※喜多川歌麿とは別人の歌麿である
◯『浮世絵画集』第一~三輯(田中増蔵編 聚精堂 明治44年(1911)~大正2年(1913)刊)
「徳川時代婦人風俗及服飾器具展覧会」目録〔4月3日~4月30日 東京帝室博物館〕
(国立国会図書館デジタルコレクション)
◇『浮世絵画集』第一輯(明治四十四年七月刊)
(絵師) (画題) (制作年代) (所蔵者)
〝栄文 「婦女図」 文化頃 東京帝室博物館〟
◯『浮世絵師人名辞書』(桑原羊次郎著・教文館・大正十二年(1923)刊)
(国立国会図書館・近代デジタルライブラリー)
〝栄文 栄之門人〟
◯『浮世絵師伝』p11(井上和雄著・昭和六年(1931)刊)
〝歌麿 別人
【生】 【歿】 【画系】 【作画期】文化
肉筆美人画に「栄文菅原利信」の落款及び「喜多川」「自成一家」の両印を有するものと、肉筆の美人
画に「喜多川歌麿筆」(印文同前)の落款を附せるものとあり、これによりて、栄文(栄之門人)なる
者、別に「歌麿」を自称せしことを証するに足れり。但し、其が作画年代は文化末期なるべければ、或
は二代歌麿に続いて歌麿を襲名せし者なるやも知るべからず、藤懸静也氏は曾てこれを「三代歌麿」と
して紹介されし事あり(『浮世絵之研究』第十八号参照)、然れども、襲名の如何は未詳なれば、こゝ
には仮りに「別人歌麿」として収載し、後の考証を俟つことゝすべし。(栄文の項参照)〟
◯『浮世絵師伝』p20(井上和雄著・昭和六年(1931)刊)
〝栄文 菅原氏、名に利信。(歌麿(別人)の項參照)
校正中、栄文の掛物を手に入れ、比較参考の点を追記す。
浮世絵之研究第十八號に写真版として掲載されし肉筆と比較して年代は早く、文化中年頃の栄之の晩年
画又は英山の若時の画風に酷似して煙管を持つ立姿、芸者の密画にて「鳥文斎一流、一掬斎栄文筆」と
落款し、円印の中へ栄文とあり、此画は彼の独自性を現はしたるものと認めらる。浮世絵之研究第十八
号の写真版中、一〇の落款は幾分か似て居る故同人ならん、然し写真掲載の分は筆力鈍く、歌麿の晩年
風を模倣し居れり、姓名も誇張的の偽名なるべし。(本項、渡邊庄三郎氏執筆)〟
△『増訂浮世絵』p172(藤懸静也著・雄山閣・昭和二十一年(1946)刊)
〝栄文
栄文は本名を菅原利信といふ。自作に喜多川歌麿の落款を施したものがある。歌麿の條を参照せられよ〟