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☆ えいいち せいさい 静斎 英一浮世絵師名一覧
〔文政元年(1818)~ 嘉永元年(1848)・31歳〕
 ☆ 天保初年(1830~)
 ◯『江戸現存名家一覧』〔人名録〕②309(天保初年刊)   〝東都画 池田英泉・鳥居清満・立斎広重・勝川春亭・葛飾北斉(ママ)・歌川国貞・歌川国芳・歌川国直・        柳川重信・柳川梅麿・葵岡北渓・静斎英一〟    ☆ 天保七年(1836)    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇人情本(天保七年刊)    静斎英一画    『春暁八幡佳年』三編 静斎英一画 為永春水作    『其小唄恋情紫』初編 国直・英一・英松画 為永春水作    『処女七種』  初編 英泉・英一画 為永春水作            〈『改訂日本小説書目年表』は初~五編まで天保七年刊とする〉    ☆ 天保八年(1837)    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇人情本(天保八年刊)    静斎英一画    『春暁八幡佳年』四五編 静斎英一画 為永春水作    『辰巳之月』  静斎英一画 山東京伝作・春水補    ☆ 天保九年(1838)    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇人情本(天保九年刊)    静斎英一画    『春暁八幡佳年』六編 静斎英一画 為永春水作    『春色英対暖語』歌川国直・静斎英一画 為永春水作    ☆ 天保十年(1839)    ◯「読本年表」(天保十年刊)    静斎英一画『嫩髻蛇物語』二編 静斎英一画 松亭金水作〔目録DB〕    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇人情本(天保十年刊)    静斎英一画    『其小唄恋情紫』二~四編 国直・英一・英松 為永春水作    『春色初旭の出』 初二編 静斎英一画 為永春雅作    『いろは文庫』   二編 上巻口絵「英泉門葉静斎英一画」奥書「一筆庵渓斎英泉画」為永春水作〔早大・古典籍DB〕    『娘消息』    三四編 景松・英一画 為永春水作    ☆ 天保十一年(1840)    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇人情本(天保十一年刊)    静斎英一画    『春色初旭の出』三・四編 静斎英一画  為永春雅(三編)・旭亭滝昇作(四編)     〈『改訂日本小説書目年表』は三・四編を訂正して四編のみとする〉    『春色初若那』 初二編 静斎永一画  狂文亭春江作    『春宵月の梅』 初編  静斎英一画  為永春鴬作    『春色鴬日記』 三編  静斎英一画  為永春友作     〈『改訂日本小説書目年表』は初二編の刊年未詳とする〉    『処女七種』  四編  英泉・英一画 為永春水作    『六玉川』   静斎英一・静斎英秀画 狂文亭春江作    ☆ 天保十二年(1841)    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇人情本(天保十二年刊)    静斎英一画『春色梅美婦祢』初~三編 歌川国直・静斎英一画 為永春水作    ☆ 天保十三年(1842)    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇人情本(天保十三年刊)    静斎英一画    『春色梅美婦祢』四五編 歌川国直・静斎英一画 為永春水作    『春宵月の梅』 四五編 静斎英一画 為永春水作    ◯『筆禍史』「人情本春画本数種」(天保十三年・1842)p138(宮武外骨著・明治四十四年刊)   〝為永春水の著作なり、その題号は未だ詳かならず、『春色梅暦』なりといふ人あれども、同書は天保三    年四年の出版なるを以て、その時代違へり、春水は、春色辰巳の園、春雨日記、春色恵の花、春色恋の    白波、梅の春、春告鳥、春色籬の梅、春色田舎の花、春の若草、春色玉兎、春色霞の紫、春の月、春色    花見舟など題せし人情本といへるものを数多く公刊せしめたりしが、いづれも誨淫小説にして、其名の    如く春画好色本に似たる卑猥の作のみなりし(秘密出版の春画好色本も亦多し)、斯くの如き風致に害    ある著作を専らとせしがため、其最後天保十二年の出版にかゝる「梅暦再開」といへる『春色花見舟』    及び春画本にて捕へられたるならん、『著作堂雑記』に曰く     天保十二年丑十二月、春画本並に人情本と唱へ候中本の儀に付、板元丁子屋平兵衛外七人、並に中本     作者為永春水事越前屋長次郎等を、遠山左衛門尉殿北町奉行所え召出され、御吟味有之、同月二十九     日春画本中本の板木凡五車程、右仕入置候製本共に北町奉行ぇ差出候、翌寅年春正月下旬より右の一     件又御吟味有之、二月五日板元等家主へ御預けに相成、作者為永春水事長次郎は御吟味中手鎖を掛ら     れ、四月に至り板元等御預け御免、六月十一日裁許落着せり、右の板は皆絶版に相成、悉く打砕きて     焼棄られ、板元等は過料全各五貫文、外に売得金七両とやら各召上られ、作者為永春水は改めてとが     め手鎖を掛けられて、右一件落着す    版木五車程といへば、其数多しといへども、春画本等を合せての事なれば、人情本は二三編の版木に過    ぎざるべし、『法制論簒』に拠りて、春水に対する申渡書を左に録す       神田多町一丁目五郎兵衛店    為永春水事    長次郎     其方儀絵本草紙の類風俗の為に不相成猥ヶ敷事又は異説等書綴り作出し候儀無用可致旨町触に相背地     本屋共より誂へ候とて人情本と唱候小冊物著作致右之内には婦女の勧善にも可相成と心得違致不束之     事ども書顕し剰へ遊所放蕩之体を絵入に仕組遣し手間賃請取候段不埒に付手鎖申付る          〔頭注〕其人格と家庭    為永春水教訓亭号す、文政中人のために吾(馬琴)旧作の読本抔を筆削し、再板させて多く毒を流した    れば、実に憎むべき者なり、性酒を貪りて飽くことを知らず、且壬寅の秋より人情本という中本一件に    て、久しく手鎖を掛けられたる心労と内損にて終に起たずといふ、子なし養女一人あり、某侯へ妾にま    いらせしに近ごろ暇をたまはりて他人へ嫁しけるに、其婿強飲粋狂人にて親の苦労を増たりといふ(著    作堂雑記)      〈手鎖刑の原因とされる天保十二年の『春色花見舟』とは翌十三年にかけて出版された『春色梅美婦禰』の誤記であろ     うか。画工は歌川国直と静斎英一である〉    ◯『【江戸現在】公益諸家人名録』二篇「コ部」〔人名録〕②83(天保十三年夏刊)   〝画 静斎【名英一、字英一】下谷鳩組前 小林市太郎〟    ☆ 天保年間(1830~1843)    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   ◇人情本(天保年間刊)    静斎英一画    『梅園余情所縁の色香』静斎英一画  為永春水作    『歌舞妓模様娘雛形』 山下園英一画 狂詠舎春暁作     『春色鴬日記』    初二編 静斎英一画 為永春友作〈三編は天保十一年刊〉    『娜真都翳喜』    二編   静斎英一画 為永春水作〈『改訂日本小説書目年表』は二編以降英一画とする〉    『春色濡乙鳥』    静斎英一画 旭亭鯉升作    『天之浮橋』     静斎英一画 平亭銀鶏作〈天保九年刊?〉    『婦女八景』     静斎英一画 為永春蝶作    『花美止里』     静斎英一画 為英春江作    『錦の里』      国直・景松・英一・貞秀画 為永春水作    『玉兎』       国貞・英一画 為永春水作    ☆ 天保十五年(1844)    ◯『増補浮世絵類考』(ケンブリッジ本)(斎藤月岑編・天保十五年(1844)序)   (「渓斎英泉」の項)   〝渓斎英泉門人 英一 静斎〟   ◯『新増補浮世絵類考』〔大成Ⅱ〕⑪185(竜田舎秋錦編・慶応四年成立)   (「菊川氏系譜」の項)
    「菊川英山系譜」     〝(渓斎英泉門人)英一    静斎ト号ス〟     ☆ 弘化四年(1847)     ◯「絵本年表」(〔漆山年表〕は『日本木版挿絵本年代順目録』)   ◇絵本(弘化四年刊)    静斎英一画『地口絵手本』二冊 静斎英一画 一瓢庵編〔漆山年表〕    ☆ 没後資料    ☆ 嘉永二年(1849)    ◯「合巻年表」(〔東大〕は『【東京大学/所蔵】草雙紙目録』)   ◇合巻(嘉永二年刊)※角書は省略    静斎英一画    『長命願延寿嚢』(画)歌川国輝(著)楽亭西馬 山崎屋清七板〔東大〕               表紙 静斎英一     〈備考「本書の本文画工は歌川国輝であるが、上冊摺付表紙には「静斎英一画」の記載がある。表紙のみは      清斎英一によって描かれたものの、刊行が遅れたことと英一は英泉の門人で嘉永元年に没(三十一歳)し      たことから、急遽、本文画工が歌川国輝に代わったか」〉    ☆ 嘉永年間(1848~1853)    ◯「絵本年表」(〔目録DB〕は「日本古典籍総合目録」)   ◇絵本(嘉永年間刊)    静斎英一画『神事画譜』一冊 静斎英一画 菊屋幸三郎板〔目録DB〕    ☆ 明治(1868)以降    ◯『浮世絵師便覧』p229(飯島半十郎(虚心)著・明治二十六年(1893)刊)   〝英一(イツ)    英泉門人、読本、静斎と号す、◯天保〟    ◯『名人忌辰録』下巻p14(関根只誠著・明治二十七(1894)年刊)   〝小林静斎 英一    通称市太郎、画家なり。嘉永元申年十月廿四日歿す、歳三十一〟    ◯『浮世絵師伝』p12(井上和雄著・昭和六年(1931)刊)   〝英一    【生】文政元年(1818)   【歿】嘉水元年(1848)十月廿四日-三十一    【画系】英泉門人      【作画期】天保末~弘化    小林氏、俗称市太郎、静斎と号し、人物及花鳥画あり。江戸下谷鳩組前に住居せり〟    ◯『浮世絵年表』p226(漆山天童著・昭和九年(1934)刊)   「弘化四年 丁未」(1847)   〝正月、静斎英一の『地口絵手本』等出版〟    ◯「日本古典籍総合目録」(国文学研究資料館)   〔静斎英一画版本〕    作品数:26点(「作品数」は必ずしも「分類」や「成立年」の点数合計と一致するとは限りません)    画号他:静斎英一・山下園・英一・山下園英一      分 類:人情本20・和歌(百人一首)・遊戯(地口行燈)2・祭祀1・絵画1・教訓1・読本1    成立年:天保7~13年(14点)(天保年間合計21点)        弘化4年(1点)        嘉永年間(1点)        安政年間(1点)

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