この家の中を覗くと齢九十を遥かに超えたと思われる老婆が椅子に腰を下していた。この老婆が弱々しく立ち上るとおぼつか無い足どりで、彼のもとに寄って来た。 「コマンタレ、ブウ」「サバ、メルシィ」 一通りの挨拶を交した。 髪は白く、皮膚は深い皺以外のものは何もないような老婆であった。外から、部屋の中にいる老婆を見た時の年齢より、さらに、年をとっているように思えた。老婆は彼の頬にキスした。 それは、この世の思い出のために、見知らぬ東洋、日本の神秘を味わうかのようであった。ここには、醇朴な人間の世界が存在していた。
しばらくすると、ガイドが、ガイドの規定では三時までとなっているので今四時であるから超過料金がほしいという。 南フランスの片田舎に、素晴らしいものを発見した悦びに浸っていた彼には、ガイドの言葉が醜いものに感ぜられた。この分で行くと幾ら取られるか解らないので、ここでガイドを解放してやることにした。 ガイドは彼らから、うんとふんだくってやろうと思っていたのか、ぶつぶつ云っているが定められた金だけ渡して、彼らは立去ることにした。
「あのガイド、売春でもするつもりだったのか。」と彼ら三人で笑った。 草花が美しく植えられている公園などを見て廻りながら、ペリグーの駅に着いたのは、午後七時を廻っていた。日本でいえば、三時ぐらいの太陽がやや西の方に輝いていた。 ボルドーに帰る電車の時刻を調べると、今から、三時間半程度待たなくてはならない。駅員も乗客も、これを待っているらしく、実にのんびりとしていた。 彼らも、あわててもしかたがないので、フランス風にのんびりと時間の経つのを待つことにした。(第9章終わり) 第10章へ
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