彼は退院後、全てをあきらめることにした。 今後は設計と競合する可能性のある仕事は止めようと考えたのである。 どんなことをしても設計がやることができないものを選ぶべきであると考えたのである。 彼はこの仕事で基本特許を出していたが、さらに永田のところの担当者が特許を出したということを聞いた。 それから二年間に、この水晶時計は自動組み立てができるようになり、クレームも少なく、産洋精工の稼ぎ頭になった。 何年か後になって彼の基本特許は、永田のところの担当者が出した特許でことが済むので取り下げたいと特許室の担当者が言ってきた。彼は、 「駄目だ。」 と言ったが、それ以上は何も言わなかった。
その水晶時計を自動組立化して行く段階で、彼はこの時計に関する種々のアイデアを出し、実際に作り、社長に報告していったのである。 永田の仕事に反映させたが、彼はすべて社長を通じて行うことにしたのである。彼と永田とが比較され、ついには永田は部長代理まで格下げされてしまった。 彼と永田とのトラブルの話は既に社長の耳に入っていで、全てを知り尽くしていたのである。 永田は散々の目にあったのである。 しかし、彼の立場もよくならなかった。
彼は、幼いころの鯉の話を懐かしく思い出したりしていた。(第4章おわり) 第5章へ
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