フリーメモ・05年1月〜3月分
05年3月
◎カラスの不思議
朝、家の近所でも巨大なカラスがゴミ袋をつついており、
それを見るたびに考える。
「不思議やなあ。何の必要があって、あんな真っ黒になったのかなあ。
保護色の正反対で、わざと目立たせて、他の鳥を威嚇するためかなあ」
しかし、わざと目立たせて威嚇してやろうと、カラスの先祖が考えたのか?
あるとき一羽が考えただけで、カラス全体が真っ黒になるわけはなく、
そうなるためには何百世代にもわたって、
無数のカラスが変色の意思を持ちつづけなければならない。
「そんなこと、あるとは思えんしなあ。それとも突然変異で
真っ黒になった一群のカラスが、たまたま身体も大きくて力も強く、
他を駆逐してカラス界を制覇したのかなあ」
また、カラスは非常にかしこく、ネアンデルタール人と同等の知能を持ってい
るともいう。嘘か本当かは知らないが、柿をつついてるカラスに
石を投げて追ったら、あとからそいつが上空から、
追った人間の頭に柿を落として復讐したという話もある。
で、そういうことをある女の子に教えたら、相手がいわく。
「そうよ。そやから、眼を合わせんほうがいいよ。
合わせたら、仕返しされるよ」
「そんな、あほな。なんぼ黒装束でも、別にヤクザやないねんから」
「いいや、そんなことないよ。前に見たカラス、指詰めてたもん」
と、ここまで言えたら御祝儀をやるのだが、
語るに足りん大学生や。よう言いませんわ。
◎収税課員をびびらせた話
商売をしている友人から聞いた話。あるとき、金回りが悪かったため
税金が滞納になり、市役所の収税課から電話で督促された。
それは仕方ないのだが、相手の言い方が失礼というか無礼というか、
「とにかく、市民はこちらの言うとおりにすればいいのだ」みたいな、
高飛車な態度でものを言う。それでそのあと、たまたま用事で司法書士
が来たので、こういうムカつくことがあったと言ったところ、相手がいわく。
「そういうやつは、いっぺん灸を据えてやったほうがよろしい」
そしてまかせたら、「かくかくしかじかの対応によって、
こちらは傷ついたので、訴訟を起こして慰謝料50万円を請求するから
御承知ありたい」という通告書を作り、内容証明郵便で送ってくれた。
司法書士の言うことには、そういう場合には、
市役所や収税課を訴えるのではなく、相手個人を訴えるのが効果的で、
なぜなら公務員連中はその種のトラブルを非常に嫌い、
同僚が訴えられたら、保身のため身を引いて知らん顔をするので、
そいつが孤立してダメージが大きくなるからだとのこと。
案の定、そいつはショックを受けたらしく、何度も自宅に電話してきて、
会いたいと言う。つっぱねていたら、日曜日にどうしても会ってくれと頼んで
きて、当日、部長とともにやってきた。
友人は、「あなたは帰ってください。こちらはこの男を訴えるのであって、
あなたは関係ないのだから」と言い、
部長は「いや。上司といたしまして」云々と、玄関口で押し問答。
結局、二人を家の中に入れて平身低頭の詫びと説明を聞いたのだが、
その説明のピントがずれていて、途中からアホらしくなってきた由。
どうずれているかというと、要するに
「公務員は市民より上」という意識があり、かつ民間企業で新入社員がイン
プリンティングされるような世間常識が欠落しているので、
その意識が間違ってる、ずれているということも、わかってないのだと。
当人に、ずっと収税課にいるのかと聞くと、前は水道課にいたとこたえた。
友人は、「収税課というたら、人間相手の部署やろ。
ちゃんと払う人もおれば、事情があって払えん人もおるし、ずるいこと考えて
払わんやつもおる。その一人一人に対応していくのが仕事やないか。
水道管相手にしゃべってるのと違うぞ!」とタンカを切って、
結局、告訴はせんことにしてやった由。
しかしまあ、水道課から収税課というのも、民間常識では理解しにくい配置
転換ですな。それともそいつ、督促のプロとして水道料金滞納者を追い込ん
できて、その実績が買われて抜擢されたのかね。
これ、兵庫県K市のお話です。え、K市ではわからんて?
神戸、加古川、川西、加西。このうちの、どれかですけどね。
◎さっそくのエール、感謝感謝!
KGADの石田、大藤、山本さま。東京の浅沼君と、横浜の前田さん。
野田阪神の芝崎さん。市川のトマト嬢。居住地不明の磯原さま。
そして大熊さんと、その書き込みを転送してくれた堀氏。
さらには、更新情報に入れてくれた森下氏。
ありがとうございました。しっかり、がんばるでございます。
◎何と書けばいいのか……
桂吉朝さんが病気療養中で、公演の延期や中止がつづいている。
「早いこと元気になってくれんと、困るがな」と思っていたら、
今度は桂む雀さんが、脳内出血で入院した。
おまけにその数日後、ベテランの桂文紅師匠が亡くなられ、
何と土曜日(3月12日)には、上方落語界の大御所の一人、
桂文枝師匠までが亡くなられた。
「残念」とか「惜しい」とかいう言葉は、ぼくの場合、
もっと落ち着いてから出せる感想だと思うわけで、
いまはとにかく「悲しい」。
平成四年八月、大阪ロイヤルホテルで盛大にひらかれた、
五代目文枝襲名披露パーティ。押し合いへし合いの人混みのなか、
お弟子さんたちが担ぐ輿(こし)に乗って入場してこられた、
そのお姿を思い出しつつ、謹んでお悔やみを申し上げます。
◎う〜ん。ムツカシイッ!
昨日の午後は、某所にこもって「おけいこ」をしてきたのだが、
いやあ、2時間やったら、ぐったりと疲れてしまった。
身体の疲れよりも気分的な疲れ、もっと言うなら、
「なんぼ素人とはいえ、おれはこの程度しかできんのか」と愕然とした、
そのショックと、自分で自分が情けなくなった、落胆の疲れなのだ。
だから、3回やる予定だったのを、頼んで5回にふやしてもらった。
本当に訓練しようと思えば、基本だけでも2年3年とかかることだから、
付け焼き刃もいいところだが、もうちょっと何とかしなければ、
ホント、いい恥さらしになるのだ。
何のおけいこをしてるのかは、3月17日(木)に、
このホームページのトップと、新しいサブページで公表します。
それまでは、伏せておくように言われているのです。(^o^)
◎喫茶店の話
故小川龍生氏に、広告マンを主人公にした、
『窓際の狼』というシリーズ長篇があり、
これは某大型広告代理店をモデルにしていて、
下請けと結託して私服を肥やした社員のことも、赤裸々に書かれている。
事情通の話によると、小川氏は以前プロダクションを経営しており、
上記の社員からひどい扱いを受けたので、復讐(?)したのだという。
嘘か本当かは知らないが、その作品で旧悪をバラされ、
その男は懲戒解雇されたのだともいう。
で、それはそれとして、そこに出てくる登場人物たちが、
やたらに喫茶店へ行く。だからぼくは読みながら、
最初は、作者が「手抜き」をしているのではないかと思った。
自分にも覚えがあるが、疲労困憊した状態で書いていると、
個々の場面設定をする気力が減退し、
登場人物たちが喫茶店で会ってしゃべるという、
イージーな手を使ってしまいやすくなる。失礼ながら、
小川氏も多忙ゆえに、それをやったのではないかと思ったのだ。
だが、途中でふっと気がつき、笑っていた。
「これ、イージーな場面設定とは違う。まさにこうなんや。
広告マンの日常を、リアルに書いたらこうなるんや!」
思い出せば広告マン時代、皆、よく喫茶店を利用していたものだった。
企画製作の人間は、出入りのデザイナーやコピーライターとのうちあわせ。
媒体部の人間は、新聞社やテレビ局の担当者とのうちあわせ。
営業さんは、部内の相談や情報交換など。まあ、あの業界くらい、
よく喫茶店へ行く業界はないのではないかと思うほど、入りびたっていた。
そして当時、別に好きでもなかったコーヒーを、ほかに適当な、
もしくは好きな飲み物がなかったのでやむをえず、
ときには一日五杯も飲んでいたことを思い出した。
烏龍茶などはまだ普及してなかった時代。さすがにうんざりして、
ビジネスマン向けの、商談用の、さっぱりとした飲み物を発売すれば、
売れるだろうなあと考えたりしていたのだ。
◎いかにするらん
マニアなら御存じ、ウオーターラインという艦船模型のシリーズがある。
往年、プラモデル少年であり、戦記雑誌「丸」少年でもあった当方、
これまたマニアなら御存じ、それが4社協同で発売されていた時代に、
いつか製作しようと思って、順に買っておいた。
ところが、大量に(確か200隻以上)キープしてあるそれらの模型、
いまとなっては、もはや作れないと明らかにわかる。
もう根気がつづかないだろうし、第一、全部作ったら
かなりのスペースを取るはずで、置く場所がないのだ。
いっそ、ネットのオークションに出してやろうかとも思うのだが、
手続きが面倒臭いし、聞いた話によると、そこからアドレスを採取されて、
迷惑メールがどっと増えるともいう。う〜ん。どうしてくれましょうかね。
◎業務連絡
今月から、仕事のスケジュール上、不在が多くなります。
詳細は、3月中旬、当ホームページでお知らせいたしますが、
4月以降も、同様の予定ですので、お手数ながら
各社編集者様には、メール、FAX、留守電を御利用のほど、
よろしく、お願いいたします。
05年2月
◎市長さん
フォーラムのメンバーになったときや、仕事上の勉強会などで、
ナニナニ市の市長と話をすることがあるのだが、そのとき、
相手を「市長」と呼べばいいのか、「市長さん」と呼ぶ方がいいのか、
いつも内心でとまどっている。
つまり、どちらが敬意を払っていることになるかという問題であって、
普通に考えれば、当然「市長さん」ということになるのだろう。
仮にこちらより若い人であっても、「市長」などと呼ぶのは、
呼び捨てにしてるようで、失礼なやつだと思われそうなのだ。
ところが、考えてみていただきたい。会議や記者会見で、
総理大臣を「総理さん」と呼ぶ人、大臣や長官を「大臣さん」「長官さん」と
呼んでいる人がいるだろうか。まあ、おりませんわな。
この場合、職名自体が敬称になっているわけで、ならば市長も
「市長」と呼んだほうが、公的敬意を払っていることになるのではないか。
それを「市長さん」と私的な敬称で呼ぶのは、
市長は大臣や長官より格下と見ていることになり、
かえって失礼なのではないか。
ううむ。そしたら知事はどう呼ぶべきなのか。「知事」か「知事さん」か。
などと考え出したら、心も千々に乱れるのである。
ちなみに、格下云々と書いたのは、
政治家や官僚の世界ではそうなっているのかもしれないけれど、
当方、どっちが上だとか偉いとか、そういう捉え方をしてないからで、
大臣だろうが長官だろうが、民間企業の社長だろうが頭取だろうが、
その立場や役職についているからといって、
イコール「偉い人」だとはまったく思わない。
その立場や役職において、立派にその責を果たし、
かつ人間的にもお手本にできる、偉ぶらない人であったとき初めて、
「偉い人やなあ!」と本心から思って尊敬する。
立場や役職で「わしは偉いのじゃ」と思っている人間を見ると、
「こいつ、アホと違うか」「おっさん、何を勘違いしていちびっとんねん」、
とまあ、そう思う人間であって、これは作家、芸術家、芸能人、
スポーツ選手などに対しても同様なのである。
(保坂正康氏の『瀬島龍三 参謀の昭和史』のなかに、瀬島氏が軍隊時代、
階級が上の者は人間としての価値も上という、そのモノサシを
疑わなかったという話が出てくる。多いのよ、現在もこういう人間が。
それが数々の間違いをうみだすのにね)
だから、仮に甲という大臣と乙という市長の
どちらが偉いのかという格付けは、ぼくの場合、
比べる相手の実績や人格を詳しく知って初めて下せるということになる。
しかしそんなこと、ある程度以上の長さと親密さでつきあわないと、
わかるわけがない。そこで、とりあえず一律に、社会人としてのエチケット、
世間常識としての敬語敬称でもって接しているのだが、すると
「市長」か「市長さん」かというような問題が、起きてくるわけなのである。
まあ実際には、その場の雰囲気に従い、他の出席者が「市長さん」と呼んで
いるときには、こちらもそれに合わせてますけどね。
◎黒幕は誰だ
2・26事件については、多くの回想記や研究書が出ているのだが、
肝心の部分がいまもって判然としないらしい。
ぼくもある程度の本は読んできて、
あれはもちろん鎮圧されるべき叛乱だったと思う側だが、
その叛乱の黒幕が誰なのか、いまだにわからない。
普通に言われているのは、真崎大将、荒木大将、香椎中将、山下少将など
、陸軍皇道派のボスたちが、陰に陽に青年将校を焚きつけたということで、
なかでも、真崎が政権を狙って彼らを利用したというのが、
通説になっている(そのため、2・26事件にのめり込んだ三島由紀夫から、
最も軽蔑する人物だと言われている)。
海軍では、山本(英輔)大将も日和見的に関与し、
その名前は暫定内閣の首班候補に入っていたという。
昭和天皇はその手の「権謀術数」型の人物が嫌いで、
このときではないが、「陸軍では真崎、海軍では末次が悪いんだよ」と、
内々でもらした記録が残っている。末次大将というのも、
政治に色気を出して、晩節を汚したと評されている人物なのだ。
ところが、『評伝 真崎甚三郎』(田崎末松著、芙蓉書房)という本を読むと、
その通説が根底からくつがえされている。
彼こそ真に天皇のことを思っていた忠臣であって、
事件に関与などしていなかった、それが黒幕として起訴され名誉を汚された
のは、自分たちが権力を握って日本を戦争に駆り立てようとしていた、
統制派(アンチ皇道派)の陰謀だったというのだ。
しかし、ぼくが受けた印象として、田崎氏が紹介する真崎の人物像や言動
には、自分をしきりに大物に見せようとしているような、「嫌み」や「臭み」が
ある。だからぼくは読みながら、「これは何らかの意図があっての、
牽強付会の説だろう」と思っていたのである。
だが、末尾に至って衝撃を受けた。戦後、昭和天皇のアメリカ訪問時、
外務省に勤務していた真崎の長男が、天皇の通訳として抜擢され、
同行しているのだ。そしてそのことについての真崎未亡人の、
「御聡明な陛下は、よもや逆臣の子を
側近に侍らせられるようなことはなさいますまい」
という言葉も載っている。天皇に通訳を選ぶ権限はないはずだから、
これはそのまま受け入れられる意見ではないが、もし確かに真崎が「逆臣」
だったら、そんな人選は外務省や宮内庁が行わないだろう。そこを思うと、
「天皇の想念のなかには、かつては忠誠の士として映じたものが、
実は禍根の元凶であったり、あるいは禍根の張本人として消えていったも
のが実は無類の忠臣であった、というような価値評価の転換も行われてい
たのではなかろうか」という田崎氏の推測が、
俄然、リアリティを持ち出すのである。
しかしそれでは、真の黒幕は誰だったのか。
当時の侍従武官長だった、陸軍の本庄大将だという説もあるが、
これも推測の域を出てないものだと思われる。そしてもうひとつ、
この事件のときの昭和天皇の怒りはすさまじかったのだが、
その激怒の奥底の理由も、いまもって判然としない。
弟である秩父宮との相克関係が取りざたされており、
そこには不気味な推理もまじっているのだけれど、これもまた、
いまだに解けない謎らしいのである。
どこかから突然、とんでもない一次資料が出てきませんかね。
◎特殊用語の一般化
お祭りに店を出すテキ屋の世界では、ガス風船のことをアゲチカと言い、
風船吊りに使う水を入れたやつはスイチカと称するらしい。
仲間内の隠語なのだが、パーティーグッズなんかを売ってる店で、
仕入れた商品を店員が開けているのを見たら、その段ボール箱には、
正規の商品名として「スイチカ」と印刷されていた。
たとえば「ノリつっこみ」というのは、もともとはお笑い世界の用語であるが、
大阪では女子高生が普段の会話で使ったりするようになっている。
そのうち子供が、「おかあちゃん、スイチカやらせて」
などと言うようになるかもしれませんね。
そういえば、種類は違う一般化だが、
コンビニに「遠赤ババシャツ」という名称の商品もあった。
ババシャツは本来、ダサい、おばさん臭いというニュアンスをこめた、
若い女性からの蔑称だったと思うのだが、
正規の商品名に昇格(?)しているのである。
◎日々の読書
本は毎日、何かしら読んでいる。新刊を読むこともあるし、
本棚から好きな本を適当にひっぱりだして読み返すこともある。
ジャンルとしては、小説、エッセイ、ルポ、解説書など、何でもありの雑学派。
ただし他の作家と比べたら、小説を読む量は少ないと思う。
それにはわけがあって、ひとつは、筒井康隆さんの次のような主旨の
エッセイを読んで、自分はまさにそのタイプだと再実感した、こんな理由。
「仕事以外の時間も小説を読むのが好きな作家と、
そうでない作家がいるようだ。後者は、虚構と現実を区別しておきたいタイプ
で、虚構べったりになるのを嫌うのではないか」
そしてもうひとつの理由は、「疲れる」ことが多いからである。
というのが、こっちも書いている立場だから、人の小説を読みながら、
どうしても、「あ。ここ、走ってるな」「何でこの語尾が、〜だ、なんだ。
意味からもリズムからも、〜だった、だろうが」
「う〜ん。この描写、体験をそのまま使ってるな」、などと考えてしまう。
長篇執筆中で煮え詰まってるときなど、寝る前の頭休めに読もうとしても、
そんな思考が次から次へと湧いてくるので、
読むのが苦しくなって頭休めにはならないのである。
だからそんなときは、軽いエッセイや芸談本やルポを読む。
また小説ならば、時代小説や記録小説を読む。それなら、
もっか自分が書いている作品とは別のものだという安心感があるためか、
あまり考えなくてすむのである。
ただしもちろん、仕事の資料や、書評や解説を頼まれた書籍については、
メモをとったりしながら、本気で考え真剣に読む。限られた時間内に、
一定量以上の本を読まなければならないときには、
受験生のような心理態勢で読んだりする。そのときの把握力と分析力に
ついては、長年の訓練でかなり高まっていると、自分でわかるのだ。
なのに、それらが血肉になって、
自分の小説がどんどんうまくならないのは、なぜなのか。
人生百般のことと同様、他人の欠点や不足箇所は、
ようわかりますのになあ!
◎百円ショップ
広告マン時代、企画や発想の「勘」を鈍らせないため、
デパート、スーパー、商店街などを適宜チェックし、
いま、どんな商品が出ているか、売れているかを確認していた。
その習慣はいまもつづいていて、百円ショップなどもよく覗く。
「えっ。これを百円で売っても、かまわんのかいな!」
驚く商品もあるかわりに、
「こんなもん、十円でもいらんわ」と思うものもある。
で、それはそれとして、百円ショップも複数の会社が競合しているのだが、
そのなかのひとつに、衛星放送なのか有線なのか、1960年代の、
アメリカのヒットポップスを流しているチェーン店がある。
ぼくの中学〜高校〜大学時代であって、懐かしいし、
連鎖的に思い出すことなども多いので、つい聞き込んでしまう。
結果として、店内にいる時間が長くなり、
どうでもいいものを、あれこれ買ってしまう率が高くなるのである。
「♪ドアをトントントントン、ベルをリンリン〜」
日本では九重祐美子だったかが、「恋の売り込み」というタイトルで
こう歌っていた曲、原題は何て言うんでしたかね。そして歌手は?
◎『週刊誌血風録』(長尾三郎著。講談社文庫)
週刊誌のライター、アンカーとして長年活躍し、
現在はノンフィクション作家になっている著者の、
いわば「疾風怒濤」時代の回顧録。ぼくより10歳も年長なので、
皇太子(現天皇)御成婚にまつわる特ダネ合戦の時代から、
書き起こされている。以下、60年安保、吉展ちゃん誘拐殺人事件、
アラン・ドロン来日騒動、連合赤軍事件などの記述からは、
時代の様相や雰囲気を多々思い出した。
そしてつくづく感じたのは、同じ文章を書く仕事とはいえ、
おれには週刊誌記者は勤まらんなあということ。
なぜなら、まず体力がなくスタミナがつづかず、
事件の現場や渦中の人に対する突撃取材ができない。
こちらは、「そんなことしたら、相手は迷惑やろな。嫌がるやろなあ」と
思ってしまう人間なのだ。おまけに、記事がまるまる没になったり、
考えられないくらいの短時間で書き直しを命じられたりすることなど、
日常茶飯事。これでは神経が持たんのです。
それはともかく、随所に出てくるエピソードがおもしろい。
アラン・ドロンと「親しく」なった女優、なりかけた女優、
R・Aはわかるけど、T・Kって誰だ。あの、T・Kか?
梨本勝なる人、政治関係の取材には弱く、文章ももうひとつだったが、
芸能分野にまわされた途端、生き生きとして活躍しだしたという。
なるほど。確かに、そんな顔ですな。
男性週刊誌も女性週刊誌も、編集長交代で張り切って内容を一新したら、
記録的な実売部数下落になったという。
この雰囲気は、元販促プランナーとして、よ〜くわかりました。
◎スパムメール
前にも書いたように携帯電話は持っておらず、
メールはパソコンでやっているのだが、迷惑メールには腹が立ちますな。
こちらは仕事関係と友人知人にしか発信しておらず、オークションとか
怪しいサイトとかには接触してないのに、どこでアドレスを採取するのか?
おまけに、不特定多数に送るソフトが開発されてるのか、
アドレスの最初の二文字に一致する文字と何かの記号とで、
こちらが宛先になって着信してたりするのだ。
一応、スパムメールのブロックサービスは利用してるけど、
それでも来るもんなあ。おまけに、広告なら単にうるさいだけだが、
わけのわからんのも入ってくる。
「しばらく会ってないけど、お元気かしら。さゆり」
「見積もりの件、連絡ください。西本」
こういうのに、なまじ親切気を出して、宛先を間違えてますよなどと
返信すると、詐欺やひっかけの被害にあうわけなんだな。
もちろん全部削除してるけど、抜本的な対処法はないのかねえ。
「今夜、何が食べたい。中華はどう?」 知らんわい!
実は近々、どうやら携帯を持たねばならんことになりそうなのだが、
そんなわけなので、メールは利用せんことにしようかと思っているのだ。
PS。さたけさん、退団した吉本の役者は、推理通りです。
◎女性天皇
政治と軍事の大権を持たない(持たせない)
現在の象徴天皇制がつづくという前提で考えるなら、
それが女性でも少しもかまわないと思う。
読みかじりの知識であるが、賛成派の「歴史上、実例もあるのだから」
という論に、反対派は「それは、やむをえないつなぎであって」云々と
主張しているらしい。「外国にも事例が多い」に対しては、
「日本には日本の伝統があるのだ」と。
このあたり、ぼくにはその真意(もしくは深意)がわからんので、
それを知ったのち、「なるほど。これは軽々に決めてはいかんことだ」と
思い直す余地も、残してはおく。
しかし、「伝統」を反対の根拠にするなら、社長令嬢とはいえ旧華族でもない
女性が皇后になり、キャリアウーマンが皇太子妃になっていることにも、
反対しなければならなくなってくる。そうやって反対しつづけると、
「時代の流れに適応し、適宜、外部の新しい血を入れて、
集団生命力を活性化していく」という、皇室や旧公家社会の、
別の「伝統」を否定することにもなってしまう。
その伝統にのっとれば、「つなぎ」ではない女帝を認めることも、
必然の対処法になると思うのだが、どんなもんだろう。
また、日常感覚で予測すれば、女性天皇が即位したら、
その当座だけかもしれないが、世の中の雰囲気が変わり、
ある種の「明るさ」や「期待感」が生まれるのではないか。
それは、それこそ日本という国や社会の集団生命力を、
活性化するものになると考える。
もっとも、それが具体的にはどんな明るさになるのか、
なにしろ日本人が現代史のなかで初めて経験することだから、
ちょっと見当がつけられない。
実地に体験してみたいと思うけれど、
それが実現するのは現天皇の次の次だから、
ぼくは多分、すでにこの世にいないのである。
PS。お〜い。ADKG・HPの連中、ええかげんに書き込みせえよ〜。
2月に入ってるのに、まだ、「明けましておめでとう」のままやどーっ。
え、わし? わしは今回、わざと傍観しとるのじゃ。ぬはははは。
05年1月
◎ほんまは、知らんかったんや!
小学校2年のとき、担任の女性教師から、授業に使うので
何かひとつずつ、おもちゃを持ってきなさいと言われたことがあった。
皆あれこれ持ってきたわけで、そのなかにブリキ製の
飛行機のおもちゃがあり、その機首のあたりには細い棒が立っていて、
その先端から垂直尾翼まで、これまた細い針金が張られていた。
無線のアンテナ線なのだが、それを知らなかったぼくは質問していた。
「先生。これは何ですか」
するとそのおばさん教師、それを見つめてから、
「それはね、飛行機が飛ぶのに、なくてはならないものです」
「……」
子供心にも、何か割り切れない思いが残ったのだが、
いまなら突っ込みますな。
「あたりまえじゃ。わざわざ、なくてもかまわんものをくっつけて飛ぶかい!」
これ、某SF作家が非常に好きなエピソードなので、ちょっとサービスに。
◎佐々木侃司さんのこと
1月24日、イラストレーターの佐々木侃司さんが、72歳で亡くなられた。
読書愛好家には、北杜夫氏の「どくとるマンボウ」シリーズ、
その表紙イラストや挿絵で著名であり、広告世界の知識がある人には、
サントリー宣伝部出身ということでも知られていた。
そしてぼくは、学生時代から北さんのファンで、よく言われる
「幽霊派か、マンボウ派か」という区分でいえば、当然マンボウ派だった。
おまけに大学では広告研究会に所属し、卒業後もその方面に
進んだ人間なので、サントリー宣伝部といえば仰ぎ見る世界だった。
だから、作家になって、自分の本の表紙イラストを佐々木さんに
お願いできたときには、本当に夢のような気がした。
以来、数多い仕事をお引き受けいただき、実はつい先だっても、
次の書籍のそれを、出版社を通して、お願いしていたところだった。
そして奥様から御連絡をいただき、そこで初めて、
佐々木さんが去年の夏から入院されているということを知った。
お話によれば、腎臓の病気で透析を受けて云々ということだったが、
新聞連載の仕事は病院でつづけておられたという。
「そしたら、お願いはできるんですか」とうかがうと、今年に入ってから
肺の具合も悪くなったので、残念ながらということだったのだ。
26日が葬儀で、もちろんぼくも参列させていただいたのだが、
イラストやクリエイティブ関係はもちろん、古巣サントリーの関係や、
そこを退社後、長らく教授を勤めておられた大阪芸大の関係もあって、
ロビーにまで参列者が並ぶ盛大なものだった。同窓関係として、
小学校の友人方まで来られていたのは、子供時代を旧満州で送り、
戦後引き揚げてきた人たちの、ネットワークの強固さなのだろう。
その席で思い出した、生前の佐々木さんから教えてもらった話をひとつ。
大阪芸大教授時代の某日、授業をしようと思って廊下を歩いていくと、
すでに教室ではそれが始まっていて、自分の声が聞こえてきた。
録音テープではなくナマである証拠には、学生の笑い声もダブっている。
狐につままれたような気持ちでドアをあけると、一人の学生が自分の声色を
使い、いかにも自分が言いそうなことを言っていたのだという。
そしてその学生は卒業後、キッチュという芸名で、
著名人を批評的に真似する声帯模写で売り出した。
のちに活動の場を東京に移した彼は、現在の松尾貴史さんなのである。
それにしても近年、御面識をいただいていた年長の方々が、
ぽつりぽつりとながらも亡くなられるので、何とも言えない気持ちになる。
SF作家クラブでも、手塚治虫、星新一、深見弾、半村良、
光瀬龍、真鍋博、矢野徹の各氏が、すでに鬼籍に入られた。
また、サントリー宣伝部ということでいえば、お会いしたことはなかったが、
開高健、山口瞳の両氏は、その黄金時代を築いた方であると同時に、
当方、これまた学生時代から愛読していた作家だったから、
「いつか機会があれば、お話を」と思い続けていたのだ。
それだけ、こちらも年齢を重ねつつあるということだろうが、しかしなあ……
ともあれ、佐々木さんの御冥福をお祈りいたします。
長らくお世話になりまして、ありがとうございました。
なお、当ホームページのリンク集から、佐々木さんのそれにも移れますので
どうぞ展示されている作品群を御覧ください。プロフィール欄には、
北杜夫さんとの初対面時、二人で昼間からどれだけ飲んだか、
そのレポートも載っています。
◎『懐かしのアメリカTV映画史』(瀬戸川宗太著、集英社新書)
「ルーシーショー」や「ローハイド」や「コンバット」をはじめとして、
1950年代後半から60年代の終わりまで、
日本のテレビで放映されていたアメリカ作品の紹介。
著者はぼくより四歳若く、こちらは早生まれなので、
学年では5年下ということになる。
だから当然、個々の番組を何年のとき見たかについてのズレがあり、
その背景をなしていた社会状況や事件に関する、印象も異なっている。
けれども、作品そのものに対する記憶や感想には共通点が多いので、
おもしろかった。また、たとえば「うちのママは世界一」が、
アメリカの理想的な家庭を描いたものとして憧憬されていたけど、
実はWASPの価値観を良しとする番組であって云々という、
そんな意味の記述には納得させられた。
もう少し原稿枚数をふやし、列挙に加えて、
そういった批評や解説部分を多くはさめば、
もっとおもしろくなった本だと思う。
スターやタレントの写真が多く掲載されているのも、
記憶発掘のきっかけになって結構である。
ドン・アダムスとバーバラ・フェルドン。
この二人の名前で番組名がうかぶ人は、
かなり「笑い」の好きな人でしょうね。
PS。メールで感想や意見をくださる皆さん。お手数ですけど、
居住する市の名前とまでは言いませんが、県名か地方名
(北陸とか九州とか)を教えてもらえませんか。
遠いところの人なのか、実は近くの人なのか、
見当がつかんので、何や知らん頼りないんです。
◎知的興奮の快感
SF作家クラブに入れてもらった当時、毎年一月下旬に
鎌倉霊園へ大伴昌司氏の墓参りに行き、
そのあと熱海へ一泊旅行をするという行事があった。
夜は宴会のあと、麻雀などしながらダベるのだが、
そのおもしろさたるや、本当に筆舌に尽くしがたかった。
星さん、小松さん、筒井さんを筆頭に、皆が該博な知識を駆使して、
多方面にわたる問題を冗談まじりに議論し、とんでもない発想を披露して
大笑いしている。ぼくは麻雀ができないので、もっぱら横で飲みながら聞か
せてもらっていたのだが、どんな高度なことを言っても
それがペダントリーにはならず、文字通り「議論を楽しむ」という場を、
それこそ生まれて初めて経験して、まさしく欣喜雀躍という気持ちになった。
こちらが読みかじり聞きかじりの知識を総動員して聞いていって、
ようやくその内容に見当がつくという、その知的レベルの高さには
スリルに近い快感を覚え、脳の心地よい興奮ということを、
これまた生まれて初めて経験させてもらえたのだ。
だが、残念なことにこの墓参と旅行、大伴氏の七回忌までで終わってしまい
、その後、これに匹敵する場を経験できなかったので、
寂しさと物足りなさを感じつづけていた。
けれども何年か前、小松さん主催の勉強会に参加させてもらったので、
以来月一回、同等の興奮と快感を再体験できるようになった。
毎回一人、学者や研究者、ビジネスや芸術芸能など、多様な分野の
専門家のレクチャーがあり、そのあと軽く飲みながら質疑応答する。
こちらは例によって、読みかじり聞きかじりの知識を総動員して聞き、
素人ながらも質問させてもらう。いちいちメモなどは取ってないが、
いま聞かせてもらってること、教えてもらってることは、
必ず自分の血肉になるという実感があって、わくわくするのだ。
血肉になるとは、得た知識がそのまま仕事に使えるとかの
下世話な意味ではなく、学者や専門家のものの見方、考え方が吸収でき、
各分野の最先端知識などともあいまって、
こちらの思考体系がリフレッシュされるという、そんなニュアンスである。
ただし、手も足も出ないこともあって、ウイルス学の最前線状況を
聞いたときには、どんなことをレクチャーしてもらってるのか、
おおまかにつかむのが精一杯で、遂にただひとつの質問もできなかった。
それはそれで、ひとつの快感なのである。
その他の興味深かったテーマや、ときどきある見学会のことなども書くと、
どんどん長くなっていくので、とりあえずここでストップしておくが、
学問や研究が「おもしろい」もので、それを仕事にしている人を
「うらやましく」思うようになったのも、大きな収穫。だから、
「それが高校時代にわかっていたら、自分の人生コースのひとつとして、
考えてたかもしれんなあ」と思ったりもする。
まあ、かなりの面倒くさがりで、地道な実験やデータ収集などは苦手な人間
だから、実現はしなかっただろうが。
◎脳のパラドックス
ぼくは普段、大阪弁でしゃべっており、あらたまった会話や講演などは
「ですます」調でやっているが、アクセントやイントネーションは、
これまた大阪風である。標準語でやろうとすると、
何か無理な演技をするようで、東阪のそれがごっちゃになりそうなのだ。
ところが、よく考えてみると、小説の地の文はもちろん、
登場人物のモノローグや会話も、大抵は標準語で進めている。
この場合、頭のなかで彼らがしゃべってくれるのを、
そのまま書き取っていくわけだが、アクセントもイントネーションも、
聞こえているそれで間違ってないと、明らかにわかる。
なぜなら、ラジオやテレビのアナウンス、ナレーション、対談、ドラマなど、
何十年にわたって耳から入った標準語のテキストが、
脳に蓄積されているからだ。
ならば、それをそのまま口から出せば、
標準語の会話も講演もできるのではないか?
そう思うのだが、やはり、混乱しそうに感じる。それはつまり、
第三者が標準語でしゃべる事例は大量に蓄積され、
脳内パソコンで「ソフト」化されているが、自分自身のそれは
量が少な過ぎて、まだソフトが成立してないからかもしれない。
だから標準語でしゃべろうと思えば、まず一定量以上、
標準語でしゃべらなければならないのである。
これ、人の言語機能の一本質を衝いた考察だと思うのだが、違うかな。
◎おまえはアホか!
「ロボットがあるやろ。人間の恰好したやつ」
「おお、あるな。アイボとかいう」
「あれ、どんどん進化して、走ったりするようになっとるな」
「なっとる、なっとる。どこまで進化するのか、怖いくらいや」
「しかもいまや、踊れるやつも実験中やという」
「踊るて、キンキラの着物きて、サンバでも踊るのか」
「マツケンやないがな。けど、着物はきせるらしい。
着物というより、外国のエレクトロニクス・ショーに出展するために、
日本の文化も紹介しようという意図で、歌舞伎の衣装をつけるという。
ペアのロボットが豪華なやつを着て、袴もはいて、
それで頭には長〜い髪の毛。その色は片方は白で、もう一方は赤や」
「ほう」
「それでペアのロボットが、頭をぐるぐるまわすちゅうんねんけど、
なんぼ真空管やなしにICを使うてても、まわすうちに熱を持ってくる。
三分や五分もまわすと、チーンと鳴って止まるらしいんやな。
そこで、このペアロボットに名前がついたという」
「どんな名前が」
「電子連獅子」
「なに!」
「電子連獅子。あのほら、まわしたら熱持って、
チーンと鳴って止まるやつねえ……」
わあわあ言うております。あいも変わりません、愚かしいお噂で。ドンドーン!
◎タクシー三話
当ホームページの東京通信員、というのは嘘で、
実は友人中の出世頭(?)、月星印鉄鋼会社の常務執行役員様々だが、
その彼からメールで入ったタクシー情報を紹介。
『昨日の夜、個人タクシーに乗ったら、何とJAZZをカーステレオで、
それも真空管アンプで聴かせるという謳い文句。
名付けて「SWING TAXI大崎」。SWINGとは粋ですねと言ったら、
お客さん、よく御存じでと嬉しそうだった。
車内で真空管アンプがどの程度の音を出すかはわからんけど、
いろいろ考えるね。ほとんど個人の趣味かも』
なるほど確かにと笑いつつ、思い出したので、タクシーの話をもうふたつ。
これも東京の友人から聞いた話だが、同じく個人タクシーで、関東一円から
仙台あたりまでの固定客を「つかんで」いる人がいるとのこと。
その客とは、各県の県庁などに勤務する部長とか局長クラスの人間で、
彼らは出張で霞が関へ来て日帰りするのだが、
会議の終わるのが深夜になることも多い。官庁街で待機していて、
そういう客を乗せたそのドライバーは、住所氏名を聞いて
自宅の場所を一遍で覚える。次からは電話一本で参上し、
客には安心して熟睡してもらって、きちんと送り届けるのだそうである。
もうひとつは、神戸市内でタクシーに乗ったという、友人の話。
運転手の言葉が東京のアクセントなので、聞いてみると、
やはり地元の人ではなかった。そしてその彼いわくは、
「こないだ、新幹線の新神戸で怖そうなお客さんを乗せたら、
本家へ行ってくれって言うんですよ。それで私、本家っていいますとって
聞き返したら、わかっとるやろボケとか何とか、どなられました」だそうな。
友人が言うには、「つまり、前々から神戸市内を走ってる運ちゃんなら、
本家だけでわかって、ちゃんとそこへ行くということやろな」
ぼく思わず、「わかりましたってこたえて、三宮センター街とか元町商店街の、
本家高砂屋とか総本家駿河屋へ乗りつけたら、相手、怒り狂うやろなあ」
え。そしたら本家って、どこのことだって? なはははは。
◎『神に近い人、爬虫類に近い人』(小田晋著。はまの出版)
著者は精神科医で、帝塚山学院大学の教授でもある。
表紙に「古態心理学(パレオサイコロジー)で読み解く人間の心」とあるが、
別に難しい本ではないから、すぐ読了できる。
「ウソをつく人、つかない人」、「強欲な人、欲のない人」、
「殺す人、殺さない人」など、章別にその違いを説明していくわけだが、
その基礎になっているのは、人間の脳の三層構造。
間脳や視床下部など、爬虫類型の原始的な脳。辺縁系と呼ばれる、
哺乳類型の脳。そして大脳皮質という、人間が最も進化させた脳。
それらの発達のアンバランスが、個人の言動に影響を及ぼすという考え方である。
で、それらはまあ、知識としてはすでに知っていたので、
ざっと読み進めていったのだが、終わり近くで視線が止まった。
最近増えてきている「切れやすい」子供に関して、
内言語(頭のなかを流れる言語)の乏しさという観点から解説しており、
その理由として、母親の子育てスタイルの変化や国語教育の欠陥とともに、
活字文化から映像文化への移行もあげられている。
我が田に水を引くわけではないが、当方、これはまさに、
ゆゆしき問題だと思っているのである。
印象や感覚のみによる把握と判断、問題に対する条件反射的な対応、
総合と抽象をしない断片思考などは、映像文化やデジタル文化が及ぼす、
明らかなマイナス影響なのだ。もちろん、プラス面も大いにあるのだけれど、
それにしても、本を読まず、したがって黙考の習慣がついてない青少年の
「内言語」は、どんな具合のものなのか。
その前途や人生を考えると、ほんと、寒くなりますな。
◎えびすとは何者であるか
関西以外の土地ではなじみが薄いかもしれないが、
一月十日を中心とした三日間、商売繁盛の神さん、
通称「えべっさん」を祀った戎神社の祭りがある。
大阪では今宮や堀川、兵庫県では総本社の西宮が有名で、
毎年、三日間で百万人という人出になるのだ。
いまは皆、黙って賽銭を投げて商売繁盛や福を願うだけだが、
えべっさんは耳が遠いという言い伝えがあるとかで、昔はてんでに
拝殿の腰板を叩きながら、「えべっさん、商売繁盛を頼んまっせ!」
「福を授けとくなはれや!」、などと叫んだものだという。
だから、桂米朝師匠がこの時期よく落語のまくらで紹介される、
「それを聞いたえべっさんが、奥でぼやいてはった」という小咄がある。
どうぼやいたのか。「こない仰山の人間に授ける福があるんなら、
前へ賽銭箱なんか出しとかん」と言って……。なるほど。
ところで、「えびす」とは、「夷」という字で表記することもあるとおり、
本来、辺境の民族とか服従しない部族とかをさしており、
征夷大将軍という職名も、そこに由来する。
また、漫画家兼タレント蛭子能収氏の苗字も「えびす」と読むが、
これは「ヒルコ」すなわち「骨のない子供」であって、西宮のえべっさんは、
海に流されたそういう赤ん坊が漂着したのを、神として祀ったのだという説もある。
だから、「えびす」は海の彼方からやってきた者という意味も持つわけだが、
それに関して、ぼくにはハタと膝を打ちたくなった経験がある。
以前、取材で広島市内をうろついたとき、鼻のとがった、
眼の鈍く鋭い顔をよく見かけた。鈍く鋭いというのは、
何か薄く膜がかかったように見えるのだけれど、
その奥の光り方は鋭いという意味である。そして、
「やはり、地方によって独特の顔があるもんだなあ」と思いながら歩いていったら、
「えびす」神社や、「えびすちょう」と読む町名があったのだが、
何とその「えびす」には、「胡」の字が当てられていたのだった。
「胡」は元来、中国の北西、ウイグルあたりの
イスラム圏をさす地域名であり異民族名でもあるわけで、
なるほど、あの顔の持ち主のルーツはその方面なのかと、
妄想的独断ながらも得心ができたのだ。
東京の地名にある恵比寿、これはまあ、めでたい文字を当てた表記だろう。
アメリカのレンタカー会社? それはエービスです。
◎あけまして、おめでとうございます!
と書いたが、実は毎年のことながら、あまり新年の実感がない。
その理由はあれこれあるが、根本的には、
プロフィール欄にも書いたように、子供時代を新潟で過ごしたため、
「歳末や正月は雪や吹雪。空は暗灰色で地面は一面真っ白」という、
そんな「常識」が、インプリンティングされているためだと思う。
だから、大阪府豊中市へやってきた小学校高学年時代、
初めての秋から冬を迎えたときには、子供心にショックを受けた。
まだ10月で寒くも何ともないのに、男子たちは長ズボンをはきだし、
クラスで一番遅くまで半ズボンをはいていたのが、ぼくだったのだ。
おまけに、12月になり1月に入っても、道路も公園も学校のグランドも、
地べたがそのまま見えている。
そんなもの冬とも冬休みとも、歳末とも正月とも思えず、
だからお年玉やおせち料理にも実感が持てなくて、
何か間の抜けた感じがした。
あのとき、ぼくが思う「お正月」は、眼前から消滅してしまったのだ。
しかしまあ、新年は新年なのだから、一年の計など立てるとしましょうか。
「丁と出るか、半と出るか」。今年は春頃に、そんな予定もあることだし。