2000.02.03 |
ピアソラ
アストル・ピアソラの音楽を知ったのは、映画『スールその先は愛』からだから、余り古いファンではない。大体タンゴ自体、あがた森魚の『バンドネオンの豹(ジャガー)』で初めて聴いたという私は、正しいタンゴファンでもないだろう。
ピアソラのような音楽を、私は今まで聴いたことがない。音楽を肯定的とか元気が出るとかで測ることが通常になった社会では、ピアソラの音楽は奇妙にすら思える。といって、退廃的でもだらだらもしていない。そんなこととは無関係なほど、大人なのかもしれないし、悲しいのかもしれない。 それこそ四六時中ピアソラばかり聴いている。タンゴは緊張を強いる音楽だと友人は言い、確かにそうだと思うけれど(クレーメルのピアソラ・プログラムがどう控えめに聴いてもタンゴには聞こえなかったのは、意識が広がるばかりで、緊張が強いられないからだ)、そんな音楽を毎日聴いていられるとは思えない。他のタンゴはともかく、ピアソラの場合、〈緊張〉は身をこわばらせるという意味ではなく、首根っこを捕まれてぶら下げられる、というような意味だ。服をフックに引っかるみたいにして、私はようやく背筋を伸ばして立っている。いずれにせよ、あまりまともな精神状況ではないけれど。 そしてピアソラの音楽は、いわゆるラテンの情熱、というより、大阪で言う〈べたな〉感じを持っている。べたべたやなあ、と思えるところが、ただの緊張ではなく〈背筋を伸ばして立たせていただいている〉変な優しさなのかもしれないし、だから何時間でも聴けるのかもしれない。当然この傾向は中年期の作品に多く、80年代を越えて晩年になると、もっと枯れた、洗練された印象が強くなる。だから私は、70年代の演奏やエンニオ・モリコーネ風アレンジのべたなものをよく聴く。ぐちゃぐちゃな日常の中で、そうして私はようやく立っている。 |
●しろくませしろが選ぶ〈べたな〉ピアソラ3題 1. 『Libertango』(1974年発売) 2. 『MUSICA POULAR CONTEMPORANEA DE LA CIUDAD DE BUENOS
AIRES VOL. 1 & VOL. 2』(1972年発売) 3. 『El Tango』(1965年発売) |
(c) 2000 Shirokuma Seshiro, Hebon-shiki