佳境、辛酸に入るー第1章ー

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 鐘の音の鳴らし方により、火事と空襲とを区別していたが、それがどのようなものであったか、彼の記憶にはすでになくなっている。 彼の住んでいた家の家主が、この半鐘を打ち鳴らす役であったのか、よくとんでいっては鳴らしていたのを記憶している。 それも空襲とあっては打ち手も危険がともなうのか、音も絶え絶えに中途半端な音が聞こえてきたものである。 この丘にはその昔城があり、その名を富士見城と云ったそうである。
  城と云っても本城を守るために設けられた木を建てならべた小さな城、柵であったのかもしれない。 この周囲には忘れられているが、遺跡が点在している。
 この遺跡から鉄の鏃を見付けたという話を、子供同士で話し合ったことがある。 しかし、その鏃なるものは、彼は確認していない。 当時の子供の話では刑場の跡であり、敵の捕虜を拘束するためか、腰掛けさせることができるように、石に椅子が刻まれたという。 この椅子の刻まれた石には、おびただしい数の鏃跡と思われる傷が残っているから、それに違いない。
sasie3.JPG  この石に刻まれた椅子とは、小さな子供が辛うじて座れる程度のものであり、弓の練習場跡とも考えられる。 いずれにしても、この石の三米前方には城跡の小高い丘が迫り出しており、射程距離が短く、このようなところで弓の練習など想像もできない。

 僅か数百年の、いや百数十年の時の流れがこの変化することを知らない山里までも、理由の解らないものを残しているのが彼自身、自分の人生にも、当て嵌まるような気がしてならなかった。
 幼い彼が家族と共に住んだ家は、中国の昔話に出てくる桃源郷を思わせる別世界で、杉の林と雑木林、竹薮に東西南北が囲まれており、南側を向いて高台に建てられているので、東北特有の北風からは完全に守られた形になっている。
 ここには四軒の家が丘の中腹に二軒ずつ建てられている。 上の方の二軒は古城の家老の母屋と隠居場であり、彼と彼の家族はこの隠居場に住んでいた。
 下の家はその家来で家老の家に背を向けないように向かい合わせに昔は建っていたそうであるが、後世になって農業をする必要から、位置を変えて四軒が南に向くように建て替えたのだそうである。 (第1章終わり) 第2章へ

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