保存車両図鑑

「柵原ふれあい鉱山公園」内で保存されている車両をご紹介します。

 種 別  形 式 状 態 所 有
機関車 DD13−551 動態 美咲町
気動車 キハ303 動態 美咲町
キハ312 動態 片上鉄道保存会
キハ702 動態 美咲町
客 車 ホハフ2003 動態 美咲町
ホハフ2004 動態 美咲町
ホハフ3002 動態 美咲町
貨 車 トム519 静態 個人
トラ814 動態 個人
トラ840 静態 美咲町
ワフ102 静態 美咲町
ワム1807 動態 (株式会社片上鉄道 管理)




<機関車>

DD13−551

 <動態保存>

 昭和40年に日本車輌で新造されたディーゼル機関車です。外観は国鉄のDD13形とほぼ同じ型ですが、長編成の鉱石列車に対応するためインタークーラーや過給器を装備し、出力の増強が計られています。
 蒸気機関車の置き換えとして5両が製造され、片上鉄道の主力機関車として貨物列車、混合列車、客車列車の牽引に活躍しました。



<気動車>

キハ303

 <動態保存>

 昭和9年に川崎車輌で製造された気動車です。04形として名高い国鉄の量産型ガソリンカー・キハ41000形(キハ41071)で、昭和27年に国鉄から払い下げられました。
 片上鉄道へ入線した後エンジンがディーゼル化され、さらに前照灯の移設、機械式変速機を液体式に変更するなど、多くの改造を受けました。

 動態で保存されている同系列の気動車では、日本最古のものです。

キハ312

 <動態保存>

 昭和28年に宇都宮車輌で新製された、自社発注の気動車です。基本設計は国鉄キハ41000形に準じていますが、すっきりした外観の張り上げ屋根、乗務員扉の設置、そして正面の大きな2枚窓など、随所にオリジナルの要素が加えられています。
 当初は機械式変速のガソリンカーでしたが、キハ303と同様の改造を受けました。

キハ702

 <動態保存>

 昭和11年に川崎車輌で製造された、国鉄の量産型大型気動車、キハ07形(キハ075)です。客貨分離の目的で昭和42年に国鉄から購入。20mの大きな車体に3つの扉を持ち、ラッシュ時には輸送力を発揮しました。
 特徴ある、正面6枚窓の美しい流線形。その洗練された姿は多くの鉄道ファンを魅了します。
 原型を保った07形は、全国的に見ても現存が2両しかなく、たいへん貴重なものです。



<客車>

ホハフ2003

 <動態保存>

 昭和25年にナニワ工機で製造された、自社発注の客車です。新造扱いになっていますが、実際には国鉄のナハ2300系など、戦災復旧車の台枠が利用されています。
 17mの小振りな車体に、開放感のあるオープンデッキが大きな特徴となっています。車内はセミクロスシートですが、クロスシートの背もたれにはモケットが付いておらず、当時の時代背景を思い浮かばせます。

ホハフ2004

 <動態保存>

 ホハフ2003と同時期に製造された、自社発注の客車です。製造所、基本仕様ともホハフ2003と同じですが、窓の形状や手すりの位置など、微妙に異なる点が見られます。

 蒸気機関車時代を経て、実に40年間も片上鉄道の線路を走り続けた古参車両ですが、すっきりとした外観はその古さを感じさせません。

ホハフ3002

 <動態保存>

 昭和22年に日本車輌で製造された客車です。国鉄の代表的な旧型客車として有名なオハ35形(オハ351227)を、昭和56年に購入したものです。片上鉄道への入線に際し、便所・洗面所を撤去し、そこへ車掌室が新設されました。さらに、貫通部への防護柵設置、燃焼式暖房装置の取り付けなど、片上鉄道の運行形態に適した改造が施されました。

 車内は美しい黒ニス塗りで仕上げられ、なつかしい長距離普通列車の旅情が蘇ってくるようです。



<貨車>

トム519



 昭和24年に汽車会社岡山工場で製造された、15トン積みの無蓋貨車です。柵原鉱山で産出される硫化鉄鉱を、片上港まで運んでいました。

 展示運転線と繋がっていない線路に置かれているため、現在は走行することができません。

トラ814

 <動態保存>

 昭和30年に中国工業で製造された、18トン積みの無蓋貨車です。トム500形に比べて積載量が3トン増え、需要が伸びた鉱石の大量輸送に活躍しました。

トラ840



 昭和37年に帝国車輌で製造された、18トン積みの無蓋貨車です。トラ800形の中では最終増備グループに入ります。

ワフ102



 昭和22年に日本車輌で製造された、有蓋緩急車です。国鉄のワフ22000形(ワフ22006)を昭和51年に譲受し、両デッキ式に改造されました。外観は車掌車らしい印象を受けるようになりましたが、荷重2トン分の荷物スペースが残されています。
 鉱石列車の最後尾に連結され、緩急車として活躍しました。

 展示運転線と繋がっていない線路に置かれているため、現在は走行することができません。


ワム1807




 国鉄のワム80000形と同一の有蓋車です。国鉄から譲受し、形式をワム1800形に改めてそのまま使用されました。

「柵原ふれあい鉱山公園」への車両搬入は、
このようにして行われました。


DD13551、ホハフ2003・2004・3002

 片上鉄道が廃止された平成3年6月30日。最後の客車列車となった上り2列車には、DD13551+ホハフ2003+2004+3002という編成が充当されました。列車は終着駅の吉ヶ原に到着後、一旦柵原駅まで回送され、夜の留置作業を待ちます。
 片上鉄道の最終便となった気動車の2連が、柵原駅構内の外れにある「流出防止側線」に入れられると、列車は推進運転で柵原駅を出発。機関車と3両の客車は、気動車と並ぶようにして、本線上に留置されました。

 そして6年3ヶ月が経過した、平成9年9月23日(火)。吉ヶ原への車両移送を前にして、DD13の試運転が行われました。これまでも機関の整備は行われてきましたが、DD13は6年ぶりにレールの上を走ることになります。この日、車両保管所から柵原駅まで、約300mの距離を3往復しました。
 吉ヶ原への車両移送が実施されたのは、10月8日(水)。柵原保管所から吉ヶ原駅までは、距離にして1キロ。最大16,7パーミルの下り勾配が存在します。
 まず、DD13の推進運転で、本線上に留置されている客車3両を吉ヶ原駅まで回送。車両を解放したのち、DD13は再び車両保管所へ。こんどは流出防止側線の気動車2両を引き出し、推進運転で吉ヶ原駅まで回送しました。


キハ702、キハ303

 平成3年6月30日、片上鉄道の最後の列車として、キハ702+キハ303が走りました。終着の吉ヶ原駅へ到着後、名残を惜しむたくさんの鉄道ファンに見送られながら、柵原へ向けて出発。柵原駅の手前300mのところにある「流出防止側線」へ留置されました。
 2両の気動車が側線へ入ったあと、柵原駅で待機していた客車列車が推進運転で到着。DD13とキハ702が顔を並べて、鉱山公園の完成を待ち焦がれます。

 平成9年10月8日、ついに移送の日がやってきました。先に客車を回送して行ったDD13が、再び柵原保管所まで戻り、今度はキハ702と303を流出防止側線から引き出します。その後、DD13の推進運転により、ゆっくりと吉ヶ原まで回送されました。


キハ312、トム519、トラ814・840、ワフ102

 キハ312は、片上鉄道最後の日にキハ702+303+312という3連を組んで、最後の花道を飾りました。鉄道廃止後は、譲渡先が決まらないまま片上駅の貨物ヤード跡地に保管されていましたが、平成7年9月28日、片上鉄道保存会への譲渡が決定しました。
 トム519、トラ814・840、ワフ102は、昭和61年の緩急車連結廃止、および昭和62年の鉱石輸送廃止以来、活躍の場を失い、長期に渡り片上駅構内に留置されていた車両です。殆どの貨車が解体された中、運の良かったこの4両は柵原町によって買い取られ、第2の人生を歩むことになりました。

 平成7年10月17日。5両の車両は長年住み慣れた片上駅に別れを告げ、トラックで吉ヶ原へと陸送されます。キハ312は夜間に出発。新幹線車両の陸送に使われるトレーラーをチャーターして運搬しました。
 翌日18日には吉ヶ原へ勢揃い。車両たちは、懐かしい吉ヶ原のレールを踏みしめました。
 その後1年半の歳月を経た、平成9年5月18日。キハ312の試運転が、吉ヶ原駅構内で行われました。



 トップページへ戻る