Top浮世絵文献資料館浮世絵師総覧
☆ はるさだ やすかわ 保川 春貞 初代浮世絵師名一覧
〔寛政10年(1798)~ 嘉永2年(1849)1月13日・52歳未詳〕
   ☆ 文政三年(1820)    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇絵入根本(文政三年刊)    春貞画『絵本黄金鱐』八冊 暁鐘成・春好斎北洲・春陽斎北敬・春貞画 河内屋太助板(〔目録DB〕)      ☆ 天保九年(1838)    ◯「双六」図(佐野劇仙翁編『近世伎史』一編・七巻所収。東京大学図書館・霞亭文庫電子板)   「女猿曳門出諷飛廻双六」署名「春貞画」京 柏屋四郎兵衛版   (欄外注)「天保九年戌霜月 四条北側 顔見世狂言」    ☆ 天保十年(1839)     ◯「双六」図(佐野劇仙翁編『近世伎史』一編・七巻所収。東京大学図書館・霞亭文庫電子板)    「大新版けいせい廓舩諷飛廻双六」署名「春貞画」京 柏屋四郎兵衛版   (欄外注)「天保十年亥霜月 四条北側 顔見世狂言」    ☆ 弘化元年(天保十五・1844)     <九月 見世物 菊細工 大阪西横堀御池橋>  ◯「見世物興行年表」(ブログ)   「口上(略)(二見が浦・冨士山等)」摺物 署名「春貞画    〈京都住の保川春貞と、この大阪の見世物興行の摺物を画いた春貞とを、同人とする確証はないが、参考までに載せた〉    ☆ 弘化二年(1845)     <正月 見世物 種細工 大坂難波新地>  ◯「見世物興行年表」(ブログ)   「生写廼/生物種 暦始壽野種 太夫本矢倉源之助」摺物 署名「春貞画」板元未詳    ☆ 没後資料    ◯『京摂戯作者考』〔続燕石〕①338(木村黙老著・成立年未詳)   (「浮世絵師」「保川春貞」の項)   〝京師の人、画作ともになす〟    ◯『浮世絵師人名辞書』(桑原羊次郎著・教文館・大正十二年(1923)刊)    (国立国会図書館「近代デジタルライブラリー」所収)   〝春貞 保川氏、京師東洞院住、嘉永二年正月十三日没、年五十二歳、門人岡本正太郎二代春貞となる〟     ◯『浮世絵師伝』p150(井上和雄著・昭和六年(1931)刊)   〝春貞    【生】寛政十年       【歿】嘉永二年(1849)正月十三日-五十二    【画系】          【作画期】文政~嘉永    保川氏、京都東洞二條上ル町に住し、天保三年まで代々米商を営みしが、彼は幼時より画を好み、絵師    たらむことを志して、刻苦精励遂に一家を成すに至れり、肉筆美人画をよくし、当時京都の浮世絵師中    彼の右に出づる者無かりしと云ふ、晩年四條河原町東入ル町に居りき。墓所、京都二條川端の善導寺。    (山本臨乗氏の研究に拠る)〟      ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   〔保川春貞画版本〕     作品数:3点    画号他:保川春貞    分 類:咄本1・滑稽本1・絵入根本1    成立年:嘉永年間(1点)    〈滑稽本『翫雀死出の旅立』(一夜庵急作作・保川春貞画)が嘉永年間の出版。あとの二点、咄本『画本一口噺』と近     松行重作の絵入り根本『傾城花の曙』は成立年の記載がない。文政三年刊の絵入根本『絵本黄金鱐』の大惣本に春貞     画とあり〉