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2002.12.08.

私の好きな歌4
 

  

 

 辛いことも多かったスペインでのホームステイだけれど、最後の日の夜、ビートルズのCDをかけてくれた時、ちょっとじんとした。次の日マルペンサ空港から一人で飛行機に乗って、私は持って行っていたムーンライダーズのテープを聴く。ムーンライダーズには、ビートルズと同じ効果があることに、初めて気がつく。

 高校生の頃、映画のタイトルを模した音楽に惹かれてムーンライダーズを聞き出してから、もう何十年も経つ。好きな曲は沢山あるけれど、この時染みたのは「駅は今、朝の中」だった。これは比較的最近になって、好きになった曲だ。恋人と別れて旅立つ歌(多分)。一番気になるのは、「僕の首には君の犬歯がうずいてるから襟立てて」という箇所で、首に犬歯を突き立てられる、というのがどういう状況なのか、いつも考えて込んでしまう。具体的には語れなくても、そういう感覚はわかる。だから、首に犬歯を突き立てる、ようなことだけはしたくないなあ、と思っているのだけれど、結構やるんだな、これが。この歌詞の後には、「僕は卑怯で臆病者で、君の中にはいられない」と続くのだけど、そんなこと言われると、きっとますます歯に力を入れてしまうと思う。すごく切ない歌だ。

 最初はきっと小さな傷なのに、どんどん広がってしまう、行き違い、空回りする。「君のこと、好きだった」といって歌は終わる。そんなこと言われるくらいなら、尼寺に行けといわれる方が五千倍マシだと思う。だけど不思議なのは、自分が首に犬歯をうずかせているという思いはあるのに、人に犬歯を突き立てられていると感じることがほとんどないことだ。酷い目にあったとしても、首筋に犬歯を突き立てられているとは思わない。それは全く直接的なボディブロウやパンチであって、ちょっとでも動いたら皮膚を突き破る、というような脅し(自覚はない)ではない。

 ムーンライダーズのこの曲が入っているアルバムは、動物をモチーフにしていて、そしてつまりは、(ほとんどが)女性をテーマにしている。聞いていると、ぐさぐさくる歌詞も多い(注★)。あんまり認めたくないことだけれど、女性と男性では愛し方、というより傷つけ方が違う、と言われているような気になる。それは、個人の陰湿さ、とか、性格の悪さ、とかいう問題ではない。なにかもっと違うところの、知覚できない行き違い。そして、今、唐突に気がついたのだけれど、悪女という言葉はあるが、悪男という言葉はないんだなあ。

 勿論ここでジェンダー論を言うつもりはありません。首に犬歯を立てる感覚なんて、わからないという女性も多いと思う。でも、僕、よくやります、という男性がもしいたら、ちょっと会ってみたい気がする。

注★) 例えば…「君はかけても豚だけど、僕は走って灰になる」…ぐさっ。


●ムーンライダーズ 「駅は今、朝の中」
1985年10月21日発売のアルバム『アニマル・インデックス』(Pony/Canyon D32A0121)収録曲。鈴木博文作詞・作曲。

 
 

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