Top浮世絵文献資料館浮世絵師総覧
☆ ひさのぶ ひゃくさい 百斎 久信浮世絵師名一覧
〔生没年未詳〕
 ☆ 文化六年(1809)    ◯「合巻年表」(〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇合巻(文化六年刊)※角署は省略    百斎久信画    『奇談立山記』百斎久信画 素速斎作〔目録DB〕    △『近世物之本江戸作者部類』p81   (「赤本作者部」「素速斎」の項)   〝素速斎は文化五年の春新板の臭草紙【福来ル笑フ門松/久信画山城屋板】にその名号見えたり〟    〈「素速斎」は素速斎恒成。「国書基本DB」によると、素速斎の戯作は三点あり、文化二年と五年の黄表紙と同六年     の合巻、全て久信画である〉    ☆ 没後史料    ◯『浮世絵師便覧』p238(飯島半十郎(虚心)著・明治二十六年(1893)刊)   〝久信(ヒサノブ)    草双紙、◯文化〟      ◯『浮世絵師人名辞書』(桑原羊次郎著・教文館・大正十二年(1923)刊)    (国立国会図書館「近代デジタルライブラリー」所収)   〝貫牛 葛飾氏、北斎門、百斎久信の別号、文化頃〟    ◯「日本小説作家人名辞書」(山崎麓編『日本小説書目年表』所収、昭和四年(1929)刊)   ◇「百斎」p818   〝百斎    樹下石上の画号、樹下石上を見よ。「報讐十八公栄」(文化三年(1806)刊)の画作者〟     ◇「樹下石上」p762   〝樹下石上    梶原氏、通称を五郎兵衛といふ。又市中山人、荷葉堂、市中散人石上とも号す。山形藩士で江戸に住む。    鳥山石燕風の画を能くし、百斎久信と号する。実は葛飾北斎の門と云ふ〟     ◯『浮世絵師伝』p155(井上和雄著・昭和六年(1931)刊)   〝久信    【生】           【歿】    【画系】豊久門人      【作画期】文化    百斎、また貫斗と号す、歌麿晩年風の錦絵美人画あり〟    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   〔百斎画版本〕    作品数:2点    画号他:百斎    分 類:黄表紙1・読本1    成立年:文化3年(2点)      『怪談怖史記』 黄表紙・百斎作・画      ・文化三年(1806)刊    『報讐十八公栄』 読本・百斎作・画      ・文化三年序   〔久信画版本〕    作品数:4点     画号他:久信・百斎久信     分 類:黄表紙3・合巻1    成立年:文化2・5~6年(4点)      『怪談四更鐘』 黄表紙・素速斎恒成作 ・百斎画・文化二年(1805)刊    『昔話桃太郎伝』黄表紙・南杣笑楚満人作・百斎画・文化二年    『福来笑門松』 黄表紙・素速斎作 ・百斎久信画・文化五年(1808)刊    『怪談怖史記』  合巻・素速斎作 ・百斎久信画・文化六年(1809)刊   〔樹下石上画版本〕    作品数:6点    画号他:樹下石上    分 類:黄表紙6    成立年:寛政3・5年(2点)享和3年(2点)文化3年(2点)    〈6点のうち自作自画は4点〉     (全作品)    作品数:43点    画号他:樹下石上・樹下山人・百斎・久信・百斎久信    分 類:黄表紙38・浄瑠璃3・合巻1・読本1    成立年:天明2年   (1点)        寛政2~12年(19点)        享和1~4年 (10点)        文化1~6年 (10点)    〈天明二年とあるのは、同年初演された浄瑠璃『日本勇将唐土猛将』(津鬼角・春永慶佐と合作)だが、成立年が孤立     しているのが気になる〉