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2001.06.30.

ヨーロッパ・パン事情
 

 料理のおいしさはコーヒーの味と比例する、と私は信じているけれど、少なくともこの三都市ではそれが当てはまる。

 ビルバオで食べたのは、グッゲンハイム・ビルバオのレストランで、ここは今、世界一のレストラン(?)と名高い「エル・ブジ」で働いていた若いシェフが料理を作っている(らしい)。とはいえ美術館に併設されたレストランなので、値段も料理も極めてシンプルなのだが、これはまあ、素晴らしいの一言だった。一口目は何でもない料理なのだが、食べるうち、なんじゃこれは、という気分になってくる。こんな特別な所で食べただけで、バスク料理を云々することはできないのだけれど、ホテルのバールで食べた小さなサンドウィッチは他のどの都市のものよりおいしかったし、バルセロナのホームステイ先で催されたフィエスタででたバスク系シェフの料理も、本気でおいしかった。

 パン・コン・トマテ(トマトをすり込んだパン)が好きなので、ごまかされてはいるが、実はバルセロナはパンがおいしくない。パン自体は大味でパサパサなのだ。その理由、なのかどうかよくわからないが、どうやらバルセロナではお店でパンを焼いてはいるが、元の生地は冷凍状態でよそから運ばれてくるらしい。パン屋さんの冷凍庫には白い生パンがごろごろしているのだ。バスクはしかし、パンがおいしい。カタルーニャとはちょっと違う種類のパンで、どんなにお腹が一杯でも、何もつけなくても、パンだけ食べることができる。

 バルセロナは全体に塩味がきつく、いかにも海の近くの、ちょっと独特な料理なのだが、今回はその奇天烈さがちょっと薄れてきているように感じた。唯一おいしかったカタルーニャ広場近くのバールには何度も行ったけれど、ここはコン・レチェも昔ながらの味で、タパスも昔のバルセロナを思い起こさせた上に、従業員はとても勤勉だった。

 なんにせよ、スペインからロンドンに行くなんていうのは、企画からして間違っている。初夏のビルバオから冬のロンドンに来た途端、私は深く後悔した。好景気なのか、ここもバルセロナ同様、勢いだけはあったが。街には、日本で増殖しているようなカフェが沢山できていて、料理もコーヒーも、日本のカフェと似たり寄ったりだった。まあ、その分、以前に比べればちょっとましになった、とも言えるのかも知れない。ロンドンもパンがおいしいとは思えない街だが、流行のパニーニを使ったサンドウィッチはいい味だった。イタリア料理恐るべし。ただ、値段は、どこでどう食べてもスペインの二倍はかかった。

 一人旅だったというのに、気がつくと食事だけはしっかりしている。帰ってきて時差ボケ、というのはよくあるが、私の場合は、バルセロナやロンドンで毎朝食べていたまずいトーストとジャムが、突然食べたくなる衝動に悩まされた。それも朝ではなく深夜に、普段は滅多に食べない、あの甘いだけの味が急に甦るのだ。こういうのは何ボケというのだろう。ついスプーンをつっこみ、舐めてしまう欲求を追い出すのに、私はしばらく悩まなくてはならなかった。

(c) 2001 Shirokuma Seshiro, Hebon-shiki