褐色細胞腫 2
クロム親和性細胞腫瘍はカテコラミンを分泌して高血圧を引き起こす。
 症例の80%で褐色細胞腫は副腎髄質に発見されるが,他の神経堤細胞由来組織に見出だされることもある(後述「病理」参照)。発症頻度に性差はなく,10%が両側性であり(小児では20%),通常は良性である(95%)。副腎外腫瘍は悪性であることが多い(30%)。褐色細胞腫はどの年齢にも発症するが,好発年齢は30代から50代である。
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病理
 褐色細胞腫の大きさは様々だが,平均直径はわずか5〜6cmである。重さは50〜200gあるが,数kgの腫瘍も報告されている。まれに触知可能なほど大きくなったり,圧迫や閉塞による症状を引き起こすことがある。通常,腫瘍はよく包被されたクロム細胞嚢腫で顕微鏡検査では悪性にみえる。細胞は異形性が強く,核は濃縮していたり,大型であったり,または多核のこともある。組織学上の外見にかかわりなく,被包の浸食がなく転移が見つからなければ腫瘍は良性とみなされる。副腎に加えて,交感神経の傍神経節,大動脈に沿った後腹膜腔,頸動脈小体,大動脈分岐部のzuckerkandl小体,泌尿生殖器系,脳,類皮腫などにも腫瘍が発見されることがある。
 褐色細胞腫が家族性多発性内分泌腺腫症候群IIA型(シップルズ症候群)を構成していて,甲状腺髄様癌や副甲状腺腺腫を合併している可能性もある(10章参照)。III型症候群は褐色細胞腫,粘膜(口唇や眼)神経腫,甲状腺髄様癌を合併するとされている。神経線維細胞腫(フォン・レックリングハウゼン病)の合併(10%)が有意にみられ,フォン・ピゥペル-リンダウ病のように血管腫を伴うこともある。
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症状と徴候
 最も特徴的な症状は高血圧症で,発作性(45%)と持続性(50%)があり,高血圧を欠くことはまれである(5%)。高血圧患者の1/1000に褐色細胞腫がある。高血圧が引き起こされるのは1種ないし数種のカテコラミンとその前駆体;ノルエピネフリン,エピネフリン,ドパミン,ドーパの分泌による。一般的な症状と徴候は,頻脈,発汗,起立性低血圧,過呼吸,顔面紅潮,冷たく湿った皮膚,激しい頭痛,狭心症,心悸亢進,悪心,嘔吐,心窩部痛,視覚障害,呼吸困難,感覚異常,便秘,不安感である。発作は,腫瘍の触診,体位変換,腹部の圧迫やマッサージ,麻酔導入,情動滴外傷,β遮断薬や,腫瘍が膀胱にあれば排尿でも誘発されることがある。
 よくみられる高血圧症以外は,非発作時の身体所見は通常は正常である。網膜障害や心肥大は高血圧の程度から予期されるよりも軽度であることが多い。
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診断
 エピネフリンとノルエピネフリンの主な尿中代謝産物はメタネフリン,バニリルマンデル酸(VMA),およびホモバニリン酸(HVA)である。健常者が尿中に排泄するこれらの物質は微量である。24時間の尿中排泄量の正常値は;遊離エピネフリンとノルエピネフリンが100μg以下,総メタネフリン1.3mg以下,VMA10mg以下,そしてHVA15mg以下である。褐色細胞腫と神経芽細胞腫では,エピネフリン,ノルエピネフリンおよびこれらの代謝産物の尿中排泄量が間歇的に増加する。しかし,これらの排泄量の増加は昏睡,脱水,極度のストレスでも;ローウォルフィア・アルカロイドや,メチルドパ,およびカテコールアミンを投与されている患者でも;大量のバニラを含む食物を摂取した後でも,特に腎不全のある場合は,高値となる可能性がある。これらの物質は全て同一の尿検体で測定可能である。
 VMAとメタネフリンの検出方法は,バニリンへ変換し,バニリンをトルエン中へ抽出して360mμでの分光光度を測定する。カテコールアミン(主にエピネフリンとノルエピネフリン)は,抽出してアルミナゲルへ吸着させた後に蛍光比色法で測定する。異常値を評価する場合は,エピネフリン様薬物,降圧薬(例,メチルドパ)や,他の蛍光を産生する薬物(例,テトラサイクリン,キニン)の影響を考慮すべきである。高速液体クロマトグラフィーも利用可能であるし,通常は研究手段として用いられるラジオエンザイムアッセイも有用である。
 血漿カテコールアミンの測定は,発作中や,カテコールアミンの分泌を誘発するグルカゴン,あるいは健常者ではカテコールアミンを抑制するクロニジンを投与した後でなければ,まず意味がない(後述参照)。
 この疾患の患者は活動性の亢進のために,甲状腺機能は正常であるにもかかわらず甲状腺が亢進しているようにみえることがある。また血液量が濃縮されて,ヘモグロビン値とヘマトクリット値が見かけ上の上昇をすることがある。高血糖や尿糖,あるいは空腹時の血漿遊離脂肪酸とグリセロールの上昇を伴った,明らかな糖尿病が存在することもある。血漿インスリン濃度は同時に測定された血糖値に比して不当な低値を示す。褐色細胞腫を摘出後に,特に患者が経口血糖降下薬で治療された場合は,低血糖が起こることがある。
 ヒスタミンやチラミンによる誘発試験は危険であり,行うべきではない。血圧が正常な褐色細胞腫患者に0.5〜1.0mgのグルカゴンを急速静注すると,血圧は2分以内に35/25mmHg以上上昇する。重篤な高血圧を治療するためにフェントラミンメシレートをいつでも使えるように準備しておくべきである。
 褐色細胞腫の患者が高血圧であれば,5mgのフェントラミン静注で血圧は2分以内に35/25mmHg以上下降する。尿毒症,脳卒中,悪性高血圧や,おそらく血漿量を減少させる利尿薬や,おそらくカテコールアミンの再取り込みを遮断するフェノチアジンを含むある種の薬物治療中の患者の場合は偽陽性になることがある;フェノチアジンは重篤な高血圧を起こすこともある。カテコールアミンがインスリン分泌を抑制する作用を利用したこの検査法の変法が開発された。フェントラミンを注射する30分前に2mL/分の速度で10%ブドウ糖液の静注を開始する。(ブドウ糖とインスリンを測定するため注射前に2回採血する。)フェントラミン投与後30秒間隔で3分間血圧を測定して,再度採血する。35/25mmHg以上の血圧低下,18mg/dL以上の血糖低下,あるいは13μU /mL以上のインスリン上昇がみられれば,褐色細胞腫が存在する。
 クロニジン経口投与による試験も知られている。交感神経系に作用する薬物を全て中止した48時間後に,0.3mgのクロニジンを投与する。血漿カテコールアミン測定のためクロニジン投与前および投与後3時間に採血する。正常の反応では血漿ノルエピネフリン濃度は正常値(400pg/mL以下)まで低下し,投与前より少なくとも40%は低下する。褐色細胞腫の患者では高値のままである。
 X線で腫瘍部位を確定する試みは胸腹部の多方向撮影に限定すべきである。CTスキャンとMRIは造影の有無にかかわらず有用である。ポジトロンCTも非常に有効に利用されている。腎周囲の断層撮影を伴う経静脈腎盂尿管造影は前述の方法が利用できない場合にのみ行うべきである。静脈造影,動脈造影,後腹膜ガス注入法は,重篤あるいは致死的発作を誘発することがあるので禁忌である。大動脈へのカテーテル挿入中に血漿カテコラミンを反復測定することも行われているが,やはり危険を伴う。最近では核画像技術で腫瘍位置確定のために放射性薬品が使われている。131I-メタヨードベンジルグアニジンは最もよく研究されている化合物で,0.5mCiを静注し,初日,2日目,3日目にスキャンする。正常の副腎組織はこのアイソトープをほとんど取り込まないが,褐色細胞腫の90%は取り込む。
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治療
 腫瘍の外科的切除が選択すべき治療法である。通常は,α遮断薬とβ遮断薬の併用(フェノキシベンザミン40〜160mg/日,プロプラノロール30〜60mg/日をそれぞれ分割経口投与する)により,患者が最適の身体状態になるまで手術を遅らせることができる。術前,術中の重篤な高血圧に対してはトリメタファンカムシレートあるいはニトロプルシドナトリウムを点滴する。交感神経遮断薬を用いる場合は,通常はα遮断薬を最初に使用する。両側性の腫瘍が証明されたり,疑われる場合(多発性内分泌腫瘍の患者の場合のように,10章参照)には,グルココルチコイド欠乏を防ぐために,術前,術中に十分量のヒドロコルチゾール(100mg静注2回/日)を投与しておく必要がある。
 メチロシンは単独,あるいはα遮断薬(フェノキシベンザミン)との併用で使用でき;メチロシンの最も効果的な投与量,すなわち1日1〜4gを,手術前の少なくとも5〜7日間分割投与すべきである。αとβ両方のアドレナリン作動特性をもつラベタロールは1日当たり200mg分割経口投与から始める。褐色細胞腫のある患者の場合,ラベタロールがまれに高血圧を悪化させる。
 腫瘍が腎領域にある場合でも,他の褐色細胞腫の有無を調べられるように外科医は前腹部から開腹すべきである。血液量の低下を防ぐために,血圧を動脈カテーテルで連続的に観察し,中心静脈圧も連続的に測定することが必要である。麻酔はチオバルビツレートのような不整脈を起こしにくい薬物で導入し,エンフルランで維持する。術中の高血圧発作を抑えるためにフェントラミン1〜5mgの静注または,ニトロプルシド点滴(通常2〜4μg/kg/時で十分)を用い,頻脈性不整脈にはプロプラノロール0.5〜2mgを静注する。心室性期外収縮にはリドカインを用い,50〜100mgを急速静注して必要に応じて2〜4mg/分の速度で点滴する。筋弛緩が必要な場合はヒスタミンを放出しないパンクロニウムが選択すべき薬物である。術前のアトロピン使用は避けるべきである。術中の失血に備えて,腫瘍切除前には1〜2単位(500から1000mL)の輸血が必要である。術前に血圧が良好に管理された場合は,血液量を増加させるために高食塩食を用いるとよい。低血圧が生じた場合は,直ちにレバテレノール4〜12mg/Lの点滴を開始すべきである。レバテレノールに反応しない患者には,ヒドロコルチゾール100mgの追加静注が有効な場合がある。
 悪性転移性褐色細胞腫の治療にはα,β遮断薬とメチロシンを用いる。メチロシンはカテコラミン生合成の最初の変化を触媒するチロシンヒドロキシラーゼを阻害する。その結果,VMA濃度と血圧が低下する。腫瘍が増殖し続けて致死的になっても,血圧のコントロールは可能である。最近ではシクロホスファミド,ビンクリスチン,ダカルバジンの複合化学療法が転移の治療に最良であると報告されている。試験的に,広範囲な転移の治療に131I-MIBGが用いられている。放射線療法は骨の痛みを軽減するが,全般的には効果がない。

RIミサイル療法

<概要>
 RIミサイル療法は、放射性アイソトープを疾病の原因となっている身体の特定の臓器・組織・細胞に送り込み、そこでその放射性アイソトープから出る放射線により目的とする細胞を選択的に照射することによって疾病を治療する方法である。その例として、よう素−131による甲状腺疾患の治療や、よう素−131で標識した癌のモノクローナル抗体による癌の治療がある。特に身体内に広く転移した癌の治療に期待がもてる療法である。
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<更新年月>
1997年3月
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<本文>
1.はじめに
 RIミサイル療法は標的とする身体内の病巣の組織や細胞に放射性アイソトープ(RI、欧米ではRN)を送り込み、そのRIから出る飛程の短い放射線で病巣の組織や細胞を照射することによって、正常な身体組織や細胞への放射線の影響を低く押さえながら、目的とする病巣の組織や細胞を破壊して疾患を治療する方法である。RIをミサイルのように標的の組織や細胞に送り込んで取り込ませ、そこで作用させることからこの名称がある。
 RIを特定の組織・細胞に取り込ませるには以下のような3つの方法がある。第一はRIの元素本来の生理学的特性を利用する方法、第2は特定の組織・細胞に取り込まれやすい化合物(薬剤)にRIを化学的に結合させておく方法(RI標識法)、第3は抗原抗体反応を利用する方法で、まず目的とする細胞(がん細胞)の抗体(モノクローナル抗体)を作り、これをRI標識する方法である。この第3の方法では特に選択的に目的の細胞に限定してRIを送り込むことができるので、「RIミサイル療法」という用語をこの方法に限定して用いることが多い。
2.RIミサイル療法
 ある種のRIは、特異な生理学的性質を有していて、身体内にある特定の組織・細胞に選択的に取り込まれることがある。インビボ(in vivo)の核医学診断・治療ではこの現象を利用して疾病の診断と治療を行うことが多い。診断の場合は少量のRIを、治療の場合は大量のRIを投与する。典型的な例として、放射性よう素(よう素−131)が甲状腺に集まることを利用しての甲状腺疾患の診断と治療がある。バセドウ病患者(甲状腺機能亢進症)や甲状腺がん患者によう素−131を投与して治療する試みは1930年代から行われており、現在でも有力な治療法である。バセドウ病患者では投与したよう素−131の60〜70%が甲状腺細胞に取り込まれ、残りは尿便中に排泄されるのでよう素−131投与による副作用はほとんどない。甲状腺の細胞(異常に増殖し機能が高まった細胞)に取り込まれたよう素−131がベータ線を出してその細胞を破壊することにより治療効果が現れる。甲状腺癌の場合も同様である。米国のブッシュ大統領がバセドウ病になった際もこの治療が行われた。
 甲状腺疾患は、東南アジア地域で多発している疾患の一つであることから、国際原子力機関(IAEA)RCA(Regional Cooperative Agreement)では、1994年から甲状腺疾患のよう素−131投与治療法の標準化について共同研究を実施している。よう素−131は甲状腺由来のがん細胞に取り込まれるので、甲状腺癌が例えば肺等のほかの臓器に転移したような場合にもよう素−131投与療法が有効である。
 よう素−131と同じくベータ線を放出するRIであるストロンチウム−89(Sr−89)は骨に集まりやすいので(「骨親和性」という)、骨に転移した癌の治療に使われる。ストロンチウム−89は癌の骨転移に伴う骨痛の治療に有効で( 表1参照)、一度の静脈注射により3〜6ヶ月の除痛効果が得られる。
3.よう素−131標識エピネフィリン誘導体、あるいは、よう素−131標識モノクローナル抗体を用いるRIミサイル療法
 甲状腺以外の臓器によう素−131を運ぶ「運び役」として、(1)エピネフィリン(Epinephrine)の誘導体(MIBG)を用いる方法と、(2)対象が「がん」である場合、そのがん細胞のモノクローナル抗体を用いる方法とがある。
 (1)エピネフィリンの誘導体(MIBG)を用いる方法は褐色細胞腫、神経芽細胞にMIBGが特異的に取り込まれることを利用している。これらの二つのがんは、肺やリンパ節に転移すると、手術、外部照射放射線療法、化学療法が無効なことが多く、よう素−131標識MIBGのミサイル療法が行われ効果をあげている。しかしながら日本ではよう素−131標識MIBG療法は、対象患者数が少ないこともあって健康保険の対象となっていないために、患者の経済的負担が大きい。(2)がん細胞のモノクローナル抗体は、がん細胞(抗原)に対して「鍵と鍵の穴」の関係に例えられるように特異的に結合するので、よう素−131標識モノクローナル抗体は理論的には最も優れたミサイルである。今までのところ、肺がん、大腸がん、膵臓がん、脳腫瘍など、多くのがんに対してモノクローナル抗体が開発されており、これをテクネチウム−99m(Tc−99m)、インジウム−111(In−111)などのRIで標識したモノクローナル抗体を用いた診断や治療が行われる。このミサイル療法は今までのところ、多くの固型がんでは有効例が少ないが、悪性リンパ腫では優れた成績が報告されている。この方法の成否は腫瘍細胞とのみ結合し正常細胞とは結合しないモノクローナル抗体製品の開発・製造にかかっている。
4.RIミサイル療法の特徴と将来の展開
 RIミサイル療法はRI、RI標識化合物、あるいはRI標識モノクローナル抗体がある特定の組織・細胞に選択的に取り込まれることを利用しているので、標的とする細胞(がん細胞)が全身の臓器・組織に転移し、散在しているような場合でも、正常の組織・細胞に影響することなく、有効な治療が行える( 図1参照)。これは手術、外部照射放射線療法、化学療法では得られない、RIミサイル療法独特の利点である。RIミサイル療法実施の手順を 表2に示す。同一のRIやRI標識物質を用いてまず、少量投与の全身シンチグラフィにより診断を行って、RIの分布や取り込みの状況を調べ、正常組織への取り込みが少なく病変部位への取り込みが強いことを確認してから、大量RI投与による治療を行うことができるという点で、診断と治療とが有機的に関連付けられていることも特徴の一つである。よう素−131、ストロンチウム−89、リン−32以外の標識用のRIとしてはイットリウム−90(Y−90),サマリウム−153(Sm−153),レニウム−186(Re−186)の利用が研究されている。これらのRIを用いての、腫瘍特異性を生かし副作用を軽減させたRIミサイル療法は今後の可能性が豊かな治療法として期待されている。




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