苑』    ・『画賛図集』等あり。     尚ほ黒田源次氏著『上方絵一覧』には、彼が文政二年『瘍科精選図解』(越村徳基訳)に銅版画を自刻    挿画せる旨、明かにされしが、次で西村貞氏は『浮世絵志』第十一・第十二の両号に於て、彼の銅版画    に関する詳細なる記述を試みられたり、いま其中より画題を摘録すれば左の嶒し。     ◯天象図 ◯蘭船図 ◯◯尾張浜主㄀瀇五嶽真景園 ◯尾陽愛知郡玉野川鹿乗淵之真景    右の作画年代の、凡Á化末より文政初め頃に相彳ホり。彼は曉㡫木版の自画自刻あり】こ炝に銅版画  ကc⒌ば そが多技多能推Á知るべきなり。    、因みに、西村氏の記述中に、彼と同時の名古屋に放ける銅版画家、中年歿)、近藤集    延(俗称伊市郎、汲古園と号す)、等に就て説き及ぼされたり、蓋し、京阪の銅版画家との比較上、頗    る注目に伍すべきが如し〟          ◯『浮世絵年表』(漆山天童著・昭和九年(1934)刊)   ◇「文化六年 己巳」(1809)p178   〝正月、牧墨僊の『狂画苑』出版〟     ◇「文化一二年 乙亥」(1815)p187   〝正月、牧墨僊の『墨僊叢画』出版〟     △『増訂浮世絵』p218(藤懸静也著・雄山閣・昭和二十一年(1946)刊)   〝牧墨僊    名は信盈、俗称は新次郎、また登といひ、後に助右衛門と改む。月光亭、北亭、斗岡楼、百斎、醉墨山    人等の号がある。初め歌麿の門に入り、歌政と称し、後ち墨僊と称す。名古屋藩士で、寄合組で、鍛冶    屋町下新道北西角に住す。文化九年、北斎の名古屋に遊んだ時、墨僊の家に寓したことがある。恐らく    その時、北斎の門人になつたのであらうと思はれる。歌政と名乗つて居た時代に、狂歌本、絵本等に挿    絵を作つてゐる。なほ墨僊は文政二年に、銅版画を痬科精選図解(村越徳基訳)の挿図とし、次いで天    象図、蘭船図、羅漢図その他の銅版画を作つてゐることは、注目すべきである。なほ『写真学筆』『真    草画苑』『画賛図集』等の著がある。写実的の人物、鳥獣蟲魚を画いた。ともかくも、名古屋の浮世絵    界に於ける主導者といふべきである〟    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   〔牧墨僊画版本〕     作品数:21点(「作品数」は必ずしも「分類」や「成立年」の点数合計と一致するとは限りません)    画号他:墨僊・牧墨僊・北亭・北亭墨僊・月光亭・月光亭墨僊・百斎・百斎墨僊・墨仙・北亭墨仙・          月光亭墨仙・歌政・月光亭歌政・慶遊斎歌政・喜多川・喜多川歌政    分 類:狂歌6・読本4・絵画3・絵本4・滑稽本1・俳諧1・往来物1・随筆1    成立年:寛政8・12年(2点)        享和2年   (1点)        文化6~8・12~15年年(12点)(文化年間合計13点)        文政2~3年 (2点)        文久3年   (1点)    〈「日本古典籍総合目録」には「斗図楼」「斗円楼」の号はない〉     (慶遊斎歌政名の作品)    作品数:1点    画号他:慶遊斎歌政    分 類:俳諧1    成立年:寛政8年    『常棣』俳諧 慶遊斎歌政画 知足斎伝芳編 寛政八年(1796)刊     (月光亭歌政名の作品)    作品数:1点    画号他:月光亭歌政    分 類:狂歌1    成立年:寛政12年    『狂歌願廼糸』狂歌 三蔵楼田鶴丸編 月光亭歌政画 寛政十二年(1800)刊     (喜多川歌政名の作品)     作品数:1点    画号他:喜多川歌政    分 類:往来物1    成立年:享和2年    『女学林大全教鑑』往来物 喜多川歌政書画 享和二年(1802)刊     (歌政名の作品)    作品数:1点    画号他:歌政    分 類:絵本1    成立年:文化6年    『画本二葉集』歌政画 文化六年(1809)     (歌政名全作品)    作品数:4点    画号他:歌政・喜多川歌政・・    分 類:絵本1・狂歌1・俳諧1・往来物1    成立年:寛政8・12年(2点)        享和2年   (1点)        文化6年   (1点)     (牧墨僊名の作品)    作品数:9点    画号他:墨僊・牧墨僊    分 類:絵画2・随筆1・絵本2・狂歌4    成立年:文化6・七序・14年(7点)(文化年間合計8点)        文久3年      (1点)      (月光亭墨僊名の作品)    作品数:4点    画号他:月光亭墨僊・月光亭墨仙    分 類:読本2・狂歌1・絵本1    成立年:文化8・12・15年(3点)     (北亭墨仙名の作品)    作品数:2点    画号他:北亭墨僊    分 類:読本1・滑稽本1    成立年:文化12~13・15年(2点)    『四編之綴足』 滑稽本 東花元成作  北亭墨仙画 文化十二年(1815)、後編十三年刊    『謡曲春栄物語』読本  栗杖亭鬼卵作 北亭墨僊画 文化十五年     (百斎墨僊名の作品)    作品数:2点    画号他:百斎墨僊    分 類:読本2    成立年:文政2~3年(2点)    『薄雲伝奇廓物語』読本 孤郭亭主人作 百斎墨僊画・文政二年(1819)刊    『玉照物語』   読本 醒々堂烏有作 百斎墨僊画・文政三年刊
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